守りたかった
ただそれだけなんだ…
とある日の昼下がり
たまたま用事で外に出ていたうちは、フブキに海斗くんが来ていると言われ慌てて駆け付けた
「ごめんごめん、待たせちゃったね…ってあれ?
寝てる?」
そんなに待たせちゃったかと少し申し訳ない気持ちになるも、居眠りなんていつもシャキッとしてる海斗くんにしては珍しい
すやすやと柱に体を預けて寝息をたてるその姿に、なんだかほっこりとした気分になる
「ふふ、かわいいな~」
なんて言いつつもちょっとだけいたずら心が芽生えたうちは、指で海斗くんの頬をつっつく
でも海斗くんは起きない
だから面白くなってきたうちは、何度かそれを繰り返してみた
「Zzz」
「ありゃ、これでも起きないなんて…
よっぽど疲れてたんだねぇ」
正直途中で起きて小言を言われる位の事は覚悟してただけに、少し悪い事をしたなと反省する
だからせめて楽な体勢で寝かせてあげようと思って、うちは海斗くんの体に触れようとして…
「ん?」
見るとうちから見て反対側の海斗くんの脇に一冊の本がある
寝落ちする直前まで読んでいたのかページが開かれたままのそれを拾ってみると、どうやら色々な宝石について分かりやすく書かれた本のようだ
そして背表紙に書かれたタイトルは『簡単!分かりやすい宝石入門』
「…まったく、君って人は」
口ではそう言いつつも、決して悪い気はしない
むしろうちの為に少しでも歩みよろうとしてくれる事が嬉しくて
「…これは、そうお礼
お礼だから...」
そう唱えながら、うちは海斗くんの体をゆっくりと横たえ、その頭を膝にのせる
…この期に及んで、一体誰に言い訳をしているのか自分でもよく分からないけど…とにかく所謂膝枕という奴をしたうちは、そのままなんとなく海斗くんの頭を撫でていたのだが、ふと思い出す
(そう言えば、あの子にも何度かやってあげた事があったっけ…)
もっともあの子は女の子だったけど
それにあの言動で根はすごく乙女なところがあったから、気付いた瞬間真っ赤になって「ホワァァァッ!?」って飛び起きてたけど…
くすりと笑い、改めて自分の膝の上で眠る海斗くんを見つめながら思う
うちはこの子の事が好きなんだと
いつだって一生懸命な海斗くんの事が大切で堪らないんだと
改めて自分の中にある想いを自覚すると少し恥ずかしい
だけどそれ以上に暖かいものが湧いてきて、つい笑顔になってしまう
そしてだからこそ、もう二度と失いたくないとも強く思う
決してあの子みたいに手放したりしない
今この手の中にある日溜まりを今度こそ絶対に離さないとうちは誓う
(だから、海斗くん
君の事はうちが守るよ)
君はうちに好きって言ってくれたけど
うちの事を幸せにしてくれるって言ったけど
(うちだって君の事が好きだから…)
もっと一緒にいたいし、たくさん触れ合いたい
君の事ならなんでも知りたいし、それに何より、うちだって君に笑ってほしい
幸せになって欲しいって強く思うから…
(だから守るよ、絶対に)
例えこの命と引き換えにしても
必ず…
・・・・・・
結局のところ、あの時既に終わっていたのだ
ラプラスさんとの一騎討ち
一件いろはさんの偽物とラプラスさんの痛み分けに見えるが、その実あれは偽物にとっては惨敗だった
何故なら彼女が負った傷は予想以上に深かったから
僕らが駆け付けた時には、既に彼女は虫の息だったから
それでもなお、冥獣の召喚や結界術で時間を稼ぎ、独力で冥界の扉の封印を1/3ほどまでこじ開けたところにはある種の執念を感じるが…しかし結果だけ言えば彼女は間に合わなかった
僕らの猛攻に耐えきれず、膝をついたのだ
「くそ…、まさかワタシが…こんなへまを、やらかすとはな…」
冥界の扉のある広場の一角
自身が流した血の海に沈む彼女の素顔は未だに分からない
既に風真さんの姿ではなくなっている
しかしそれでも非常に強い認識阻害の術をかけているのか、黒髪である事しか分からない
そうまでして正体を明かしたくないのかとも思うが、いずれにせよ既に決着はついた
ならばこれ以上痛め付けるのは僕らとしても本位じゃない
「あなたが誰なのか分かりませんが、降参して下さい
でないと死にますよ」
「…」
「状況が分からないんですか?
