イタチは試合が終わるとミコトたちとは別れて、サクラがいる観覧席へ向かった。
サクラやその他の八班のメンバーと一緒にいた紅は、サクラよりも先にイタチに気がついた。
「イタチ、珍しいわね」
「紅さん。サクラさんを病院まで送ろうと」
紅はサクラを見た。いつもはサバサバして男勝りなサクラだが、イタチを目の前に嬉しさを顔に出すまいとしている。キバやシノには分からないかもしれないが、同じ女だからわかることもある。紅はくすりと笑った。
「……そういうこと。サクラ、気をつけて行ってらっしゃい。今日はお疲れ様」
「ありがとうございました」
サクラはイタチの後を追った。
木ノ葉病院の受付で名前を言うと、すぐに画像検査の部屋へと案内された。それが終えると再び待ち時間となり、廊下にある長椅子に腰掛けて時間が過ぎるのを待った。サクラは試験会場でのイタチとの会話を思い出していた。
――サクラさんも綱手様に師事したいと思うかい?
それに対して自分はどう答えただろうか。
――できることならそうしたいです!綱手様はくの一の憧れですよ!
確かにそう答えた。あの時は淀みなくそう答えたが、今考えるととても軽率だった。
「イタチ先生!」
「?……どうしたんだ?」
いつにない真剣な表情に、イタチの瞳が揺れた。
「あの……さっき、試験会場での話です」
「うん」
「イタチ先生は私に、綱手様に師事したいかって聞きましたよね」
「うん、そうだね」
「私、あの時はすぐにそうしたいって言いましたけど……自分勝手かもしれないですけど……私はイタチ先生に修行を見てもらえなくなるのは、嫌です」
「うん。……何を言い出すのかと思った」
「……」
「もちろん、サクラさんがそう望むならそうするよ。できる限り」
先程まで暗い影を落としていたサクラの表情がパッと輝いた。
「やったぁ!!しゃーんなろー!!」
「はは、サクラさんは本当に素直だね。けれど中忍試験が終わったら、俺は長期任務につくことになっているから、しばらく修行には付き合えない」
イタチがサクラに綱手の話をしたのも、今後しばらく修行に付き合えなくなることを思ってのことだった。
「え……?」
サクラはその言葉に耳を疑った。イタチはいつも木ノ葉の里にいた。時々は里の外に出ることはあっても、長期に渡って里をでることは今までなかった。
「今までがすごく恵まれていたんだ。忍である以上、こういう事はよくある」
「長期って……どれくらいですか?」
「わからない。ただ、数ヵ月ということはないだろう。数年、といったところか」
「そんなに……」
「ごめん。サクラさんにはきちんと話すつもりだったんだ。こんな所で話すような内容じゃなかったね」
「……いいえ。話してくださって、ありがとうございます」
サクラは笑みを浮かべていたが、その心は裏腹だ。
その後、サクラは綱手の診察を受けて鎮痛薬の処方箋を受けとると一人で帰路についた。イタチから長期任務の話を聞いてからその後の記憶は曖昧だ。
「あの子、一人で帰らせてよかったのかい?」
診察中も心ここにあらずといった状態だった。二人に何かあったのだろうと予想するのは容易い。
「……はい」
サクラはイタチの話を聞いて、ひどく動揺していた。しばらく一人で考える時間が必要だ。今サクラの側にいてもしてやれることはないとイタチは考えていた。
「……。で、話とは何だ」
「一忍として単刀直入に申し上げますと、綱手様には、木ノ葉隠れの里に留まって頂きたい。それだけです」
「わたしに何ができると言うんだい。既に世代交代しているだろう。お前も、サスケも、そしてナルトも忍としての力は計り知れない。今さら老いぼれがしゃしゃり出ることはないだろう」
「それはお褒めの言葉として受けとりますが、未だ木ノ葉には、医療忍術において綱手様の右に出る者はいません」
「……。」
「それに、たった一ヶ月でヒナタさんのあの成長ぶり。綱手様、指導者として、今一度木ノ葉隠れの里へ戻っては頂けないでしょうか」
「ヒナタか。……あれは素材が良かっただけだよ。私の力じゃあないね」
「……何故そう木ノ葉隠れの里に戻ることを拒まれる?」
イタチの声にわずかな怒気が混じった。
「私の道は私が決めることだ。……。私は一度逃げ出したんだよ。忍の道からね。今さら戻れるはずがない」
「!!」
「逆に問う。お前にとって木ノ葉隠れの里はそんなにも大事なものか?縛られているだけじゃないか?お前をそう突き動かすものは何だ?」
