ダンジョンへ拉致してきた美少女ケモミミ幼馴染が長年ドロドロ激重感情抱えてた件~ドロップアウトガールRのばあい~ 作:IXAハーメルン
「――この先にはいかせない」
輝良の居合が大狼を打ち据えた。
「くっ」
しかし彼女は顔を苦痛に歪め即座に退く。
間違いなく綺麗に入ったはずの一撃、しかし大狼の毛をいくばくか切り落としただけで、攻撃は一切その身に入らなかったのだ。
むしろ素早い反転による尻尾の一振り、間一髪避けたはずの輝良の腹には浅い切れ込みが入っていた。
「ほんと厄介だね風の魔法!」
大狼の攻撃はシンプルだ。
噛みつきや尻尾での薙ぎ払い、爪での引っ掻きなど大部分は他の狼と変わりはしない。
だがその全てに風の魔法が付随し、攻撃の延長線を切り裂いてくる。
悪質なのは、その攻撃範囲が一定ではないということだ。
遠くで動いたかと思えば風だけがこちらを切り裂いてくるし、かと思えば何も起こらないことだってある。
「あそばれてる」
「……ムカつくなぁ」
全身が痛んでいるからこそ余計に苛立たしさが募る。
輝良の言葉を聞き、ボクは周囲を睨んで舌を鳴らした。
そう、あくまでこれは奴にとって遊びに過ぎない。
周囲を見ればわかる。あれだけ猛々しく吠えまわっていた狼たちは今、大狼とボク達を取り囲み、唸り、されど動きは決してしない。
これは群れの王による余興、決闘の名を冠す虐殺。今ボクたちが生きているのはアレの気紛れにすぎなかった。
「でも距離は十分とった」
「そうだね」
当初の目的は結界から奴の興味を逸らすこと。
そしてそれは既に達成されている、遠くに見えるあの結界で一目瞭然だ。
「わたしが気を引く――『狐火纏い』」
彼女の指先が刀をなぞり、紫炎が燃え広がった。
纏った炎が輝良の足跡と共に弧を描き、大狼へと一直線に突き進んでいく。
「退路はボクが!」
歪んだ鉄扇を再び展開し、ボクは体育館とは真逆の方向へと駆け出す。
並みいる狼たちは構えるも、既に何度も切り裂いてきた存在に過ぎない。
灰色の毛と深紅の血が飛び散り、悲鳴と共に獣たちは倒れ伏していく。
――数が多すぎる!
分かり切っていた答えだ。
裂けども裂けども獣は尽きない。地平線まで埋まっているんじゃないか、そんな軽い絶望にうずもれながら、既に感覚のない腕を振るい続ける。
時に牙が腕をかすめ、爪が腿へと突き刺さろうともこの体は止まらなかった。
何匹を斬ればいい?
あと何匹の頭蓋を叩き砕けばいい?
あとどれだけを殺しきれば終わる? いや、終わることなんてあるのか?
淀んだ思考が脳裏をかすめた。
考えれば体は硬直してしまう。今はただ、腕を振り続ければいい。足を動かし続ければいい。
動くものを、全てを斬り続ければいい。
「――ぁぁああああッ!!」
もはや傷のない部位などない。
飛び散る血が獣のものか、自分のものかすら分からない。
「邪魔! どけっ!!」
武器がひしゃげたのなら拳だ。
拳で足りないのなら脚だ。
獣たちの首を踏み砕き、鋭い牙ごと顎をへし折る。
腕が動かない? なら角だ。今まで何の役に立たなかった頭のこの角も、ひっかけ、圧し潰せば命を
血に狂う。
胸裏に押し寄せる絶望にひたり、それでも体だけは動かし続ける
ただ道を作るため、命を張ってあの怪物の気を引く、あの子のため。
振るって、振るって、狂って――
「はぁ……はぁ……ああ」
気が付けば、ボクの足元には無数の魔石だけが転がっていた。
軽薄な狩人であったはずの狼たち。しかし今、彼らの目には明確な恐怖が映り込んでいる。
どれだけ噛もうと、どれだけ襲い掛かろうと決して諦めない、切り裂き続ける
もっとだ。
もっと怯えろ、震えろ、逃げ惑え。
荒ぶる息のまま、足元の魔石を一つ広い上げ鉄扇へと押し付ける。
ひしゃげた鉄扇はすぐに元の姿を取り戻した。
しかし動きを止めたボクを見て好機と思ったのだろう、一匹の比較的大柄な狼が飛び掛かってきた。
「……邪魔」
怒り任せの舌打ち。
次に地面へたどり着いた時、それは既に首筋を掻っ切られ息絶えていた。
同時にボクは両ひざをつき、腕をだらりと垂れさせる。
もう動けない……でも、いまだ。
今なら……!
