もし二人であの頃に戻れたなら(完?)   作:冬乃菊

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砂隠れの里を救った英雄

 屋内に設けられた釣り堀の対岸には、その高齢の男性と同じく高齢と思われるしわくちゃな顔をした女性が、釣竿を池に垂らしたまま微動だにしない。その目は虚ろで瞬きもない。

「……姉さんや。……死んだか?」

「…………」

 いつまで経っても返答がない。

「今度こそ逝ったか……」

 我愛羅の父である風影が、風の国の大名との対談のために数年ぶりに里を空ける。その情報は里の重大機密。その不在の間、風影は三人の我が子と有能な上忍数名に任せ里を発った。

 風影の不在を知るものは、里の内部でさえ限られている。かつて砂隠れの里の舵取りをしてきたこの姉弟も、その秘密を知る数少ない者であった。

「…………死んだフリぃいい!!ギャハギャハギャハ」

「……そういうリアルなボケは心臓に悪いぞ、姉さんや」

 彼らは高齢で、里の舵を後陣に託し、今や毎日が釣り一色のゆっくりとした生活を送っている。里の政策には一切口を出さず、また協力を求められてもそれに応じることはない。それが彼らの守っている立場だ。

 

 突如、窓から射し込んでいた日が陰り、屋内の釣り堀が暗闇に包まれた。さすがに釣りを続けるわけにもいかず、チヨバアは椅子から飛び降りると出窓から外の様子を伺った。そのしわくちゃの顔の中にある大きな目がカッと見開いた。彼女が目にしたのは、空を覆い、太陽をも隠す程の厚い砂の層。通常、空に砂があるという現象は砂嵐が思い起こされるが、それにしては砂が厚すぎる。何より風は少しも吹いていない。この砂にはチャクラが通っている。里全体を覆うほどの砂を一度に操れる忍は、チヨバアの記憶には一人しかいない。現、風影だ。だが、その彼も今は里を出ている。となると、思い当たる人物はもう一人、その息子、我愛羅だ。

――ドンッ!!

 大きな爆発音。空気が振動する。

 紛れもない有事だ。窓の外には砂隠れの忍装束を身に纏った忍たちが、各々見晴らしの良い高い建物の上に登り、ただ一点の方角を見ていた。

 空はやがて元の青さを取り戻した。そして、その晴れ渡る青空には、奇妙な鳥のような形状の白い物体が浮かんでいた。空に浮かんでいた砂が、それに引っ張られるようにして里の外へと引いていく。

 白い鳥のような形状の物体には、黄色い髪を無造作に束ねた人物が乗っていた。その身に纏われた装束は、黒地に紅い雲。それは『暁』の一員であることを表す。

「俺が追いかけるじゃん!!」

「……よし。お前たちはカンクロウを援護しろ!!」

「「はっ!」」

 バキの側にいた忍の姿が消えた。眼下にカンクロウとその後ろに続く二名の忍の姿があった。彼らは白い物体を追った。

「バキ上忍!東の警備部隊が全滅しています!また、そ、それが……由良上忍の姿が消えました」

 バキの顔から血の気が引く。

「クッ……まさか、なんということだ……」

 由良は砂隠れの里の忍の中でも信頼の厚い有能な忍だ。その部下が全滅した上にその姿が消えたとなると、導かれる答えはただ一つ。由良が今回の襲撃のパイプ役であった可能性。

 風影の留守を任されたバキは、決断を迫られていた。風影に戻るよう要請するか、同盟里である木ノ葉隠れの里に助けを求めるか。

 

 

 

 我愛羅の危機は、ナルトの中にもある守鶴のチャクラを通して伝わっていた。

「……やっぱ、気分悪ィ」

 ナルトとサスケなら、輪廻眼の力を借りてすぐに跳んでいくことができる。だが、他の国での戦闘は外交問題に発展する可能性があり迂闊に動くことはできない。

 こうして暗号を解読している間にも、我愛羅や砂隠れの里が危機に曝されていることを考えると居ても立ってもいれなかった。

――ガタリ

 影分身は仕事をしているが、本体のナルトは神妙な面持ちで勢い良く立ち上がった。サスケもそれに気づく。何か合ったであろうことは容易に察することができ、部屋を出ていくナルトの後を追った。

