心地よい風が頬を撫でる。
サスケは目にかかる髪を手櫛で整えながら、ナルトが差し出した弁当箱を受け取った。
「ほらよ」
二段重ねの弁当箱。それを訝しげに見るサスケの横顔をジッと見ていると、ゆっくりと長い睫毛が伏した。
「こんな日が来るとはな」
これまでサスケが弁当を作ることはあっても、その逆はなかった。
「いーから開けてみろって!」
「ああ」
弁当箱の中にはお弁当の定番おかずが所狭しと詰められていた。綺麗なきつね色と鮮やかな黄色のコントラストが美しい玉子焼き。ひじきと大豆の煮物。高野豆腐。鳥の照り焼き。
「スゲーだろ」
ナルトにこんなスキルがあるはずがない。百歩譲ってナルトが本当に作ったとして、教わった誰かがいるはずだ。このメニューには覚えがある。アカデミー生の頃によく目にした。
「ヒナタか」
「よくわかったな。ヒナタから教えてもらったんだってばよ。サスケのためにたまには弁当を作りたいってったら、ヒナタもはりきってくれてよー」
「ったくテメェは……。今日のところはありがたく食ってやる」
救いようのないナルトの思考回路に、サスケは小さく嘆息して箸をとった。そんなサスケの心境を知る由もなく、ナルトも弁当箱の蓋を開ける。
ここは、火影塔のバルコニー。まだ日は高く、しばらく休憩をとったらまた仕事場に戻らなくてはならない。二人の今の仕事は、暗号部での補助だ。お茶汲みから始まり、暗号のいろはを教わり、まだ一人前とは言えないが最近ようやく一人で仕事を行うようになった。
「暗号部。オレには合わねぇってばよ。こーゆーのは、シカマルとかさ、小難しい事に慣れてるヤツが適任だろー」
「確かにそうだな」
「ダンゾウのじいちゃんが何考えんのか、分からなくもねーけどよ」
「ただの書類の整理なんかよりも、やりがいで比べるなら今の仕事の方が良いだろう?」
「まーな。知ってたら何かと役に立つかもしんねーからな」
鳥が、特徴的な高い鳴き声を上げて空を舞う。昼休みに、バルコニーで昼食を取っていたナルトとサスケもそれに気がつき、もうそんな時期かと特に気にも留めずに再び箸を動かし始めた。
暗号部は、機密情報を得やすい部署でもある。暗号を解読しても、その意味を考えるな。それが暗号部の掟だ。
「あっ、ナルトさん、サスケさん。仕事、たくさんありますよー」
暗号部の詰所に戻ると、早速シホというビン底眼鏡とボサボサの頭と無造作な格好が特徴のくノ一が声をかけた。ナルトよりも一つ年上で、この部署では一番年齢が近い同僚だ。そして彼女には以前、前の世界で、自来也の残した遺言の解読を手伝ってもらったことがある。もちろん彼女にはそんな記憶はないが、ナルトにとっては世話になった人物だ。
「やってもやっても終わんねーってばよ!影分身の術!」
ナルトの影分身が十体出現した。
「よっ!待ってましたぁ~」
「流石は伝説の助っ人!」
暗号部の部長も、慢性的ともいえるこの部署の人手不足も補えるナルトの影分身の術には、両手を上げて喜んでいる。通常の忍であれば影分身の数は精々数人。内勤の忍の中にできる者はいないだろう。
「任せとけってばよ!」
ナルトは、誉められてもおだてられても調子にのって伸びるタイプだ。影分身のナルトたちは、各々解読のための資料を探したり、ひたすら鍵を使って解読したりと動き始めた。
「仕事に埋もれていたあの頃のナルトと何ら変わりないな」
その様子は宛ら、火影であった頃のナルトを見ているようで、サスケはくすりと笑った。
