スライムの体内を歩き続けていますけれど、まったく突き当りにぶつかる気配がありません。まあ……よくよく考えてみれば、幻覚で作られた空間にいるわけですから、やみくもに歩き回ってどうなるものじゃないのかもしれませんわ。
じゃあどうすればいいのかってお話になりますけれど……ちゃーちゃんを苛む過去の幻影(仮)が邪魔をして、一向に手立てを考える余裕ができませんわ。
ちゃーちゃんは「どうってことない」の一点張りで強がっていますけれど……絶対大丈夫じゃありませんわ。お顔はいつも通り無表情ですけれどね。
さすがに心配過ぎたので、もうなりふり構わず喚き散らかして、ちゃーちゃんには従ってもらいましたわ。休んで休んで休んでーっ! って。
けれど、その時もあの靄……発生してしまいましたの。
つまりこれ、これエリアごとに出てくるモノでなくて、一定時間ごとに発生しているみたいだってわかったのは収穫ではあったのかもしれません。……わかったところで手立てがないのは揺るがないんですけれど……。
……ちゃーちゃんから発生する靄は、様々な形になりましたわ。
イヤらしい目をした脂ぎった男性達(ちゃーちゃんのことを蔑んだ目で見て、時には口にするのも汚らわしい下品なことを言いますのよ! わたくしこの人達嫌い!)……。
必死の形相で生活環境改善を訴えかける男女(武器を持ってるとはいえ、普通の人達がちゃーちゃんに勝てるわけありませんわよね。あっという間に制圧されてましたわ。……でもちゃーちゃん、普通に人殴ってましたけど……めっ!)……。
巨大な虫達(マジデカいしキモいですわ。ちゃーちゃんが虫嫌いになるのも頷けますわね!)……。ミミズ、……そしてゲジゲジ。
この幻影達がちゃーちゃんの心の痛みの具現なのだとしたら……きっと彼女を最も絶望させてきたのはゲジゲジなのかもしれませんわ。登場頻度が尋常じゃありませんのよ、本当に。
ある時はちゃーちゃんと似た格好の女の子が貪り食われて、またある時は老人や若者が噛み砕かれる。
……一番凄惨だったのは、大地を埋め尽くすほどのゲジゲジに、街が滅ぼされたところですわ。とんでもない物量でしたもの、幻の数も、ちゃーちゃんから出る靄の量も。わたくし、取り乱しちゃいましたし、普通にえずいちゃいましたわ。
でも、本当に辛かったのはその後でしたわ。
助けられない誰かがいた時、救えない何かがあった時──その都度、セットみたいにちゃーちゃんを責め立てる声が響いてくるんですの。
【──魔法少女は……人を救うものなのに。なんで助けてくれなかったの?】
【──返してよ! パパを返して!】
【──お前が代わりに死んでくれたらよかったのに】
……って。
ちゃーちゃんはね、言い返しませんでしたわ。直接罵られている幻影ちゃーちゃんも、今ここにいるちゃーちゃんも。
……ただ力なくオッドアイを伏せるだけ。
……あああああ胸糞悪いよぉ! ……失礼。ちょっと素が漏れちゃいましたわ。
というかちゃーちゃん、どんだけトラウマ持ってんですの?
わたくし達この場所、だいぶ長いこと歩き回ってますけど……全然弾が打ち尽くされないじゃないですの! 毎度違う角度から地獄みたいな光景流されるの、なかなかできることじゃありませんわよ! ……ん? 弾?
……そういえば。再生される幻って、どうしてちゃーちゃんのものばかりですの?
…………よくよく考えてみれば、この空間っておかしいですわ。
人間のイヤな記憶を幻影にして発生させるんなら、わたくしにだって被害が来ないとおかしいじゃないですの。……まあ、わたくしの持ってるイヤな記憶なんて、お父様の足が臭いとか、お兄様が女たらしでキモいとかそんなもんですけれど……。
海水スライムが現れる前、ちゃーちゃんってば、おかしなこと言ってましたわ。何かに触られたとか……。わたくしは全然気が付きませんでしたけど。
これ……けっこう大事なヒントじゃありませんの?