 暗号部の職員は、ナルトとサスケの影分身が仕事を続けているため二人を引き止めることはなかった。

 ナルトが向かう先は、里の地下。ダンゾウの隠れ家だ。

「我愛羅が暁に拐われた。オレとサスケで助けに行く!」

 これまでダンゾウが許可していたのは人柱力が尾獣を抜いた後の対応についてであり、他里での戦闘は認めていない。

「それは許可しかねる」

「なんでだってばよ!?」

「各地の人柱力が狙われている。だからもしもの時には力を貸すと、すでに里から親書は送っている。……砂隠れの里がどう出るか、だ」

 同盟里とはいえ、要請がなければ介入はできないのが現状だ。

 ナルトもその社会的な決まりについては理解している。それを破るとどうなるかということも。

「お前の気持ちも解らんでもない。もし、砂隠れから協力の要請があれば、急行できるように火影に口添えはしておいてやる。そのつもりでな」

「……わかったってばよ」

 ナルトの表情は思い詰めているのか、暗い。その姿を見ていると、胸が痛んだ。ナルトは、人の痛みをそれと同じように受ける。そしてまたその痛みが、伝染する。

「ナルト、今は備えて待つしかない」

「そだな……」

 

 

 事が進むのにそれ程長い時間はかからなかった。昼の休憩を終えた頃に、暗号部のドアがけたたましい音を立てて開かれた。

「ナルト!サスケ!今すぐカカシ、ヒナタ、サクラと共に砂隠れの里に向かえ」

 その声は自来也のものだった。火影が直接暗号部の扉を叩く機会は少なく、暗号部の職員は皆手を止めて自来也とナルトやサスケに注目していた。

「……と、いうワケだ。部長、部下をちょいと借りるのぉ」

「ほ、火影様!どうぞどうぞ!」

 

 集合場所は、里の門の前。既にメンバーは揃っていた。というよりも、一人人数が多い。

「ナルトーっ!サスケーっ!あっしもついていくっす!」

「ちょっ!フウ?!んなの火影が許すわけあるかぁ!」

「そんなことないっす!里長はできる限り経験できることは何でもするようにって。そして、ナルトが一緒なら里から出ても良いって!だから大丈夫っす」

「はぁああ?何なんだ一体……」

「ははは。ナルト。滝隠れの里長からも随分な信頼を得てるんだな」

「何でだってばよ……」

「あっ!たぶんそれはあっしが、我愛羅から聞いたナルトの良いところをぜーんぶ話したからだと思うっす。九尾のチャクラを完全にコントロールできているとか!」

「もはや里の重要機密も何もないな……」

「我愛羅のヤツ……」

「あっしたちは同じ人柱力仲間として隠し事はナシっす!」

 この場にはカカシ、サクラ、ヒナタとが揃っているが、最早蚊帳の外だ。

「……えーと。おーい」

 へたれたカカシの声でも一応その場は静かになった。

「まず、隊長は俺だ。砂隠れの里まではここから三日はかかる。とばしていくぞ。それから編隊は、二つに分ける。俺とヒナタとサクラ。それとナルトとサスケとフウ。もし二手に別れる必要性が出た場合には、この組み合わせでいく。わかったな」

 各々静かに頷いた。

 

 木々を伝って駆けていると、道に見覚えのある人影があった。その背には身の丈程もある巨大な扇子が背負われている。

「テマリさん!」

 サクラが呼び止めると、テマリは少し驚いた様子で立ち止まった。

「こんな人数で……何かあったのか?」

 テマリは砂隠れの代表として、木ノ葉隠れの里で開かれた会議に参加していた。砂隠れからの協力要請とは入れ違いに、木ノ葉隠れの里を発っていた。

「君の弟の我愛羅くんが、暁っていうテロリストに拐われた。里もそいつらに襲われたらしいけど詳しい情報は知らない。俺たちは要請を受けて砂隠れに向かっているところだよ」

