くたばり損ない魔法少女わたしの独りゴト   作:土縁屋

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【幕間】うつろな信仰心

 愛はいつだって、すべてのモノへ平等に注がれる。すなわちソレは、“赦されている”、ということです。

 この世に存在する、ありとあらゆる存在──その生涯でなし得るすべては、生まれながらにして赦されている。

 ……そう。善行も悪行も、正も邪も、すべて赦されているのです。何故ならば、わたくし達はこの世界に生まれ落ちて、今を生きているのですから。それが動かぬ証拠。

 ならば、この世にやってはならぬことなど存在しない……そうでしょう?

 

 

 ───

 

 

 わたくしが信奉しているゼルヴィナ神というのは……実際のところ、実在するものではありません。神話はおろか、民話、口伝にさえ登場しない……白状してしまえば、でっち上げのデタラメな偶像に過ぎません。

 信者の方々が聞けば、騙したなと謗られることもあるかもしれませんが、大切な事はそこではありません。

 

 愛することです。

 赦し、祝福することです。そのための触媒として、神という存在があるのです。わたくしは、とある人物の生涯を知り……悟るに至ったのです。

 

 わたくしを蒙したモノ──、“勇者”と呼ばれる存在です。

 今より数百年の昔、異界より召喚されし少年がいた、という伝承があります。彼は縁もゆかりも無い地に召喚されながら、無辜の民草のため、剣を取ったと。そういう話であります。

 

  ……──素晴らしい!

 彼がどういった人物にしろ、見ず知らずの土地にいきなり召喚された少年の、不安と恐怖は察するに余りあります。

 けれども彼は、戦った。

 理由は政治的圧力であったかもしれませんし、彼由来の義憤であったかもしれません。当時を知らぬ身ゆえ、想像するしかありませんが……。

 “勇者”は剣を取り、その戦いの記録が後の世に残った。

 

 この事実は、揺るがしようもなく、“愛”です。

 ゆえに、わたくしの教会には見せかけの女神像ではなく、勇者像を配置し奉じているのです。

 

 

 ───

 

 

 現在、王都は動乱の渦中にあります。

 知らぬ者にはいつもの通り、至って猥雑で退廃的な街に過ぎませんが、ネオンが淫らにきらめく裏側で、身の毛もよだつような権力闘争が行われている。

 

 評議会の中には正流派と呼ばれる国益を第一と考える一派と、本流派と呼ばれる自身の権益の固辞、保身を第一と考える一派がおります。本来ならば、それらの割合は一定で、お互いが同程度の影響力であるがゆえにバランスが取れていたのですが……徐々に本流派の力が増してきている。

 正流派は議員の席を追いやられ、悪くすると暗殺までされているというのです。……要するに、粛清が起きているということですね。

 それだけに彼らの意気は高く、尽忠報国を叫んで地に潜り、賛同者を募っております。……その彼らが潜った潜伏先の一つが我がゼルヴィナ教会、ということになりますね。

 

 本流派の専横は日増しにエスカレートしています。その一つが、王室の公的な場からの排除でしょう。

 ブランシュバイン王家は王を名乗る一族ではありますが、その実、権力は持っておりません。けれども、国民人気の高い者達です。彼らの存在が自らの権勢に悪影響を与えると考えたのでしょう。

 すでに王族はみな軟禁され、末子のフローゼ姫だけは魔の手から逃れるも、行方知れずとなったといいます。

 

 愛は無限大です。

 人はみな無意識のうちに自らを赦されたがっている。

 ゆえに、受け入れを行った正流派の者達も、今では熱心なるゼルヴィナ教徒です。彼らが評議会に帰参したあかつきには、我が教の影響力も増すことでしょう。

 

 無論わたくしに、よこしまな野心はございません。

 けれども、この状況を好機だと思ったことは認めておきます。この機会を上手く使えば、より広く、多くの者達へと愛の心を伝道できる、と考えたことは事実であります。

 

 

 ───

 

 

 本流派の筆頭ともいうべきレイモンズ・キッカー相国のやり口は露骨なものです。商人勢力を弾圧し、媚帝政策をとる。わたくしは彼を嫌ってはおりませんが、王国民……とりわけ、王都民からの評判は最悪といってよいでしょう。

 特に評判を悪くしたのは、治安維持を担っていたギルドの解体を行ったこと。そのため、帝国からガラの悪い者達が入り込んで、一般市民にも被害を訴える者が出てきております。

 もちろん、そういう方々は我が教会に逃げ込んでいただき、匿わせていただいております。彼らも善き友人となるでしょう。

 

 危機的状況にある方には、無償で手を差し伸べる……。それもまた、愛というものです。

 

 

 状況が一変したのは、突然のことでした。

 受付の信者の方から、なんと行方不明のフローゼ姫が訪ねてきていると連絡があったのです。

 わたくしはこの時、胸が大きく高鳴ることを抑えられませんでした。今のフローゼ様の状況を思えば、きっと周囲は敵ばかり。疑心暗鬼の心境の中、当教会を頼ってくださった。これは素晴らしいことです。

