もしも、狼と共に歩んだら
一体あれからどのくらいの時間が経ったのだろう?
どれだけの距離を歩き続けたのだろう?
分からない
もうスバルには何も分からない
ここがどこなのか、今がいつなのか
何なら自分が誰なのかすら見失いかけながらも、それでもスバルは歩き続ける
何故なら…
「約束…したもんな…」
絶対に帰るって
もうあれがいつの事だったのかも思い出せないけど…それでも覚えてるから
大切だった事だけは、覚えているから
だからスバルは折れない
止まらない
倒れ込みそうになる体を気合いと根性だけで無理矢理動かして歩き続ける
だって、歩いてさえいれば進めるから
どんなに遠い場所にだっていつかは辿り着けるはずだから
そして、そんなスバルの歩みは報われた
「あれは…」
探し求めていた元の世界へ繋がる次元の裂け目
あれから色んな世界を旅しながら情報をかき集め、やっと辿り着いた正真正銘の帰り道
沢山の人の力を借りて遂に至ったそれを前にしてスバルは思わず息をのみ…そして、そこへと一歩を踏み出す
「待ってて…」
記憶の中にかすかに残る黒髪の少女の笑顔に想いをはせる
しっかりもので優しくて…そして誰よりもみんなの事を思いやれる素敵な友人
きっと、ずっと帰ってこないスバルの事をとても心配しているであろう大切な親友を、少しでも安心させてあげたい
たくさん心配させてしまったであろう分、たくさん笑わせてあげたいし喜ばせてあげたい
そして、教えてあげたい
お前は本当はすごい奴なんだよって
皆の支えになれれば良いって、自分は縁の下の力持ちだからなんて思ってるみたいだけど、それは違うんだよって言ってやりたい
皆ミオしゃの事が大好きだし、大切に思っている
あの暗黒の時代に、それでもミオしゃがいるから笑っていられたんだよって事をちゃんと教えてあげたい
だからこそ、スバルはミオしゃには広い世界を見てもらいたい
知らなかったことや見たことのなかったものにたくさん触れて、視界の幅を広げてほしい
そしてもっと自分に自信を持って欲しい
ミオしゃ自身のことをもっと褒めてあげて欲しいんだ
だから…
「今、会いに行くから…」
その言葉と共に、スバルは次元の裂け目へと体を投げ出す
そして、スバルの意識は闇へと沈んでいって…
・・・・・・
楽しい時間はあっという間に過ぎ去るもの
それはいつどの時代でも同じことであり、僕らもまた例外ではない
あの後更に、カラオケを楽しんだ僕らは、今回のデートの締めとして県内最大の大きさを誇るという観覧車の足元へと来ていた
「最後にこれに乗りませんか?」
そんな僕の提案にミオさんが頷いたのを確認した後、チケットを買って待機列の後ろへと並ぶ
そして待つ事暫し
僕らは無事ゴンドラの一つに乗り込み、優雅な空の旅を楽しんでいた
「わぁっ…」
ゴンドラが徐々に上に上がっていくに連れて、ミオさんの表情も輝き出す
「凄い!
もうこんなに高いところまで!!」
そう言ってはしゃぐミオさんの眼下には、さっきまで僕らが歩いていた町が広がっている
磐ノ斗と違いビルだらけの街が、夕焼けに染まって真っ赤に萌える
ここから見ると人も建物もまるでミニチュアのようで、まるでその光景は街が赤に飲み込まれたかのように見える
そんな光景を「凄い凄い!」とキラキラした目で見ていたミオさんだったが、気付くとその眼差しはどこか切なげなものに変わっている
そして、今日一日ずっと首にかけていたあのブルートパーズのネックレスをそっと握りしめると僕に向き直った
「海斗くん、今日は本当にありがとう
とっても楽しかったよ」
「いえいえ、僕の方こそありがとうございます」
「いやいや…って、前もやらなかったっけこのやり取り?」
「そう言えばそうですね」
何だかおかしくなって笑い出す僕ら
だけど、少ししてもう一度窓の外を眺めながらミオさんは言った
「うちもそれなりに長く生きていたけど、こんなに高い場所に来たのは初めてだよ」
ーー広いんだね、世界って
そう言って目を伏せるミオさんだったが、彼女は鞄の中から一通の封筒を取り出す
それはあの日冥界から直後に僕がミオさんに渡したもの
母の遺品の中にあった僕の曾祖母の日記に中に挟まれていた封筒だ
「これが、スバルがうちに見せたかったものなのかな…?」
そうどこか感慨深げに封筒を見つめるミオさんを見ながら、僕は冥界から帰ってきた次の日の事を思い出す
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「海斗くん?これは?」
「…手紙です、ミオさん宛の」
そう言って僕は一通の古い封筒を渡し、それをミオさんが受け取る
一見おかしなところは何もない普通の封筒
色の変色具合から古いものだとは分かるが、逆に言うとパッと見て分かる特徴もまたそれだけ
だがしかし、その中に入ってる手紙の書き手の名前を知ったミオさんは驚愕する
すなわち
「大空スバルさんからのものです」
「!?」
衝撃を受けるミオさんに続ける
「驚くのも無理はありません
でもそれは正真正銘スバルさんの書いたものです」
「ほ、本当なの?