「我愛羅が?!」

 我愛羅の強さはテマリも知るところだ。その我愛羅が敗れたとなると、砂隠れの里の被害が心配だ。

「我愛羅はぜってー助けるってばよ。オレたちのことをバケモノとしてしか見ようとしねぇあいつらをブッ飛ばしてやる!」

「あっしも我愛羅と同じ人柱力で、暁の奴らに襲われて……でも、ナルトに助けられたんっす!だから絶対、我愛羅は大丈夫っすよ!我愛羅もあっしの大切な友達っすから、頑張るっす!」

 我愛羅は孤独だと、決めつけていたのは姉である自分だ。我愛羅には信頼するに足る友人がいる。我愛羅はもう一人ではない。実の姉でさえ入り込めなかった、いや、入り込もうともしなかった部分に、目の前の二人は足を踏み入れた。

「ありがとう」

 熱いものが込み上げてきたが、ここで立ち止まってはいられない。テマリの目付きが変わる。

「さ、そろそろ行こうか」

 テマリも加わり、カカシの一声で彼らは再び砂隠れの里を目指して駆け出した。

 

 

 

 三日かけてようやく砂隠れの里の門に辿り着くと、木ノ葉隠れの額あてが目についた門番はすぐに里内へと伝令を飛ばした。

「テマリ様もご一緒でしたか!」

「ああ!我愛羅はどうなった?!」

「詳しくはバキ上忍に聞かれてください!それよりもカンクロウ様が!」

「どうしたんだ?!」

「とにかくこちらへ!案内します」

 敵の追跡は絶たれた。里の南の方角に負傷し倒れている所を発見された。毒の刃を受け、カンクロウは話すことさえ間々ならず、里の病院の集中治療室に運ばれていた。だが、この原因は特殊な毒によるものであらゆる解毒剤を試しても全く効果はなく、日に日にカンクロウの体力は消耗していた。

「カンクロウ!」

 その部屋にはカンクロウの横たわった寝台とその周囲に医療スタッフ数名に加えてバキを始めとする砂隠れの上役と、隠居していたはずのチヨバアとエビゾウの姿があった。

 テマリは彼らを押し退けてカンクロウの手を握った。

「……っ」

 カンクロウは応えようと口を動かすが、言葉は出ない。

「いい、何も話すな……医者は?!」

 ヒナタはカンクロウを見て確信した。以前のハンと同じ症状だ。

「サクラ、やっぱりあの時と同じ毒みたい。解毒薬を」

 彼を襲ったのも暁で、今回も暁が絡んでいると聞いてヒナタは研究用にストックしていた解毒薬を持参するようサクラに頼んでいた。

「はい!これね。……じゃ、私は傷口からできるだけ毒抜きしてみるわ。……私たちに任せてください!」

 その場の視線がサクラに注がれる。チヨバアもちらりとサクラを見る。

「なんじゃ小娘。……木ノ葉のガキか。……っお前は木ノ葉の白い牙か!息子の仇ぃいいい!!」

 チヨバアにとってはサクラなんてどうでもいい。それよりも背後に立っていたカカシを見た瞬間、目が血走った。

「……えっ、え、俺?!」

 突然身に覚えのない殺気を感じてカカシはたじろぐ。それよりもチヨバアの動きはその外見からは想像できない程に素早く、床を蹴ってカカシに迫った。

――ガシッ!

