荷物は多い方ではないが、日用品や忍具、巻物、その他書籍など、まとめてみると想像していたよりも多い。ナルトが「オレが影分身して運べばいいんじゃね?」などと言うが、引っ越し作業ごときで目立ちたくはない。
「もっとラクな方法がある」
輪廻眼には空間をつなぐ能力がある。
「そっか。もう色々隠さなくていいんだな」
六歳から約十年間、敵に悟られないよう能力の使用は制限してきたが、その敵がいなくなったのだからもうそうする必要はない。
輪廻眼の瞳力で開いた空間のはざまのその先には、家族が待つ家がある。荷物を先に送り込み、最後にサスケが入ると、文字通り目を丸くしてこちらを見ている両親や兄と視線が合った。
「……ただいま」
座標を自宅としたが、自宅は自宅でも自分の部屋に合わせればよかったと今さらながら後悔をする。
「それで、サスケ。わかっているとは思うが、一族の者たちからその輪廻眼の瞳力について説明を求められている。お前が六つの時は悪夢を見たからだと言っていたが、さすがにそれが事実ではないだろう」
あの時、サスケは夢の中で一族の者全員が死んだと言っていたが、悪夢を見たからと写輪眼や輪廻眼が開眼するとは考えにくい。あの時は幼い息子を前に問い正すことはできずにいた。それから、今思えば何を聞いたところではぐらかされていたに違いない。
「……知ってどうする」
離れていた約三年もの間に子は成長するものだが、十六歳の少年とは思えない仕草や態度はもう自分の知るサスケではない。
「どうするわけではない。一族の者として知っておく必要がある。それに、あの戦いで見せたあの姿にも関係があるんじゃないのか」
一族の者としての知る義務、いや、権利だろうか。フガクのいうそれを語るにはどうしても外せない内容があるが、それを知った一族の者はどのような反応をするだろうか。話さないことにしても、今後一族との間に隔たりができることは望ましくない。
「話すのには問題ないが、聞いた者はそれに耐えられるか‥…」
「何が言いたい」
「いや、まあいい。どうにでもできる。……話の大半はいわばオレの黒歴史。望むなら、今日にでも南賀ノ神社で話そう」
教えていないはずの一族の会合場所をサスケはさらりと口にし、フガクは頭を抱えてため息をついた。
「兄さん、……すまない」
「謝ることは何もない。大丈夫だ」
写輪眼と輪廻眼開眼の経緯を話すには、どうしても兄、イタチとのやりとりは外せない内容だった。以前イタチには、眼はすでにイタチからもらったもので永遠の万華鏡写輪眼だと伝えたが、その言葉をイタチがどのように理解しているかはわからない。
その日の夜、南賀ノ神社の地下にある一族の会合場所には一族全員が揃っていた。サスケは石碑の前に立ち、全員の眼を見る。
「要望通り、話をする。だが、今から語ることは今現実に起きていないことであり起こりえないことだ。間違っても今、現在と混同しないように」
サスケは慎重に言葉を選んだが、フガクやミコトを含む一族一同がその謎かけのような言葉に怪訝な表情をする。無理もないだろう。
サスケの万華鏡写輪眼が紅く光る。六芒星に華が開いたような模様は美しく、初めて眼にした時からさらにその花弁を増やしていた。
それは、うちはサスケという人物を形作る物語。イタチによる一族惨殺。力を求め里抜けし大蛇丸の配下となった。イタチを恨み殺した後にオビトから真実を伝えられ、木ノ葉隠れの里をひどく恨んだ。木ノ葉隠れの里を潰すために暁へ入った。五影会談での五影との戦闘の中に雷影の左腕を奪った。十の写輪眼の付いた義手をつけたダンゾウの殺害。穢土転生で歴代火影の話を聞いてもなお募る忍世界への憎悪。サスケの中で憎悪は膨れ上がり、共に写輪眼の瞳力も増幅する。穢土転生で再び会い見えたイタチの言葉も虚しくさらに憎悪はつのる。そしてマダラから刺された後、カブトから柱間細胞で治療され、さらに六道仙人から陰のチャクラを得たことにより輪廻眼が開眼した。カグヤ封印後もなお、忍世界への憎悪は消えず五影処刑と尾獣の始末をするためにナルトを殺そうとする。そして相打ちとなり左腕を失った。
