ダンジョンへ拉致してきた美少女ケモミミ幼馴染がしっとり激重感情抱えてた件~ドロップアウトガールRのばあい~   作:IXAハーメルン

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第60話

「ごめん……まさかこんなあっさりやられるとは思ってなかった」

「ん、だいじょうぶ。りつもわたしも生きてる、それだけでいい」

 

 輝良が気にするなと首を振るも、ボクは内心大分落ち込んでいた。

 

 術を掛けられただとか、仕組まれたなんて生半可な力じゃなかった。

 あの時の僕にとってそれは『当然』だった。喉が渇いたから水を飲む、おなかが空いたからご飯を食べる。それぐらい当たり前、本能からくる絶対的な順守とでも言えばいいだろうか。

 常識が丸ごとあの少女主体に切り替わってしまう、そんな感覚だった。

 

 それに頭痛もひどい。

 脳みそを丸ごと拳で殴られてるみたいにガンガンと、絶え間のない痛みが全く引かない。

 無理やりに書き換えられた思考のせいで、疲労が限界まで高まっているかのようだ。

 

「……ホント、互いに無事でよかったよ」

 

 幸いだったのは、ボクだけが洗脳されたことだ。

 妙なことに輝良にはあの子の力が効かなかったようで、それが結果的にボクの洗脳も解く起因になった。

 不思議なのだが、輝良が輝良の涙を見たあの時から、ボクの思考がすっと晴れて元に戻ったのを覚えている。

 

 互いに傷は負ったけどこんなのダメージに入らない。

 が、この恐ろしい事態を起こした張本人はというと――

 

「うえええん! 痛いのじゃぁ! 苦しいのじゃ! わらわに……わららになんという不敬なのじゃぁああ!」

「うるさい」

 

 じたばたと地面で大声を上げ子供のように――まあ見た目は子供なんだけど――駄々をこねていた。

 輝良が心底嫌そうに顔をしかめ、彼女のわさわさと動き回る尻尾の束を乱雑に握りつぶす。

 

「へびゅっ……こ、こやつ……!? 襲い掛かってくるに飽き足らず我が尻尾に暴力を!? 偉大なるわらわに無礼じゃぞ!?」

「だまって」

「うきゅっ!? こ、こら……」

「黙るまで続けるから」

「……わ、分かったのじゃ! 分かったから無理に引っ張るのをふぎぃっ!?」

「き、輝良! そ、それくらいで勘弁してあげなよ!」

 

 泣いてるって!

 さすがにクレアちゃんくらい小さい子を友達が甚振ってるのを見るのは心が痛い!

 

「……りつが言うなら」

「ふぇぇん律~! あの魂転の娘はバケモノなのじゃ! わらわにこれほどまでの非道など、数千年(・・・)経て初めてなのじゃあ! 扶桑(ふそう)で最も無礼なカスなのじゃ!!」

「まー大体キミが悪いんだけどね」

 

 ひしっと狐の少女がボクの足に抱き着く。

 それを地獄の冷たさを湛えた瞳で睨みつける輝良、困ったと頭を掻くボク。

 

「ねえ輝良、そういえば『ふそう』って知ってる?」

「たしか日本の古い呼び名だったはず」

「ふーむ、なるほど」

 

 『みけつかみ』

 このダンジョンに入って直後に見つけた札に書かれていた名と同じ、彼女は恐らくあの社に封印されていたと考えるのが正解だろう。 

 そしてこの物言い、服装、相当古い時代に封印された……ってところ?

 

 でもここで問題が一つ、んまあ一つどころじゃないかもだけど。

 ダンジョンってのは五年前に見つかったって話だ。まあ本当はその前にも見つかっていて発表が遅くなったって話もあるけれど、流石に百年、二百年、或いはそれ以上古いってのは少し考えられない。

 じゃあなぜこの子はダンジョン内にいた、封印されていたのか?

 

 ダンジョンはもっと古くから存在していて、ただ見つかっていなかっただけ?

 それとも昔から存在する別の何かと合わさって、ただダンジョンとして外に出てきたのが今?

 

 おそらくヒントはこの子が握っている――

 

「む、そういえばおなかが空いたぞ! おい律や! 何か旨いものはないか!」

 

 が、尻尾をわっさわっさと振ってボクの足に抱き着いている『御食津神(みけつかみ)』サマを見る限り、ダメそうである。

 

「あー、鶏卵素麺ならあるよ」

「む……なんじゃこれは」

 

 鶏卵素麺、卵黄を細く垂らして砂糖のシロップで煮た激アマの和菓子だ。

 来る前に駅でたまたま売っていたので買って、少しだけお茶と一緒に食べた残りがたっぷりまだ余っている。

 

 恐る恐るといった様子で一口含んだ彼女は、突然尻尾も耳も天を穿つほど、ピン! と立てて叫んだ!

