ダンジョンへ拉致してきた美少女ケモミミ幼馴染が長年ドロドロ激重感情抱えてた件~ドロップアウトガールRのばあい~   作:IXAハーメルン

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第40話

「ねえねえ、今何時かな……」

「……まだじゅーにじー」

 

 襲撃は不定期に起きる。

 五分も満たずに次の音がすることもあれば、十分、二十分経っても何も起こらないことも。

 あたしたちはただ体育館の中で息を潜めることしか出来なくて、音がするたびに誰もが怯えてその場に伏していた。

 壁を削ろうとしているのか、爪か何かで擦る音を聴く度気が狂いそうになる。

 

「残り五本かぁ、キッツイわ」

「……ねえ、そう言えばさっきも使ってくれたけど、それなに?」

 

 ザクロがあたし以外の皆から回収して数えていたそれを指差す。

 アレルギーが出た時に使う注射器に似たそれは、あたしがさっき足を怪我した時にも使ったもの。

 彼女は少し気まずそうに視線を空へと向けるも、少ししてからしぶしぶといった様子で説明を始めた。

 

「あー、りっさんから持った? 的な? 回復剤って言ってたかなぁ~?」

「でもでもっ、これのおかげで助かったし!」

「いいものは受け取るべきー」

「もういい」

 

 皆口々にりつねぇをかばいだすもんだから、あたしは手を前に振って止めた。

 二人はザクロへ咎めるような視線を向けたけど、それにもあたしは首を振る。

 

「……もういいの、もう……あたしが間違ってた、から。りつねぇの言ってた通りだった」

 

 体育座りに顔をうずめ、自分の垂れてきたポニーテールの毛先だけを見続ける。

 結局何かを言おうと皆は慌ただしくしていたけど、直にその音も声も聞こえなくなった。

 

 体育館の中は静まり返っていた。

 皆不安な感情を抱えたまま、だが自分の声が奴らを呼び寄せてしまったら、声を上げたら感情を抑えきれないんじゃないか、各々が自分色の恐怖を抱えて座り込んでいる。

 

 だがその静寂は突然破られた。

 幾度となく繰り返された赤子の、本来であれば自由にされるべきである大きな泣き声によって。

 

「ちっ、さっきからうるせえなぁ! さっさと黙らせろよ、そいつのせいでモンスターが寄ってきたらどうするつもりなんだよ! ああ!?」

「ちょっとやめなさいよアンタ! アンタのほうがうるさいじゃない!」

「なんだテメェ!」

 

 堰を切ったように人々は声を上げた!

 一人の不満を踏み台に他人の批判できる点を粗探し、自身の不安のはけ口を出会ったばかりの人々へと求める。

 それは誰も抑えきれずに大きな波へと変わっていく。暴言から生み出された奔流は暴力へと移り変わり、しかし幸運にも一部の良心的な人間によって取り押さえられた。

 

「……くそっ、離せ。もう何もしねえよ!」

 

 男は自分を取り押さえる人間へ非難がましい視線を向けると、ゆっくりと立ち上がり、足早にバリケードの元へと足を運ぶ。

 

「……なんだよお前らだって同じじゃねえか。チッ、どけどけ!」

 

 せっかく組み上げたそれを苛立たし気に放り投げ、がらりと扉を開ける。

 

「オレは入り口を探すぜ、喧しいクソガキ共の一緒じゃ命が何個あっても足りねえよ!」

 

 すっかり頭に血が昇ってしまっている。

 自分たちがどうしてここに籠っているのかも頭から飛んでしまったようで、彼は避難所の人間を嘲るように笑い声をあげた。

 

「アレマジヤバいくない……? ゼッタイにさぁ、止めたほうが」

「でもでも、止めるなんて……」

 

 入り口近くに座って固まってたあたしたちは声をかけることも出来たけど、この状況でそんなこととてもできず、彼がただ何か暴言を叫びながら遠くへ去っていくのを見るしかできなかった。

 でも周りはシビアだ。彼が扉から出た途端に駆け寄り閉め、あっという間にバリケードを再び築き上げる。

 

 そして誰もがまた黙って身を寄せ合って、五分も経ってないくらいだったと思う。

 

「――い、おーい!」

 

 声が聞こえた。

 最初は救助隊だって思った。

 やっと来てくれたんだって、皆口々に歓声を上げてた。

 

「俺が悪かった! 悪かったよ! な、な、謝るって! 謝るから早く開けてくれっ! 狼に襲われてるんだっ!」

 

 男だ。

 さっき口汚く罵りながら出ていった男が、今度は泣きそうな声で何度も扉を叩く。

 

「おい謝るって言ってんだろ! 誰だよ開けねえのはっ、さっきのガキの親か!? それとも抑えたあの眼鏡野郎か!? 開けろよふざけんじゃねえカス共! 人殺し! この人殺し共!」

 

 ノックは拳での殴打に、懇願は怒りの絶叫に変わるのに数秒もかからなかった。

 あたしたちは変わらず扉の近くにいたからあわてて駆け寄って、バリケードの運動用具へと手を伸ばして――

 

「やめるんだ」

 

 あたしたちは取り押さえられた。

 

「もうモンスターが近くに来てる可能性が高い、もし開けたら閉めるのが間に合わない」

「で、でも人がっ!」

「さっきのを見ただろ、どうせ感謝なんてしない」

 

 鋭い悲鳴が上がった。

 

 必死に叩いていた音が消えた。

 

 獣の鳴き声が何度も響き渡って、何か引きずる音と共に、成人男性の懇願するような泣き声がかすかに扉の隙間から聞こえた。

 それは次第に遠くへと消えていって、それと同時にあたしたちは解放された。

 