一族全員に幻術をかけた。言葉で語るよりも実際に見せた方が理解が早いだろう。幻術をかけると同時に、サスケ自身にも一つ一つの場面での感情が次々に流れ込んでくる。そして場面の端々にはナルトの影がチラつく。
最後にナルトが言った。「友達だからだ」「なんでか……オレが、痛てーんだ」「とてもじゃねーけどほっとけねーんだってばよ」「死ぬぐらいなら生きてオレに協力しろ」一つ一つの言葉が憎悪で凍てついた心に突き刺さり、硬い鎧を溶かしてゆく。あの時一度、うちはサスケは確かに死んだ。こうして今も生き永らえているのは、あの強く暖かい言霊で縛られているからだろう。
サスケは解術する。
「それから……齢三十三にしてわけもわからず六歳に戻り、今に至る。……ナルトも共に」
想像していたような過剰な反応はなく、ただ、皆、信じられないといった様子でサスケを見るだけだった。幻術の内容はもちろん、三十名程の一族全員を同時に幻術にかける瞳力にも。言葉を発するものは誰もいない。
「これはオレが経験した事実だが、現実ではない。恐らく、あり得た世界線の一つに過ぎない」
幻術で流れ込んできた情報量が多く、頭痛がする。この幻術を受けてフガクにはいくつか腑に落ちた点がある。幼い頃、ある日を境に感じたサスケに対する違和感。年齢に見合わない程に発達した写輪眼。それから、戦闘時に時々みせる左腕をないものかのように扱うクセ。
「これまでよくダンゾウ…様の部下でいれたものだな……」
ようやくフガクが沈黙を破る。父の言及する点が意外にもダンゾウのことでサスケは当惑した。しかし考えてみると、ダンゾウはイタチの上司でありフガクが元より警戒していた人物であった。名を呼ぶ時に敬称を付けるのを躊躇したことをみると、ダンゾウのあの成れの果ての姿をすんなりと受け入れるだけ想定範囲内のことであったのかもしれない。一方で、ここでのダンゾウは予想外に扱いやすく行動を縛りもせず、むしろナルトとの関係を黙認し庇護するようでもある。その裏には「里にとっての利」という打算的な思惑があることは承知している。
「話してみたら意外と話が分かるヤツで、そこそこ権力のある使える古狸だった。何かとプライベートでも便宜を図ってもらっているし。……人の心、行動は状況次第で変わるものだとよくわかった。あの大蛇丸も然り」
大蛇丸は、今やうちは一族の長年抱えてきた失明に対する解決策を提案してくる程に協力的だ。
ダンゾウは老齢であるが、その忍としての力は一定の評価があるからこそ根の取りまとめ役となっている。そのダンゾウをさらりと古狸呼ばわりするなどサスケくらいなものだろう。実際、幻術の中で見たダンゾウの動きは想像を上回るものだった。
「ところで、この石碑だが……今すぐに叩き壊す」
突然話が変わり、サスケの暴言に周囲がざわつく。その右手にはいつの間にか草薙の剣が携えられていた。
「元からイカれていたのかもしれないがマダラが無限月読とかいうイカれた思想に取り憑かれたのも、コイツが全ての元凶だと思うと虫唾がはしる。……十年前から機を待っていた」
この石碑は、うちは一族がうちは一族であるというアイデンティティともいえるものだった。この場でイカれたことをいっているのはサスケだ。
「それは看過できない。中には正しい部分もあるだろう。それにこれは一族の拠り所のようなものでもあるし、慰霊碑ともいえるものだ」
「はぁ……。なら、書き換える。今後内容の検討が必要だ」
案外サスケが素直に応じたため拍子抜けした。
「それと……式典ではうちは一族の貢献について評価がされたが、今回の戦の元凶はカグヤと黒ゼツとはいえ事を起こしたのはうちは一族のマダラとオビト。一族への懐疑心は晴れないだろう。それにオレの眼のこともある。恐れるものは少なくないだろう。それが元で火種となる可能性もある」
それは一族一同危惧していることのようで、それぞれ真剣な面持ちでサスケの言葉に耳を傾けている。
