仙人モードでチャクラ感知をしたらすぐに見つけることができるが、ナルトは半分遊んでいる。もしこれが通常の任務ならば、サスケが許さないだろう。
綱手が好きなものは三度の飯よりギャンブルだ。そしてナルトにとっては勝手知ったる短冊街。自来也と共に歩いた修行の旅の記憶を辿り、短冊街の賭博場を訊ね歩いた。時にはギャンブルに巻き込まれつつも、強運に助けられてナルトの財布は厚くなっていくばかりだ。干からびた蛙のような蝦蟇口財布は、みるみるうちにはち切れんばかりに丸々と肥えてしまった。何も知らないサスケとイタチは有り得ない稼ぎ方をするナルトを前に呆然とする。
そして、同時に情報も集まってくる。綱手がこの街にいることは間違いない。この町では以前と変わらず"伝説のカモ"と呼ばれているらしい。綱手の名は決まって笑い話の中に出てくる。
「もしかして……おめぇら、あの伝説のカモの子か?」
「と、なると……出てった母ちゃん探してんのか?」
「泣かせるねぇ!」
賭博場にいた者たちは勝手に話を作って盛り上がっている。
三人とも綱手に似ているとは言えないが、若い少年達が妙齢の女性を探し歩く理由というと、そういったものになるのだろう。わざわざ訂正して本当の理由を聞かれるのも面倒だと、三人はあえて訂正せずに放っておくことにした。
綱手に関する情報は集まったが、詳しい所在までは分からない。日もだいぶ傾いてきている。
「飯にすっか」
「ナルト……ここは未成年者だけでは入れないよ。生憎、俺もまだ十七だからね」
「イタチの兄ちゃん、この手の情報ってのはこーゆー場所に集まるんだってばよ。オレに考えがある」
そこはかつて修行の旅でナルトと自来也が立ち寄った居酒屋だった。綱手と最初に出会ったのもこの場所。ナルトは路地裏に入ると、変化の術で三十才ほどに見えるように化けた。サスケもそういうことならとナルトに倣って変化する。
「これで大丈夫だってばよ」
大人が二人いれば問題ないはずだ。イタチはナルトが言い出したら止まらないことを知っている。入店するとそこにはやはり、写真のターゲットがカウンター席に座っていた。隣には付き人もいる。綱手も三人の入店に気づいており、すぐに目があった。すると、ナルトはできるだけ自分の父である四代目・ミナトのように爽やかに微笑んだ。
「よぅ姉ちゃん、一緒に飲もうぜ」
綱手は一瞬目を丸くしたが、やがてこくりと頷いた。綱手と付き人のシズネ、そしてナルトたち三人は店の奥の方にある席に移った。
「おまえの奢りってことでいいな」
今日の稼ぎを知っているサスケは、抜かりない。
「ま、今日はそういうことでいいってばよ。すんませーん」
店員が伝票を持ってテーブルにやってきた。
「……スライストマト、スライストマトのチーズかけ、おかかの握り飯。それと烏龍茶」
サスケはイタチに視線を送った。
「白玉抹茶パフェと昆布の握り飯と梅昆布茶」
「お客様……白玉抹茶パフェは食後でよろしいでしょうか」
「いえ、今すぐにお願いします」
その場の空気が固まった。イタチとサスケは平然としているが。彼らに注文を任せられないと気づいたナルトはイタチからメニュー表を奪った。
「えー……唐揚げ、焼き鳥の串盛り、揚げ出し豆腐、それと……オレンジジュース。以上だってばよ」
飲まねえかと誘っておきながら、三人とも健全にノンアルコールだ。
「……単刀直入に聞くが、お前たちの用件は何だ」
せめて飲み物が届いてからと考えていたが、綱手は気が立っているらしい。当然ではあるが額宛を取っていてもすでに木ノ葉隠れの忍であることはバレているのだろう。変化の術もバレているとみても良い。
「これ、エロ仙人からだってばよ」
ナルトは向かい側に座る綱手に預かっていた書簡を手渡した。綱手は目を通すと、付き人のシズネに渡した。シズネも目を通すと、驚いたような表情でナルトとサスケを見た。
「綱手様、どうしますか……?」
「参ったな……。忍として復帰することはもう考えないつもりだったが、今年の中忍試験は見ものだとか。それを見るだけなら少し帰ってみるのもいいな。それに火影の格好をした自来也を笑ってやるのもまた一興。……だが、あの大蛇丸も里に戻っているとは知らなかった。それに今はちょうど伝えたい情報もある。明日、ここを発つよ。いいね」
「ホントに良いのかってばよ?!」
以前に比べたらあまりに呆気ない。これも自来也と大蛇丸が里に戻っている影響だろうか。
その間、サスケとイタチはお構いなしに、運ばれてきた好物を堪能していた。
里に綱手が帰ってきたという噂は、あっという間に里中に拡がった。綱手と言えば伝説の三忍の紅一点。里のくノ一の中で最強と言っても過言ではない。そして医療忍術のエキスパートだ。
