太陽は月と重なり、一つになる
僅かな時間、二つを隔てるものは何もなくなる
「ミオしゃミオしゃ!
これあげる!!」
ある日の白上神社の境内
珍しく平和な昼下がりに、そう言ってスバルが渡して来たのは青い綺麗な石だった
まるで空のような色をした透き通った小さな石
明らかに普通の石ではないそれを見て、うちは驚きながらこれは一体どうしたのかと聞くと、向こうの山で拾ったのだと言う
「ミオしゃ綺麗な石好きだろ?だからやる
いつもスバル達と一緒に頑張ってくれるお礼だ!」
「ありがとう!でも良いの?
これかなり凄いものだと思うけど…」
「大丈夫大丈夫!
どうせスバルが持ってたってどっかで失くしちゃうと思うから、それなら大事にしてくれる奴にあげるのが一番だろ?」
そう言って微笑むスバルを見て、うちも思わず笑顔になる
「そっか
それなら大切にさせてもらうね?」
「おう!
これがある限り俺とミオしゃの絆は永遠だな!!」
「なに適当な事言ってるのさ、まったく…」
いつも通りの軽口に思わず呆れるも、スバルは特に表情を変えずに「別に適当じゃないよ?」と続ける
「だってこの石、空みたいな色してるだろ?
なら実質それはスバルみたいなもんじゃねぇか!
だからそれ持ってる限りは俺も死なないし、いつでも側にいる
そうだろ?」
「スバル…」
「まぁ、万に一つもスバルが死ぬことなんてないだろうけどな!
なんせ俺には全部の冥獣をぶっ飛ばしてこの村を出るっていう夢がある!!
それを達成して日本一週するまでスバルは死なん!
ガハハ!!」
そう言ってスバルは笑う
「…そうだ!
考えてみれば、そうなったらミオしゃもこの村にずっといなくてもよくなるんだよな?
だったら全部が終わったら一緒に旅に出ようぜ!!」
「えぇ!?無理だよ!
うちはこの土地から出られないんだよ!知ってるでしょ!!」
「大丈夫大丈夫!何とかなるって!!」
そう安請け合いすると、急にスバルは立ち上がった
「よし決めた!!
全部が終わったら、俺ミオしゃと一緒に旅に出る!
そして一緒に日本中のうまいもんを食い尽くすんだ!!」
そうして「一体どんな旅になるんだろうな?」と早速妄想を膨らませ始めるスバルに「どうせとんでもないドタバタ珍道中になるのがオチだよ…」なんて言いながらも…内心で悪くないなと思ってしまうのは、相手がこの子だからだろうか
(うん、そうだね
悪くない…)
この子と一緒にいられるのなら、それはきっと楽しいに違いない
そう思うと自然と笑みが浮かんできて…それを見たスバルが「決まりだな!」と満足そうにうなずく
「約束だ!
全部が終わったら一緒に旅に出よう!!
だからそれまで、その石預かっててくれよな!!」
「はいはい、期待しないで待ってるよ」
そう苦笑しつつも、うちはその日が来る事が楽しみになってきて…
それは最後の戦いのちょうど一週間程前の出来事
白上神社の神主一族が全滅し、戦場であの子が行方不明になるその直前の出来事…
「ーースバル、なの?」
暗い冥界の底
一切の希望が存在しないその場所に突如として現れた少女へと、うちは呆然とそう問いかける
だけど、自分でも分かってる
そんなの答えてもらうまでもないって
さっぱりとしたショートカットにボーイッシュな雰囲気
何より名前通り空のように透き通った目とまるで太陽のようなその笑顔
眼前の彼女は、まさにあの日最後に見た姿そのままだからこそ確信する
あぁ、この子は本物だと
ずっと会いたかったうちの親友…大空スバルその人だと
それを理解した瞬間、視界が歪み出す
指先が震え、それでも恐る恐る伸ばしたうちの手をスバルは両手でそっと包み込む
「本当に…本当に、スバルなの?」
うちの言葉に目の前の少女は苦笑する
《おいおい、親友の顔を忘れたのかよミオしゃ?》
「!」
《…久しぶり、会いたかったよ》
そう言ってうちに笑いかけるスバル
その笑顔は80年前のものそのままで…だからこそうちの中で何かが決壊した
「っ!!」
《おっと!