「あ、う……」

 

 足から力が抜けた。

 何が起こったかなんて分かってる。

 それを言葉にするのが恐ろしくて、またあたしたちはみんなで肩を寄せてしゃがみ込んだ。

 

「うち外行くわ、これ三本貰っちゃうよ」

 

 突然ザクロが回復剤を握った。

 

「な、何言ってるの……? 見たでしょ、さっきの……外に出るなんて……」

「マジヤバいよね~、笑えないっつーかさ。皆冷たすぎ、ほんと引くわ」

 

 おちゃらけた笑顔で自分の腕を擦る振り、よっこらしょ、なんてわざとらしい声を上げて彼女が立ち上がる。

 

「いつ来るかも分かんないし、来たとしてここが見つかるかも分かんないし。うちなら足ちょー速いからさ、クラスで一番だし、ね?」

「それだったらあたしっ、あたしがいく! 皆を巻き込んだあたしがやる!」

「ばーか。こうなったのは偶然、アンタのせいじゃないでしょ。ま、一人でむちゃするのはやめた方がいーよ」

「それはザクロだって!」

「あたしはいーの!」

 

 あたしの額をデコピンしていたずらな笑み。

 

「勝手についてきたらゼッコーだかんね」

「ザクロ、行くなら全部持ってってー」

 

 あたしだけが危ないって必死に止めてるのに、ルチルも、ルリもザクロに近寄って笑顔を浮かべている。

 

「これもこれもっ! さっき半分だけ使ったの余ってるからっ!」

「いやー……それは感染症マジ怖くね? んまあいいか、そんなら全部貰っちゃうよ! あとで文句言っても知らないからね!」

「どうせ死んだら文句なんていえない―」

「それはそう! ルチルアンタギャグセン高いね!」

 

 んじゃ行ってくる!

 

 明るい声で二階の窓を開け、蛇みたいにするりとザクロは消えていった。

 それを見送ったあたしたちはまた黙って座り込んだけど、すぐに慌てて立ち上がった。

 

「襲撃だ!」

 

 周囲が慌ただしく声を上げる。

 みんな気付いていた。繰り返し起こる襲撃、だけどそのたびに壁を叩く音がどんどん力強くなっていることに。

 モンスターたちは明らかに力を増している。

 

「バリケードを押せ! 突破されるぞ!」

「ねえ壁に穴開いてきてるんだけど!?」

「爪がっ!」

 

 ついに致命的な穴が穿たれた。

 今までの比にならないほどの強烈な音が何度かしたと思うと、分厚い扉やバリケードが軽々と吹き飛び、おぞましい咆哮が体育館内に響き渡る。

 

 そしてその怪物が遂に足を踏み入れた。

 身長はあたしの二倍以上、腕の筋肉であたしの腰くらいの太さ。筋骨隆々で緑色の肌をしたそいつは、何度か見直さないとゴブリンだなんて気付かないほどの巨体。

 それはまるでオモチャでも引っ掴むみたいに跳び箱を握りしめると、乱雑にそれを周囲へとぶん投げた。

 

 無数の悲鳴が体育館に満ちる。

 もう抑える必要なんてない。絶望は入り込んでしまった。

 どこにも存在しない逃げ場を求め押し合い、隅へと押し合い、もう一つの入り口のバリケードを崩して互いにぶつかり合う。

 

 混乱と混沌の中、あたしたちは行く場所もなく動けずにいて、それを奴は見逃さなかった。

 

「っ、ルチル! ルリ!」

 

 ザクロ、ザクロ、ザクロっ!

 あんた逃げられたの? 生きてるの? 外に出られたの? 助けを呼べたの?

 アンタは違うって言ってくれたけど、ごめんやっぱりあたしのせいだよ。

 あたし、ダンジョンがこんな怖いところだって、危ないところだって知らなかった、知ろうともしなかった。

 みんな止めてくれたのに、意地ばっかり張って!

 

「はやく体育倉庫に逃げて!」

 

 震える手で木刀を握り掴み、二人に背を向け高くかざす。

 大きく唸り叫んで、こうやってクラスでも小さいあたしの身長を少しでも大きく見せつけて。

 

 後悔しかない、未練しかない。

 でもあたしのせいで皆死んじゃうのは嫌だ、少しでも逃げられる道を作るんだ。

 これがあたしの最後にやるべきことなんだ。

 

「――うあああああああっ!」

 

 大きく踏み込んだ。

 叫んで、走って、一分でも、一秒でも長く気を引いてやるんだ。

 

 でも、あたしの決意は脆く崩れた。

 ゴブリンが目障りそうに軽く手を振っただけで、その速度についていけず体が吹き飛んだ。

 

「ぇふ」

 

 壁に叩き付けられ、だらりと体が垂れる。

 下半身が動かない。

 生温い液体が鼻からこぼれて、お気に入りの、でももうボロボロの白いブラウスへと紅く染み込んでいく。

 

 所詮こんなもんだ。

 あたしの決心なんていつだって大した価値がない、甘やかされて育ったバカな妹の末路。

 どんどん力が抜けていくのが分かる。眩んだ視界の端で、倉庫から飛び出そうとするルリを必死に止めるルチルが見えた。

 

「ふたりを、助けてお姉ちゃん……りつねぇ……」

 

 あたしのせいだ。

 あたしのせいだ。

 ぜんぶ、ぜんぶあたしのせいだ。

 

 ゴブリンがゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 もう逃げられないと分かっているのだろう、見せつけるように拳を握りしめ――

 

「二人じゃなくて、三人ね! あ、うそ、ザクロちゃん合わせて四人っ!」

 

 振り下ろされたそれは、横から叩き付けられた対の鉄扇によって外された。

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