ルメリアが倒れてから一日が過ぎ、二日が過ぎても、私の調査に進展は少なかった。
手に入った成果らしい成果っていえば、貧血騒動が起きてから、校内のゼルヴィナ教徒が微増してるってくらい。
これね。 『ゼルヴィナ教徒が“モシモシ花”を使って、何か怪しげなことをしている』って感じのフワっとした疑いを持っている私でも、これは怪しい! 手掛かりに違いない! って断定するにはちょっと弱い気がしてる。だって微増だもの。
貧血になりましたって生徒が全員とは言わないまでも、半分くらいゼルヴィナ教へ入信したとかっていえば『やっぱり!』ってなるんだけどね。三人だよ、期間内に増えた教徒。まさに微。
もしかして、私の疑念って的外しなのでは?
無実のカルト教団にあらぬ疑いをかけているのでは? 自分を疑いたくなる気持ちが出てくるけど……。
“暴君”にいわく、ゼルヴィナ教はやべえ奴らだって話なので、そう的を外したものじゃないんだろう。……なんだか、ほとんどこじつけみたいな疑いを補強してるだけって感じするけど……。
ちなみに、呪われし悪魔像は鞄の底部にひっそり封印してあるよ。捨てようか本気で迷ったけど、万が一、「あの時あげた悪魔像……大切にしてる?」なんて聞かれた時に「捨てました」なんて言おうもんなら「恩知らずが死ね」って殴り殺されるかもしれないし。
……二日も経てばルメリアも元気になるだろう。
そう思うと、いくら様子のおかしい彼女を見たとはいえ……。気ばかり逸って、少し大事に考えすぎたような気がする。
“暴君”にあんな啖呵を切った手前、なんだか情けない気持ちになるけど……友人が無事ならそれでいいだろって。何をムキになってたんだろって。
ルメリアが倒れて三日目の朝、教室へ来ているはずの彼女を探して……けれども見当たらなかった。
おかしいな? 時計を確認してみると、いつもの彼女ならもう来ている時間だ。……いや、あんなことがあったのだし、いつも通りとはいかないのかもしれない。
そう思って視線を逸らそうとして気が付いた。
……いや、いる。いた。
魔力バカのルメリアとは思えないくらいに憔悴した表情で、風景に溶け込むような猫背で着席している。
私が知る彼女とはあんまりかけ離れた表情をしていたものだから、見逃しそうになっていた。
呆然と見つめていると──。
目が合った。
淀んだ瞳だ。
ほんの数日前まで、無邪気にきらめいていた彼女の瞳は今、重たい感情がぬかるんで、ドロドロに濁っていた。
あっちゃいけないことだ。
友達として、絶対にあっちゃいけないことだけど……。その瞬間、私はルメリアに声をかけるべきか、ためらってしまった。
彼女はそんな私を力なく一瞥して、小さく肩をすくめた。
反射的にルメリアの手を取ると……払われる。
そして、彼女らしからぬ、消え入るような声で囁くように言った。
「……穴がね、空いてるんだ。胸のところ、ぽっかり。……なにか、大好きなことがあったはずなんだけど、わかんなくなっちゃって」
「ま……魔力でしょ? あんたとんでもない魔力バカだったじゃないっ」
「……わかんないの。わかんない。
──また行きたい。また行って……あそこなら……心が安らぐ……」
「何言ってんの? どこに行きたいって? ちょっとメリア? メリアってば!」
それきり、ルメリアは何を言っても答えてくれなくなった。
塞ぎ込んで、何も耳に入れたくないみたいだった。……私の声さえ。
その事実は、ことのほか私を動揺させた。
心の中にある、アイリ・チャドーを構成していた大切な一柱が引き抜かれてしまったような──そんな気持ち。
……思い返せば、彼女の身勝手さに、私はどれほど救われてきたかわからない。
私は友達が少なかった。口が悪いし、ひねくれてるから、むしろ嫌われ者でさえあった。
けど。魔力バカな彼女が……。彼女自身の欲望に従っただけの「魔力ちょうだい」の一言が、どれだけ私の人生を孤独から救ってくれただろうか。
決めた。
決心した。
感情でなく、覚悟で決心した。
許せないなんて言わない。友情を言い訳には使わない。
“モシモシ花”の正体を絶対に暴いてやる。何をおいてもどうあっても、必ず。
……これをやったやつには相応の報いを受けさせてやる。絶対だ。
とはいえ、手掛かりなしの八方塞がりは変わらない。……変わらないけれど、光明はある。ただし、気分が悪いやり方だ。
……ルメリアは『また行きたい』と言った。どこに行きたいかなんて知らないけれど、こんな状態の彼女が口走った場所だ。普通じゃない可能性は高い。……何事もなく普通に帰宅してくれるならそれに越したことはないけど。
つまり……その、心が安らぐ場所とやらに向かうルメリアを追いかければ、何かしらの手掛かりを得られるのでは? という話だ。……友達をダシに使うから、最悪な気持ちになるけどね。
