「フガクさん、表に鷹が来ていますよ」
奥の部屋で書類をまとめていたフガクに声をかけたのは、アジトに住んでいる研究者の男だった。
「そうか」
フガクは手を止めると、アジトの入り口へと向かった。アジトの入り口を出るとすぐに樹海が広がっている。一匹の鷲が、木の枝に止まっていた。フガクの姿を認めると、鷲は羽ばたきその腕にとまった。鷲の逞しい足には小さな筒が取り付けられている。フガクは手慣れた様子でそれを取り外しながら再びアジトの奥へとへと姿を消した。
小さく折り畳まれた紙。それは写輪眼でしか読むことができず、さらにその中には暗号がある。フガクは暗号の鍵と照らし合わせてその内容を読み取った。
「ジッケンタイ、アバレ、キケン……タスケ、モトム……か」
鷹は南アジトからやってきた。そこでは主に人体実験が行われていたという。そこには肉体改造されたものや薬物などにより強化された者が囚われているのかもしれない。総司令本部に助けを求めているということは、事態が切迫している可能性が高い。
「ミコト、南アジトにいる者は誰だ?」
「ヒフミとツユ、よ」
彼らはフガクとミコトを慕っている若い夫婦だ。フガクとミコトは顔を見合わせる。
「南アジトまでは結構な距離がある。最短で向かうには……」
「香燐ね」
香燐がいれば、敵や木ノ葉隠れの忍とも会うことなく南アジトへと向かうことができる。ミコトは早速、香燐のいる研究室を訪ねた。
「ミコトさん、どうしたんですか?」
「香燐ちゃん、これからわたしと夫で南のアジトへ移動するの。至急よ。あなたの力を貸してちょうだい」
「わかりました」
突然のオファーであったが、自分の役回りは分かっている。出立までにはそれなりの準備が必要だ。香燐はアジトの倉庫から武器になりそうな物を探したり、食物庫からは保存食を探し荷物をまとめていた。
「……何してんだよ」
いつもと様子が違うと、水月は香燐に声をかけた。
「フフン。これからウチは任務に行くんだ」
香燐は得意気にそう言いながら、眼鏡を指で軽く上げた。
「任務ぅ?!……なんでこんなメガネ女。俺は足手まといってか」
戦闘能力は香燐よりも高いと自負しているし、体を水に変える能力があるため潜入捜査なども容易い。水月はムスッとした顔をしてその場を後にした。きっとわめき散らすのだろうと思っていたため、香燐は彼の意外な反応に拍子抜けした。
水月はフガクの部屋のドアをドンドンと叩いた。
「どうした」
フガクは鷹を放つためにアジトの外へ出ており、戻ると自分の部屋のドアを物凄い勢いで叩いている水月を見つけた。
「フガク!香燐だけなんで連れてくんだよ!俺も連れてけ!」
水月は真っ直ぐな目を向けてくる。思い出すのは彼とちょうど同じ年頃の息子のことだった。その息子が実際に親である自分に、このように嘆願することはない気がするが。
水月は普段、このアジトの外へ出ることはない。彼の潜在能力は計り知れないだけに、勿体ないとも思う。できることなら、この狭い空間から連れ出したい。今回は至急のため、手勢は最小限に留めたかったが、水月がこうも望むのであればその思いを無下にはできない。
「……。今日の昼頃には出るつもりだ。それまでに準備をしておけ」
「わかった!」
こうして、はじめは香燐だけを連れていくつもりであったが、水月が譲らずに四人で移動することとなった。
「ちょっと、水分補給させてよ」
「またかよ、河童野郎」
「うるさい、ネクラメガネ」
「んだと水月……!!」
「はいはい、水月ちゃん行ってらっしゃい」
香燐と水月との仲は相変わらずだ。ミコトも慣れたもので、川辺へと水月の背を押した。
「俺たちも休憩にしよう」
フガクの声に二人は頷く。休憩の頻度は水月の水分補給の間隔と同じだ。
フガクたちが滞在していたのは北方にあるアジトであり、目的地は南アジト。真逆に位置するその場所には五日がかりでたどり着いた。
アジトへたどり着く前から、香燐は南に蠢く強大なチャクラを感知していた。それはこれまでに感じたことのない闇。それも一つではない。
南アジトは岩肌と天然の洞窟を利用した建物だった。一見するだけではそれがアジトだとはわからない。
フガクたちが近づいているのがわかったのか、そのアジトの前にヒフミとツユが現れた。
「来てくださったんですね!」
「俺たちの力ではどうしようもなく……、申し訳ありません」
ヒフミとツユは申し訳なさそうに頭を下げる。
「現状は?」
ヒフミとツユの口から語られるアジトの現状は、驚くべきものであった。これまでかぐや君麻呂という少年がアジトのトップとしてまとまっていた。だが、病に侵されていた彼はなくなった。そして今、トップを失った混乱の最中にあるのだという。アジトの中は未だ戦闘が続いている。
「全く……大蛇丸という男は」
「隊長、アジトの中ではその名前、出すのは厳禁ですよ。奴ら、大蛇丸様を神格化していますから」
「そうか。北アジトとは随分違うな」
北アジトは主に研究者が多く集う、研究に特化した機関であったが、南アジトは人体実験の末に産まれてきた子どもたちの収容施設だ。フガクたちはアジトの入り口へと進んだ。
「香燐、頼むぞ。気は抜くな」
「はい!……このアジトに感じたことのない似たようなチャクラが点在しています」
「いくつある?」
「五つです。全て、奥の一室に集まっています」
