自来也は火影の笠をテーブルに置き、まもなく試合が始まる会場を見下ろしていた。少し離れた所には風影の姿もある。
「自来也、邪魔するぞ」
「珍しいな。負傷者が出たらよろしくのぉ」
「……」
綱手は眉を寄せた。火影席の後ろに置かれたパイプ椅子に腰かけたその近くに大蛇丸とヒルゼンが座っている。本来は火影の警護のために儲けられた席だが、当番の忍びたちは彼らが座っている中にいくことなどできないだろう。
「これより中忍選抜試験第二日程を始めます。木ノ葉隠れのうちはサスケ対、砂隠れのテマリ。両者前へ」
サスケは相変わらず、眉ひとつ動かさずに位置についた。零班の一員であるサスケは予選に出場しておらず、本戦の一試合目でも圧勝したためその力の全貌は明らかでない。うちは一族には写輪眼という特殊な血継限界がある。担当上忍のバキには、写輪眼と目を合わせるなと言われた。その上、こうも余裕でいられたら焦らずにはいられない。テマリも平常心を装ったが、内心は荒れていた。試合開始のコールが会場に響く。
「ハァッ!!」
テマリは身の程もある大きな扇子を最大に広げ、サスケを目掛けて空を扇いだ。サスケとの試合は恐らく長引けば長引く程に不利になると考えた上での判断だ。
先手の攻撃が決まったかに思えた。視界に赤い目が見えたような気がした。手にしていた大扇子は消え、その変わりにサスケが手の上に立っていた。気がついたと同時にその体重に耐えきれず腕が落ちる。一方サスケは軽々と着地した。
「クッ……!!」
術の全てをそれに頼っていたが、大扇子はサスケのもといた場所に大きな音を立てて落下した。サスケの右目には、聞いていた巴模様の写輪眼ではなく六芒星の模様の写輪眼があった。体勢を立て直すためにテマリは勢いよく顔を上げたが、視界に入ったのは、その目だった。一瞬、奇妙な左目も見えたが眼帯で隠れて見えなくなった。
ーー眠れ
テマリはドサリと地面に倒れた。全ては一瞬で、何が起こったのかもわからない。会場内は騒然となった。
「……砂隠れのテマリ、戦闘不能。よって勝者うちはサスケ!」
歓声が上がった。観客の大半は、よくわからんがとりあえず流石はうちは一族だといった反応だ。サスケの左目の輪廻眼のことを知っているフガク、ミコト、イタチはサスケがこの試合でその瞳力を使ったことなど一目瞭然。計り知れないその力に肝が冷える思いがした。他のうちは一族もこの試合を見ていることだろう。
続いて二試合目が始まった。
「では、砂隠れの我愛羅対、木ノ葉隠れの日向ヒナタ。両者前へ」
目の前に立っているのは、同じ一族の中でも天才と呼ばれたネジを呆気なく倒した相手だ。我愛羅の主力は砂の絶対防御。ヒナタにはそれを破る秘策がある。だが、その砂の壁の強度は未知数で、実際にやってみなければそれが通用するかはわからない。
「同じ日向の忍、か。少しは楽しませてくれることを期待する」
「そう言っていられるのも今のうちです」
ヒナタは踏み込み、我愛羅に向かって柔拳を繰り出すが、予想通り砂の壁に阻まれる。その点については対策済みだ。二本の指を立てて鋭利なチャクラ刀を形成し、その上チャクラの性質を陽へと変化させ、砂の壁を破った。それは我愛羅を覆う砂の鎧までも貫通した。いくらチャクラの性質を陽へ変化できても、チャクラ刀を作れなければこのようなことはできなかっただろう。ヒナタはシズネや綱手との修行の成果を実感した。
我愛羅は背後に後退しヒナタとの距離を取る。砂の鎧を纏っているため分からないが、ヒナタのチャクラ刀は我愛羅の右腕に傷を付けた。これまで我愛羅は戦闘において痛みを感じたことは一度もなかった。
観客席から見守るテマリやカンクロウの額に汗が伝う。バキは緊急時のために他の砂隠れの忍に向けてハンドシグナルを送った。
我愛羅の扱う砂の動きが粗い。砂の波がヒナタを立て続けに襲い、二人の距離は徐々に開いていく。
「うぐっ……!」
そして大きな波がヒナタを壁に突き飛ばした。すると引いていく波のように砂が我愛羅のもとへと戻っていく。
「!!?」