「カカシ先生に何すんだっ!」

 ナルトは素早くチヨバアの背後に回って羽交い締めにした。

「姉さんや、その人はよく似とるが、……白い牙とは別人だ」

 エビゾウにそう言われて、チヨバアは目を細めてカカシをジッと睨み付けた。

「…………。ボケたフリぃ!ギャハギャハギャハ」

 殺気が失せたのを確認してナルトはパッと手を話すと、チヨバアがナルトの顔を見上げた。

「ガキ、やりよるな……」

「当然だってばよ」

 

 サクラはチャクラを使って傷口から直接毒抜きを行い、ヒナタは解毒薬を少しずつカンクロウの口に含ませた。手立てのない状況に一筋の光が見え、緊迫した空気が少し弛んだ。

「どうもお久しぶりです。何度かお会いしたことはありますね。俺は木ノ葉隠れ上忍のはたけカカシ。今の状況が知りたいんですが……」

「私は砂隠れ上忍、バキ。風影様の不在を預かる身だ」

「……風影が、不在……。風影に連絡はいってるんですか?」

「ああ。……ただ、風影様は今風の国の大名と対談している。自由に動けぬ身で、風影様の判断を待たずしてそちらに協力を依頼した」

 風の国の大名の城と木ノ葉隠れの里とでは、木ノ葉隠れの里の方が近い。また、相手が大名の場合は自ら一方的に対談を中止することもできなければ、正直に里が敵の攻撃を受けて被害を受けているとそのまま話すこともできない。

「そうですか……。で、敵の追跡はどうなっていますか?」

「……それが、カンクロウと他二名で追跡に向かったが、この通り」

「追跡が途絶えたと……?」

「ああ」

「つまり、手がかりは彼のみ、ということですか」

「そうだ。カンクロウの回復を待つ他ない。他の忍に辺りの捜索はさせてはいるが、手がかりはない……木ノ葉隠れの里は医療忍者の育成も進んでいるな」

「ああ、今回はたまたまですよ。彼女らは少し特別で。ところで、戦闘のあった場所はどこですか?これでも私は追跡が得意でして……」

「その必要はない。手がかりがねーんなら、オレが感知する方が早いってばよ!」

「……あれ?オマエって感知タイプだったっけー?」

「フン。感知タイプというよりも、何でもアリなタイプだな」

 サスケがそう言いながら小さく笑う。

 見える程の濃度のチャクラが、ナルトの身体を包んでいた。スッと目を閉じ、意識を集中させる。

 場所は、前の世界と変わらなかった。そこは風の国と火の国との間に位置する国。

 ナルトの目が開く。

「……川の国の洞窟だってばよ。そこに我愛羅がいる」

 場の空気が変わった。戦わずとも分かる、その力がいかに強大かが。バキは以前、中忍選抜試験でナルトの戦いを見たが、今はそれ以上の力を感じる。底知れない。その言葉に尽きる。

「っぐ!…………我愛羅を連れ去った奴らのうち一人は、……赤砂のサソリってやつだ。やつは、傀儡使いの生きた伝説ってやつ……じゃん」

 毒が抜け、解毒薬も効いてきたのか、カンクロウが半身を起こし切れ切れにそう言った。

「赤砂のサソリ……?確かにそう名乗ったのか?」

 チヨバアがその敵の名前に反応した。

「ああ」

「サソリはワシの孫。死ぬ前に会いたいとは考えていた。未練はそれだけじゃて。ナルトといったか……?そこまで案内してくれ」

「おう!わかったってばよ!」

「チヨバア様!私も行きます!」

 チヨバアはいつコロッと逝ってしまうかもしれない高齢。我愛羅のことを心配しているのもあるが、テマリがそうしてお供をかって出るのも分かる。

「テマリは里に残れ。里が手薄になるのも問題じゃ」

「っ!!」

「……ですね。里の中の仕事は、砂隠れの忍が対応した方が良いでしょう。暁の対応と、我愛羅くんの奪還は、我々に任せてください」

「……ん?カカシ先生、ゲキマユ先生たちもこっちに向かってるっぽいってばよ。増援かもな」

「ガイ班か。そっちは俺の忍犬に向かわせる。川の国で合流でいいな」

 カカシはそう言いつつ素早く印を結び、忍犬を口寄せした。

 