「そこでだ、オレは既に身も心もナルトの犬だからそれを前面に出していく。これで安心するものは多いダッ……」
「十六のガキが身も心も犬だとか平然と口にするな!」
たまらずフガクがサスケに拳骨をみまった。
「……歳なら六歳からの十年を含めば父さんとそう変わらない」
「なら尚のこと言葉を選べ!まったく……何を考えているのか。」
「まあ……お茶の間への話題提供くらいはできるだろう」
「アホか!精神年齢もしっかり体に合わせて退行しているようだな!」
「……確かにそうだな。身体の年齢に引っ張られている。写輪眼による精神汚染の影響もあるかもしれないな」
もはや適当に何か言っているだけだ。
後半でサスケが二回連続で半分以上本気の大ボケをかましたため、一族の者たちの表情もやや和らいだようだ。
会合が終わり皆が会場を後にする中、フガクはうちは頭主として一族の者を見送る。サスケは一族との付き合いというものを知らず、フガクの様子をうかがっていた。
「どうした」
「案外……平静に見えるな」
「……は?」
「六つだった自分の子の中身が実は三十路でした、とか普通なら信じられない話だろう」
「それはそうだな……。だがお前は俺の息子だ。ありがとう」
「何の礼だ」
「お前のお陰で道を誤らずに一族を守ることができた。それに、うずまきナルトがおまえを引き上げたように、……俺を引き上げたのはおまえだ、サスケ」
サスケは思いがけない言葉に瞠目した。
「それはイタチも同じだろうな」
フガクの後ろに立つイタチと目が合い、表情は穏やかに見えた。
「だが、……最後のアレはなんなんだ」
「何かと聞かれたら……今後の予告?」
「サスケ!!」
「まあまあ父さん落ち着いて。最後はみんなの緊張もほぐれていたようだから、かえって良かったと思う」
「はぁ……儘ならないな。ちなみに、一族内での暗黙の了解があることを知らないだろう」
「暗黙の了解……」
「色恋に関することだ」
「聞いたことがない」
「だろうな。基本的には一族の恋愛沙汰には親であろうと口出し無用」
「……は?」
「これまでの一族の傾向としてだけれど……恋愛事で揉めた場合には駆け落ち、心中、その他諸々の厄介な事に発展しやすくって、そういう暗黙の了解があるの」
「それは……とんだ一族だな」
心当たりがありすぎて胃がキリキリする。もしナルトとの今の関係に何か問題が生じたならば、まともな精神状態を保てるか危ういという自覚があった。
「そういうことだからサスケ、兄としてお前の恋路は応援する。おそらく一族一同察していることだろう」
「兄さん……。ナルトとは色恋云々ではない。それはナルトとヒナタとの関係を指すものだろう」
「は?」
「……言葉にするのは難しいが、執着……いや、……最も大切な繋がりだ」
それを愛というのではなかろうか。と、言いたくなるのをイタチは堪える。数奇な人生を歩んできたがために、中身はいい大人でありながら色々と拗らせているらしい。真剣な顔をして言葉を選ぶサスケの横顔を見て、イタチは微笑した。
フガクは、不意に出てきた日向一族の嫡子の名にヒアシの険しい顔を思い浮かべて身震いする。かの戦いの最中、ヒナタは強大な力を目の前にしてもけして弱音を吐くことはなく、ナルトとサスケに続いて忍連合軍を牽引していた者の内の一人だった。また、彼女のナルトを慕う気持ちはその行動の端々に如実に現れており、柔和な雰囲気の裏に秘めた強かさは彼女をより魅力的な女性にみせていた。また、サスケの言葉から察するに、二人が恋仲であることも認めているらしい。一方でナルトのサスケに対する想いの大きさについても、ナルトから渡されたチャクラを通じて知ることとなった。それはサスケの抱く想いに引けを取らないものだろう。
「あなた、眉間にシワが寄っているわ」
「まったく、気苦労が絶えん」
「ふふっ、もうサスケは大切なものを見つけたのよ。見守りましょう」
「あ、ああ……」
これでいいのか?と思いながらも、自らが言った一族の暗黙の了解で片をつける他ない。
END