ダンジョンへ拉致してきた美少女ケモミミ幼馴染がしっとり激重感情抱えてた件~ドロップアウトガールRのばあい~   作:IXAハーメルン

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第21話

 虫が鳴いている。

 初夏も近い、すこし蒸し暑い薄暗い部屋の中で、ボクはゆっくりと目を開いた。

 

「……いたくない」

 

 なにが痛かったんだっけ?

 

 無意識に出た言葉を意識が追いかけ、自分の腹部へと触れた手がそこに傷がないことを伝える。

 そうだ、ボクはダンジョンであのゴーレムに襲われて。

 ぼんやりとした頭は視界の情報を理解しない。使い慣れたベッドも、見慣れた窓や飾られたぬいぐるみも、今はまるで他人の物の様だ。

 

 でも窓の下、月明かりに照らされた人がいた。

 

「わ、輝良!? いたなら言ってよ!」

 

 体育座りですっかり固まって、膝に顔をうずめている。

 

 寝てるのかな?

 いや、起きてるみたい。

 

「えへへ、いやーちょっとミスっちゃったみたいだね。まさかもう一匹ゴーレムがいるなんて思わなかったよ!」

 

 脳裏を影が覆う。

 苔むした拳が振りかざされる。振りかざされる。振りかざされる!

 まばたきを繰り返すたび、生まれる瞼裏の影にこそその映像はくっきりと、何度も映し出された。

 

 喉が鳴った。

 焼けるような鋭い痛みが喉奥から伝わる、引きつった呼吸が肺への空気を妨げる。

 

「どうやってあそこから逃げ出せたの? もしかしてボクが見つけた所からとか!?」

 

 黙りこくって膝にぴったりとつけられていた輝良の顔が、ゆっくりと上がった。

 紅く、腫れぼったい目がボクを貫く。

 

「……うん、狐火で威圧してからりつが見つけた所から逃げ出した」

「え!? ボクを背負って逃げたの!? やっぱ輝良はすごいなぁ! 流石剣道全一!」

「ううん、りつが買ってくれた回復薬が無かったらダメだったと思う」

 

 空になった注射器を輝良は机に置いた。

 ああ、ボクの薬は全部砕けちゃったけど、輝良に渡した分を使ってくれたんだ。

 だからこうやって今も生きている。

 

「ちゃんと使ってくれたんだ、ありがと! にしてもやっぱり高いだけはあって効くねぇ! 今度はもっと割れにくいようにして、もっといっぱい買っておこうよ!」

 

 彼女は黙っていた。

「ねえ、今度はもーっとレベル上げてリベンジしよ! ボクもきっと基質解放まで行けるようになったら、きっとあのゴーレムも華麗に倒せるようになるからさぁ!」

 

 何度か口を開こうとして、ボクはその先を聴くのが怖くて言葉を重ね続ける。

 でも次第に何を言えばいいのか分からなくなった。

 口が震えて、言葉は途絶えた。

 

 

「ごめん、わたしのせいだ」

 

 

 小さな口が紡ぐ言葉。

 悲し気に眉を下げ、ゆっくりと輝良は目を瞑る。

 

「もうりつとダンジョンにはいかない」

「え?」

「ううん、明日には家に戻る。迷惑かけてごめん」

 

 全部が唐突過ぎた。

 でもボクはその言葉を、どこか予想出来ていたのだと思う。

 出来ていたからこそ、熱くなった脳天のまま必死に叫んだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってって! 全然意味わかんないよ! あんな戻りたくないって言ってたじゃん! どうしたのさいきなり一体! 冗談きつ過ぎ!」

 

 だるい体でベットから這い出す。フラフラと近寄って、ボクは窓際に座る輝良を見下す。

 輝良は身長が高い。

 いつもは少し上からの視線だったのに、座り込んでこちらに語る姿はいやに小さく見えた。

 

「本当は、家族に命令されてた。ダンジョンに潜れって、一人で戦えって」

「アハハ、なーにそれ! 輝良の家ってそんな良く分からないルールとかあったっけ?」

 

 戦士の一家じゃないんだから!

 

「いやだった」

「い、意味わかんないしそりゃそうだって! そんなの聞く必要なくない?」

「でも」

 

 いつもなら輝良はボクの言葉になんでも頷いてくれた、なんでもそうだって言って、いう通りにしてくれたのに。

 今悲し気な顔をしている彼女は何も返してなんてくれなかった。自分の言葉を吐き出すのに必死で、こっちの言葉なんて聞こえていないみたいに。

 

「でも、本当はずっとそうなんじゃないかって思ってた。わたし、ずっと戦いばっかり教えられてきたし、だから、言われた時やっぱりって思った」

 

 やっぱり、ってなにが?