やがて砂は球状になり我愛羅を覆った。まるで何かが羽化する繭のようだ。白眼でそれを透視すると、その砂には多くのチャクラの通っていることがわかった。そして球状の砂の中には我愛羅の姿がある。砂のチャクラと我愛羅は繋がっており、それはさながら女性の胎内のようだ。
砂の中の我愛羅の形がだんだん変わっていくのがわかった。成長していくように。
この試合の観戦者のほとんどは、あの砂の玉が何なのか理解していない。だが、ナルトとサスケは知っている。守鶴が我愛羅の体を乗っ取り表面に現れようとしていることを。
ナルトの腹が疼いた。まるで引き寄せられるかのように、守鶴のチャクラが反応しナルトから離れたがっている。
このままでは危ないと感じたのは、直感だ。ヒナタは両手にチャクラを集め、全体重をかけ砂の玉に攻撃した。攻撃がない今であればチャクラコントロールの精度も上がる。両手のチャクラはメスのように鋭利に変化しその砂の玉に穴を開けた。
ヒナタの試合を観戦していたヒアシも思わず立ち上がる。
観客席から歓声が上がった。だがヒアシの表情は険しい。ヒアシの白眼はヒナタと同様に、得体の知れぬチャクラを捉えている。下手をすれば命に関わるかもしれない。ネジの試合を見ていたヒアシには分かる。ネジは決して悪い動きをしていたわけではない。
砂の玉には拳二個分程度の穴が開いたがすぐに砂の壁は穴を塞ごうと修復している。
だが今のヒナタにとってこのような好機はなかった。
――忍法・毒霧!
ヒナタはその砂が修復し終わる前に毒霧を放った。予選と本選の間の一ヶ月でシズネから指導を受け習得した術だ。毒に慣れるための期間としては一ヶ月という期間は短く、シズネのような死に至らしめるような猛毒は吐けないが、ある程度身体の自由を奪うことはできるものだ。
ーーグアアアアアア
獣のような叫び声が轟いた。同時に砂の玉が崩れ、そのままヒナタの方へ向かってきた。ヒナタは咄嗟に後退するも間に合わない。
「……かはっ」
ヒナタの身体は軽々と宙に浮き、地面に叩きつけられた。
「ヒャハハハハハハ!!久々の娑婆だぜ!!」
砂が崩れ、現れたのは我愛羅の変わり果てた姿だった。全長四メートル程はあるかという巨大な狸の姿をしたケモノが現れ、我愛羅の姿は半身のみその狸の額にある。腹から下は狸に同化しているようだ。身体はぐったり項垂れている。観客席は異常事態にざわついた。
「あれ、やべえってばよ……!!」
「行くかナルト」
あれが尾獣・守鶴だと知っているナルトとサスケは立ち上がったが、それよりも速く砂隠れの忍が動いた。火影として動こうとした自来也を制し、風影は立ち上がり両手を宙にかざした。すると地中の中の鉱物を含んだ硬度の高い砂が守鶴を包む。また、会場の四方に控えていた砂隠れの上忍が試合会場に入り印を結ぶと結界が出現した。加えて忍に連れてこられた僧侶が御経を唱え始める。獣の咆哮が響いた。
今にも会場に飛び出しそうなナルトとサスケを制したのはカカシだった。
「砂の事は砂の忍に任せよう」
「けどヒナタが!!」
地面に叩きつけられたヒナタの口からは赤い血が見える。
「ヒナタァ!!」
ナルトはカカシの注意が逸れたのを見逃さず、飛び出していた。サスケはナルトが行ったんなら大丈夫だろうと、再び椅子に腰を下ろした。
もう試合どころではない。審判のゲンマはようやく試験会場の端に転がっているヒナタの横に駆けつけた。手首の動脈の拍動と呼吸を確かめると、まだ息がある。しかしその口からは赤い血が伝っている。すると、ヒナタの体がオレンジ色の九尾チャクラに包まれた。ナルトは精一杯腹の底から叫んだ。
「綱手のばーちゃん!!!ヒナタを助けてくれってばよ!!!」
綱手のいる場所からは守鶴の影になってヒナタの様子は見えない。名指しで呼ばれたからには出向かないわけにはいかない。ましてやヒナタはシズネ以来の弟子のような存在だ。
自来也、ヒルゼン、大蛇丸、そしてシズネまでもが綱手を見ている。
「あー………、わかったよ!!!」
いつまでもこのままではいられないことは分かっていた。綱手は高見台から飛び下り、声のした方へと駆けつけた。シズネもその後を追う。ヒナタの呼吸は浅い。
「……ゲンマ!!医療スタッフと担架をここへ!内部の損傷が疑われる!」