「よし、このまま奥へと向かう。水月は先に偵察を頼む。少し見てくるだけで構わん」
水月は水化し、フガクたちよりも先に出た。そのスピードは走るよりも速い。ミコトは水月の身につけていた物を回収し再び奥を目指し駆けた。
奥で水月が目にしたものは、所々崩れている所もありおそらく強大な力がぶつかり合ったのだろうとも想像できる空間。その最奥にはオレンジ色の髪をした体格の良い少年がおり、それを取り囲むようにして四人の少年少女たちがいる。だが、彼らはもう人とは言い難い成りをしている。体の一部が硬質化し、それはまさに鬼を思わせる姿だ。恐らく、一対四。一斉に四人の少年たちがオレンジ頭の少年に向かっていくが、容易にかわされ反撃を受ける。オレンジ頭の少年は気が狂ったように笑っていた。
「殺すううう!!」
完全にイッてしまってる顔にしか見えない。水月はおもわず背筋がゾクリとしたが、このことをフガクに伝えなければならない。水月は扉の隙間から再び脱出した。ミコトから服を受け取り、着替えながらフガクたちに奥の様子を話した。
フガクの目に紅い巴模様が浮かび、さらに複雑な模様へと形を変えた。ミコトの瞳も紅に染まる。初めて見る眼に気づいた香燐と水月は一瞬目を見開いた。香燐は二人のチャクラの質が変わり、その量も増したことに気づく。その色は深い海や宇宙を思わせる瑠璃色。
バン!と大きな音をたてて扉を開くと、彼らは動きを止めてフガクの方を見た。これを機にフガクは写輪眼を用いて幻術をかける。端から見れば、彼らが止まって動かないように見えるだけだ。だが、やがて一人、 また一人とその場に倒れていく。水月と香燐はその光景をただ呆然と見つめていた。
まるで人とは思えない姿に変わり果ててしまっていた少年たちは、徐々にもとの姿を取り戻していく。全身を覆っていた黒い痣は、体の一ヶ所へと集まっていき、やがて一つの小さな印となった。
「よし。……話をしなくてはな」
それからは目覚めた者からフガクの説教タイムが始まった。もちろん相手が牙を向こうものならミコトの月読の刑も待っている。
フガクは小一時間、木ノ葉とうちはの忍道について語り始めた。寝たりしたら月読の刑が待っている。そしてフガクは写輪眼のままだ。そんな二人を目の前に、五人の少年少女たちは為す術もない。
「こ、このオヤジ、やべぇぞ……」
頭部が二つある少年が、ぼそりとそう呟いた。彼は左近、右近という。隣には唯一の紅一点。ピンク色の髪と少しつり上がった強い瞳が印象的な少女だ。
「下衆チン野郎が。それくらいウチにも分かる」
……最も印象的なのはその口の悪さだが。彼女の名は多由也。
「多由也、仮にも女の子がそんな言葉を「くせーぞデブ」
この中で最も体格の良い少年が多由也を嗜めるが、一蹴された。そういう立ち位置なのだろう。
「アンタ、何者ぜよ……?」
そして彼らをまとめるリーダー的な存在らしい浅黒い肌と通常の一対の上肢の他に二対、合計三対もの腕をもつ彼は、鬼道丸という。彼は冷静にフガクを見据えていた。
「……俺はフガク。普段は北アジトにいるが、お前たちが騒いでいると聞いて様子を見に来た。少し大人しくしてくれるか」
四人は蔑むような笑みを浮かべている。簡単に言うことをきく気はないようだ。
「……俺は、アンタに付いて行きたい」
これまで黙っていたあのオレンジ色の髪の体躯の良い少年が口を開いた。フガクはその口調があまりに穏やかなことに驚く。
「どういう風の吹き回しだ?」
「俺のどうしようもない殺人衝動を抑えることができるのは、君麻呂しかいないと思っていた。だが、今、俺の衝動は収まっている。もしかしたら、アンタに付いていけば、無駄な殺生もしなくていいかもしれない……」
重吾を見る四人も少し驚いているように見えた。左近が口を開いた。
「……重吾はなぁ、『天秤の重吾』ってアダ名が付くくらいの二重人格野郎だ。ま、俺たちに力をくれたのには一応感謝はしているけどな」
彼らの姿形を変える仕組みは、大蛇丸の作った呪印によるものであり、その呪印は重吾の体液から生成されたものだ。故に彼らはそれなりに重吾を慕っているようだ。
「それよりもアンタ、勘違いしているぜよ。俺たちはあの重吾を止めるためにやっていただけだ」
それを聞いたフガクの眉がピクリと動いた。
「……ヒフミ、ツユ」
フガクの低い声に、ヒフミとツユはビクりと肩を震わせる。鬼道丸の言葉が本当ならば、フガクが写輪眼を使う相手は重吾だけでよかったはずだ。
だが、フガクたちが南アジトを訪れるまで、彼ら人と対話することを知らないような子どもだった。ヒフミとツユはわけもわからず、屋内でしばしばとんでもない戦闘を繰り広げる彼らに手をやいていたのだ。一方、後方でその一部始終を見ていた水月と香燐はフガクの写輪眼の憧力を初めて目の当たりにし、目を輝かせていた。
その後、フガクはアジトの資料を確認したり重吾や鬼道丸の話を聞くことで、彼らは血継限界を有する滅亡したとされる一族の末裔であることがわかった。大蛇丸は見せ物にされたり金持ちに高い金額で取り引きされていた幼い彼らの手を取り、このアジトという居場所を彼らに与えていたのだ。彼らが大蛇丸のことを神格化している理由もわからなくもなかった。フガクは来た時の倍の人数を引き連れ、再び北アジトへと向かった。