再会は突然に
ーー思えば、初めて会った時から、君との出会い方は毎回事故みたいなものだったね
子供の時に出会った時には、うちのミス
そして再開した時には、君の冤罪
どちらにしろお互いに予期せぬ出会いではあったけど、それでもきみは昔から何も変わってない
あの時の性根が真っ直ぐな純朴な少年のままだ
だから、実はうちも嬉しかったんだ
君ともう一度出会えた事が
こうして触れ合えた事が
だからかな?
こうして君に絆されて恋人なんて関係になっちゃったのは
神様なのに人間に恋なんてしちゃったのは
…うん、きっとそうだね
初めて会った時から、きっとうちがいずれ君の事を好きになる事は決まってたんだと思う
だって君は初めて会った時もあのトパーズを綺麗だって言ってくれたから
うちの宝物を褒めてくれたから…
・・・・・・
8月の青空はどこまでも広がり、茹だるよう暑さの下でどこか遠くから蝉の合唱が聞こえてくる
そんなありふれた夏の一日になるはずだった一日は、思わぬ出会いによって大きく変わってしまった
そして、その原因はと言えばうちの横で楽しそうにニコニコとしている
それを横目にうちはこっそりため息をついた
(…まいったな)
フブキの友達という事で、邪魔にならないようにわざと会うのを避けていた少年と、うっかり出会ってしまったところまではまだ良い
フブキが留守な事を伝えても引き下がらず、むしろ代わりに遊んでくれだなんて言い出すとは流石に思いもよらなかった
(それでもちゃんと断れば良かったんだろうけど…)
どうしてか、うちはそれを断れなかった
理由はきっと誰かの面影をこの子に重ねてしまったから
我ながら未練がましいとは思うけど、それでも何故かかつての親友と少しだけ重なるような気がした男の子を無視できなかったうちは、彼の要望通り留守のフブキの代わりに色々と遊んであげる事になったのだ
と言っても比較的活動的なフブキ程、男の子が喜びそうな遊びを出来た自信がない
今だって万策尽きた末に、苦肉の策でうちの石のコレクションを見せているのだ
果たしてこれでこの子が楽しいのかと言われると何とも弱い
(いや、そもそもうちなんかと遊んでいてこの子は楽しいのかな?)
うちみたいな無駄に長生きなだけの薄っぺらな神様なんかが、この子を楽しませる事が出来ているんだろうか?
そんな悲観的な考えに捕らわれため息をつく
すると、それを目敏く聞き付けたのか少年が顔を上げた
「どうしたの?」
「ううん、何でも」
「本当に?何だか辛そうだよ?」
心配そうにこちらを見る少年
その真っ直ぐな瞳からうちは何故か目を反らせず、思わずうちの口から本音が漏れる
「…いや、うちなんかと遊んでて楽しいのかなって」
「楽しいよ、どうして?」
「どうしてって…」
咄嗟に返せず口ごもるうちに少年は笑いかける
「だってお姉さん良い人だもん!」
「別にそんな事…」
「でもお姉さん、ちゃんと僕と遊んでくれたじゃん!
本当は白上さんと遊びに来たんだけど、お姉さんと遊ぶのも楽しかったよ!」
それにこの石も凄く綺麗だし!
そう言って彼が指し示したのはブルートパーズ
うちがあの子からもらった大切な石で
「僕は石に詳しくないけど、お姉さんがこの石をすっごく大切にしてるのはちゃんと分かるよ!
こんなにものを大切にできる人が悪い人な訳ないじゃん!
