それから数年の時が流れた今。その間にも確実に木ノ葉隠れの里を取り巻く情勢は刻々と変化していた。各地のアジトから寄せられる情報には、ある一つの単語が目立つようになっていた。
「暁、か……」
自来也はその報告書に目を落とし、ぽつりと呟いた。それは戦闘集団の名。戦乱の世の申し子だ。
暁というその単語が気にかかる。今の立場がなければ、今にでも里を出ていただろう。しかし、その必要はなく、情報はある懐かしい者の口により告げられた。
「暁という戦闘集団の目的は、尾獣の捕獲らしい。そして奴らは能力の高い忍に時を見て声をかけているという話だ」
自来也は里を出て行方を眩ましていた綱手の手がかりを掴んだため、ナルトとサスケとイタチに探しに行かせた。というのも、大蛇丸を里に返した功績があるからだ。まさかこうも上手くこと運ぶとは思わなかったが、綱手もまた木ノ葉隠れの里へと帰還した。彼女も丁度、この情報を里に伝えようと考えていたところだったのが幸いしたらしい。
「そうか。だとすると……奴らの狙いは、ナルト、か」
「そうなるな。だが、全ての尾獣を扱うにはそれなりの準備がいるらしいな。今は情報と、人員を集めているだけのようだ」
「それなら、手を打つのは早い方が良いわね。奴らが人員を集めているのなら、スパイを送り込む好機じゃないかしら?」
「それは……あまりに危険だろう」
「あら、やりようならいくらでもあるわ。自来也、紙と筆をくれる?」
「ホレ」
大蛇丸はさらさらと筆を滑らした。その文字が増えていくに従い、自来也と綱手の目が見開かれていく。
「この策が成るかどうかは、……この二人の答え次第だけれど」
彼の口角が上がる。自来也と綱手はスリーマンセルを組んでいた頃の事を思い出していた。元より彼はこのように机上で策を描くのを得意としており、そしてその策は不思議と上手くいくのだ。あらゆる根回しもこの男の得意とするところだ。
「もし、この策を実行するのなら、全ての責任を負いましょう。……わたしのアジトがなくては成らないことだものね」
大蛇丸は口を引き結んでいる二人を前に、不敵に微笑んだ。大蛇丸が目を付けたのは、ナルトとサスケが波の国から連れ帰ってきた霧隠れの里の抜忍、再不斬と白。彼らは形式上、木ノ葉警務部隊により囲われていることとなっている。しかし、現状はただのうちは家の居候だ。彼らの扱いをどうするか、里の上層部でも度々議題として上がっていたが決定までには至っていない。うちは家にフガクとミコトだけがいる時を見計らい、大蛇丸は手土産を持っていつものように訪ねた。フガクもミコトもまだ、何も知らされていない。
「大蛇丸さん、いらっしゃい」
「ミコトさん、突然お邪魔してご免なさいね。今日は再不斬と白に用があってきたのよ」
「二人なら上にいるはずですよ」
「そう。お邪魔するわ。これ、木ノ葉堂のお団子よ。イタチくんが好きだったでしょう」
「まあ、大蛇丸さんお気遣いなくいらっしゃって構わないのに」
「ほんの気持ちよ。気にしないでちょうだい」
大蛇丸は二階の階段を上がったところで人払いの札を柱に貼った。再不斬と白は大蛇丸と数回顔を会わせているが、まだまともに会話したことはない。だが、このうちは家の世話になることが決まった時に便宜を図ったのは、この見た目も口調も怪しい蛇顔のこの男だ。二人がこの里にいることができたのも、おそらく彼が何かと根回しをしていることは察していた。
「今日はお二人に折り入って、頼み事があるのよ」
彼の言う頼み事が、通常の頼み事でないということはその声のニュアンスと彼の行動でわかる。再不斬と白は佇まいを正した。
「初めに言っておくわ。断ってもいい。この件にはサスケくんもナルトも一切関わっていない。条件は、今この場で決断すること。この先を聞きたい?」
再不斬はちらりと白を見ると、小さく頷いた。
「……用件を言え」
「まず、暁という集団に覚えはあるかしら?」
再不斬と白は目を見開いた。
「知っているようね。二人に頼みたいのは、その組織での潜入捜査。危険を伴うし、一時は汚名も被ることになるし、ビンゴブックには新しい経歴が追加されることになるでしょうね。“うちは一族の虐殺“、と」
二人の表情が険しくなる。
「フフ……安心して。本当に殺すわけではないのよ。うちは一族の皆には見かけ上死んでもらうことにはなるけれど、貴方たち二人のバックアップと諜報に回すつもりよ。ちなみに、貴方たちに目をつけた理由は、血縁者がおらず、里内の知人も限られているでしょう。加えてS級犯罪者として名高い。……暁のメンバーは皆そんな感じよ。里に帰ってなければ私が行っても良かったのだけれど、今はそういうわけにはいかないのは、わかるでしょう?」
再不斬は一考すると、口を開いた。
「……俺は行ってもいいが、何もこいつまで巻き込む必要はないだろう」
「そうね。白、貴方は?」
「一つ、聞いても良いですか?この潜入捜査の狙いは……」