「……幼い頃、産まれてきたばかりの弟を心から愛しくて、弟が生きるこの世界を守りたいと思いました。それが全てのきっかけです。アカデミーに入学して、木ノ葉隠れの里の……忍界の歴史を学びました。色々な文献を読んでその創設にうちは一族が深く関わっていることも知りました。そしてそれに伴う柵も……。代々の火影の生きざまも……。それから、畏れ多くも大蛇丸様の監視という名目ではありますが、数年に渡ってアカデミーの教員を勤め、木ノ葉隠れの里の未来を背負って立つ子供たちを間近で見ていたらその気持ちが増しました。私は、木ノ葉隠れの里を愛しています。ただ、それだけです」
綱手はその言葉を聞いて瞠目すると、すぐに目を伏した。
――のう、綱よ。木ノ葉隠れの里は美しいだろう。わしはこの風景も、ここに住まう人々も、大好きだ。それを守るのが火影の勤めぞ。
「ふん……。まるで、祖父い共の言葉を聞いているようだな。その綺麗事……」
遠い昔、祖父の柱間の腕に抱き抱えられ、火影岩の上から木ノ葉隠れの里を望んだ頃の記憶が脳裡に過った。
「……綺麗事だと仰るなら、そう思っていればいい」
イタチは綱手の心境を知る由もない。
「イタチ。お前に秘密を教えてやろう」
「……?」
綱手声のトーンが変わった。
「私は血が駄目なんだよ。……忍としても、医療者としても、どっちにしたって半人前だろう」
「そんな……」
血のトラウマばかりはイタチでさえどうしようもない。明らかに肩を落とすイタチに綱手は笑った。
「私はこんな風だが、お前の熱意は確かに伝わったよ」
「ありがとうございます。……では、今日は失礼します。お時間ありがとうございました」
イタチは診察室のドアに手をかけた。
綱手はかつて木ノ葉隠れを愛し、死んでいった者たちの姿をイタチの背に見た。
「イタチ。あの子のことが大切なら、ああいう不安定な時こそ側にいるもんだよ」
ヒナタは全ての試合の終了後、すぐにサクラのいる紅班の方へ向かった。
「サクラならイタチ先生と一緒に病院に行ったぜ」
「腕は大丈夫そうよ」
試合の後にサクラを訪ねてきたことは伝えておくとキバたちは言ったが、ヒナタはサクラの顔が見たかった。だがイタチとの時間を邪魔する気はない。
ヒナタは病院の門の近くにあるベンチに腰かけて、サクラが出てくるのを待った。もう少しして出てこなければ帰ろうと考えていた時だった。
「サクラ、さん……?」
病院の入り口から出てきたサクラは背を曲げとぼとぼと歩いていた。近くにはイタチの姿も見当たらない。様子がおかしい。悪い考えが頭に過った。
「サクラさん!!」
「……ヒナタ」
「腕、大丈夫?」
「心配して来てくれたの?腕は大丈夫よ。ありがとう」
「よかった。……じゃあ、元気がないのはどうして?」
サクラは眉を寄せて目を付した。
「……。」
黙って俯いてしまった顔は見えないが、きっと泣いていると思った。ヒナタはそっとサクラの背をさすった。
「良かったら、……うちに来る?」
サクラは小さく頷いた。ヒナタが屋敷に同じ年頃の女の子を連れてくるのは初めてのことで、宗家に出入りしている分家の者たちはサクラの姿を見て驚いた。
ヒナタの部屋へと向かう長い廊下を歩いていると、向かい側からヒアシが歩いてきた。すれ違い様に、会釈するヒナタを呼び止めた。
「ヒナタ、珍しいな。そちらは今日の試合で相手だった……たしか春野サクラさんといったか」
ヒナタがナルトやサスケ以外の同じ年頃の子を連れてきたという報せは、既にヒアシの耳に届いていた。
「はい。春野サクラです。お邪魔しています」
「うむ。ヒナタにもやっと同じ年頃の友ができたか」
「父様!恥ずかしいからやめてください!」
声を荒げるヒナタを初めて見たサクラは目を丸くした。
「まあ、ゆっくりしていきなさい。後で茶菓子を持っていかせよう」
ヒアシは廊下の脇に避けて、ヒナタとサクラを通した。そもそもこの廊下の先に用事があったわけではない。
ヒナタの部屋は物があまり置かれておらず、シンプルな中にも品がある。純和風な日向邸であるが、ヒナタの部屋には洋風の小さなテーブルと二脚の椅子があった。
「座って。サクラさん、何があったの?」
「……イタチ先生が、長期任務に出るって」
「え?……そうなんだ。寂しくなるね。どれくらいで戻ってくるの?」
「数年後になるだろうって……」
「数年……」
「……わたしと先生、付き合ってるわけでもないし、不安なのよ」
「何が不安なの?」
「離れてる間に他の女の人に盗られないかって」