はは、ミオしゃは暖かいな!》
「…スバル!…スバル!!」
《はいはい
スバルはちゃんとここにいるよ》
ポンポンとうちの背中を叩くスバル
そんな彼女に言いたい事がたくさんあって
話したい事がたくさんあって
でもあまりにたくさんありすぎるそれは、思うように口から出てこない
あまりの感情の暴発に、逆に何も出来なくなる
だから、うちにはもうスバルの体を抱き締める事しかできない
ひたすらにその胸の中で泣きじゃくる事しかできない
あの日からずっと胸の内に溜め込んでいたうちの感情の暴走に、スバルは少しだけ困った様な顔をした
《まったく、しっかりしてくれよなミオしゃ
こんなに泣き虫だったっけ?》
「…だって!…だって!!」
けれどその先が出てこない
溢れる涙と想いに、うちは上手く言葉を紡げない
そして、それを察したスバルは咽び泣くうちの背中を優しく撫でながら言った
《まぁ、スバルだって分かってる
100:0でスバルが悪いな
だからあんまり強くは言えないんだが…》
ーーそれでも、これだけは言わせてくれ
そう言ってスバルはうちを強く抱き締める
まるで80年の時間を埋める様に強く、強くうちを抱き締めながら続ける
《ごめんな、約束守れなくて
帰れなくて
連れ出してあげられなくて》
そう心の底から後悔しているように告げたスバルだったが、改めてうちに目線を合わせると微笑んだ
《だけど…それ以上にありがとう
スバルの友達でいてくれて
スバルの事を親友って言ってくれてありがとう、ミオしゃ》
その瞳があまりにも透き通っていたから
その言葉に込められた想いがあまりにも暖かかったから
うちも思わず泣くのをやめてしまって
「スバル…」
《これだけ、ずっと言いたかったんだ》
だから、言えて良かった
会えて良かった
スバルはこれで満足だよ》
そう言って笑うスバル
そして彼女はゆっくりとうちを引き離すと、今度は海斗へと向き直った
《さて、待たせたな海斗
俺はスバル
それじゃあ時間もないし、すまんが巻きで行くわ》
そう言ってスバルが海斗くんに触れた瞬間に、彼の力が膨れ上がる
先程から周囲を渦巻いていた光がより大きく強くなり、何か暖かくて優しいものが周囲を包み込む
まるで穏やかな陽だまりの中にいるような感覚
気付けばうちや海斗くんを蝕んでいた冥界からの浸食も止まっており、それを見た海斗くんが驚いた様に目を丸くした
「!
こ、これは…!!」
《一応スバルも一族の端くれだからな
持ってる力は同じだし、だからこそサポートも可能だ
これで帰れるだろ?》
そんなスバルの言葉にうちは驚嘆し、そして当然のごとくうちはその言葉を口にする
すなわち
「じゃ、じゃあスバルも一緒に…!!」
《ミオしゃ…分かるだろ?》
そう言ってスバルはうちを静かに見つめる
それだけでその先の言葉を紡げなくなる
でもそれはつまり、薄々感づいていたことが正しいという事で…
一歩後ずさる
そこから先を聞きたくないと思いつつも、それでもうちは目をそらすことができない
大きな声を出されたわけでもない、暴力を振るわれたわけでもない
それでも何故かうちの事はスバルから目をそらせない
ただ静かにうちを見つめるその瞳だけはどうしても無視することができなくて…
《ここにこうしてスバルがいる事
その意味が分からないミオしゃじゃないだろ?》
「でも…だって!」
《元々ここに来れたのだって、ミオしゃが持ってるそれのお陰なんだ
縁を頼りにここに来れただけであって、ここから出れる訳じゃない
だからスバルは一緒に行けない
ここでお別れだ》
その言葉にうちはその場にへたり込む
あまりの絶望に目の前が真っ暗になる
だって、せっかくまた会えたのに
話したいことも一緒にやりたいこともたくさん…たくさんあったのに
また一緒に笑いあえるって、そう思ったのに
このままお別れだなんてそんな…そんなの…
「いやだ…いやだよ、スバル…」
気付くとまたうちの視界は歪んでいた
だけど
「やっと…やっとまた会えたのに…」
それを自覚したからと言って何になるのだろう
なにより、心の底から零れ落ちる涙は後から後から零れ落ちてきて
「なのに…なんでこうなるの…?
うちは結局何もできないの?大切なものを何も守れないの?」
「ミオさん…」
「それなら…うちは何で神様なんかやってるの?
うちのこれまでの人生は何だったの?
それならうちなんか…うちなんか…!」
ーー生まれてこなかった方が…!!