───
放課後になると、ルメリアはフラフラと覚束ない足取りでどこかへ向かい始めた。……彼女が乗ったエレベーターは上に向かっている。……つまり、家に帰ろうってワケじゃない。
急いで階段を使って追いかけてみるんだけど、これ普通にきついね。
ジッサイ、この学校のエレベーターって物凄いスピードで動くんだけど、探索者志望の私でも、終点の階層にたどり着く時にはぜーはー言っちゃうくらいにはハードだ。……吐息、聞こえてないかな? ちょっと計算してないところで体力使って尾行台無しとか、ヤバいんですけど。
……バレてないみたい。一安心。
気を取り直して尾行を続けるんだけど、ここで私ね、どこに向かってるのかわかってしまった。
魔導構築理論の教室だ。
“モシモシ花”とゼルヴィナ教の繋がりを調べる中で、学内の信徒を洗ったって言ったでしょ。……実は、というか当然というか。ゼルヴィナ教徒の中には教諭も何人かいて……その一人が、魔導構築理論講師のラーネ・アウロラ。男子生徒に絶大な人気を誇る人。
ゼルヴィナ教徒って、言ったら悪いんだけど暗くって、なんかネバッとしてて、話が通じなくて、二言目には勧誘って感じの人ばっかりってイメージ。
でも、ラーネ先生は爽やかで人当たりがよくって、よく生徒の悩みを聞いてるって印象の人だった。
……。
意外ではある。でも、腑に落ちた部分もあった。ああー、そういうことかって。
ウワサじゃ、“モシモシ花”に頭の中を支配される条件って、放課後の学内で甘い匂いを嗅ぐっていうから。生徒からの相談をよく聞く美人教師だなんて……いかにもって感じするじゃない?
……引き返すべきだろうか?
きっとこの先に進むとしたら、日常からは程遠い……ともすれば探索者志望が将来に潜るような修羅場が待ち受けているのかもしれない。
戻って教諭を呼びつけ、一緒に突入するべきか?
例えば、頼りになりそうなのは“暴君”だ。助けを求めて来てくれるかはわかんないけれど。
しかし……。
ルメリアが目と鼻の先にいる。
彼女をああしたやつがすぐそこにいるのだ。気だけが逸ってしまう。
こういう時に即断即決できないのは、きっと私の短所なんだろう。
立ち止まって悩んでいるところに、
「入らないの? アイリ・チャドーさん」
「ッ!?」
毒々しいくらいに甘ったるいニオイと、ニオイに負けないくらいに甘ったるい声が──。
“背後から聞こえた”。
……。
そうだ、それで私、気が遠くなって……。
気が付いたら目の前には売女が嗤ってて、“暴君”から押し付けられた呪われし像が淡い光を放ってた。
ラーネ先生は気味が悪いくらいに優しい猫なで声で、
「貴女の大切なモノはなぁに? 貴女はどんなことに痛みを覚えるの? 壊れちゃわないように取り出して、大事に大事にしまっておいてあげますからねぇ」
なんて言って。
私、生理的に無理って感じで拒絶したら……ヤツは愉しくて仕方ないって感じに口元をゆがめて──。ラーネ・アウロラって人間の皮を脱ぎ捨てたんだ。そして、その内側から花人間が咲いた。
───
「あうっ!」
「うふふ……。大丈夫よぉ……。ラーネ先生はすべての生徒を愛し、大切に思っていますからねぇ。例えそれが先生からの愛を拒絶するような悪い子でもぉ、きちんと個人授業して、いい子にしてあげますからねぇ……」
「い”っ、うあっ!」
抵抗はもちろんした。
憧れの“二つ名持ち”……。“不死鳥”ちゃんをマネして始めた双剣は、だけれども妖怪植物おばさんが振るう嗜虐マシマシ鞭に薙ぎ払われて、早々に役目を失ってしまった。
まるで弄ぶように……いや。事実としてコイツは私をおもちゃにしてるんだろう。
悪意のツルがわたしの身体を叩きつける度に、阿婆擦れモンスターは笑みを大きく深めて、慰めるようなことを言った。
「強情な子ですねぇ……。どうしてそんなに頑張るんです? 何があなたをそうまで頑なにしてしまってるんですかぁ?」
「……メリア。メリアはどこなの? アンタ達があの子から魔力を取ったんでしょ……」
「んん? ……ああ、ルメリアちゃんですねぇ。彼女なら、魔力よりずっと夢中になれるものを見つけて、幸せに過ごしていますよぉ」
「そんなわけないでしょっ!!」
「おっとあぶない」なんて軽い声をあげて、私渾身の反逆はあえなく鎮圧されてしまった。
……何もかもが気に入らない。この売女のすべてだ。
だってルメリアは魔力が好きだった。
変人だなんて周りから言われてしまうくらいに真っ直ぐ、魔力を研究することが好きだったのだ。
それを奪い取って、頭の中をグチャグチャにしておいて……言うに事欠いて他に夢中なことがある? 幸せに過ごしている?