 犬歯が唇を割き血が滲む。我愛羅を助けたい。 だが、輪廻眼の瞳力や暁を前に尾獣の力を完全に引き出せることが知れると厄介だ。木ノ葉隠れの里の九尾のチャクラの回収が後回しになっていたのは、あの頃のナルトの力がそれほど重要視されていなかったからでもある。それに暁のリーダーであるペインには、火影となった自来也には私怨にも似た感情があるはずだ。里への報復の時期が早まる可能性もある。

「おい、ナルト?」

 サスケは、険しい表情をして黙り込んだナルトの顔を覗き込む。

「……行くぞ」

 目に見える程に濃いチャクラがナルトの身を覆い、何も知らない砂隠れの忍びたちは驚き目を見開く。

「行くっすね!」

 フウの背には透明な薄い羽が現れ、チャクラの圧も増したのが分かる。目に見える程の濃いチャクラは、黄緑色の質の違うものへと変化していた。

「おい、ナルト!!早まるな!フウも……」

「カカシ先生、ワリィ。……やっぱ、オレってばいつも全力でいかねーとダメみてぇだ。……チヨバア、全速力で行くってばよ!」

 これから起こる未来のことを知っていても、全力で今できることをやる。報復を恐れ、助けを必要としている友を二の次に考えることはできなかった。

 力強い光を宿した空色の瞳。

「っ……!!」

 あの人と同じ黄色い髪と、空色の瞳。それから、全くといっても良いほどに違う立ち振舞い。それでも彼には、あの人の面影が垣間見えた。

 久しぶりに感じるナルトの覇気。その背を見てゾクリと背筋が震えた。恐怖というよりも、むしろ歓喜するが故に。サスケは目を細める。

「カカシ。呆けている時間はない。後を追うぞ」

 須佐能乎を出せばナルトを追いつくこともできるだろう。だが、万華鏡写輪眼の能力を安易に使うことはできない。それはナルトと一緒に話し合って決めたことだ。そのナルトは九尾チャクラを隠すことなく纏って駆けていることは、些か約束に反しているかもしれない。それも彼らしいといえば彼らしい。思うままに最善を尽くすのが、ナルトという男だ。

 トレードマークでもある黒い外套が翻えると、既にそこに彼の姿はなかった。

「あ、ああ、サクラはここに残り手当を続けろ」

「わかりました!」

 隊長であるカカシの指示にサクラは頷く。

「ヒナタ、お前も……」

「私も行かせてくださいっ!」

 ヒナタは珍しく言葉を遮りそう言った。そうしてる間にも、既にナルトは全速力で我愛羅の元へと向かっている。後を負うサスケの背も既に見えず、考えている暇はない。

「オマエが案外頑固なのはよく知っているよ。……よし、遅れはとるな」

「はいっ!」

 カカシとヒナタはサスケに続いてナルトの後を追った。

 

「コイツ……タシカ、シチビノジンチュウリキダヨ」

 その声は、かつてサスケを策中に取り込もうとした者の声。ゼツ。あらゆる場所に現れることが可能で、この世で起こっている全ての出来事を把握できると言っても過言ではない。まさに暁の情報網の中枢だ。暗闇の中、その異形の瞳がぎらりと光る。

「まさか。……尾獣を抜かれた人柱力は死ぬ運命にある」

 ペインというこの組織の首領らしき黒い影の男は、その声を聞くもあり得ないことと一蹴し、背後に聳え立つ像を見上げた。この像は外道魔像という。九つの目を持ち、そのうち開いている三つの目がぎょろりと動き、男の姿を捉えた。

 尾獣のチャクラを封印する毎に、その目が一つ、また一つと開いてゆく。封印されている尾獣は、五尾、三尾、七尾の三体。我愛羅に宿る一尾・守鶴の封印を終えると、四つめの目が開くだろう。

