ダンジョンへ拉致してきた美少女ケモミミ幼馴染が長年ドロドロ激重感情抱えてた件~ドロップアウトガールRのばあい~   作:IXAハーメルン

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第35話

「はい下がって下がって! 巻き込まれたら救助まで時間かかるよっ!」

 

 騒々しい民衆に囲まれつつ誘導灯を振り回した警官の一人は、規制線の内側で天を仰ぎ深々とため息をついた。

 

「ったく呑気なモンだよな……どいつもこいつもスマホ掲げてうんざりするぜ」

「おい、連中に聴かれたらまた叩かれるぞ」

「へいへい。今日も愛すべき市民の皆さんのために、ね」

 

 それが起こったのはまだ昼下がりだ。

 小学校やいくつかの建物が消失したとの通報を受け現場へ出た警官たちは、すぐに周囲へ規制線を張り巡らせ、ダンジョンの侵食に一般人が立ち入らぬよう監視を始めた。

 しかし近所で大ごとが起こったとなれば当然集まる野次、彼らはその危険性すら認識しないまま、各々噂話を口に、自分のスマホを掲げ映像を残さんと意固地になっている。

 

 死にてえのかこいつら。

 

 目深に被った制帽の下から苛立たし気に視線を向けると、男は内心で唾を吐いた。

 

「協会からの派遣は?」

「近場に首輪付きがいないらしい、最低でも五時間はかかりそうだ」

 

 五時間もこんな状況で監視しねえといけねえのか。

 派出所に置いてきたカレーヌードルはブヨブヨになっちまいそうだ。 

 ま、メシ食う前に死ぬかもしれねえけど。

 

 侵食現象の現場において警官が恐れることはいくつかある。

 まずは一般人のダンジョン内への侵入。当然躊躇なく入るような奴はバk……ああ、いや、好奇心旺盛な皆様が多い。

 そんな奴はどんどん突き進んで死にかける奴らばかりだ、それを引きずって連れ戻す危険性と疲労はもはや語るべくもない。

 

 次に――

 

「おい!」

「至急、至急。PMからPSへ報告、Dに異常振動あり……ほら全員退いて退いて! ダンジョンが拡大するぞ、呑み込まれて死にてえのか!」

 

 突如、空間(・・)が振動した。

 地震などとは違う、異常な感覚だがそうとしか表現できぬ現象に、現場にいた警官たちへ緊張が駆け抜ける。

 

 現場の警官が恐れる二つ目にして最大の現象、それはダンジョンに周囲の環境が呑み込まれる『侵食現象』だ。

 こいつは一般人の行動の百倍は最悪だ。まず呑み込まれる範囲に予想がつかない、それに不定期なのも輪をかけてタチが悪い。

 ダンジョンから一メートルほどだと思えば、次には半径数十メートル、いや百メートルを超える範囲が呑み込まれた前例だってある。

 

 そして真っ先に呑み込まれるのは、規制線の内側で一般人を押しとどめてる警官たちだ。

 対策は一つ、その侵食が呑み込む範囲が狭いことを祈るだけ。

 

「ったく、協会も国からたんまり金貰ってんだからしっかりしてくれよな……」

 

 同じ税金が投入されている仲間の怠慢に苛立たし気な舌打ち。

 冷や汗をかきながら男は、なおも規制線のギリギリでスマホを握る一般人たちを睨みつけた。

 

 幸いにして今回のはごくわずかな範囲だった。だが五分ほど前に起こった侵食では十数メートルほど呑み込まれ、数人の先輩と十数名の市民が呑み込まれている。

 幸運なことに彼らはダンジョンから脱出できたようだが、何人かは骨折や深い切り傷など這う這うの体であった。

 

「ちっ、上も回復剤の常備進めてくれよ」

 

 繰り返す侵食による犠牲者の数は増えるばかりだ、既に警官たちが携帯していた回復剤は底を尽きている。

 特に一人で逃げ出してきた少女の状態は芳しくない。大型の刃物で背後から切り裂かれたのだろうか、白いシャツを赤く染め、ボロボロのスマホ片手に出てきたその子は今、黒のトリアージを付けられ背後の診療所で寝ている。

 

「どいてどいてーっ! ほら邪魔っ!」

 

 その時だ、突如民衆たちがざわめきながら揺れた。

 

「チッ、今度はなんだよ――」

「こんにちはっ! 協会の者でーす! お届け物に上がりましたーっ!!」

 

