先に言っておきます
本作はホロライブ二次創作です()
走る
みこさんから話を聞いた瞬間に血の気が引いた
気が付けば動き出していた体を、しかし止める事なく目的地へと急ぐ
走る
境内へと続く長い石段を一段飛ばしで駆け上がる
そしてたどり着いた先にある真っ赤な鳥居をくぐり抜け、奥にある詰所へとまっすぐに向かう
走る
思い出すのはあの事故の瞬間
真っ正面にトラックが迫ったと思った瞬間に文字通り世界が反転する
響き渡るクラクションの音と何かが潰れる音
全身を鈍く貫く痛みに耐えながら周囲を見渡した僕の目に飛び込んできたのは、かつて両親だった何かで…
(…っ!)
久しく見ていなかったフラッシュバックを、しかし頭を振って振り払う
しかし、恐怖は消えない
心の奥に刻まれた大切な人を失った時のそれは、決して消えない
だからこそ、僕は走ってきた勢いそのままに白上神社の詰所へと足を踏み入れ…
「大神さん!!」
「うわっ、ビックリした!!
何、どうしたの海斗くん!?」
「………あれ?」
そこに敷かれた布団の中でこちらを驚いたように見つめる、意外と元気そうな大神さんの姿を見て呆気に取られた
「あはははははっ!」
「…そんなに笑わなくても良いじゃないですか」
むくれる僕に、大神さんが「ごめんごめん!」と目尻の涙を拭きながら謝る
「でも、まさかうちが倒れたって知らせだけで、そんなに必死になって来てくれるなんて思わなくてさ」
「…どうせ、僕はみこさんの言葉に早合点したせっかちですよ」
「もう、機嫌直してよ
駆け付けてくれたこと事態は本当に嬉しかったからさ、ね?」
そう言って微笑む大神さん
そんな彼女の取り敢えずは元気そうな顔を見ていると、何故だかさっきまでの怒りが消えていく
心の底から安堵が湧き出してくる
「………本当に心配したんですよ?」
「…うん、そうみたいだね
笑いすぎちゃってごめんね?
でもさっき言った事は本当だからさ」
ーー改めて、来てくれありがとね
海斗くんの気持ち、嬉しかったよ
再度お礼を言う大神さんと、それに対して「どういたしまして」と返す僕
そこまでは良かったものの、後が続かない
僕らの間に妙な沈黙が流れ、どこかもどかしい雰囲気に満たされる
気付けば大神さんの顔が何故か少し赤くなっていて
そして僕自身、自分の顔も熱を持っている事には何となく気付いていて
そんな状況が何故か無性に恥ずかしくなった僕は、まるで何かを誤魔化すように無理矢理話題を変える事を選んだ
「…そ、それで?
体の方は大丈夫なんですか?」
「も、もちろん!
さっきまで寝てたからだいぶ楽になったよ!!
何なら今からでも小粋なステップを…ーー」
「ダメに決まってるでしょう」
「あ、白上さん」
いつの間に部屋にいたのだろうか
大神さんの言葉を遮り、近くに水の入ったコップの乗ったお盆を置いた白上さんは、所謂ジト目で大神さんを見た
「昼くらいまでは結構な熱があったんですから、まだ休んでて下さい
今日の分のミオの仕事は白上がやっときますから」
「え?
で、でも…」
「でもも何もありません
病人の仕事はしっかり休んで病気を治す事です」
そう言ってため息をつきながら白上さんは立ち上がった
「海斗くん、悪いんですがミオの事を見ていてもらえませんか?
多分誰かが見てないと、ミオは素直に休まないと思うので」
「あ、はい
分かりました」
「よろしくお願いしますね
多分あと一時間もすれば、買い物に行ってくれているみこさんも帰ってくると思います
ですから、それまでどうかお願いしますね?」
そう言って白上さんがその場から立ち去ると、大神さんは「大げさだな~」と苦笑した
「別にそこまで心配しなくても良いのにね
うち一応神様だし」
「…今さらですが、神様でも病気になるんですね?」
「そりゃあなるよ!
神様だからって万能な訳じゃないんだよ?
海斗くんは風土記とか読んだ事ないの?」
「流石にありませんね…
それよりもほら、まだ病み上がりみたいなものなんですから、大人しく寝ててください」
そう言って僕が水を渡すと、「何だか悪いな」と大神さんはそれを受け取る
そして、一緒に渡した薬を飲み干した彼女は素直に横になった
静かな部屋に時計の音がカチカチと響く
普段白上さん達が住んでいる本殿と違い、この詰所には所謂生活感というものがある
それは究極的には家具や食べ物のいらない神様と違い、この場所が神主や巫女が泊まったりする事も想定して作られているからであるのだが、だからこそ、ここは厳かな雰囲気が漂う本殿よりは俗っぽい空気が流れている
要するに、気軽に肩の力を抜いていられる場所であり、病人の大神さんも本殿よりはこちらの方がくつろげるだろう
ここに布団を敷いた白上さんは慧眼だな、等とぼんやり考えていると、寝ているミオさんが「暇だからおしゃべりでもしない?」とこっちを見てくる
「なんか、さっき寝たからか眠れなくてさ
どうかな?」
「良いですよ、何の話にしますか?」
「そうだなぁ…
あ、そう言えばフブキから聞いたよ
この間の冥獣狩りの時の結界術凄かったらしいね?