「そっか。でもそれはきっと、イタチ先生も同じ気持ちかもしれないよ」
「そんな、わたしなんか……」
「そうじゃなければ長期任務に出るだなんて、教えないと思う」
「先生が長期任務に出る話が何故か別れ話のように聞こえたのよ……。付き合ってもないのに、おかしいよね」
イタチが長期任務に出ることはかわらないだろう。また、他人の気持ちも変えようがない。ヒナタには、サクラが変えようのないものに対して執着しているように思えた。
「わたしたち、まだ十二歳だよ。これから努力次第できっと素敵なくの一になれる。イタチ先生が帰ってくるまで、自分磨きに時間をかけるのはどう?イタチ先生が戻ってきた時に本当の恋人同士になれるように、ね」
サクラの中でモヤモヤとした気持ちが晴れた気がした。同じ年齢のはずなのに、その言葉は達観しているように思えた。
「……ヒナタはスゴいなあ」
「……?」
「試合の時も凄かった。だいたい、ナルトやサスケ君と同じ班でやっていけるって時点で凄いのよ」
「えっと……わたしは……ただ、二人に追い付きたいだけ。それだけ。ナルトくんの隣に立っていたいから」
「そっかー。……それなら私も。イタチ先生の隣に立ちたいな」
サクラは出された茶菓子を頬張った。
「ふふ、元気が出たみたいで良かった」
病院を出たイタチは、サクラの家へと向かった。今まで家の前まで送り届けたことはあっても、家に入ったことはない。
サクラの住まう可愛い一戸建てのインターホンに指を近づけるが、再びその手を引く。はっとして目にも止まらぬ速さで家から距離をとった。その行動は端から見れば不審者のそれでしかない。同様の行動を三回ほど繰り返した後に、イタチはようやくインターホンを押した。
ドアの向こう側から返事が聞こえた。その声はサクラのものではない。恐らくサクラの母だろう。
ーーガチャ
「はーい……どちら様?」
遠目に見たことはあるが、話すのは初めてだ。サクラの母もイタチを認識していない。
「うちはイタチといいます。……春野サクラさんはいらっしゃいますか?」
「まあ、うちはさん家の方がこんな家にどうして……。……サクラなら試験で怪我をしたから病院に寄ってくると上忍の先生から連絡があったわ」
「まだ、帰ってないんですか……」
サクラは怪我をしている。そのため病院から家に直帰すると考えていた。だがサクラが今家にいないということは、そうしなかったということになる。イタチはサクラを送らなかったことを悔いた。
「良かったら、中で待ちますか?大したものはお出しできないけれど」
「いいえ、急ぎの用ではありませんから……。お構い無く。出直しますので、失礼しました」
イタチはまた出直そうと考えた。だが振り向き様に、探していた人の姿が視界に入る。
「イタチ先生……?」
「……サクラさん」
「どうしたんですか?」
サクラの顔は思いの外すっきりして見えた。
「心配になって。……少し、良いかな?」
「……はい。ママちょっとそこまで行ってくるね」
「ごゆっくり~」
「もう!そんなんじゃないから!」
イタチとサクラは近くの公園へと向かった。公園にはアカデミー生のような子供たちが遊んでいた。隅のベンチに二人揃って腰を下ろす。
「サクラさん、さっきはごめん。すぐに追いかけるべきだった」
「いいんです。聞いたときは確かにショックでしたけど、ヒナタに話を聞いてもらったら気が晴れました」
「そう。それなら、良かった」
「先生」
「うん?」
「先生が任務から戻ってきたら、わたしのこと、生徒としてじゃなくて、一人の忍として……女として見てもらえるように、今から頑張りますね!それからせめて中忍にはなっておきたいなぁ……」
二回目のアプローチを受けたも同然だった。ここまで素直に好意を表されてしまったら、曖昧な返事は返せない。
「……きっと、数年後は素敵な女性になっているんだろうね。もし俺が里に戻った時に、お互いにその気持ちがあれば……ちゃんと付き合ってほしい」
「え……?」
「……そういう事は考えてなかった?」
「違います……ただ、イタチ先生からそんな言葉が出てくるなんて思ってなくて。嬉しいです。とても」
「はは、……言ってみて少し焦ったよ」
「え?どうしてですか?」
「実は自分だけ急いているだけだった、とか。ただの思い上がりだったとか。色々考えた」
「……ぷっ!意外。イタチ先生ってそういう事、あまり考えなさそう」
「うん。あまり考えないかな。普段は、ね」
イタチは柔らかな微笑を浮かべた。