本当にこれはスバルが書いたものなの…!?」
狼狽えるミオさんに頷く
「読めば分かります
…ですから読んであげて下さい、ミオさん」
「っ!」
ごくりと生唾を飲み込むミオさん
それでも僕の言葉を受け、震える手で封筒を切って中の手紙を読み…崩れ落ちる
そんなミオさんの背中を擦りつつ、彼女の手元からこぼれ落ちたそれを僕は拾う
そして申し訳ないと思いつつも一応ザッと目を通すが…その内容は概ね想像通りだった
・・・・・・
大神ミオ様
この手紙を読んでいるという事は、私は既にこの世にいないでしょう
…っていう書き出しをいつかやってみたいってずっと思ってたんだけどさぁ
まさかこの年になってそれが叶うとは思わないじゃん?
いや~、本当長生きはするもんだね!
今日まで頑張って来た甲斐があるってもんだよ!!
と言う訳で、久しぶりミオしゃ
スバルだよ
覚えてる?
って言っても流石に覚えてないよね?
だって思えばあの日からもう60年は経ってるんだよ?
それだけ経てば、流石のスバルもすっかりお婆ちゃんだし、きっとミオしゃが見ても分かんないと思う
実際今だって、本当は会いに行きたいのにもう体が動かない
自分の足で立つ事ができないし、お医者さんにももう長くないって言われてる
だから今、スバルはこうして手紙を書いてる
もう病院のベッドから出る事が出来ない身だけど、それでも伝えたい事がたくさんある
聞いてくれないかな?
・・・・・・
こんな書き出しで始まった彼女の手紙には本当に沢山の事が書いてあった
80年前、戦場の真ん中で突然異世界へ飛ばされ、そこで出会った一人の少女に助けられた事
その世界で傷を癒した後、元の世界に戻る為の旅を始めた事
5年にも渡る過酷な旅の末に、何とか元の世界へと帰って来れた事
ここまでは良い
だがそのタイミングで彼女に大事件が起きる
それは彼女が記憶を失ってしまったという事
長く辛い旅の消耗で蝕まれた彼女の心と体が帰還と同じタイミングでピークに達し、スバルさんは自分の名前はおろか故郷の事やミオさんの事すら忘れ去ってしまったのだという
(だから彼女は帰らなかった
いや、帰れなかったんだ…)
何せ何も分からないのだ
その状態で独力で磐ノ斗へ帰還するのは不可能だし、それに只でさえ時代は戦後の混乱期
どうやらスバルさんの巡った世界とこの世界は時間の流れが違うらしく、5年の旅を終えた彼女が帰ってきたのはちょうど終戦の一週間後
誰もが明日を生きるのに必死な時代において、スバルさんもまた生きるのに必死であり、とても失った記憶を探す暇なんてなかったのだとか
(きっと無念だったに違いない…)
そうでなければこんな手紙なんて書かない
もう一度ミオさんに会うためだけに過酷な異世界の旅路へと身を投じ、しかしそれを忘れて生きてしまった
長い年月を別の人間として過ごしてしまった
そして、ようやく思い出した時にはもう自分の身体は動かない
過ぎ去った日々は戻って来ず、会いたかった人に自分で会いに行くことすら出来ない
その無念はいかほどだろうか
…ただ、それでもスバルさんは逞しく生きた
記憶がない天涯孤独の身でも、持ち前の明るさと愛嬌で何とか乗り越えた
戦後の混沌した社会を、それでも彼女はたった一人で生き抜いたのだという
そして、紆余曲折がありながらもなんとか人並みの暮らしを送れるようになったスバルさんはやがて良縁に恵まれ、子どもや孫に恵まれ幸せな日々を過ごしたと手紙には書かれているが、その孫にあたる人物が何を隠そう僕の母さんである
つまり、その息子である僕はスバルさんの直接の子孫にあたるのである
(今思えば、あの写真を見て懐かしいと感じたのもそのせいかもしれない…)
実際白上神社の神主一族の力が使える以上、僕の中にその血が入っているのは当然の事だ
そして、この磐ノ斗が古代から重要な土地として朝廷から国家ぐるみで保護されて来た場所である以上、その場所から簡単に彼らの血が流出するとは考えづらい
であれば僕のルーツはそこから外れた人物…ミオさん曰く「帰って来なかった」、つまり行方不明になったスバルさんしかあり得ないのだ
そして、それが意味する事はつまり
(…繋がった
途絶えてしまった筈の…もう二度と届かないはずだった彼女の想いは確かに繋がったんだんだ)
80年の時を越え、残酷な運命に翻弄されながらもスバルさんの想いは今確かにここにある
子孫という形ではあるけれど、それでもスバルさんは確かにミオさんとの再会を果たした
