「再不斬さん、髪を切ってもいいですか」
「ああ。どうして俺に許可をとる必要がある」
――再不斬さん、僕の髪……長すぎますよね
――一つにまとめたらいいだろうが。
切るという選択肢を与えなかったのは再不斬であったが、彼自身そんなつもりで言ったつもりはない。その会話も忘れてしまっているだろう。
「行ってきます」
再不斬と白がうちは家に居候するようになり数日が経った今日は、白の希望で初めて外出することとなった。身支度を整え出てきた白の姿を見て、イタチは絶句した。艶やかな長い黒髪に白い肌、そして桃色の服。
「僕は男ですよ」
イタチが言いたいことを察した白はそう言い放った。
「……俺の認識が間違っていたのかと」
「ふふ。でも、もうこの服も、髪も今日でお別れです」
外見は敵を欺くためだった。再不斬がいくら屈強な男でも、その隣に可憐な乙女が花を添えていれば敵も油断する。今後、里の忍と顔を合わせることで手配書の人物と知られたらその後が面倒だ。
イタチと白が並んで歩いていると、行き交う人々が振り返らないことはなかった。イタチは普段ではあり得ない状況に恥ずかしさを覚える。その表情は変わらないが。一方、隣を歩く白はイタチの気も知らずにキョロキョロと辺りを見回していた。
「木ノ葉隠れの里は、明るいですね。それに治安も良い」
確かに血霧の里と言われていた頃の霧隠れの里と比較すると圧倒的に治安は良かろう。
「美容室はそこの角を曲がったところだ」
髪を切りたいという白のためにイタチは家から一番近い美容室を選んだ。普段、美容室など行かないイタチは特に調べもせずにここに来たが、その美容室は明らかに女性客が多い。
「イタチさん、行ってきます」
「はい」
白はスタッフの案内に従って店内の奥へと消えていった。一人取り残されたイタチは、馴れない場所で暇を潰さなくてはならない。店内のエントランスにある待合スペースには主に女性向けの雑誌と料理などの雑誌が並んでいた。ただ何もせずに過ごすよりは良いだろうとイタチは雑誌を手に取る。
「彼女さん可愛いですね!」
スタッフの一人がきゃっきゃとした雰囲気でイタチに話しかけてきた。
「いや、そういう関係では……」
その女性の言葉で、自分達が周囲からどのように見られているのかを理解した。
「あ、申し訳ありません、あまりにお似合いでしたので」
ただの監視対象だと言いたいが、それはあまり口に出しても良いことはない。スタッフはテーブルにお茶を置いて去っていった。
一方、白も美容室という馴れない場所に苦戦していた。鏡越しに店員とやりとりをするのは始めてだ。これまで他人に髪の手入れをしてもらったことなどない。
「どれくらい切りますか?」
「とにかく短くしてください」
「これくらいですか?」
「もっと上です」
「……これくらいですか?」
「もっと上です」
「こ、このくらいですか?……お客さま、こんな綺麗な髪、勿体ないですよ!」
「必要ありません」
「えっ?」
ふと、スタッフはボードにあるカルテに目をやった。そこには性別、男のほうに丸がつけられている。
「お客さま、かしこまりました……。ですがお客さまの髪は綺麗ですので勿体ないです。ある程度の長さを切ったら、そのあとは慎重に切りますね」
あまりに熱心なスタッフの発言に、白の隣に座っていた客はちらりとその様子を伺っていた。その容貌を見て、スタッフが熱心になる理由がわかった。
その客は最後のブローを終えて会計に向かうと、エントランススペースに想い人の姿があることに気がついた。ソファーに座って興味なさそうに雑誌のページをパラパラと捲っている。最近では男性も美容室を利用するときいていたサクラは会計を済ませると何の疑いもなく声をかけた。
「イタチ先生っ」
「サクラさん」
「先生もここに来てるんですか?」
「いや、今日は連れに着いてきただけで、待っているところだよ」
「先生、隣良いですか?」
「どうぞ」