 ……まずは彼女にはゆっくりと休んでいただき、心の傷を癒していただくことが肝要です。そして来たる時に備え、心を一つとする……。

 ……フローゼ・バーム・ブランシュバイン様は真っ直ぐな心持ちの人物と評判です。きっと、善き友人となってくださるでしょう。

 

 そして実際にお会いした彼女は、評判にたがわぬ方でした。勇ましく、正義感が強い……。

 フローゼ様の用件とは、キッカー相国の排除と、正流派の復権とのことでした。どうにかして諸悪の根源を打ち倒し、王国から“簒奪王”の影響力を削ぎたい……といったところでしょうか。……ふむ。

 まことに心苦しい限りなのですけど、わたくしにその気はありませんでした。ですから、嘘ではありませんけれど、事実になるとも言い切れないことを言って聞かせて、のらりくらりと煙に巻くつもりでいたのです。

 彼女に協力するにしても、もっと我々のことを知っていただいてから。……そういうことです。

 

 けれどね、わたくし……心変わりしてしまったの。

 フローゼ様の悲痛な嘆願に胸を打たれた……ということにしておけば綺麗なお話になるのでしょうけれど、わたくし、そこまで少女趣味ではなかったので。じゃあ何に? と聞かれれば、フローゼ様についてきていた少女に、と答えましょう。風変わりな服装をした、オッドアイの少女……。

 一目見てわかったわ。この子、愛を知らないって。そんな子が、“暴君”の二つ名をいただく、S級探索者のハナイ・ムラクモだって言うんだもの。

 ならば、無機質で無気力な金と緑のオッドアイを、素晴らしい愛で染め上げて、助けてあげなくっちゃいけないって思ったの。

 

 打算はね。全くなかったとは言いませんよ。

 密かに話題となりつつある、彼女の暴の凄まじさを我が物にしたいとね。

 もしかすると、これは天がわたくしに与えた運命的出会いなのではないかとさえ思いました。愛を知らぬ子に、与えよと。

 

 極めて割の良い事柄と言えましょう。

 キッカー相国を排除するだけで“暴君”の武力が手に入り、フローゼ様という旗印と、正流派という政治力も得る。

 ……欲が出てしまったのでしょうね。けれどもわたくしとて人間。そして、欲望とて愛が赦している。

 

 わたくしの永遠の夢──世界を愛の筵へと変えようというのが、一度に近づいてきたのを感じます。

 決心の時でしょう。

 

 

 ───

 

 

 実のところ、本流派の排除というのは、いつでも可能な状態でおりました。

 けれど、いつまでも実行に移さないでいたのは、彼らの存在が愛の伝道に都合がよかったからです。

 世が乱れれば、救うものに縋る人も増える……。そういうことです。

 けれども機が熟したらば、キッカー相国には退いていただかなくてはなりません。……悲しいですが、わたくしは彼らの犠牲をも赦しましょう。その尊い犠牲の上に、愛が成り立つのだと、語り継ぎましょう。

 

 作戦は単純です。

 少数精鋭で場内に乗り込み、キッカー相国を打ち倒し、王族を解放するのです。……大人数で乗り込んでは、戦争になってしまいますからね。

 無論、見かけのシンプルさほど容易く為せる作戦ではありません。けれど、こういう時のために策は考えております。

 

 闘技場はただ殺し合いを眺めるだけの場所ではありません。賭博が横行しております。

 それが何か? といえば、軍務中の兵士さえ、そこに立ち寄っているということです。皮肉な話になりますが、本流派は“簒奪王”へ忖度するあまり、兵の士気を下げ、自らを守る者を遠ざけてしまったのです。

 

 今回、闘技場へと“暴君”殿を差し向けたのは、彼女のネームバリューと戦闘の強さを期待してのことです。

 華やかな見世物となっていただくことで、より多くの兵を闘技場へと誘い込み、城内をがら空きにする……。とくに、十体目のギガントデスクロー・アラクネは数十年もの間、闘技場に君臨し、あまた挑戦者を粉砕してきた怪物です。

 “暴君”殿ならば、さぞや見応えのある戦いを演じてくださるでしょう。そう期待するばかりです。

 ……つまり、わたくしが彼女に指示したことは、勝てるならばできる限りに時間をかけて倒し、倒せないまでも時間稼ぎはしていただきたいということです。

 

 ……あとは彼女の演技力がどれほどのモノか……それがカギになるでしょう。

 

 

───

 

 

 城の警備は……少なくはなってくれました。けれども、期待していたほどではありません。

 もしや、“暴君”殿がしくじったのでしょうか? “二つ名持ち”が張り子の虎であるとは思いたくありませんが……。

 

 一瞬、撤退しようかという考えが脳裏をよぎりましたが、結局、潜入を続行することに決まりました。フローゼ様と、正流派の友人達の意気が強かったためです。

 いちおう、危うくなったとして、第二、第三の手を考えていないではありません。けれど……外聞を考えるに、あまり使いたい手ではありませんので、どうにかこのまま上手くいってほしいものです。

 

 