「暁の目的は今のところ確信はないけれど、彼らは尾獣を狙ってるの。この里にいるのは九尾。九体の獣はそれぞれ膨大なチャクラを持っていて、使いようによっては兵器にもなりうる。できることなら、彼らを内部から監視しておきたいのよ。もちろん、その間、自分達の命を優先しなさい。貴方たちが命を落とすようなことがあれば、ナルト……ひいてはサスケくんに嫌われること間違いないから……」
おそらくこの策が失敗に終われば、大蛇丸は失脚するだろう。嫌われるどころの話ではない。再不斬と白はどこからツッコもうかと考えあぐねた。
「で、どうかしら?」
「話を聞く限り、やはり僕たちが適任でしょう。……やります」
うちは家で過ごした穏やかな日々は、これまでの苦しみや辛さや痛みを癒すには十分なものだった。それに、木ノ葉隠れの里に降る事を選んだ時点で覚悟はしていた。修羅の道を辿ることを。それに、彼の言葉からは自分達に対する信頼さえも伺える。おそらく、この会話は誰にも漏らすことのできない極秘事項だ。
「良い返事が聞けて良かったわ。少なくとも決行は中忍選抜試験後よ」
大蛇丸は再びミコトと言葉を交わしてうちは家を後にした。
うちは一族の忍を今回の策の要として選んだのは、大蛇丸のアジトの調査に携わってきたことが大きい。まるで何も知らない者に一から情報を与えるよりは、不要な漏洩を防ぐ観点からも第一選択となった。あまりに危険で大胆な大蛇丸の計画を聞いた自来也は、火影という立場が上、反対した。鍵を握る二人の忍が快諾したとしても、実行に移すにはリスクが高すぎる。自来也を初めとする三忍は、再び火影室で話し合っていた。
「……大蛇丸、たしかに机上では良い策だがのぉ。いくら忍とはいえ、人は人だ」
いつまで続くか分からない任務となる。その間に疲弊する者も出てくるだろう。挙げ句、逃げ出す者も出てくる可能性もある。
「だから、ワタシが頭を下げるのよ」
「正気か……?……。なら、私もそれくらいしないと、名が廃る」
「……ワシも、だのぉ。とりあえず、フガクに打診するとしよう……」
数年前、うちは一族の反逆が不発に終わった時から、フガクはやたらと火影室に呼び出されるようになったと感じていた。召集を報せる鳥を見て、フガクはまた今日もかと嘆息する。
向かった火影室には自来也の他にも綱手と大蛇丸とそうそうたる面々が揃っていた。そして告げられたのは、耳を疑う任務内容だった。だが、裏を反せばそこには里のトップからの信頼が垣間見える。だが、一族の者を説得するには骨が折れることだろう。
「せめて……一族の中で志願者を募らせて頂けませんか」
何も全員が虐殺されるシナリオにしなくても良いだろう。それが今のフガクが答えることのできる最良の返事だ。譲歩はできない。
「……わかった。いつまでにわかる?」
「三日、時間を下さい」
「うむ。……話は以上だ」
「はっ……」
フガクはその日の夜、密かにミコトに相談した。
「そんな……」
「自来也様は全員と言われたが、譲歩して志願者のみで良いということだ」
勿論、うちは当主であるフガクに選択肢はない。
「サスケは?サスケはどうなるの?」
「……まだ下忍になったばかりだ。里に残す他ないだろう。……なに、あいつにはナルトが付いている。大丈夫だろう」
「そう、ね……」
「ミコト、お前は無理をするな」
ミコトの黒い瞳が揺れた。小さく整った唇が震える。
「……私は、うちは当主の妻よ。あなたに、ついて行くわ」
「ミコト……」
翌日、急遽うちはの会合が開かれた。議題を聞かされいないため、集まった者たちはわけもわからず、うちは当主であるフガクの言葉を待っていた。
「まずは俺の話を聞いてくれ。里のトップ、三忍から直々の任務を賜った」
フガクは淡々と、内容を話し始めた。話が進む程にそれを聞く面々は青ざめたり、顔を赤くしたりしていた。
「志願者を募る。少しでも躊躇するのであれば、無理をするな。お三方も理解は示される。ただ、躊躇いがあればこの策は破綻する。だからこうして募ることにした。……。任務に就く者は、この場に立ってくれ」
フガクはその場に立った。そしてミコトはもちろん、今回の話が初耳であったイタチも無言で立ち上がった。それにシスイも続く。
やがて、その場に座っている者はいなくなった。覚悟を決めたのだろう。その表情はどこかすっきりとしていた。フガクの報告を聞いた自来也は、深々と腰を折り頭を垂れた。
「自来也様、サスケにこの事が知れたときにはこの書を渡して頂けませんか。それは写輪眼でしか読めません。……せめてもの親心です」
「良いだろう。……本当に酷な事を頼んでいることはわしもわかっとるつもりだ」
決行は、中忍選抜試験の終了した翌日の夜。その間、ナルトとサスケは試合後の治療と検査のために木ノ葉病院に軟禁されることとなった。中忍選抜試験の最終戦は、ナルト対サスケ。刻々と迫る決行の時を待ちながら、フガクはその試合に目を向けた。とても下忍とは思えない程の試合。目に見える程のチャクラを纏い、ナルトとサスケは拳を交えた。一族の誰もが、この試合でサスケの力を認めたことだろう。できることなら、まだ幼い子供の成長を傍で見守りたかった。
深夜、うちは一族は里から姿を消した。居住区には幻術のトラップと大蛇丸の作った死体が転がっていた。