きっとこの石も喜んでるよ、お姉さんに拾われたんだから!!」
・・・・・・
「ねぇ…海斗くん
あの時うちがどれだけ救われたか、海斗くんは知らないでしょ?」
地獄の底
落ちて落ちてようやくたどり着いたそこでうちは手を伸ばす
だけど
「うちはずっと無力感に苛まれながら生きてきた
あの日何も出来なかったうちが、どうして今ものうのうと生きていられるのか
こんな自分の人生に意味なんてあるんだろうか…そう思いながら生きていた」
うちの手は空を切る
何も掴めない
けれど
「だから…嬉しかったんだ
あの石を褒めてもらえて
あれは…あの石は、あの子の生きた証だったから
せめて、それだけでも残したいってずっと大切にしてたものだから
それを褒めてもらえた時、こんなうちにもここまで生きてきた意味があったって思えたんだ
報われた気がしたんだ」
そう語るうちの心はどこまでも晴れやかで透き通っていたから
「だからうちは後悔してないよ
今度こそ大切なものを守れた
本当にしたかった事が出来たんだ
こんなにも嬉しい事はないよ」
そんな言葉と共にうちは目を閉じる
すると目の前が真っ暗になると共に次第にうちの意識も消えていく
(こんなにも満たされながら消えていけるなんて…)
うちにしては随分と上等な終わり方だ
だけど
(どうしてだろう…)
確かに満足しているはずなのに、どうしてか胸が苦しい
自分の役目を果たせて嬉しいはずなのに、何故か悲しくて
この終わり方に納得しているはずなのに、何故か空しい
それが何でなのかを考えた瞬間、うちは気が付いた
…いや、嘘は止めよう
本当はとっくの昔に気付いていた
だってここには彼がいないから
あの真っ直ぐで優しい彼がいないから
だからここはこんなにも空しい
こんなにも悲しい
こんなにも…冷たい
それを自覚した瞬間に涙が溢れる
嗚咽が漏れる
彼に会いたくて会いたくて堪らなくなって…だけどそれはもう出来ない
何故なら全てはもう終わってしまったから
うちはもうここから出る事が出来ないから
それでも心は止まらない
会いたい
帰りたい
無遠慮に叫ぶ自分の心から目を反らせなかったから
「海斗…くん…」
もう絶対に会えない事は分かってるのに
この声が届かない事は分かってるのに
それでも、うちの口から彼の名前が溢れて…
「――その程度の事で満足しないで下さいよ、ミオさん」
声がする
聞きなれた声が
そして今一番聞きたかった声が
聞き間違い?
ううん、違う
確かにそれが聞こえたから、うちは閉じていた瞳を開ける
すると、そこには大好きな人がいて
もう二度と会えないと思っていた人の顔があって
思わず息を呑む
だけど、それが夢なんかじゃないことを証明する様に、海斗くんは笑う
それと共に今度は違う意味で涙が出てきて
「世の中広いんです
ミオさんが知らない楽しい事はまだまだたくさんあるんです
それらを知ってからでも遅くないとは思いませんか?」
・・・・・・
「………海斗、くん?」
ーーどうして、ここにいるの?
呆然としたミオさんの震える声に答える
「ブルートパーズのネックレス、今も持ってますよね?
あれから位置を割り出しました」
その言葉にミオさんは自分の首元を見ると、ここに来た時の衝撃か服の中から飛び出ているあのネックレスがキラリと光る
それを確認した僕は内心で一つ目の賭けに勝った事を喜ぶ
実際、広大な冥界の膨大な死者達の中から手当たり次第に特定個人を探し出すのは非常に難しい
というか不可能だ
だが、目印があるのなら話は別だし、幸運にもそれに該当するものをミオさんは持っている可能性が高かった
それがブルートパーズのネックレス
倉庫で見つけた時あんなに喜んでいて、かつもう失くさないようにとネックレスに加工してつけてる位ミオさんに思い入れのあるものだ
きっと今日もミオさんは着けているはずだと信じていたが、結果としてそれを頼りにここまで来れた
その話をするとミオさんは首を横に振る
「違う!
ううん、合ってるけどそうじゃなくて…」
ーーどうして助けに来たの?
そうミオさんが聞くが…愚問だ
「そんなの、ミオさんの事が好きだからに決まってるじゃないですか」
「っ!!」
「言いましたよね?
あなたを幸せにするって
僕はまだその約束を果たせていない!
だからーー!!」
絶対にここから生きて帰る
二人で!!