そんなふざけたことがあっていいはずがない。
──殴ってやる。どうあっても、何があっても。
刺し違えてでも、絶対に一発は殴ってやる。そしてやつが奪って踏みにじってきたモノの痛みの億分の一でもわからせてやらなきゃならない。
「驚いた。まだ立ち上がる気力が残ってるんですねぇ……」
「はぁ、はぁ……。……諦めてなんか、やるわけないでしょ。この、サイコパス暴力フラワー……!」
「気丈な子は大好きですよぉ……。心が強い子ほど、その心を壊してしまった時……。誰よりも敬虔な神の使途となってくれるものですからぁ……」
……どこまでも私を見くびっている。
けれど、今はその侮りをありがたく受け取っておこう。そして何十秒の後に髪を掻きむしって悔しがればいいんだ。あんな小物にしてやられたってさ。
私が打てる手は三つあった。
一つはヤケクソがむしゃらに突っ込むこと。当然襲ってくるだろう嗜虐ツルビンタをやせ我慢して、懐に飛び込むって手。
二つ、意外性作戦。弾き飛ばされて床に転がってる剣を魔力の操作で引き寄せて投げつけてやる。
三つ、炎魔法。……相手植物だし、たぶん効果的なんだろうなって思うけど、ここ普通に屋内だし、躊躇してたんだよね。そいつを破れかぶれの気持ちでぶつけてみる。
実力差のある敵を相手に、三つも手を思いついてる。なら、私がやることは……。
──その全部だ。
一つ一つじゃ通じるかもわかんないし、どうせだもの、やれることは全部やってやる! ……それでも届くかわかんないのが辛いところだけども。
……まずは火球の術をばら撒く。あんまり調子に乗ってやると、剣を引き寄せる分の魔力がなくなるので、加減気味に。
……ここで気が付いたけど、全部乗せをするってつまり、全部をやるだけのリソースを割き続けないといけないので……やってること全部中途半端になってしまうってことなのでは?
……考えない!
思考を無理やり打ち切って、下劣女へ走り出す。
ツルの鞭が鋭く身体を打ち据えるけれど、強く歯を食いしばって我慢する。
「あらぁ、強引」
「っ。ぅううーっ!」
炎は思ったよりもずっと効果的なようだった。手当たり次第にばらまいた火球がツルの何本かを燃やして──突撃中の私の体を叩くモノが減った。
ただ……あえて言うなら、ヤツ本体にはまるで通じてないし、燃えたままの鞭で普通に殴ってくるので、私が感じる痛みはむしろ増してるような気がするけど……。
地獄みたいな痛みのトンネルを抜けると、そこには体罰女教師モンスター。
やっとたどり着いた。……だからっ。
「えらいえらい、よくここまで来れましたぁ」なんて余裕かましてる面へ──!
「剣よ!」
「……!」
魔法で引き寄せた剣を引っ掴み、そのニヤケ面に向かって振りぬいてやる。
拳の間合いではないからって、余裕をかましていた顔が、一瞬だけ。
──ほんの一瞬だったけれど、確かに驚愕に歪んだ。
こいつを剣で斬りつけてやったところで、そんなに効果はないだろうけど──。
でも、それでもこれは意地なんだ!