 耳を貸す気もない男を不満そうにジッと見ると、ゼツは再び溶けるように闇の中に消えた。

 ペインはゼツには気にも止めず、中背の男に見える黒い影に目配せした。その影が消えると、外道魔像の指の上に佇む黒い影は仰々しい静けさを破って突如として四方八方から罵声が飛び交った。

「オイ!よりにもよってあの新入りが抜けんのかぁ?!尾獣チャクラの転送、まだ終わってねーんだけど!」

「…………」

 血の気多く打ち叫ぶ銀髪の男もいれば、黙って黙々と作業を続ける者もいる。少なくともいくらかはチャクラコントロールが乱れただろう。

「俺の采配だ」

 飛段に対してけして語気を荒げないペインの声が、重く響いた。

 

 ガイ班と合流し、我愛羅のいる方へと向かう。その行手にはよく見知った顔が二人。黒地に紅い雲の外套は暁であることをさす。

「白!再不斬!オマエらには聞きてぇことがたくさんあるんだってばよ!」

「再不斬と白というと、うちは一族を屠った、あのやからか!許さんぞぉおおお!」

 ガイがやる気になっている。

「ナルトくん、サスケくん、ヒナタさん、カカシさん、どうもお久しぶりです。また戦わないといけないようですね」

 再不斬と白を前に内心最も焦っていたのはサスケだった。表向き二人には家族と一族を皆殺しにされた設定だったはずだ。ここは一番槍で前に出た方がいいのだろうか。出たら出たでそう時間をかけずに負かす自信もある。

「サスケ、どうした!」

「いや……この二人は本体ではない。おそらく何らかの術だろう」

「うん……まあ、そうだな。オマエ……」

「なんだ」

「なんでもねぇってばよ」

 例え本体でなくとも一族の仇を、と噛み付くものではないかとサスケをみる。そもそも、どう考えても再不斬と白が暁にいるのはナルトにとって違和感でしかなかった。

「本体ではないってことは、足止めってことかな」

「本体でなくとも気は抜けない。……オレとナルトを置いて先に行け」

「任しとけってばよ!」

 カカシも二人の力は信頼している。

「頼むぞ」

 ガイは何やら言いたそうにしていたが、再不斬と白が先に行こうとする者をみすみす逃すはずもなく、濃い霧と氷の壁が視界を阻む。視界が悪い中での暗器による攻撃は再不斬と白が得意とする戦術だ。ナルトとサスケの援護により、カカシ、ヒナタ、フウ、ガイ、リー、ネジ、テンテンは我愛羅のいる場所を目指す。

「ナルト、お前が先に行かなくてよかったのか?」

「我愛羅はまだ無事だってばよ。行きてーのは山々なんだけどそれ以上に再不斬と白とはちゃんと話をしねーとな!」

「わかった」

ーー火遁、豪火球の術

 巨大な火球が周囲を焼き尽くし、霧も氷もなく視界が鮮明になる。サスケは再不斬と白を眼で捉えた。

 

 そこはサスケの実家だった。

「え?!なんだってばよココ!……って、幻術か?」

「正確には違うが似たようなものだ。お前は再不斬と白と話がしたいんだろう」

「なるほど……ここでは、盗聴のリスクがないんですね」

「ナルト、サスケ、……すまねェな」

「は?!」

「サスケくんはもう知っているんですね」

「ああ」

「……やっぱし何かあるんだな」

 サスケは再不斬と白について、ナルトに隠していたことを伝えた。

「なるほどなぁ。里も動いてんのな。なんかスッキリしたってばよ!おかしーなとは思ってたからさ」

「オレに聞けば良かっただろう」

「なんか事情があるんだろうなって待ってたんだ。確かに今後またどっかで鉢合わせて戦闘になる可能性はあるし、今回話してくれたのは良い機会だったってばよ」

「再不斬、忠告しておく。今後、暁からは八尾を倒してこいと無茶ブリされるだろう。タコの足一本だけでも持って帰るとそれでいい。深追いはするな」

「ビーのおっちゃんにも伝えとかねーとな」

 襲われたら足を一本渡せなどと言うのは些か気後れするが、仕方がない。小さい牛鬼に説得を頼み込むしかないなどとナルトは考えていた。

 幻術が解けると同時に暁の特殊な術も消え、先ほどまで再不斬と白だった者は違う男に変わっていた。ナルトは念のため巻物に封じ、サスケと共に先を行くカカシやガイを追った。