このヒントと今の状況とを照らし合わせたとして……二つの可能性が思いつきますわ。
一つ。Aってことにしますわ。
最初に触られたって時……おそらくこれは魔力のバイパス回路のようなものだと思いますけれど、それが繋がって、そこから記憶を吸い出している。
その吸い出された記憶が回路から吐き出されたか、そもそもこの空間そのものが出口となっているか……で幻になっている……。
二つ。Bってことにしますわね。
触れたってやつのことはいったん考えないことにして。
この空間自体が記憶を読み取ってるって可能性ですわ。その場合に考えられるのは、幻影として顕現させる悪い記憶にはそれなり以上のエネルギーがいるのではないかということ。……要するに、お父様キモい! くらいの記憶だとエネルギー不足で幻影にできないのではないかしら。
──そして、思いついた対策は一つ。
これらの仮説が正しい保証なんてありませんけれど……抗ってみる価値はありますわ。
だってわたくしもう、この場に一秒と留まりたくありませんし……なによりもちゃーちゃんの苦しそうな顔、見たくありませんの。
我に秘策アリ! け、決して破れかぶれのヤケクソではありませんわよ。リリカルでロジカルな作戦ですの。
【はっ。因果は巡るってか……情けねえ】
【待ってて……っ。今行く……!】
【ガキ! 俺のことは助けなくていい! お前はさっさと戻って腐れムシケラどもを殺し尽くせ!】
【……ッ】
【テメェのやることを見失うんじゃねえ! いつも言ってるだろ、あのゲボヘドロ野郎共を殺し尽くせるのはテメェだけだってよ! ……わかったか? わかったらさっさと行きやがれ! クソ娘!】
【お義父さん……】
なんだかクライマックスっぽい空気を出してる幻影だって華麗にスルーしちゃいますわ。
……でもちゃーちゃんったら、【おとーさん】ですって。
き、気になる!
……あの禿げ上がってる男性とちゃーちゃんの関係……正直すっっごい気になりますけれど、今は手を止める余裕はありません。
けれど……あとで絶対ちゃーちゃんに聞こ。あの子、自分語りが大好きだそうですから、きっと快く話してくれますわ。ええ。
「物は試し……ええい、ままよ! ……ですわ!」
わたくし、抱きしめていたちゃーちゃんの頭をね、ごしごしごしーっ! って撫でてあげましたわ。ありったけの友情を込めてね。……変化はすぐにはありませんでしたけど、わたくしもまだすべての手を見せたわけではない!
「……わたくし、ちゃーちゃんに助けてもらいましたわ」
「…………?」
「あの時、ちゃーちゃんは「ほどほどに崇め奉っとけばいい」なんて言いましたけど……わたくし、恩を忘れたことなんか一瞬だってありませんのよ?」
「……別に、感謝が欲しくてやってんじゃないよ」
知ってますわよ。
でも。
「こんなこと言ったら失礼になっちゃうかもしれませんけれど……ちゃーちゃんって無欲すぎますわね」
「? 欲しいものならいっぱいある。お金とか、お肉とか……。あとは……うーん」
「ほら無欲。
わたくし、ちゃーちゃんにはもっと欲張りになってほしい。もっともっと欲張っちゃいましょう? “暴君”らしく、強欲に、傲慢に。……だからね、手始めとしてわたくし、ちゃーちゃん大好き宣言することにしますわ!」
「!?」
この場所に来て、よぉーく分かったことがありますわ。
悲しいけれど、ちゃーちゃんって、あんまり人に大切にされてこなかった子なんですの。幻のちゃーちゃんの中には、正義の味方みたいに振舞ってる子いましたけど……。きっとあれは、正しいことをして誰かに愛されようとしたんじゃないかしら。でも、返ってきたのは規格外の力に対する恐怖だけ。
お母様のことは唯一の味方だと思ってたんでしょう。けれど、そうじゃなかった。だからちゃーちゃんは今みたいな無気力ちゃんになっちゃったのかもしれませんわ。……これ、全部推測に過ぎませんけれどね。
……でも、クライマックスを演じてた幻影にわずかなほころびが生まれたのを、わたくし見逃しませんでしたわ。
つまり仕組みは……Bの方。
「……その、わたし大好き宣言とは……?」
「気になりますの? 教えてあげますわね。
ちゃーちゃんって今、辛い声をたくさん聞いて、辛いものをたくさん見て……いっぱいいっぱいになってるでしょう? だから……その辛いの全部ね、まるごとわたくしで上書きしてしまおうってんですのよ」
「????」
そもそもそんなことできんのかって話ですけれど、それには自信を持ってできると返させていただきますわ。だってわたくし、風の魔法が得意ですの。
そして、風っていうのは音と密接に関わってるもんですのよ。
……つまりね、わたくし渾身の「ちゃーちゃんかわいい」の声を増幅しまくって鬼リピしたやつ……ぶつけようってんですの。
嫌な記憶も、嫌な声も……全部ぜんぶわたくしの声で上書きして、ノイズキャンセリングしてやりますわ! ……まあ、全力でやりますので、普通の人なら即死しちゃう威力出ますけど……うん。ちゃーちゃん、信じてますわよ!