もうあなたに出来る事は何もないし、何より出血が酷い
このままでは危険だ!
早く手当てをしなければーー!!」
「………あぁ…いいぜ
今回は…ワタシの、負けだ」
そんな黒髪の少女の言葉に僕は安堵する
何故なら、僕だって無駄に相手を傷付けたい訳じゃない
それに少女は素人の僕の目から見ても早く治療をしなければ危険な状態だ
だから、僕は早速まずは怪我の状況を見ようと近付いてーー
「ーーだが…風守海斗
お前だけは…一緒に連れていく」
そして、気付けば僕の足元には穴が空いていた
恐らくは、磐ノ斗の地の特性を利用して簡易的に作られた即席の冥界の扉もどき
だが、それに気が付いたところで僕は動けない
何故ならこの時の僕は全部終わったと思っていたから
まさかこの段階で何かが起こる事はないだろうと無意識で思っていたからこそ、咄嗟の反応が出来ない
だから僕はなす術もなく無限の闇の中に落ちていくしかなくてーー
「海斗くんっ!!」
声と共に体に走る衝撃
それは決して重いものではなかったが、そのおかげで僕は穴から弾き飛ばされ地面を転がる
だけどそんな事は今どうでも良い
それが何を意味するのか、そもそも誰の声だったのかに思い至った瞬間、僕は自分を突き飛ばした人間を見た
だけど、死の穴へと落ちながらもミオさんは笑っていた
心底安心したような、まるで心残りなんて何もないとでも言うような晴れやかなその笑顔に、僕は思わず息を呑んで...
「ーー楽しかったよ、ありがとう」
「待っーー!!」
気が付くと全部が消えていた
足元の穴も、それを作った少女も
そして………ミオさんさえも
全部が消えていた
まるで最初から何もなかったかのように消えていたから
「嘘だ…」
膝をつく
「こんな…こんな事って…」
思わず呻くも何も変わらない
即席の冥界の扉もどきは既に閉じているし、何よりミオさんは二度と戻って来ない
現実は無情で残酷だ
あまりにも冷たく悲しい
だからこそ、その冷たさが身に染みる
愛する人を失ったという絶望が
それが油断した自身の責任だという罪悪感が
何より二度も大切な人を守れなかったという純然たる事実が僕の心を押し潰していく
擂り潰して粉々にしていく
「どうして………!」
問いかける度に思い出が過る
「なんで………!!」
初めて出会った時に性犯罪者と誤解されかけた事
一緒に結界術の練習をした事に、倉庫の本を濡らして怒られた事
自慢の石のコレクションを見せてもらった事に、一緒にケーキを食べた事
他にもたくさんの…本当にたくさんの大切な思い出が加速度的に色褪せていく
さっきまで現在形で語っていたはずなのに、もう僕は既にミオさんの事を過去形で語り始めている
それが悲しくて…辛くて…
「………ミオ…さん!!」
あぁ、だから…もう膝を折ったって良いだろう?
結局僕は何も守れなかった
僕の人生に良いことなんて一つもない
例えあったとしても、それはバッドエンドで終わる悲劇を彩る為の演出に過ぎない
だから、もうこの目を閉じても良いだろう?
僕はもう、疲れたんだ………
ーーそう、思ってるのに
(どうして…)
悲しくて辛くて仕方がないのに
(どうして...…)
もう頑張る理由なんて何もないのに
どんなに頑張ったって起きてしまった出来事は覆せないのに
(どうして...……!?)
ーーそれでも、僕はまだ諦めてないんだ!?
(「ーーでも、それでも海斗くんは最後まで諦めなかった
そうでしょ?」)
「ミオ!ミオ!!
なんで!?どうして!?」
「…白上さん」
「どうして...……!!」
「白上さん!」
「…っ!?
………海斗くん?」
「ごめんなさい
でも一つ、お願いしたい事があるんです」
「…お願い、ですか?」
「はい、白上さんにしか出来ない事です」
ーー冥界の扉の封印を解いてくれませんか?