イタチの様子は普段とあまり変化はない。服装も特におしゃれをしてきているわけでもなく、サクラはこれが誰かとのデートではないという確信を持ちたかった。だが、誰と来たのかと尋ねるのも不粋な気がする。かといって、相手が戻ってくるのを待つのも不粋ではあるが前者よりもいくらかましな気がした。
白は三十分程で戻ってきた。
「イタチさん、お待たせしました」
前下がりの軽めのボブ。髪が短くなってもやはり女性にしか見えない。
「早かったな」
「髪を切っただけですから。……そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
「サスケと同級生のサクラさん。熱心な子で、たまに修行に付き合っている」
「そうですか……。サクラさん、大丈夫です。僕は男ですから。あなたのイタチさんをとったりしませんよ。ふふ」
白が戻ってきた辺りから様子がおかしかったサクラであったが、今度は口をパクパクし始めて更におかしくなった。
「サクラさん、これから時間はありますか?」
「え?あ、はい……」
「君さえよければ、僕の買い物に付き合ってもらえませんか?イタチさんよりも女の子に見立ててもらった方がいいかな、と」
修行という名目以外でイタチと休日を過ごせるという嬉しすぎる状況だ。首を縦に振らないわけがない。
「喜んで!!」
サクラを筆頭に向かった先は、木ノ葉隠れの里に最近オープンした大衆向けのショップ。サクラの見立てでは、白は何を来ても似合ってしまうタイプだ。美人ですから。
「白さん、どんな服にしますか?きっと何でも似合っちゃいますよ!好きなの選んでじゃんじゃん試着しましょ」
サクラに促されるまま白は好みのものを選び、サクラはそれを片っ端からカゴに入れていった。
「よっ!サクラじゃん。なにしてんだよ」
「キバ!!……買い物に付き合ってんのよ」
「イタチ先生、お久しぶりっす。その人、彼女さんですか?」
「久しぶりだな。元気そうでなにより。……この人は、違う」
何度も説明するのに疲れてきた。サクラは間違っても自分とイタチが恋人同士に見られないことに軽くショックを受けていた。
「で、キバは今日どうしたの?その荷物……」
キバの両手にはこの店のものでない様々な紙袋がある。
「俺はねーちゃんの荷物持ちだ。うんざりするぜ」
「おい、キバ!何やってんだ。こっちに来な!」
男勝りなお姉さまのようだ。
「はいはい、わかりました。じゃあな」
素直に従うキバを見る限り、家での階級は下位なのかもしれない。
「……アンタも大変ね。頑張りなよ」
そんなこんなで、白の普段着は一通り揃った。普通のパンツにシンプルなカットソー。明らかに男物だが、男物を着てもボーイッシュな女性に見えてしまう。中性的な雰囲気が少し危険だと、見立てておきながらサクラはそう思った
「イタチさん、どうですか?」
「良いと思う。……再不斬さんの反応が楽しみだな」
再不斬を驚かせるために、白は店のスタッフに頼んで試着室で着替えたまま支払いを終えて店を出た。
「驚くでしょうね」
「……先生、再不斬さんって誰ですか?」
「今、白と再不斬さんという人が家にいるんだよ。再不斬さんは白の……相棒のような人、かな」
「まあ……そういうことになりますね。ふふ」
「そうなんですかぁ。白さんの相棒っていうくらいだもの、きっとステキな人ですよね。いつか会ってみたいなぁ」
「機会があればサクラさんにも紹介するよ」
サクラを家まで送り届けると、白とイタチはまっすぐ家に帰った。
「再不斬さんただいま帰りましたー。……再不斬さん、どうして目を合わせてくれないんですか?」
「……良いんじゃないか?」
「じゃあ、今度は再不斬さんがイメチェンしましょう」
「なんでそうなる?!」
「今の再不斬さんって、いかにも再不斬さんって感じでしょう?それだと色々不都合があるかもしれませんよ?僕たちは一応お尋ね者だった身ですから」
「……」
「大丈夫です。再不斬さんの場合、その口の包帯をどうにかしたら、印象ガラリと変わりますから」
「考えておく」
うちは一家は一家団欒の場で、再不斬が白の手のひらの上で転がっている様を見た。