必ず帰ってくるという約束を、彼女は確かに果たしたのだ
そして、そんな彼女の手紙の最後はこう締め括られていた
・・・・・・
最後にミオしゃ、あの時村を守ってくれてありがとう
ミオしゃがいたから、スバル達は安心して戦いに行けた
ミオしゃが皆を守ってくれたから、スバル達は冥界の扉の封印だけに集中出来たんだ
あの時ミオしゃはすっごく悲しそうな顔をしてたけど
自分が戦いに行けない事が辛くて苦しくて仕方がないって顔をしてたけど
スバルが断言する
あの戦いでスバル達が勝てたのはミオしゃがいたからだ
ミオしゃのおかげでスバル達は未来を掴む事が出来たんだよ
それを決して忘れないで欲しい
きっとミオしゃの事だから、スバル達と一緒に戦えなかった事に罪悪感を感じてるんだろうけど、それは違う
スバルも皆も、ミオしゃの事を大切な戦友だって思ってる
自慢の家族だって思ってる
ミオしゃはもっと自分に自信を持っても良いんだよ
だからミオしゃ、改めて謝罪と感謝を
まず、ごめんねミオしゃ
ずっと思い出せなくて
一緒に旅に出るって約束、守れなくて本当にごめん
そして、ありがとうミオしゃ
あの日スバル達と一緒に戦ってくれて
そして、スバルの親友になってくれてありがとう
色々あったけど、それでもスバルはミオしゃに会えてよかったと思ってるし、あの日々はスバルにとっての宝物だと思ってる
スバルの人生は最高に幸せだったよ!
大空スバル
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「…ねぇ、海斗くん
うち怖かったんだ」
目線を上げないまま大神さんはつぶやく
「80年前に死んだ皆は…帰って来なかったスバルはうちの事をずっと怨んでるんじゃないかって
あの時皆を守ってあげられなかったうちの事を憎んでるんじゃないかって、そう思ってた
だから自分の行動に自身が持てなかった
うちは本当に神様なんてやってて良いのかって、辛くて苦しくて…」
ーーだけど、そうじゃなかったんだね
その言葉と共にミオさんの足元に涙が落ちる
そして濡れていくスカートを気にせずミオさんは続ける
「うちは………うちで良かったんだよね?
うちは自分の歩んできた道を肯定しても良いんだよね?
これからも、前を向いて歩き続けて良いんだよね?」
手の中の古い手紙をじっと見つめるミオさん
相変わらず顔を上げないミオさんの肩はだけど震えていて…
まるで何かをこらえるかのようなその姿に、だけどかける僕の解答は一つだ
すなわち
「当り前じゃないですか
だって、ミオさんはこれまでずっと頑張って来たじゃないですか
その努力を認めない人なんて磐ノ斗には誰もいませんよ」
そんな僕の言葉にミオさんは顔を上げる
金色に輝く瞳
涙に濡れたそれはしかし、それでも確かな神性を帯びており、まるで僕の心の奥まで見通すようだ
それでも
「…それなら海斗くん
君はこれからもこんなうちと一緒にいてくれる?
同じ道を一緒に歩いてくれる?」
多大な不安と微かな期待に揺れる金の瞳
まるで差し出された手に怯える子供のような、本当に信じても良いのかと怯えるような目
それを見て僕が言うべき事なんて最初から決まってる
「勿論です
だって、僕はミオさんの事が大好きなんですから
あなたと一緒にいたいから、今ここにいるんですから」
ーーだから
「ずっと一緒にいましょうね、ミオさん」
「…うん!……うん!!」
まるで太陽のように微笑むミオさん
そんな彼女を僕は抱き締め、ミオさんもまたそんな僕を抱き締め返してくれる
黄昏時の昼の赤と夜の青が混ざり合う空の下で、僕らは互いに互いの腕の中の存在を確かめ合う
そこにある確かな温もりを確かめ合う
二度と離れないように、そしてこれからも一緒に歩いていく為に
そしてそんな僕らを祝福するように、ミオさんの首の青いトパーズがキラリと光るのだった
と言う訳でなんとか完結しました!
いかがだったでしょうか?
本作を書いた経緯は一番最初に述べた通りですが、作者としてもずっと書きたかった別√の話が書けたので満足です
特に80年前の戦いの背景とかは、本編では関係ないので掘り下げなかった場所なので、語れて良かったです
また機会があればみこち√なんかも書いてみたいですね
さて、それではここまで付き合ってくださった皆さんに感謝を
また機会があればお会いしましょう
さようなら!