その決意と共に力を高める
僕の力…生と死の境界を定める力によって自身とミオさんの生者としての定義を最大限に強化し、冥界は死者の世界であるというルールに意図的に歯向かう
すると僕らの周囲に蛍火のように揺れる優しい光が溢れ始める
それは命の輝き
生命力の発露
この死の世界の真ん中で立ち昇るそれは、これまで見たことない程幻想的で美しい光景で
それを前にして思わず閉口するミオさんに微笑みながらも、僕は自身の力を更に高めていく
(要はいつもやってる事の逆だ!!)
普段現世で冥獣相手にやっている事を、今度は冥界で逆転して自分達に施す
それだけで世界はルールに反するものを放り出し、それが結果的に現世への帰還へと繋がる
それが、それこそが以前白上さんが言っていた『渡り』の理論
あの日話を聞いてから、二人を驚かせようとこっそり練習していた唯一の勝ち筋であり、これを土壇場で成功させられるかが最後の賭けだ
(冥界を自由自在に歩ける位とは行かなくても…!)
冥界からの帰還だけなら何とかなるかもしれない
それが今の僕の不完全な『渡り』の精度であり、しかし逆に言えばそれだけで十分
だからこそ、困難ではあっても勝算はあると見込んだ僕は使用に踏み切った
だけど
(くそっ!冥界の侵食が強すぎる!!)
決して早くはない
けれど、末端からじわじわと、そして確実に僕らを死者へと変えようとする冥界の侵食の力が予想以上に強い
生者の世界である現世で力を使うよりも何倍もの消耗を強いられる
それに僕より長く冥界にいたミオさんは、もうかなり侵食が進んでしまっている
このままではミオさんは冥界から帰れなくなるし、最悪僕自身も危ない
そんな現状に、僕は自分の見通しが甘かったと歯噛みする
そして、そんな僕の焦りに気付いたのだろう
現状を改めて確認したミオさんが叫んだ
「うちの事はもう良い!
海斗くんだけでも冥界から脱出して!!」
「っ!
そんな事出来る訳ないでしょう!!」
「でもこのままだとうちらは共倒れ!
それならせめて…ーー」
「そんな事をするくらいなら、僕は自分で舌を噛み千切ります!!」
思わずと言ったように黙り込むミオさん
それでも、これは僕の本音だ
「もう二度と、あんな思いはしたくないんだ…」
目蓋を過る事故の記憶
何も出来ずただ両親の死を見つめる事しか出来なかった記憶
ただ自分の無力を突き付けられるだけの時間
それを思い出す度に身体が震える
心が寒くなる
それでも
(もうあの頃とは違う!)
だったら全力を尽くさなきゃ嘘だろう!
ここでやらなきゃいつやるんだ!!
だから…だから…!
「必ず助けます!
今度こそ、守ってみせるんだぁぁっ!!」
だけど、意地と根性だけではどうにもならない事もある
「くそっ!くそぉっ!!」
砕け程に奥歯を噛み締める
だけど現実は何も変わらない
僕の『渡り』は未だ不完全だし、ミオさんの侵食も少しずつ進んでいく
状況は絶望的
ゲーム的な言い方をするなら、既にゲームオーバー一歩手前
それでも
(諦めない!!)
絶対に!
だからこそ、僕は意地だけで力を使い続けて…
《ーー良く頑張ったな》
突如聞こえてきたその声に、思わず振り向く
しかし、そこにいた女性を僕は知らない
一体誰なのかと一瞬だけ警戒するも、その時僕は気が付いた
《後の事は任せろ
俺が何とかしてやるよ》
そう語る女性の顔を見たことがあるような気がする事に
その顔に、どこか懐かしいものを感じる事に
そして何より
《だからミオしゃの事、よろしくな?》
そう言って笑うその少女の顔を見た瞬間、ミオさんが停止した
まるで信じれられないとでもいうように震えながら、胸元を握りしめる
そしてその中にあるのであろうブルートパーズの感触を確めながら、ポツリと呟く
つまり
「ーーースバル?」
トパーズの石言葉は「成功」「誠実」「友情」「希望」