弟子が立派に成長して、教えたうちとしても誇らしいよ!」
そんな大神さんの言葉に僕は苦笑する
「いえ、そんな…
まだまだ大神さんには敵いませんよ」
「そんな事ないよ!
これでも結構長く生きてるけど、海斗くんはかなり才能があると思うよ?」
「あはは…そう言われると悪い気はしませんね」
そんな感じでしばらく近況について話していたのだが、その途中で大神さんはどこか遠くを見るような目をして呟いた
「もしあの頃海斗くんがいたなら…なんて、考えるだけ野暮か…」
「あの頃?」
首を傾げる僕に、大神さんは「あ、聞こえてた?」と少し気まずそうな顔をする
しかし「まぁ、海斗くんには聞く権利があるか…」と結局話してくれた
「80年前…まだ白上神社の祭神がフブキじゃなくて、神主一族も健在だった頃の話だよ」
「80年前…」
「…ねぇ、海斗くん
前に最後の戦いの話をしたと思うけど、そもそもどうして彼らがあのタイミングで冥界の扉の封印を決意したのか分かる?」
その問いに首を横に振ると、大神さんは「あのタイミングしか無かったからだよ」と呟く
曰く、80年前の冥獣は今のものよりも何倍も強かったらしく、それによってもたらされる被害もまた尋常なものではなかったという
「考えてみれば当然だよね?
だって今の比較的平和なこの時代の冥獣ですら、簡単に人を殺せる程の力を持ってる
なら戦時中の…この国だけじゃなくて、世界中に死が溢れていた時代の冥界の淀みである冥獣がどれだけ強力だったかなんて考えるまでもないよね」
脇に置いていた青いネックレスを見つめながらそう続ける
日に日に強くなっていく冥獣と共に悪化していく戦況
そして、必死の戦いも空しく徐々に消耗していく退魔師達に、それでも尚失われていく人々の命
幸い空襲こそ無かったものの、第二次世界大戦から始まったこの地獄のような状況は、その後太平洋戦争…そして広島と長崎に新型爆弾が落とされた事でピークを迎える
当時の白上神社の神主一族は絶望した
平安、戦国、幕末
歴史の影でいくつもの絶望的な侵攻を乗り越え、人々を守り続けてきたこの国でも屈指の退魔集団である彼らでさえ膝を折る程の異常事態
未だかつて無いほどに強大で恐ろしい冥獣達を前にして、しかしだからこそ彼らは一世一代の賭けに出た
このままでは近い未来に自分達は全滅し、この国にかつてない程に強力な冥獣の群れが解き放たれてしまう
そして、敗戦が濃厚になった今を逃せばきっと次はない
あの時代ですら次第に廃れつつあった退魔の技術が、アメリカという異国の支配の元で順当に引き継がれるとは到底思えない
恐らく後の時代に今程の戦力を用意する事は不可能であり、逆に言えば今であれば最高の戦力を最高の状態でぶつけられる
だからこそ彼らは賭けたのだ
今が最後にして最大のチャンスであることに
そしてそれを確実に成すために、彼らは文字通りの総力戦を挑んだ
文字通り、だ
男も女も、大人も子供も年寄りも全員が戦場に赴いた
白上神社の神主一族で少しでも戦える力を持っていた者は全て戦いに赴いた
そうまでしないと勝てないと確信し、同時にここで全てを終わらせるという覚悟の元に一丸となって彼らは立ち向かった
そして、そんな彼らの覚悟に応える為に、戦時中の本土に僅かに残された全国の退魔師達もそれに続いた
ここが歴史の分水嶺であることを理解していた彼らもまた、神主一族の者達と肩を並べて地獄の戦場へと赴いたのだ
かくして1945年8月15日
奇しくも玉音放送による太平洋戦争終結の裏側で、誰にも語られない最後の戦いが始まり、そして結果的にそれは数多の犠牲の上に勝利という形で幕を閉じたのだという
それが80年前の戦い
白上神社の神主一族の全滅と引き換えに、冥界の扉の封印に成功した戦いなのだと大神さんは語る
「だから、ちょっとだけ考えちゃったんだ
もしあの時、君があの場所にいたらどうなったのかなって?
この夏に冥界の扉の再封印を成し遂げられた君なら、何かを変えられたのかな、ってね」
「大神さん…」
だけど大神さんはすぐに首を振る
「…ううん、きっと無理だね
あの時代は、そんなもしもなんて差し挟む余地がない位の地獄だった
海斗くんが弱いわけでは決してないけど…」
とそこまで言ってハッとしたように大神さんは僕を見た
「ご、ごめんね海斗くん!
勝手に想像して、勝手にがっかりするなんて最低だよね!!」
「い、いえ!気にしないでください!!」
そう慌てて口にするも、大神さんはますます落ち込んでしまう
「そうだよね…
そもそもうちにあの戦いの事を語る権利なんてないよね…
だって…」
ーーうちはあの時、みんなと一緒に行かなかった卑怯者なんだから