思わずそう口にしかけた瞬間、スバルがうちを再び抱きしめた
《…そこから先を絶対に言っちゃダメだよ、ミオしゃ》
「でも!…でも!!」
《…そこまで思い詰めさせちゃったのはスバル達の責任だと思う
それは謝る、本当にごめん
だけど、その上で言わせてもらうなら…そんな事は絶対にないよ、ミオしゃ》
ーーだって、スバル達はミオしゃと一緒にいれて幸せだったから
そう言って笑うスバルの顔を見た瞬間にうちの脳裏をあの頃の記憶が駆け巡る
一緒に川で釣りをした記憶に、変なものを釣り上げて二人で逃がした記憶
カレーライスを作ってあげた記憶に、食べ過ぎて寝ちゃったスバルを膝枕してたら真っ赤になって逃げていった記憶
夕日に向かって走るぞと言いだしてこけたスバルの手当をした記憶に、神様としての重圧に押し潰されそうになった時に連れ出してくれて一緒に星を見た記憶
絶望の時代、日に日に状況が悪くなるモノクロの日々の中でも、それでもスバルと過ごした時間はキラキラと輝いていた
あの時確かにうちは幸せだったし、スバルもまた楽しかったんだと思う
…ううん、スバルだけじゃない
あの時代、一緒に戦った人々との時間は全部そう
暗く、陰鬱な時代の中で、それでももがき続けた皆と一緒に戦い、時に笑いあった日々は苦しくとも暖かった
例えそれがいつか消えてしまうものだったとしても、それでもあの時を生きた人々の想いに嘘はなかったし、その中に確かにうち自身の居場所もあった
きっと皆ただそこにいるだけで良かったし、うちもまたそうなのだ
その事に気付いた瞬間にまたうちの頬を涙が伝う
でもそれはさっきまでの涙とは種類が違っていて…そんなうちの様子を見届けたスバルがそっとうちから体を放す
だけど、それを名残惜しいと感じる間もなくスバルは変な事を言い出した
《それになミオしゃ、会えるんだ》
「…?」
《また会えるんだ
今のスバルとは違う形だけど、それでもまたスバルはミオしゃに会えるから》
思わず首をひねる
スバルが何を言っているのかが理解できない
でもそれを問いただす前にスバルは動いた
「え?そ、それはどういう…?」
《悪いがそれを説明している時間はない!
だから海斗、ミオしゃの事任せたぜ!!》
そう言うや否や、スバルはうちを立ち上がらせるとそのまま海斗くんへと押し付ける
それと同時にうちと海斗くんの体が光の粒子になってほどけ始める
普段冥獣に対して海斗くんが力を使った時の光景
それが現世への帰還が始まったのだと気付いたうちは、必死にスバルにすがり付こうとするも、そんなうちを海斗くんが抑える
「待って!待ってよ!!
まだ話したいことがたくさんあるのに!!」
「ミオさん!」
「離して!離してよ!!
スバルが!スバルが!!」
「ダメです!
スバルさんの想いを無駄にする気ですか!?」
「でも!でもっ!!」
そうこうしている内にもうちらの体は消えていく
後もう少しもすれば完全に現世へと帰還してしまうだろう
それが辛くて
悲しくて
うちはスバルに手を伸ばす
だけどその手は届かない
笑顔でこちらを見つめるスバルには届かなくて…
「スバルっ!!」
だけど彼女は動かない
にこやかに微笑みながらスバルはただうち達の事をじっと見ていて
そこでふと、スバルは何故か海斗へと視線を向けると言った
《…あぁ、そうそう1082だ》
「…え?」
《日記の鍵の解錠番号
多分持ってるだろ?》
その言葉が何を意味しているのかがうちには分からない
だけどどうやら海斗くんは違ったようで、彼は驚愕する
「!?
どうしてあなたが...!?」
《読めば分かるよ
で悪いんだが、読んだら中のものミオしゃに渡してくれないか?
もう俺じゃ渡せないからさ》
「………分かりました」
「何!?二人とも何の話をしてるの!?」
突然うちの知らない何かの話を始める二人に困惑する
だけど、最後スバルは笑顔でうちに手を振った
《じゃあな、ミオしゃ!
会えて良かった!!》
「スバルっ!」
《そこの海斗と幸せにな!!》
そう言って手を振るスバルはとても嬉しそうで
ふとあの最後の戦いの時の別れが重なる
だけど、あの時の笑顔よりも今の笑顔の方が何倍も自然で
何よりそんなスバルに見せる最後の顔が悲しい顔なのは、なんだかうちには嫌だったから
「…ありがとう!ありがとう、スバル!!」
にじむ視界の中で、それでもうちも笑顔を浮かべる
溢れる涙を何とか堪えて飛びっきりの笑顔を浮かべる
「忘れないよ!絶対にスバルの事忘れないから!!」
大切な親友をこれ以上心配させないように
もう大丈夫だよって伝える為に
うちはできる限りの笑顔を浮かべて
《あぁ!
元気でな、ミオしゃ!!》
瞬間うちの視界は暗転したのだった
次回からラストスパートに入ります