 全然意味が分かんない。

 

「だからりつに会いに来た。りつと一緒にダンジョン潜るなら、誰かに命令された何かじゃなくて、友達との遊びだって思えたから」

 

 なんでダンジョンで戦わなくちゃいけないの?

 なんでそれが正しいって、輝良自身も思ってるの?

 

 月明かりに照らされた輝良の手のひらがボクの視界に映りこむ。

 子供のころから竹刀を振り続けていた輝良の手。

 傷にまみれ、分厚くごつごつとしていて、ボクの手なんか比べ物にならないくらいに鍛え上げられている。

 

「りつが一緒にダンジョンに潜ってくれるだけでよかった、それだけでわたしはダンジョンで戦える気がしてた。なんでもできる気がしてた」

「なっ、ならさ!」

 

 また一緒にダンジョン行けばいいじゃん!

 ううん、ダンジョンなんて行かなくったっていい! 普通に二人で適当なバイトしてさ、日本各地を巡るだとかしたっていい!

 

「でもダメだった」

 

 ……全部、ボクが弱かったからだ。

 ボクが怪我しなければ、油断しなければ、輝良はまだきっと。

 

 ゆっくりと輝良が立ち上がる。

 切れ長の目がボクを見下ろした。

 

「もう遊びは終わり。わたしは……」

「――バカにしないでよ!」

 

 ふつふつと脳が湧き上がっていく。

 握りしめた拳の中で爪がぶつりと突き刺さった。

 

 目の前で輝良が目を見開いている。

 突き動かされるままの感情でその胸元を握りしめ、ボクは必死にそれを引き寄せて叫んだ。

 

「勝手に転がり込んできたクセに、自分で好き勝手言ってそれで勝手に納得した顔して、マジで意味わかんないんだけど!」

 

 ダンジョンで戦わなくちゃいけない?

 いつからアンタは世界の使命を背負った勇者サマになったっての! 

 自分でも良く分かってないくせに、まるで何でも知ってるみたいなツラして意味わかんないこと話してくるの、ほんとムカつく!

 

「ああ、ああ、本当は分かってたよ! 輝良がボクと違う事なんて!」

 

 机を見るとひしゃげた鉄扇が転がっていた。

 壁際には輝良の竹刀が、汚れてはあれどきれいなまま立てかけられている。

 

「ボクと違ってすぐに上がるレベルだって、すぐに使えるようになった魔法だって、ボクがずっと輝良の足手まといだったことだって!」

 

 サソリと初めて戦ったときだって、マンドラゴラが上から落石と落ちてきたときだって、ゴーレムだって。

 僕一人じゃ何も対処できなかったし、きっと輝良一人だったら全部対処しきれたんじゃないかなって。

 悔しいけどボクは何にもできてない。

 いつもただ、輝良についてきただけ。どこから見ても恥だらけ、立派な金魚のフンだった。

 

 本当に情けない。

 それでも、そんなボクでも……

 

「それでも輝良と一緒にいたいんだよ。一緒にいさせてよ……!」

 

 必死に奥歯を食いしばった。

 鼻奥がつん、といたい。

 下がってしまいそうな眉を何度も吊り上げ、ボクは痙攣する目で輝良を睨みつけた。

 

 何も分かんない。

 輝良が、いや輝良の実家、狐天家が何を抱えてるのかも全然わからない。

 それでもこの手を離してしまえば取り返しのつかないことになる、その直感だけでボクはその傷だらけの手を固く、固く握りしめた。

 

「……怖いの」

 

 無表情の仮面が砕ける。

 

「わたしの友達はりつだけ、わたしについてきてくれたのはりつだけ! 皆遠巻きで褒めてばっかり、それでも一緒に遊んでくれたのはりつだけ!」

 

 輝良はいつも周りに興味がなかった。

 いつも周りにいるってのに、こっちを見かければ決まってすぐにやってきて、いつもくだらないことを言いだしてばっかりで。

 

 何度も振り払おうとする腕を必死につかみながら、ボクは話を聞き続けた。

 

「でもこれ以上ダンジョンに連れて行ったら、わたしのわがままでりつが死んじゃう! 連れていけるわけない! なのになんでわたしについてきてくれる(・・・)の!?」

 

 無理やりに手を振り払った輝良が叫ぶ。

 濡れた顔に髪が張り付いたままで。

 

「わたしはっ!」

 

 叫んで、腕が垂れて、またしゃがみこんで。

 

「わたしは……どうしたらいいの……? もう何にもわかんない……」

 

 掠れた小声だけが沈黙の部屋へ溶けていった。

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