 道中はそれなりに順調だったと言ってよいでしょう。

 けれど、詰まってしまったのは、王族が軟禁されている塔への吹き抜け廊下に当たってからです。

 ……“瞬撃”のマーク。

 よもや、“簒奪王四天王”の一人と鉢合わせしてしまうとは……。

 

 “瞬撃”の身体能力は、人の域をはるかに上回るものです。

 目にも止まらぬ速さで動き、無数に隠し持った暗器で確実に急所を切り裂いていく。……ほんの十数秒で三人もの友人が討ち取られてしまった。これはとても悲しいことです。

 

 けれど、彼の腕前には大きく見どころがあり、上昇志向の強い性格は愛に飢えているとも見えました。

 ですので、声掛けをさせていただいたのですが、

 

「けっ! だぁーれがカルト宗教の犬になるってんだよ! おめェらんとこで出世したって、華やかじゃねえだろうがよ!」

 

 とね。あえなく一蹴されてしまいました。

 友人達はカルト呼びに憤ってくださいましたが、わたくしはいささかも気にしてはおりません。事実だからです。

 

 

 ……しかし困った。

 このままでは、わたくし達は全滅です。第二の手を使う他ないのかもしれません。

 

 ……ダンジョンからは度々、聖剣や魔導書など、貴重な宝物が採取されます。

 わたくしの奥の手というのは、そういった類の一つです。

 

 魔物使いの笛といいます。

 これはね、身に着けているだけでモンスターから好かれることができ、鳴らすことで彼らを思いのままにすることが可能であるという、愛の宝物です。

 わたくしの奥の手というのはね、これを吹くということ。音色は人間には聞こえません。けれど、魔物にはどれほど離れていても届く。……つまりね、闘技場にいる魔物たちをここへ呼び寄せることができるということです。

 とくに、ギガントデスクロー・アラクネ。彼女の俊敏性なら、闘技場から城内までまたたく間に駆けつけてくれるでしょう。

 

 笛に唇を当てて、吐息を吹き付ける。

 

 …………。

 ……。

 

 ん?

 あれ……? おかしいですね。ぜんぜん来ない。

 

 「お前何してんの?」といった視線をもらってしまいますけれど、赦しましょう。それが愛ですからね。……彼もどうせ、アラクネが来るまでの命です。

 

「ようわからんが、なんか失敗したみてえだな! よし、死ね!」

「きょ、教祖様を守れ!」

「ぎゃあああ!!」

 

 ……マズいのでしょうか? このようなところで死にたくはありませんが……。

 

 もうしばし待つとね、聞こえてきましたよ。羽音です。

 あれは……ジャイアント・ビーでしょうか。人間よりもはるかに大きい蜂が、何十匹と追い立てられるようにして飛んできます。

 ギガントデスクロー・アラクネでないのが気になりますが、いいでしょう。

 

 さあ、愛の子らよ!

 素晴らしき愛と赦しを彼のものに知らしめるのです!

 

 城内に入り込んだ蜂が“瞬撃”を打ち倒してくれることを期待した、まさにその瞬間でした。

 場違いに甘ったるくて、冷ややかな声が入り込んだのです。

 

「逃げないで」

 

 ごちゅっ! ぶちぶち!

 

 

 ──は?

 

 羽を掴まれ、むしり取られながら落下する蜂。床に激突し……もうもうと煙る中から、緑と金のオッドアイがギラギラと光を放っているのが見えました。

 ソレは、返り血を拭う素振りすらなく、返す刀で、近場の蜂を殴り潰し、蹴り砕き、千切り殺していく。

 

 ──ハナイ・ムラクモ。

 

「ぼっ……“暴君”……!」

 

 こぼれた戦慄の呟きは誰のものだったでしょう。

 “瞬撃”でしょうか? 友人達? ……まさか、このわたくしというわけはないでしょう。

 

 呆然と見守る一同の前で、あっという間にジャイアント・ビーを皆殺しにすると、彼女は恐ろしく静かで、何でもないことのように言ったのです。

 

「ムシケラ……ぜんぶ潰したよ。もう大丈夫」

 

 と。

 わたくしはもう、生きた心地がしませんでした。だって、モンスターを操り、ここへと引き寄せたのはわたくしです。

 そのことが万が一にも知られてしまえば……“暴君”はわたくしを千切り潰すのではないでしょうか? あれほどまでに徹底した殺意なのですから。

 そう思うと、本能的な恐怖がせり上がって、頭が真っ白になってしまう。今は無気力に細められているオッドアイが、いつまたあの剣吞な光を宿すかと思うと、何も考えられなくなってしまう。

 いつものように愛を囁き、誑かそうにも……舌が痙攣して言葉が出ません。

 ……けれど、言葉を使えたとして、それが何になるというのでしょう。彼女の暴の前では、理など容易く握り潰されてしまう。

 

「来てくださったんですね! “暴君”さま!」

 

 あんな光景を見た後です。

 だというのに、喜々と駆け寄るフローゼ様の神経がしれません。よもや彼女も、“暴君”と同じ怪物なのでしょうか?

 

 ……視界が白み、意識が遠くなっていく。

 

 勇者は……。

 わたくしの勇者はここには来てくれない。

 いるのは──。

 

 恐ろしい“暴君”だけでした。

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