ダンジョンへ拉致してきた美少女ケモミミ幼馴染が長年ドロドロ激重感情抱えてた件~ドロップアウトガールRのばあい~   作:IXAハーメルン

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第39話

 砕けたガラス窓と開けっ放しの扉。

 まるで無理やり引き千切られて植えられたかのような、周囲の設備もそのままの古い一軒家。

 

「ダンジョン内って家とかあるもんなの?」

「分かんない、分かんないけど入ってみよ!」

「さんせー」

「冒険にはこういう探索もつきものっしょ!」

 

 あたしたちはその場所の不気味さに怯えつつも、未知の誘惑に抗えずに玄関から中を覗き込んだ。

 人の気配はない。しかし目に映る風景はいたって普通のものだ。

 しん、と静まり返った室内は未だに生活の雰囲気を残し、入り口には買ったばかりだろう、先月出たばかりのスニーカーが一つ転がっていた。

 

 ただ、そのすべてが何か巨大な斬撃跡によって刻まれていることだけを除いて。

 

「……ここって、ダンジョンだよね?」

 

 あたしの言葉に三人は何も返さなかった。

 ただ、各々が妙な違和感に口を噤み、いつもはうるさいほどに騒がしいザクロすら、今はただ気持ち悪そうに家の中を見ている。

 

 ここはダンジョン、ただのダンジョンのはず。

 でもこの家はまるで今の今、外からそこらの一軒家を切り取ってきたみたいだ。

 

「ウソ、マジ? これ……」

 

 ザクロが何かを指差した。

 そこにあったのはただの服だ。

 ロングパンツと千切れたブラウス、それとハンドバッグ。それがまるでそこに人でも転がっていたかのように、上下が連なって廊下に落ちている。

 

「これは、これは、ほ、ホラーテーマ、みたいな?」

「そんなこと、する意味ないじゃん」

「……なんか、ちょっと、こわいねー」

 

 ルチルがあたしに抱き着いて呟くと同時、誰からともなくあたしたちはその家からそっと立ち退いた。

 皆早歩きだった。長く残ってしまえば、もし一人で残されてしまえば、呑み込まれてしまいそうだった。

 

 普段騒がしくしゃべっているあたしたちが、今日は無言で歩き続けていた。

 無言で下を向いて、どこか胸の奥から感じる焦りを隠して、ただ歩き続けていた。

 

「ウソウソ、ダンジョンにバス!?」

 

 しばらく歩くと、今度はルリが驚いて口を覆った。

 大きな岩陰に隠れて気付かなかったが、そこにあったのはごく普通のバスだ。

 あたしたちも普段学校に行く際に乗っているし、歩いていればよく自分たちの横をすり抜けていくのを見る。

 

 だがそのバスは二つに裂け、燃え上がっていた。

 周囲にはやはり散乱した服や靴。まるでバスから逃げ出すように、裂け目を中心として散らばっている。

 

「なに、これ……」

「……ねえ、かえろーよ。ルチル、なんか今日はいやだなーって」

 

 あたしの後ろでルチルが服を引っ張る。

 

「う、うちもサンセー! 今日はもうさ、どっかモール行って暇潰すほうがベターじゃね?」

 

 ザクロの言葉と共にあたしたちは後ろを振り向いた。

 今まで危険がなかったわけじゃない。

 でもその恐怖はどれも乗り越えられる程度のもので、今日のこの、捉えようもないほど巨大な何かに覆い潰されるみたいな、吐きそうなほどの戦慄とは比べ物にならなかった。

 

 思えばこの時、もうあたしたちは呑み込まれていたんだ。

 ダンジョンという、未知の怪物に。

 

 一歩が二歩に。

 二歩が、気が付けば駆け出し、息を切らす。

 走って、走って、走り続けて、止まったら何か終わってしまいそうな気がして。

 

「ヤバい! 先にモンスターいるよっ!」

「四人でっ! 四人で一気にたおそっ!」

 

 入り口の方角へ走り続ける最中、ザクロとルリの指す先には確かにモンスターがいた。

 

 でもそれは事前の情報のそれとはまるきり異なる。

 本来このダンジョンは人間の背の半分程度しかないゴブリンと、同じく小型の狼しかいないはず。

 でも今あたしたちの前にいるのは全長で人間ほどある狼と、それにしがみ付く成人大、筋肉質のゴブリンらしきバケモノ。

 

 奴らが振り返った。

 

「なっ、なにあれ!?」

「わかんないわかんない! どうするどうする!? 戦う!?」

「ザクロ、ルリ、ルチル! 明らかに変、戦うのは何があるか分かんない! 逃げるよ!」

 

 あたしの本能が伝えてきた、アレは間違いなく関わっちゃいけない存在だって。

 剣道で三年上の男子生徒と戦ったことがある、その時感じたものの、だけどその何十倍もの感覚が脳天に突き刺さった。

 

「ルチル走って!」

「はしってるー! で、でもーっ」

 

 みんなが一目散に逃げる中、ルチルが息を切らせてあたしの後ろで走ってた。

 ルチルは小柄だ。あたしも小さいほうだけど、さらに十センチも小さい。

 あたしも必死にその手を引いて走り続けたけど、ダメだった。

 

「あ」

 

 ゆっくりと、彼女の身体が地面に転がる。

 もつれ、石に躓いたんだと気付いた時には、既にそこにいた。

 

「あ、わ」

「ルチル!」

 

 泣きそうな顔でこっちを見られたとき、あたしはもう動いていた。

 木刀を片手に飛び出し、今にも飛び掛からんと構えた狼の前へと躍り出る。

 

「たってルチル! 走って!」

「うぅ……わかっ、わかった!」

 

 口を開ければ頭をかじり潰されそうだ。

 腕を振るえば首を掻き切られそうだ。

 観察すればするほど震えが止まらない。今まで戦ってきたモンスターなんて子供の遊び、今目の前にいるこれこそが、本物なのだと否が応でも理解させられた。

 

 勝てるわけがない。

 

「くらえっ!」

 

 後ろに隠していた砂をその顔へと浴びせかける!

