ダンジョンへ拉致してきた美少女ケモミミ幼馴染がしっとり激重感情抱えてた件~ドロップアウトガールRのばあい~   作:IXAハーメルン

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第46話

 予感はあった。

 このダンジョンに入ってからの連戦、密度は普段の探索の比ではない。

 怪我を怪我とせず、休憩はない。文字通り命を削り続けて行う格上との闘争は、一戦一戦が貴重な記憶として刻まれている。

 

 足りない経験、未熟な精神、甘え。

 全てが戦いの中で焼き尽くされた。

 何もかもが灰となった中で、灰の中から芽生えるもの、

 

「……みとめない」

 

 全てを吸い上げ成長を遂げた力は、絶望を受け花開く。

 

「――『基質励起』ッ!」

 

 だがボクの言葉など意に介さず、獣は今もアギトへ力を籠めた。

 今更羽虫の抵抗など意味がない。悶え、苦しみ、掻き臥せと、その瞳は嘲る。

 

「『基質励起』」

 

 全ては無意味、全ては無価値。

 理不尽なまでの力の差の元に万物は平伏す、それこそが世界の摂理。

 

「『基質励起』」

 

 弱者の反逆を一笑に付していたはずの獣が、異常に気付いた時にはすべてが終わっていた。

 

「……やっと、放してくれたね」

 

 ボクの腕が、大狼のアギトからずるりと抜け落ちた。

 獣は動かない。

 いや、それどころかその四肢すらも、まるで地面に縛り付けられたかのようにピクリともしない。

 

「これがボクの『基質励起』か」

 

 地面へ落ちていた輝良の刀を拾い上げ、小さく呟く。

 その時だ。王の異常を察したのだろうか、数匹の狼が勢いよく飛び出しボクへと襲い掛かってきた。

 その狙いは王の牙で空いた胸の傷。獣たちは興奮したように噛みつき――やはり、王と同じく硬直する。

 

「……痛いなぁもう、やめてよ」

 

 息が出来ない。

 目がちかちかする。

 

 仰向けで転がされた身体を起こし、動かない狼たちを押しのける。

 獣たちは固まったまま、縦に裂けた目だけがボクの動きを追った。

 

「何見てるの? キミたちが襲って来たんでしょ」

 

 顎を掴み、刀を押し込む。

 小さな痙攣だけを残し、静かに獣は息絶えた。

 残った獣たちも同じだ。なにせこっちは疲労困憊だし刀なんて使ったことがない、首を落とすなんて夢のまた夢だし。

 

 全てを殺し、未だ動けない(・・・・)大狼の元へと歩み寄る。

 

「ごめんね、待った?」

 

 巨大な瞳がギロリとボクを睨みつけた。

 燃えるような強い怒りだ。だが見逃さない、その陰に小さく、だけどはっきりとした恐怖が隠れているのを。

 まばたきすら行えず、痙攣したその口元から唾液だけがこぼれる。

 

麻痺毒(・・・)、厄介でしょ」

 

 獣は戦わない。

 獣は逃げない。

 ただ、今、自分こそが狩られる側に回ったことだけを静かに認識した。

 

 直観的な理解だった。

 ボクの体質、毒の効かない体。

 力が目覚めた瞬間に、この体質は全てこの基質励起のために出来ているのだと理解した。

 

 ボクの基質励起は、今まで喰らった毒性の再現だ。

 つまり、体液、肉、血、五臓六腑を構築する全てが毒に変わる。

 

「うーん、オシャレな技名とか思い浮かばないなぁ……ま、いっか」

 

 輝良の刀を胸の傷に当て、べったりと血を塗りたくる。

 今も滴るそれをゆっくりと撫で、一人呟いた。

 

「シンプルにいこう。『基質励起――トキシックアーツ』」

 

 ボクの言葉に呼応し、張り付いた深紅の血が蒼白色へと移り変わる。

 

 サソリの毒はあくまで体液の一部、針先から注入する液体成分のすべてが毒というわけではない。

 今この刀に付着するこれこそが純度百、超高濃度の麻痺毒。

 目の前の大狼を見ればわかる通り、口腔からの摂取ですら筋肉の硬直、痙攣を即座に引き起こす劇物だ。

 

 ボクはその刀を、大狼の眼窩へとゆっくり押し込んだ。

 

『――! ――!!』

「……何言ってるか分かんないよ」

 

 苦し気な息が歯の隙間から漏れる。

 だがその四肢は動かない。

 全身の毛が逆立つ。だがその筋肉は痙攣だけを返す。

 ボクはただゆっくりと、もうまともに動かない体を刀に押し当て、体重だけを頼りにその頭蓋へと刃を沈み込ませていく。

 