「サスケさんは、こっちをお願いします。……ところでぶっちゃけ、お二人はどうしてこんな所に?数年前の中忍試験のウワサは聞いていますよ!すごく強いんでしょう?そんな方がこんな裏方に?」
「少し理由があってな。それで内勤を希望した」
「強い人たちって、外での任務を希望するのが当たり前だと思っていました。ぶっちゃけ」
「それが一般的かもしれないな。それ以上に、オレたちには今やるべきことがある」
「やるべきこと、ですか」
「ああ」
「おーい、シホちゃん、サスケくん。ナルトくんを見習って仕事しなよー。もう」
「ハっ!私としたことがっ!ぶっちゃけすみません、部長!」
「素直でよろしい」
再び忙しなく動いているナルト達を一瞥すると、サスケは無言で印を結んだ。この暗号部のスペース上、十人とまではいかない。五体の影分身が現れた。影分身の得た知識や経験は、消えたときに本体に蓄積される。
「ナルトには負けられないな」
ナルトだけが影分身をしていれば、暗号部の職員としての仕事の処理能力には差が出てくるに違いない。
「……望むところだってばよ!」
「フン。ウスラトンカチが」
この流れが伝説の助っ人たる所以だ。
「ぶっちゃけ、ウスラトンカチって何ですか?」
――コンコン
ノックの音と新しい仕事とはほぼ=で結ばれている。
「どうぞー」
部長がノックの音に応えると、すぐに扉が開いた。
「失礼します。暗号の解読を……って、オメーら、今は暗号部にいるのかよ」
「シカマル!なんかスッゲー久しぶり」
「暗号によっては……奇想天外な発想力が必要なこともあるか」
「それって、どーゆー意味だってばよ」
ナルト十人が各々シカマルに向かってブーブー言い始めると、シカマルは構いもせずに部長の机の前で持っていた巻物を広げてみせた。
「部長、任務で得たこの巻物、どうも暗号のようで」
暗号部の部長はシカマルが持ってきた巻物を広げてしげしげと眺める。
「どれどれ?……うーん。なるほどなぁ。よしよし。しばらく預かるとしよう」
「よろしくお願いします。……オイ、ナルト、サスケ、今日飯にでも行こうぜ」
「おう!オレら十八時が定時だってばよー」
「おー。じゃ、そんころに下で待ってるぜ」
シカマルは、ぷらぷらと手を振りながら暗号部の詰所を後にした。
シカマルが出ていった後も、シホはそのドアを見つめていた。どうも様子がおかしい。サスケはその肩をそっとつつく。
「オイ、仕事」
「っいけないいけない。……ナルトさんとサスケさんは奈良シカマルさんとも懇意なんですね!いいなぁ」
「懇意というか……同期だからな」
「奈良一族というと、頭脳明晰で有名な一族!憧れですよぅ~!しかもシカマルさんは頭だけじゃなくって、忍としても優秀なんですよね?!私もそうなれたらいいのに」
「ああ、なるほど。シホ、仕事」
サスケは積まれた資料をシホのデスクにずらした。
「あ、ハイ!」
ナルトとサスケが影分身を使ってまで働くお陰で、その日も残業もなく定時で上がることができた。
「よぉ。お疲れさん」
階段を下りたところのベンチに、シカマルは座っていた。
「シカマルー。ラーメン食いに行こうぜ!」
「はは、相変わらずだな」
「……またか」
サスケは、ナルトのように毎日ラーメンでも美味しく頂ける人種ではない。それを見かねたテウチが特別メニューを準備するくらいだ。
お馴染みののれんをくぐる。
「おっちゃん!ラーメン二人前とサスケスペシャル一丁!!」
「まいどー!ナル坊は仕事上がりか?今日は珍しい顔もあるなぁ」
「どもっス。……サスケスペシャルって何っすか?」
「ああ!ラーメン半玉と握り飯のことだ」
「いつも世話になる」
「なんのなんの」