 

 砂漠の中に、疎らに雑草の生えている部分が多くなり、更に進むと丈の低い木もぽつりぽつりと視界に入るようになる。そして砂だけの地面は土へと変わっていった。

 風の国と川の国との国境。そこには見上げるほど大きな岩肌が聳え立ち、足元には湧水が。そして石造りの巨大な鳥居が鎮座していた。この奥に我愛羅がいると感じる。まだ、彼の息は絶えてはいない。以前よりもかなり早いタイミングで辿り着くことができ上々だ。

「ナルト、我愛羅はこの奥にいるっすか?」

 岩肌には、「禁」と書かれた御札のついた巨大な岩が、まるで天岩戸のように入り口を塞いでいる。

 途中から背負っていたチヨバアを降ろしながら、ナルトはじっと岩を見た。前回と同じく、それには結界が施されている。

「ああ。五封結界だ。近辺に同じような札があってだな、同時に剥がすことで結界は解除できるんだってばよ」

 五封結界についての説明は全てカカシの受け売りだが、ナルトはドヤ顔だ。

「ナルトは物識りなんっすね!あっし、尊敬するっす!」

「いやぁ、それほどでもっー!!……ってんなことしてる場合じゃなくって」

「そういうことならウチの班に任せてくれ。ネジ、頼むぞ」

「もうやってる。四方の札の位置は確認した」

「よし!無線をつけろ。散!」

 無線はヒナタにも渡された。無線でネジはそれぞれの札との位置をモニタリングして方向と距離を伝えて誘導する。

「タイミングを合わせて、この岩を砕けばいいんですね。わかりました」

 

 敵は目と鼻の先。謂わばここは敵の門前。こうしてる今も、どこからか監視されてるに違いない。ナルトは不意にキッとその岩を睨みつけた。我愛羅はこの向こう側にいる。あの頃と比較すると、駆けつけるのにかかった時間はかなり短縮されている。我愛羅の灯火も、まだ消えていない。ナルトの腹にいる守鶴の神経は張り詰め、今にも暴れだしそうだ。

 

「……五月蝿いネズミども。もう嗅ぎつけたか」

その声に、我愛羅の閉じた瞼がピクリと動いた。自身のチャクラは戦闘により欠乏し、自身に宿る守鶴のチャクラの大半は剥がれ、抵抗しようにもできない。ここがどこだか知れないが、彼らは外の様子も把握しているらしい。

(……いや、まさかな)

 仮に彼らの敵が現れたとして、必ずしも自分の味方であるとは限らないと、我愛羅は微かな望みもかえって虚しい気がして抑え込んだ。何者だろうかと考える選択肢も持たない。まさか、数回話しただけの彼が追いかけて来ているなどと思いもしない。

 身を捩ると、例えようのないほどに巨大な像が見え、その像の指の先のような場所にそれぞれ人影が見えた。実体があるのは砂隠れの里と自身を強襲した金髪の男と、砂隠れの抜忍、サソリの二人。他は黒い人影のみだった。二人とも手練れだ。上忍でも太刀打ちできるかは分からない。もし砂隠れの里の忍が助けに来たのなら、どうか引き際を見極め生き延びて欲しい。我愛羅の意識は再び遠退いた。

 