 そしてついに、獣の呼吸が止まった。

 触れてはいけないところにまで毒が入ったのだろう、一瞬、大きく体を跳ね上げさせ――大狼は全身を砂へと変えていく。

 最後に残ったのは手のひら大の魔石だけ。このダンジョンの絶対的な強者として振る舞っていたモンスターの、あまりにあっけない最期であった。

 

「……消えろ」

 

 王のいない集団は烏合だ。

 ボクが視線を向けた途端、あれだけ群れていた狼たちが一斉に逃げ出す。

 

 そのすべてが荒野の遥か先にまで消えていったのを確認して……ボクは静かに地面へと倒れ伏した。

 

「お、おわった……」

 

 もう体なんてこれっぽっちも動かせない。

 

「うぇぇ……いたぁい……いたいよぉ……」

 

 胸もおなかもいたいよぉ。

 脚も痛いよぉ。頭も痛いよぉ、全身痛いところないよぉ。

 

「う……輝良……」

 

 ナメクジよりも遅いくらいの速度でゆっくり這いずり、ボクは背後の輝良へと顔を寄せた。

 

 良かった、ちゃんと傷が治ってる。息もしてる。

 

「……守れた」

 

 ボクは守ったんだ、ボクの力で。

 今まで守られるだけだったボクが、ちゃんとこの子を。

 

「へへ、すやすや寝やがって……こっちは死にそうなのにさぁ」

 

 目を瞑ったままの顔を指先で小突き、限界を迎えた体はその横へと仰向けになる。

 

 リュックの中にまだ回復剤あったっけ、全部持って来ちゃったんだっけ。

 ねえ輝良、早く起きてよね。きっと皆心配してるよ、結界前にまで行かないとさ。

 クレアちゃんだって……今頃目が覚めて……

 

 

「――!?」

 

 

 信じられなかった。

 この仰向けになった視線の先、巨大な岩の上に立つ巨体。

 間違いなくこの手で殺したはずの、大狼が一匹。

 

「うそだ……」

 

 遠吠えが空を抜けた。

 巨体に見合わぬ軽い着地音と共に、威風堂々とした灰色の巨狼が舞い降りる。

 見間違いなんかじゃないと見せつけるように、そいつはボク達の周りをゆっくりと回った。

 

 運命の神様がいるとしたらきっと、よっぽど醜悪な顔をしているに違いない。

 

「おいおい」

 

 だがその時だ。

 突如として、一人の男の声がボクの耳を打った。

 

「妙な反応を感知したから来たらこれだよ!」

 

 突如現れた大柄な男は燃えるような赤い髪をたなびかせ、実に好戦的な笑みを浮かべる。

 

「いい見た目だ、ありゃ中々強そうだな! なあお前もそう思うだろ!」

「身共には関係がありませぬ」

 

 筋肉質で雄々しい大男の隣に、もう一人いた。

 冷たく男を突き放す彼女は、大男にも負けぬほどの身長を有し、しかしその全身を鮮やかな緑のローブで覆い、顔も薄いベールのようなもので隠している。

 

 大狼は突如現れた二人に警戒を向けると、即座に襲い掛かった。

 その速度は先ほどの大狼にも比肩する。個体差だろうか、むしろ警戒している分、一層の力強さや素早さを誇っていた。

 

「オイオイオイオイたまんねえなぁおい! あんまり俺を興奮させんなよ!」

 

 だが男は一切怯まない。

 むしろ子供のようにはしゃぐと己の拳を打ち鳴らし、激しい足音を立て自分自身も駆け出した。

 

「スゥパーーーマッハパァンチァ!」

 

 男の拳が紅い炎を纏う。

 猛烈な衝突音が一体に響いたと思うと、巨狼の首があっさりとへし折れた。

 

「……は?」

 

 な、なにあの人!?

 バカっぽい喋り方と見た目なのに、バカみたいに強いんだけど!?

 あの巨狼をワンパン!?

 

 もう全身の痛みだとか言ってられなかった。

 絶望に次ぐ衝撃的な光景過ぎて、ボクの思考回路すらショート寸前だ。

 

「……なんだ、もう終わりか」

 

 唖然として観察していると、男は落胆したように首を振る。

 そして後ろで構えていた緑のローブを纏った女性と共にこちらへ歩み寄ってきた。

 

「も、もしかして協会の方ですか……」

 

 この強さ、この派手さ。

 納得だ。どうやら数時間かかるだなんて言われていた救援だけど、ボクの予想より何倍も早く駆けつけてくれたらしい。

 

 た、助かった~!

 正直このまま失血死するかもとかちょっと焦ってたし! 輝良も全然目覚めないし!

 

「す、すみません……回復剤を一つ貰っても……」

 

 男はボクへ視線を向け、ひどく冷めたため息を漏らした。

 

「ああお前、やっぱり協会の人間か」

 

 その眼に感情はない。

 まるで、さっき戦った大狼のように。

 

「じゃあ死ね」

「……はへ?」

 

 天から拳が降ってきた。

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