ヒナタが女性でなければこの場で迷いなく衣類を裂いただろう。ナルトは、数分後到着した医療スタッフに運ばれていくヒナタを見送った。
ナルトは結界の中にいる我愛羅を見た。守鶴の暴走はどうにか収まったようだ。
「尾獣のコントロールできねーと、我愛羅の立場もないな」
これからの我愛羅の立場を危惧した。気を失った我愛羅が砂隠れの忍に運ばれていき、一時騒然となった試験会場は再び落ち着きを取り戻した。
「木ノ葉隠れの日向ヒナタ、戦闘不能。よって勝者、砂隠れの我愛羅!」
次はナルトとシノの試合だ。ナルトは既に試合会場にいるため、シノも観客席から会場へと飛び降りた。
「ナルト、お前との試合を楽しみにしていた。なぜなら、本気のお前を見たことがないからだ」
「ああ。オレも楽しみだってばよ。同期の中でもつえーのは知ってっし」
審判の声よりも先に会場に現れた二人。それは観客を再び試合観戦に引き込む餌となった。
「では、木ノ葉隠れの油女シノ対、木ノ葉隠れのうずまきナルト。では……始め!」
シノの外套の袖から黒い無数の虫が放たれた。この虫は油女一族秘伝の虫、寄壊蟲。チャクラを喰らう小さな虫だ。一匹であればただの虫だが、多数集まると攻撃・防御・追跡など多用できる。この虫の習性を知り尽くした油女一族は、その知識を門外不出としている。
ナルトは今まで一度もシノとは戦ったことがない。試合ではあまり動かず、武器である虫が動く。ナルトは興味からシノとの距離を詰め、接近戦へと持ち込んだ。
試しに拳を繰り出すも、虫によって阻まれ、おまけに服の中に入ってきてぞわぞわすはめになった。
「ううぇええ、気持ちわりーってばよ!!!」
虫はナルトから溢れ出るチャクラを一心不乱に喰らっているようだ。
――多重影分身の術
ナルトの周囲に十人の影分身が現れた。本来はもっと多くの影分身を出すことができるが、そこまでしなくても勝算はある。
ナルトは影分身と共に同時に攻撃をしかけた。一人の攻撃であれば、虫を一極集中させ強度を増せばいい。だが、複数相手となると、一撃一撃にかける虫の数は限られるためその強度は落ちる。
初めにナルトについた虫は雌。雌は一匹のみであるため本体がどれかはすぐに分かるが、攻撃へと行動を移すことが難しい。ナルトの影分身は予想以上に硬かった。それに寄壊蟲がどれだけチャクラを喰らっても、ナルトのスピードは落ちない。
「虫が……」
それどころか、ナルトのチャクラを喰らいすぎた寄壊蟲の動きが僅かに鈍くなってきた。今までにないことだ。ナルトのチャクラ量はシノが考えていたよりもかなり多い。
シノの技の見た目が地味なことから、観戦者から見るとあたかも集団リンチのようだ。
「油女シノ、戦闘不能。よって勝者、うずまきナルト!」
こうしてナルトは後味の悪い勝利を掴んだ。
「あのドベ……」
サスケは虫まみれでガッツポーズをとるナルトを見て小さくため息をついた。もっとやりようがあったはずだろう。と、そういう意味だ。
決戦は我愛羅の棄権により、ナルトとサスケの一対一の勝負となる。試合開始時間はこれより三時間後。
「ヒナタは木ノ葉病院に運ばれたそうだよ」
観覧席へ戻ってきたナルトにカカシはそう伝えた。
「カカシ先生、サンキュってばよ!」
ナルトはサスケの腕を掴んで駆け出した。
「俺も後で行くなー……って、聞いてないし」
ナルトとサスケは木ノ葉病院へと向かった。
受付で病室を聞いて病院の奥にある個室の前に立つ。
ーーコンコン
「どうぞ」
返事をしたのはヒアシだった。ヒナタのベッドの横にある椅子に腰かけていた。ハナビも隣にいる。
「ヒナタの状態は?!」
個室ということからも状態が悪いのではないかと想像していた。
「……ナルトくん」
ヒナタは寝たまま少し顔を上げてみせた。
「見ての通りだ。君と綱手様のお陰で娘は無事だ」
ナルトの九尾チャクラのお陰で体力の消耗が最小限に止められたこともヒナタの回復を手伝っていた。
「はー……良かったってばよ」
ナルトは安堵した。
「……情けないな」
病室にまで見舞いに来たナルトとサスケを目の前に、ヒナタは自分の不甲斐なさ感じた。できることなら決勝戦に加わりたかったという思いがあった。
「ヒナタはよくやったってばよ。修行、うまくいったみてーだな」