──そして。
渾身の力で振りぬいた剣が──売女の顔面に届いた。
………届いた、けれど。
「……これは、おめでとうって言ってあげるべきなのかしらねぇ。それとも、メッて、叱ってあげた方がいいのかしらぁ?」
「はぁ、はぁ」
「全部出し切った? やり残したことはない? ……じゃあ、個人授業を再開しましょうかぁ」
……ここまでか。
ごめんね、メリア──。
──その時だった。
──ズガァンッ!!
「ッ!?」
「……?」
「ん。その授業……待ってもらっていい?」
本当に唐突だった。
品性下劣女のニヤニヤ笑いが深まった、まさにその瞬間──。いきなり天井が崩落してきた。
もうもうと煙る向こう側から、場違いに緩くて、まるっきり他人事みたいな響きの声が飛んできた。
「ぼっ、“暴君”! ……お退きなさい! ここはあなたの領域では──」
「──わたし、華亥ムラクモ♡ 絶体絶命の教え子のところへ、タイミングよく救助に現れる系女教師♡
……かっこいい無鉄砲、見せてもらったお礼だよ。助けてあげる」
ハナイ・ムラクモ。
“暴君”だった。
“暴君”は下劣女をまるっきり無視すると、私に向かって一方的にそれだけ言った。それはいつも通りに無関心な声だったけど……。
なんでかな?
『頑張ったね』とか、『すごいじゃん』っていうような、そんな響きがあるように思えた。
きっと気のせいだ。……そうは思うけれど、胸の内側になんだか熱いものがグルグルと回り始めて……。
それを処理しきるより前に、再びとんでもない音がした。
音と同時、“暴君”がいたところの床が弾け飛んで……まもなく凄まじい女の絶叫が響き渡った。
遅れて音の方へ眼を向けると、ラーネ・アウロラの──あの恐ろしい植物モンスターの触手は一本残らず根元からむしり取られ、本人も花から引っこ抜かれて悶絶していた。
一方の“暴君”は、握り拳を振り上げたり、下げたりして、しきりに首をひねっている。どうやら殴るべきかそうでないかで、迷ってるようだった。
展開が速すぎて、何が何だかわからない。呆然としていると、
「……花の人。……人? あなたって人間なの? それとも人外?」
「そっ、それを聞いて……どうするって言うんです……」
「人間だっていうなら、捕まえるよ。……人外だっていうなら、千切るよ」
「……あ、ぅ……」
ラーネは葛藤してるみたいだった。
たぶんだけど、本人としては『人間なんかよりも、ずっと素晴らしくって幸福な存在ですよぉ』とでも言いたいんだろうけど……。そんなこと口走ろうもんなら、次の瞬間には跡形もなく粉砕されるのは火を見るより明らかだった。
……もっというと、時間制限付きっぽかった。“暴君”は『もしかすると一%くらいは人間かもしれない可能性があるから聞いてみた』くらいの気持ちでいるみたいで、自分から二択を迫ったくせに、もう飽きてきたって感じの顔をしている。
……ラーネのやつには反吐が出るけれど、さすがに気の毒になってくる二択だ。
「……わ、わたし……は……人間です……」
「そっかぁ。……おやすみなさい」
「なっ、なにぎゅっ!」
たっぷりの時間悩んで、どうにか“暴君”の気が変わる前に答えを出せたラーネだけど……。
その瞬間、待ってましたとばかりに、幼女みたいな小さい手のひらが女の首に伸びて(ギガントデスクロー・アラクネの足をむしり取った手だ。こわぁ)、軽く締め上げた。
け、結局殺すのかよ! って思ったけど、ゴミを投げ捨てるみたいにポイ捨てされたラーネを確かめると、息がある。
…………。
……これは、終わったのだろうか? 一件落着したと考えていいのだろうか?
“暴君”は、拍子抜けするやら、安堵するやらで腰が抜けた私をジロジロと見やって「ん、元気そう」と勝手に納得。そして、続けざまに言った。
「そんじゃわたし帰るね。お腹空いたし」
バイバイっと適当に手を振って、本当に帰ってしまった。……ま、まるで大怪獣が虫けらの小競り合いを踏み潰していったところを目撃したような気分だ。
身体は痛いけれど、どうにか動く。
だから……ルメリアを探さなきゃ。……って思ったんだけど。
ラーネ・アウロラはとんでもない姿で伸びてるし、教室はそこら中穴だらけで崩落してるし……。
これ、後片付け誰がやるん? 全然一件落着してなくない?