 合図と同時にヒナタは洞窟の岩を砕いた。その先には目を閉じ地に横たわる我愛羅と、デイダラ、サソリの姿があった。

ーー天手力

 輪廻眼によりサスケと我愛羅の位置が入れ替わり、デイダラとサソリは天照の炎に包まれる。

「クソっ!なにが起こった?!」

 簡単には焼かれないらしい。デイダラとサソリは暁の外套を脱ぎ去ることで黒い炎の延焼を防いだ。

「サンキュ、サスケ!」

「ヒナタを連れて先に行け、ナルト」

「了解!」

 もはやカカシの指揮もなにもない。

「うちはの。そっちはわしの孫じゃて。可愛い孫を久し振りに可愛がってやりたいんでのォ」

「なら、オレはこっちだ」

 正体不明の術。そして前髪に隠れてよくは見えないが左眼は写輪眼でもない見慣れないもので得体が知れず、デイダラは武者震いをする。やたら手の内をみせるわけにはいかず、サスケは写輪眼の能力の範囲内で戦闘しることを課してデイダラと相対した。

 

 

 既に尾獣が剥がされた我愛羅は暁からすると用済みであり、追手はなかった。柔らかい草の茂った草原の上に我愛羅の体を横たえ、ナルトはこれまでと同じように事前準備していた巻物を使用する。ヒナタもその様子を見たことがあり動じずに身体と経絡系の修復に集中する。

 ナルトの中にいる一尾・守鶴のチャクラを我愛羅の腹部に封じる。守鶴のチャクラはすでにナルトの身体に馴染んでおり、べったりとくっついているものを慎重に切り離すような繊細な作業が必要だ。

「我愛羅!はやく目ェ覚せってばよ!」

 周囲に砂隠れの里の応援が続々と到着するが、既に敵はおらず我愛羅の様子を遠巻きに見ていた。

「我愛羅!」

 我愛羅の姉であるテマリはすぐに側に屈んでその顔を覗き込む。息はあるがまだ生気はない。

「うずまきナルト、感謝する。……他里の忍にここまでするのか?」

「我愛羅はオレの友だちで、同じ人中力なんだ。同じ思いしてきたってこと知ってんのに、見捨てられっかよ!里もクソもカンケーねぇ!」

 守鶴のチャクラを封じたあとは、欠乏したチャクラを流していく。

「ナルト。デイダラには逃げられた。サソリは死亡確認されたようだ。もうすぐ戻って来るだろう」

 サスケの報告で戦闘の応援は不用とわかり、我愛羅にだけ集中できるようになった。

 

 目を開けると一番に青い目と金色の髪が見えた。

「ナルト……」

「オマエ、スゲェじゃん。風影不在の里を守ったんだってな!」

「助けに、来てくれたのか」

 身を起こそうとする我愛羅の背をナルトが支え起こす。

「ダチのピンチには駆けつけるってばよ」

「……ありがとう」

「我愛羅!よかったっす!」

「フウ。なぜここに」

「フウはワケあって木ノ葉隠れの里にいてな、オマエがさらわれたって聞いてついてくるって聞かなくてさ。オレら、人柱力仲間じゃん。なんかこーゆうの、イイだろ?」

「ああ、そうだな」

 我愛羅が珍しく微笑み、砂隠れの忍たちは動揺を隠せないようだ。

 ナルトとフウ、我愛羅。彼らに共通するのは人柱力であること。

「カカシ、ワシはこれまで同盟なぞ形だけのものと信じず、他里を避けてきた。その他里に今回は救われた。……ワシのしてきたことは、間違いばかりだったのかもしれん」

「チヨバア様、ナルトには不思議な力があるんですよ。交わす言葉は少なくても、誰とでもすぐ友達になってしまう。あいつにとって木ノ葉だとか砂だとか、たいして意味をもたないのでしょう。オレはあいつに期待しかないですよ」

「期待、か。ワシも長生きしすぎたが、まだまだすることがありそうじゃ」

「まだお若いですからね」

 

 その後、我愛羅は砂隠れの里を身を挺して守ったことにより人望を集め、程なくして五代目風影となった。

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