「あー。サスケのために作った特別なメニューってだけな」
時間が早いことも手伝って、店内にはまだ誰もいない。いつものカウンターに腰掛ける。
「……で?お前ら何で内勤に回ってんだ」
「それには終末の谷よりも深ーいワケがあるんだってばよ。シカマル」
「ったくメンドクセー。お前らの実力なら既に特別上忍、経験積めば上忍なんてすぐだろ?何やってんだか」
「必要に迫られしていることだ。それに今の仕事も新鮮で面白い」
「そうかよ」
注文したメニューが揃うと、三人はそれらを頬張りつつ話を続ける。
「シカマルは最近どうなんだってばよ」
「オレか?今度砂隠れの里でやる中忍選抜試験の手伝いで……」
「っ!あーっ!!砂隠れでの中忍試験?!それってばそれってば!我愛羅が言ってたヤツじゃ……」
「食ったまま喋るなきたねぇ!……砂の我愛羅と仲良かったのか?」
シカマルの話なんか少しも聞いていない。
「……もしかしてフウも参加すんじゃね?……シカマル!!」
「お、おう」
「参加者の名簿に滝隠れの忍の名前が上がったら、教えてくれってばよ」
「そのフウってヤツ、滝隠れの忍か?」
「何で分かったんだってばよ!?」
「テメェが盛大に喋ってたろ」
「メンドクセーけど、気がけておいてやる。要注意人物か?」
「要注意人物?危険なヤツじゃねーけど」
「以前、任務で滝隠れの里で出会った忍だ。一言で言うなら、女版ナルト」
「オレってばあんなバカっぽくねぇってばよ」
「バカっぽい、か。くっ、大方察しがついた。ある意味要注意人物かもな」
「……ったく、サスケもシカマルもヒデェ」
それから一ヶ月後には参加者の名前が揃い、その名簿には確かにフウというくの一の名が書かれていた。
前の世界で、ナルトは我愛羅からフウの話を聞いたことがあった。自分と良く似た人柱力がいたと。砂隠れの里で催された中忍試験で我愛羅はフウと出会い、ナルトの事を話した。その時、彼女はナルトに会ってみたいと言っていたのだという。
中忍選抜試験が終わり、フウは里長・シブキに見送られて旅に出た。その最初の目的地は木ノ葉隠れの里だったと、後に里長のシブキは語っていた。
今回も同じシナリオ通りにはいかないかもしれないが、暁が動く可能性は十分にあり得る。
砂隠れでの中忍選抜試験が終わった数ヵ月後、静かな日向宗家に騒がしい嵐がやってきた。
「今日から世話になるっす!滝隠れのフウっす!助けてもらったこと、恩にきるっす!」
その天真爛漫な性格は変わらないが、彼女の特徴でもあったヘソ出しローライズスタイルは今や見る影もない。というのも、ナルトの中の重明の尾獣チャクラが封印されているため、現在フウのヘソ周辺には、如何にも何かを封印しましたというような模様が入っているからだ。
「日向宗家の家長をつとめる、日向ヒアシだ。ナルトとサスケの友人と聞いている」
「そうっす!ナルトもサスケもお友だちっすー!あ、ヒナタもあっしの大切なお友だちっすよ」
「そうか。この家のことはヒナタから教わるように。滝隠れ里長のシブキ殿より、フウに礼儀作法を、と言われている故、この家の決まりには従ってもらう」
「ハイ!師匠!」
一通り話が終わると、ヒナタが腰を上げてフウの手を引いた。
「家の案内をするね。フウの部屋もちゃんとあるから」
「私の部屋があるんっすか?!あっし、ヒナタと一緒に寝れると思ってたっす……」
「あ、う、うん。じゃあ、一緒に寝よっか。フウも木ノ葉に来たばかりで不安だよね」
「本当っすか?!やっぱりヒナタは優しいっす~」
フウは押し倒す勢いでヒナタに飛びついた。
「きゃっ!」