里の門で手続きを済ませ火影塔を目指して歩いていると、好奇の視線が集まり噂は里中を駆け巡り、すぐに居心地の悪い思いをすることとなった。
「大通りは避けるべきだったな。……ついてこい」
綱手の提案で歩くことをやめ、ナルトたちは綱手の後について里の中心から離れた。演習場が並ぶ地区を通り迂回すれば人の目もある程度は掻い潜れる。一般人が普段立ち入らないだけに人は少ない。
第八演習場の前を歩いていると、人が見当たらなかったにも関わらず、そこにはよく見知った人物が一人修行に励んでいた。
「……ナルトくんに、サスケくんまで?」
「ヒナタ、すっげー偶然だな。綱手のバアちゃん、こいつ、ヒナタってんだ。オレとサスケと、同じ班でさ」
ヒナタはペコリと会釈する。綱手はヒナタの爪先から頭の天辺まで見るとにやりと口角を上げた。
「その目、日向の……。もう白眼は使えるのかい?」
「は、はい」
「そうかい。ヒナタといったか、おまえも本選に?」
「……はい」
「ほう、やるじゃないか」
「わたしはほんのオマケなんです。ナルトくんやサスケくんと同じ班だったから、たまたま予選が免除になっただけだと思っています。だからこうして今日も……」
ヒナタの服には砂埃が付いており、皮膚も薄く汚れている。足元は言うまでもない。
「どんな修行をしていたんだい」
「……父から一族秘伝の技を教わったので、その練習をしていました」
日向宗家の秘術というと、綱手にも思い当たりがある。八卦掌・回天、それは日向宗家に口伝で伝えられるという技。体をコマのように回転させて忍具や体術をいなして防御する技だ。
「いいか、どんな術でも人によって向き、不向きがあるもんさ。もし、医療忍術に興味があるなら私のところに来な」
綱手はヒナタの肩をポンと叩くと、外套を翻して火影塔の方角へと再び歩き始めた。ナルトたちもその後を追う。
医療忍術についてはアカデミーの座学で少し聞いたことがある程度だ。もし医療忍術の心得があれば零班の中でも活躍できる場が広がるのではないだろうか。
「……行ってみようかな」
自来也は綱手に里へ戻るよう迫った。その両脇には師であるヒルゼンと大蛇丸の姿がある。かつて、到底あり得ないだろうと考えていたことが、起こっていた。ナルトが持ってきた書状に書いてあったことだが、実際に見るのとはまた訳が違う。
里には、祖父・千手柱間の家が残っている。古くはあるが造りの良い家は今も風格を保っている。庭木は伸び放題だろうと思っていたが、庭木は綺麗に剪定されているようで門の前には落ち葉も蜘蛛の巣もない。誰かが不在中も手入れをしてくれていたのだろう。思い当たる人物がいる。
「綱手様、わたしは夕飯の買い物に行ってきますね」
「ん?……ああ、簡単なものでいい」
シズネはそう言い残すとすぐに姿を消した。日はもう落ちかけている。玄関の戸を開けると、古臭い匂いが鼻を掠めた。外は手をかけていても、中はそれほど掃除は行き届いていないようだ。沓脱ぎ石の色はくすんでおり、上がり框の木目を指でなぞると埃が指に付いた。だが、綱手が里を離れていた期間を考えるとその埃は少ない。
バケツに水を汲み、長年踏むことのなかった床を拭き上げた。宿暮らしが長かったため、雑巾掛けなど久しぶりのことで懐かしささえ感じる。その間、考えていたことがある。先程、ヒナタにかけた言葉はそう言った自分でも意外だった。先の戦いで大切な者を二人も失った。そして忍として生きることを虚しく感じ、目の前で大量の血を流し死んでいった恋人の姿が頭から離れず、血を恐れるようになった。だが、ヒナタに何と言っただろうか。まるで自ら決別した世界に再び足を踏み入れようとしているようだ。
汚れたバケツの水を流し、洗面台に立った。鏡も埃で曇っている。綱手は徐にホルスターに手を伸ばすと、クナイを持ってそのまま躊躇なく腕の皮膚を裂いた。
「……くっ」
赤い血が腕を伝い、手首の辺りからポタポタと雫が垂れて白い洗面台を汚した。体が震える。痛みのせいでもあるが、それだけではない。甦るのは、恋人との最期の記憶。忘れたくとも忘れられない記憶だった。
「綱手様?!」
買い物を終えて帰ると、すぐに血の匂いに気がついた。洗面台の前で震えている綱手を見つけると、シズネはすぐにその腕を治療した。出血量は少ないが、血というだけで綱手にとってはダメージが大きい。
「どうして……こんな事を」
血のトラウマ。それが忍の世界から退いた理由の一つでもある。
「駄目だな。これでは戻ろうにも戻れまい。……シズネ、もしヒナタがここを訪ねてきたらその時は修行をつけてやってくれ」
「わかりました」
少なくとも綱手の心は再び里に向きかけている。シズネにとってはそれが何より喜ばしいことだった。