 気だるげに男が視線を向けると、民衆を割ってきたのは一人の少女だ。

 身長は低め、動きやすいようにだろうか、短パンと薄いシャツに身を包んだその姿は、就職してからというもの帰りが遅れ、大学から長かった彼女に振られた男には中々に毒である。

 大きな段ボールを抱きかかえフラフラとこちらへ歩いてくるものだから、男は慌ててその体を支えに駆け寄った。

 

 んま、これも頑張る皆さんのためってもんですよ。

 

「ああ、大丈夫ですか。俺が持ちますよ」

「あ、すいません! ボクにはちょっと重すぎまして! ありがとうございます!」

「市民の皆さんを救う一助になれば、本官にとってそれが至福の喜びであります!」

 

 へへ、結構かわいいじゃん。

 協会にこんな子いるんだな、女は戦闘用の魔改造ゴリラしかいねえと思ってたぜ。

 

 恥ずかしそうにはにかむ少女の純朴な笑みに、普段より何倍か精悍な顔つきで頷く。

 

「……おいマジかよ!」

 

 中に詰まってたのは大量の回復剤だ。

 面食らったように叫んだ男は、遠くで忙しそうに駆け回っていた同期の一人へ必死に手を振り、自分自身もその段ボールを抱えて駆け出した。

 

「こ、これ早く救護所に運んでくれ!」

「これ……協会からか!? 嘘だろ、あと三十分はかかるって聞いてたのに!」

「大至急とのことで急いでスクーター走らせてきましたっ! どうか皆さんこれで早く怪我人の救助を!」

 

 額から汗を垂らし怪我人の心配をする少女に頷き、彼は大きな段ボールを抱え救護所へと向かった。

 

 あそこには回復剤無しでは絶対に助からない命もいる。

 彼女がここに来た事、それがどれだけ大きな意味を持っているか。

 

 しかし彼女に感謝を向けるより早く、突然異常事態が起こった。

 ダンジョン近くに残った大木が突如として燃え上がったのだ!

 

「なっ、なんだあの紫の炎(・・・)はっ!?」

「きゃ、きゃー。な、なになに~? こ、こわーい!」

 

 野次馬、警官、ダンジョン周囲にいた人間全員の視線がそこへ釘付けになった。

 人々はざわめき、叫び、恐怖に揺れ動くさなか、少女が男へ抱き着いた。

 

 うおっ、デカいぞこいつぁ……!

 

 男は腰に感じるふたつの柔らかな感覚に鼻の下を伸ばし、腰の銃をすらりと引き抜いた。

 

「お嬢さん俺の後ろから離れないで……必ず守ります」

 

 さながら姫を守る騎士である。

 男は撃鉄をあげ、後ろの少女へと、いつもより何段か低く落ち着いた声で語り掛け、真っすぐに樹上を睨みつける。

 

 すわ、ダンジョンからモンスターが逃げ出したのか?

 それとも侵食現象の知られていない何かか?

 なにであろうと今の男は、そう、空手初段で鍛え上げられた黄金の鋼の肉体を持つこの警官にとって、さしたる脅威ではない。

 

 きりりと眉を上げ睨みつけたその十数秒後、突如として紫炎は消え失せた。

 

「……消えた」

 

 勇ましい溜息。

 男は今までにないほど落ち着いた表情を浮かべ、優しい大人の男としての余裕を持った笑みを後ろの少女へ向ける。

 

 おいおい、ちょっと今日の俺はクールすぎるぜ。

 チャットアプリのアカウントなんて聞かれちまったらどうしようか。

 いや本官は無辜の市民を守ることが職務であります。それに職務中に連絡先の交換など規定違反、決して許されることではありません。

 が、しかし……ふっ……ま、まあちょっとだけなら? 本官の連絡先は……

 

「もう大丈夫です、貴女になにもなくてよか……った……?」

 

 もぬけの殻であった。

 あの可愛らしい少女の影も形もない。そこにあったのは黄色い規制線と、先ほどの警官と同じく空を見上げる無数の民衆のみ。

 春のように暖かく優しい雰囲気を持った少女は、同じく春風のように気が付けばこの場から吹き抜けていってしまったようだ。

 

「本官の連絡先は……連絡先は……」

 

 警棒を握りしめ男は空を見上げた。

 二十五歳の初夏、男の春はまだ訪れないようだ。

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