 

「ほ、ほおおおお!? なんじゃこれは!?」

「気に入った? そしたらこの箱ごと上げるから、静かに食べててね」

「うむ! うむ! よいぞよいぞ!」

 

 暴れ狂う勢いで九本の尻尾がわっさわっさと動き回る横を抜け、ボクは腕を組み待っていた輝良の近くへと寄った。

 

「さってと、どうしよっかこの子」

「斬るかダンジョンに置いていく」

「えぇ……さすがにそれはちょっと……」

 

 据わった目で柄へと手を当てる輝良。

 

「この洗脳は危険すぎる。もしダンジョンの外に出たら、何が起こるかわからない」

 

 彼女の言葉に間違いはない。

 少女の洗脳能力、彼女の態度を見るに完全無差別かつ常時発動していると見るべきだろう。

 一度抜ければ二度かかることはなさそうではあるものの、よほど衝撃的な出来事や精神力がない限り、そもそも解除自体がほぼ不可能。

 当然彼女自身も自分の能力を理解していないので、オフどころか解除も出来ない。

 

「効果範囲はどれぐらいだと思う?」

「わからない。でも甘い予測はできない」

 

 あれほど強力な洗脳を、だ。

 はたしてそう易々と消し去ることが出来るだろうか。ただ一目見ただけで陥るほどのものを、多少の距離や、時間を空けた程度で。

 受けたボクだからこそわかる、おそらくこの洗脳に一度堕ちたのなら大半の手段での解除はない。

 そして仮に彼女のこの力が、直接見ずとも別の手段で――例えば現代で満ちに満ちている画像や映像――でも見た時点でアウトだとしたら。

 

「サイアク、この子が本当の神様になっちゃうね」

「SNSに画像が一回でも上がったらおわり」

 

 ……やるべきか。

 

 最悪の手段が脳裏を過ぎる。

 その特殊な力を除いて、彼女の身体能力は見た目通りに過ぎない。

 首を斬れば、頭を殴れば、容易くその命を手折ることはできる。

 

 力と精神性、実力ががあまりに合っていない。

 

「わたしなら一瞬で出来る」

 

 鈍色の刃が静かに鞘から抜き取られる。

 少女は背を向け、能天気にうまいのぅ、だなんて鼻歌混じりに鶏卵素麺をつまんでいるものだから、その様相を目にすることはない。

 

「ま、待って! ……もう少し、考えるべき」

「長引くほどつらくなるから、罪はわたしだけが背負う」

 

 ゆっくりと歩み寄る彼女の前へ飛び出し、背を向けた少女へとボクは抱き着いた。

 

「……? なんじゃ律?」

 

 少女はとぼけた顔をして上を見上げる。その口には小さな食べかすが付いたままだ。

 

「どいてりつ、危ないよ」

「駄目だよ輝良、それだけは駄目。アンタの罪はボクも背負うよ、でもどんな罪を背負うかはボクにだって選ぶ権利がある」

 

 輝良の足は止まらない。

 一体何が起こってるのか、少しだけ首を伸ばした少女は輝良が抜身の刀を握っていることに気づき、目を丸くして叫んだ。

 

「な、なんじゃ魂転の娘! まだ怒っておるのか!? ……仕方ない、貴様にも少しだけくれてやろう! わらわ自ずから与えられるなど、めったにないことなのじゃぞ!? ほれ!」

 

 少女は黄色の和菓子を割き、輝良の前へと恐る恐る差し出した。

 握った小さな手がプルプルと震えている。

 

「ねえ、分かるでしょ」

 

 尊大な物言い、わがままな態度。

 強大な力の前にそれは恐ろしさすら纏ってしまうが、むき出しのままであればなに、ただの子供の言動と変わりはない。

 

 抜き取った刀が戸惑うように上下した。

 輝良は唇を小さく噛み、額へとしわを寄せる。空いた手を何度も握り直し……静かな納刀音の後、刃を握っていた手で少し乱雑に和菓子を受け取った。

 

 彼女はゆっくりとしたため息を漏らし、小さな咀嚼をしながらぽつりとつぶやく。

 

「……なまえ、みけつかみはちょっと呼びづらい」

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