「うん。綱手様とシズネさんのお陰で」
「……謙虚なのも良いが、こういう時くらい少しは自分の努力を誉めたらどうだ」
「サスケくん……」
「ちょ、おま、そーゆー言い方しなくてもさ」
「ふふ、ナルトくん、大丈夫だよ。わたし、嬉しいから」
「そーか……?なら良いけど」
「ところで、決勝戦はどうなったの?」
「もちろんオレは勝って、決勝戦はオレとコイツとの一騎討ちだってばよ。我愛羅は棄権した」
「そうなんだ……。わたしもせめて観戦はしたかったな」
ーーコンコン
「どうぞ」
部屋に入ってきたのは綱手とシズネだった。
「失礼します。ん?なんだ、おまえたちも来てたのかい。……ああ、同じ班だったな。数日で退院できるから安心しな」
「綱手のばーちゃん、ありがとうってばよ」
「一応私の生業だからね。礼はいい」
「私はむしろナルトくんにお礼をいいたいくらいです」
「シズネ!余計なことは言うんじゃないよ」
ナルトやヒナタにはトラウマのことは話していない。
「はは、すみません綱手様」
綱手が白衣を着ているということはおそらく診察に来たのだろう。ナルトとサスケは病室を出た。
「……ナルト」
「ん?なんだってばよ」
「試合の事だが」
「ああ。手は抜かねえ。下手すっと大ケガじゃ済まねえだろ」
「なんだ、よくわかっているな。心配するまでもなかったか」
「当たり前だろ。あ、これから試合までは別行動な。こんな友だち気分じゃ試合に影響しそーで」
「それは確かに言えてるな」
病院から出るとサスケはナルトと別れ、試験会場の観客席にいる家族の元へと向かった。
「サスケ!」
サスケに気づくとすぐにフガクが近づいてきた。
いつになく動揺しているように見えた。
「あの術は何だ。……瞬身の術でもなかった。あれはまるで……」
フガクが何の話をしているのか分かった。テマリとの試合で使った輪廻眼の力のことを言っているのだ。
「あれは瞳力の一つ。一定の範囲内のみだが、空間と空間を入れ替える術だ」
説明を聞く限りシンプルな術だが、その使いようによってはテマリとの試合の時のように有用な術となる。
「次の試合もあの術を使うのか……?」
「そうするつもりだ。でないとナルトには勝てない」
「そうか……」
今までサスケはうちは一族の中では最年少の者として一族全員から可愛がられていた。うちはの住居区を歩けば、サスケちゃんサスケちゃんと近所の老夫婦や子育てを終えた婦人などがこぞって可愛がっていた。サスケが眼帯を付け始めたときも心配をしていた。一族の者がサスケの輪廻眼の能力を知ったら、どう思うだろうか。
一方、カカシはちょうどナルトやサスケとすれ違う形でヒナタの病室を訪れていた。
「思ったよりも大丈夫そうで良かったです」
「カカシ、いつも娘が世話をかけるな」
「ヒナタはよくやっていますよ。俺には出来すぎた部下ですかねえ。他の二人が可愛げないからヒナタの存在は正直なところ助かっています」
「カカシも大変だな。自来也からも聞いたぞ。今年のルーキーの班編成は明らかに偏っているじゃないか」
「それは俺ももちろん意見しましたよ。荷が重すぎるって」
「まあ……あいつらを見ていると、上の考えも理解できなくはない。班の中で一つ頭飛び出るとバランスが悪くなるのはこれまでの経験上分かり切っているからなあ」
大人たちはヒナタそっちのけで世間話に花を咲かせていた。
「綱手様、娘から先ほど話を聞いたばかりですが、一か月間修行をつけていただいていたとか。本選であそこまで健闘できたのは指導の賜物ですな」
「ああ、ヒアシ、良い娘を持ったな。まさか宗家の長女だとは思っていなくてな。勝手に門外の術を教えて良かったかい?ちなみに実際に修行に付き合ったのは私の付き人だけどね」
「……ええ、日向にも新しい風が必要と考えておりますれば、ありがたいことです」
「そうかい。いいね」
ヒナタは目を丸くして驚いた。まさか父の口からそのような言葉が出るとは思ってもみなかった。日向一族では他の流派の忍に師事しない風習がある。それは決まり事ではなく、長年の風習でしかない。だが、ヒナタは綱手やシズネに修行をつけてもらっている事をヒアシに話すことができないでいた。今日という日まで。