 

 突然の攻撃に面食らった狼は顔を伏せ、その隙にあたしは一目散に逃げだした。

 

「あ、ぎゅ」

 

 逃げ出したはずだった。

 猛烈な衝撃に体が吹き飛ばされ、自分の足からあふれ出す血液を見るまでは。

 

 ゴブリンだ。

 いつの間に近づいていたゴブリン、その鋭い爪で引き裂かれたんだ。

 脳が理解するより早く、足は力を失いもつれて倒れた。

 

「ひぁ……やだ……」

「うり! 悪霊タイサンっ!」

 

 倒れる直前にあたしの身体が受け止められる。

 ザクロがいたずらな笑みをうかべ、指先に砂のついたままピースを見せつけた。

 

「クレっさんの作戦、パクらせていただきましたーん!」

「……ザクロ」

「ちょいまち、りっさんに貰ったアイテムがあるからさ!」

 

 彼女は何か注射器のようなものをあたしに見せつけると、容赦なく足へとぶっ刺してきた。

 どうせ足は傷まみれ、痛みで何も感じない。

 だけど彼女がそれを押し込んだ瞬間、痛みのすべてが引き、目の前で傷口がふさがっていった。

 

「こ、これは?」

「ほら走って! すぐに来るよ!」

「う、うん!」

 

 隙はわずか、それでも貴重。

 混乱に何かを聞いている余裕もなくて、あたしはまた自分の足で走り始める。

 そうやって怪我をして、互いにカバーをして、走って走って、走り続けた先であたしたちは偶然見つけた。

 

「あれって体育館!?」

「なんかわかんないけどラッキー! 全員あそこ目指すよ!」

「はひ、はひぃ!」

「もう……むりー……」

 

 敵の影はない。幸運にも撒けたらしい。

 本当に命からがら、あたしたちはその体育館に逃げ込んだ。

 

「……こんなに人が!?」

 

 そこには無数の人がいた。

 傷だらけの人、無傷だけど怯えてなく小学生たち、赤ちゃんを抱えた女性、神に祈る老人。

 合わせて百以上いる人間が、だけどほぼ全員が何が起こっているか分からない様子で騒いでいた。

 

 あたしたちはようやくたどり着いた体育館の端に座り込んで、互いに顔を見合わせた。

 

「あ、あたしたち、生きてるよね?」

「もー意味わかんないー! つかれたーっ!」

 

 ルチルがあおむけに地面に寝転がる。

 ザクロも、ルリも、あたしだって言葉には出さないけど同じだ。

 ずるずると壁に背を預け、目を瞑った。

 

 突如鳴り響いた異常な打撃音を聴くまでは。

 

「――! モンスターだ!」

 

 真っ先にあたしとザクロが跳び上がった。

 周囲の人間はまだ何が起きてるか分かってない。それでもあたしたちだけは分かっていた、ここに来るまで何度も襲われたあたしたちは。

 

「モンスターが襲ってくる! 入り口をふさいで! 動ける人はいそいで!」

 

 あたしたちは周囲へ叫び、倉庫の中から物を取り出した。

 マット、跳び箱、良く分からない鉄の棒、持ち出せるものは何でも外に放り投げて、周囲の大人たちが大慌てで入口へと運んでいく。

 簡易的なバリケードは一分足らずで組み立て上げられ、それを背にしてあたしたちはようやく安心できた。

 

「ふぃー、これでしばらくは大丈夫っしょ!」

 

 から元気で汗を拭くザクロを、震えて見上げるルチルとルリ。

 ただの冒険だった。ちょっと背伸びをしただけだった。こんなことになるなんて……考えてもいなかった。

 

 怖い。

 怖いよお姉ちゃん。

 戦うのが怖い。

 モンスターが怖い。

 みんなが死ぬのが、こわい。

 

「……どうしよう、あたしのせいだ」

 

 膝が震える。

 必死で押さえつけてきた感情が、この一瞬、少しでも安心できると感じた瞬間にあふれ出してきた。

 ずるり、ずるりと、バリケードを背にして、あたしの身体が地面へと落ちていく。

 

『いやでも危ないしさぁ! クレアちゃんはやめたほうがいいって!』

「ごめん、なさい」

 

 あたしが巻き込んだせいでみんな死んじゃうんだ。

 全部あたしのせいなんだ。

 

『まさか本当にダンジョン行くつもり? 危ないって!』

「ごめんなさいりつねぇ……ごめんなさい……」

 

 何度も何度も背中を貫く衝撃。

 壁の向こうにいる。無数の怪物が、あたしたちを捻り潰そうと、殺そうとしてくるバケモノたちが。

 

「だれか、たすけて」

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