ということで、食らいなさいませ! 〈爆撃大親友宣言(ビッグバン・ラブコール)〉! ……我ながら、完璧なネーミングセンスですわね。
「ん……?」
友情の音響爆撃を受けたちゃーちゃんは……はたして、全く動じませんでしたわ。
信じてましたけれど……うん。流石って感じですわね……。
……そしてそれと並行して、ちゃーちゃん大好き宣言を進めますわ。わたくしの想いを生の声でぶつけますのよ!
……正直こっちはあんまり意味ない気がしますけれど、高まる気持ちが抑えられそうにないので仕方ありませんわね。
「まずですわね……ちゃーちゃん。わたくしのこと、ちゃんと呼んでほしいですわ。思い返してみれば一回だってじょーちゃんって、呼んでくれたことありませんわよね?」
「んぐぅ」
ちゃーちゃんったら痛いところを突かれたって、渋い顔。……でも、ほころびを見せる幻影は噓をつきませんのよ。つまり嫌な記憶が薄れたってこと。
……え? この場合、ちゃーちゃん何が嬉しかったんでしょう。……もしや怒られて? ちょ、不健全はいけませんわよ、ちゃーちゃん!
「それから、この間あげたリード付きチョーカーは絶対に付けてくださる? 常にとは言いませんから、わたくしの目の届く範囲と届かない範囲では絶対に」
「ええ……(戦慄)」
「それと、わたくしとパーティ組みましょうね?
常にとは言いませんわ。こっちは本当に。……でも、ちゃーちゃんが遠くに行く時、大変な冒険をする時。なんの役にも立たないかもしれませんけれど、わたくしもその場所に──あなたの隣に立っていたいですわ」
……だって。
「わたくし達、友達でしょう?」
「あ。……ん」
ちゃーちゃんはね、ゆっくり目を細めましたわ。
このパラダイスみたいに素敵な地獄で出会う幻影達も……わたくしが彼女と出会ってからでも。まったく見せたことがなかった……それはそれは穏やかな表情。
ああ~可愛いんじゃあ~。これだから愛犬家はやめられねえぜ! ……失礼。また素が出ちゃいましたわ。
「……ね、自分語りするよ。聞いてくれる?」
「あなたが話したいだけ。いくらでも聞きますわ」
「ありがと。……じゃあ聞いて。くたばり損ないの魔法少女……わたしの、独りゴト」
あれほど大きく響いていたおとーさん(仮)の声は──幻影ちゃーちゃんの声はもう聞こえない。
わたくし、もう幻の方は見ませんでしたの。必要ないですものね。
ちゃーちゃんは多くを語りませんでしたわ。……まあ、無口な子ですからね。過去は結構活発だったみたいですけれど……。
彼女は相変わらず主語が抜けてわかりづらい……けれど、こころなしか熱のこもった語りをしてくれましたわ。
よくよく聞いてわかったのは、ハナイ・ムラクモという少女が、どこまでも“魔法少女”であることを誇りに思っているということ。
……わたくし、ちゃーちゃんの人助けは愛されたい気持ちの裏返しでは? なんて推測しましたけど……。
ああそうか。そうだったのか……この子はどうしようもなく……。