「っ、輝良ーっ! 逃げるよーっ!!」
天を仰いで絶叫。
体はボロボロ、もう走る気力すら残っていない。
それでも最後の退避のために、唯一残していた回復剤を一本取り出す。
これでどうにかして繋いで……!
「――? 輝良ー! 逃げるって! ねえ!」
おかしい。
返事がない。
いつもならすぐに、ん、なんて言いながら駆け寄ってくるはずなのに。
振り向くな。
どうしたの輝良? どうして何も言わないの?
振り向くな。
早く、早く一緒に逃げないと。
振り向くな振り向くな振り向くな見るな見るな見るな見るな見るな見るな。
「き、ら……?」
彼女の握っていた刀が、ずるりと落ちる。
無気力に垂れた四肢へと血が伝う。
大狼は彼女の腹部へ噛みつき、見せつけるかのように高々と持ち上げていた。
「なに、やってんだよ」
獣の瞳が弧を描く。
かけ離れた種族、かけ離れた容貌。だがしかし、ボクには理解できた。
これは挑発だと。
全身の痛みが消えていく。
吹きあがるほどの熱が脳を満たしていく。
視線はただ、輝良だけを見続けた。ピクリとも動かず、その巨大な牙で噛みつかれている彼女だけを。
「はなせよ、その子を」
感情豊かな尻尾も、落ち着きのないケモ耳も、今は力なく垂れるだけ。
ありえない。
輝良だ。
あの輝良だぞ。
「ボクの友達だぞ……ボクだけを頼ってくれて、信じてくれて……」
やっとここまでこれたんだ。
全ては一方的な始まりで、それでも互いに歩み寄って。
やっと肩を並べられたんだ、やっとボク達は理解し合えたんだ。
這い摺る足が速度を増す。
駆ける。
握りしめた拳に力が籠り、鉄扇は小さな金属音を上げた。
「その子は
斬る。
斬る、何度も何度も。
だが刃は通らない。無慈悲なほどに堅牢なその毛皮に弾かれ、全てが滑っていく。
大狼は飽きたおもちゃを捨てるかのように、足へ鉄扇を振り続けるボクへと輝良を放り投げた。
「うぐっ」
必死に彼女の身体を抱きとめるも、傷ついた体に勢いを殺せるほどの力は残されていなかった。
二人地面を転がり獣たちの群れの中へ再び戻される。
「……きら……ねえ、きら」
ボクは地面を這い、彼女の元へと寄った。
その眼は固く閉じ、浅い息を繰り返している。
意識はない? それとも聞こえてるけど、なにも出来ないの?
……でもああ、生きてる。
まだ生きてる。
「最後のいっぽん、だかんね。アンタ、分かってんで、しょうね」
視界が定まらない。
震える手で注射器を刺したら、そこは地面だった。
もう一度、今度は輝良の身体を抱き寄せ、背中へと突き刺した。
「起きたらさ、いきて、にげなよね」
振り返ると奴はいた。
ボクたちの抵抗なんて価値がないというように、終わるのを眺めていた。
「このこは、殺させないよ」
輝良を背に、両手を広げた。
まるで子供の通せんぼだ。意味なんてない。
分かってる、全部分かってる。
でも通さないんだ、絶対に通さないんだ。
大狼のアギトが迫りくる。
顔だけでこちらをひとのみ出来そうなほどの巨体、それがすっぽりとボクの右上半身へ噛みついた。
「あ、ぐああぁっ」
牙から漏れた生臭い息が顔を覆った。
言葉が勝手に口から洩れる。
一息に噛み潰してくれたらどれだけ楽だっただろう。
だが人差し指ほどある巨大な牙が、一本、また一本と肉を食み潰し、骨へめり込み、筋を軋ませていく。
あふれ出した脳内物質のせいだろうか、痛みはない。
だたあったのは、後悔と怒りだけだった。
全身がいやに冷たい。さっきあれだけあった全身の
「ああ、くそ」
ボクに力があれば。
もっと早く戦っていたら、もっと戦い続けていたら、もっと努力していれば。
殺される。
ボクが何もできないせいで、輝良が殺される。
輝良が殺された後、きっとあの体育館にだってまたすぐに戻っていく。
きっと救助隊は間に合わない。
本気になった大狼の力があれば、一瞬であの結界は壊される。
やっと助けたと思ったみんなが、ボク達を信じてくれたクレアちゃん達が、きっと噛み殺される。
「……みとめない」
こんな結末、絶対に認めるか。
諦めてたまるか。
生きて帰るんだ。輝良も、ボクも。
その時、何もかもが燃え尽きたはず身体に、確かに熱を感じた。
終わったはずの鼓動が鼓膜を突く。
残り火が舞い上がり、全身を焼くほどの大火へと変わっていった。
そうだ、まだ何も始まってすらいない。
お前が、お前如きがボク達の全部を勝手に終わらせるなッ!
ぬるい口腔の中、潰された腕先を開きボクは叫んだッ!
「――『基質励起』ッ!」