申し訳ないことだが、華亥ムラクモが英雄として語られることはない。
“協命機関”の汚職、失策……その全てを抱いて、永遠に次元追放された犯罪者としての汚名を残していただく。
もちろん、これが恥知らずな措置だという自覚はある。……少なくとも、私はそうだ。
しかし……。言い訳をさせていただきたいが、仕方のないことだ。
何が仕方ないのかといえば、色々とあるが……彼女はあまりに強過ぎたし、素直過ぎたし、頑固が過ぎた。……とても大人が打算で制御できるものではない。そしてそれが仇となった。
──想像をしていただきたいが、自らの気分一つで世界を容易く破壊しえる存在がいたとして、果たしてその存在を許容できるモノだろうか? そのケダモノは首輪をはめることかなわず、物で釣ろうにも、人外殺し以外には興味さえ示さない。
そんな“暴力”が人の形をとったような存在を、これより平和になっていこうという世界に残しておいていいものか? ──答えは、否であろう。断じての、否。
この案が立ち上がった時、もちろん反対の声は上がった。ごく少数であったが確かに。
当然の話だ。
いかに侵略者を殺すことしか能がない怪物といえど……華亥ムラクモが地球にとって、“協命機関”にとって──最大戦力であり、最終防衛線でもあったのは掛け値なしの事実であったからだ。
多少の恩義を感じる者がいたとして、それは別段首を傾げるようなものではないし、彼女という武力を惜しむ心があったとして、愚かではない。
しかしそういう者達も……“あの”最終決戦が話題にあがれば、たちまちに口をつぐんだ。……それもまた、無理からぬことだ。
───
防衛戦争の終着点というには、あまりに破壊的な戦闘だった。
私が見たのはモニター越しだったが……その向こう側で起こる殺し合いは、人智を超えた怪物と怪物が互いを喰らい合うような、世にもイタましきモノ。
片や、無数の異形の手を率い、血反吐のごとく赤黒いオーラを纏った幼い娘。
片や、無数の巨大蟲を従え、太陽の如き金のオーラを纏った優男風の怪人。
……戦いは、怪人──皇蟲が優勢に進めていたように見えた。
単純な力で言えば、娘──華亥ムラクモが優れているのは明らかだったが、しかし。それ以外がずさんだった。立ち回りも、技の多彩さも、戦闘力以外のなにもかも怪人が上回っていた。
蟲を使役し、毒や酸を吐き出し、卵を産み付け、無数の奇跡を起こす。皇蟲は悪辣な手練手管を使うことをまるでいとわぬ。
絶死の嵐だ。生命を傀儡とする外道の法だ。しかし、華亥ムラクモは気にしもしない。どこまで行っても愚鈍に、愚直に、降りかかる全てを踏み潰して進むのみ。
子機に殺到され、産卵されたらば躊躇なく自らへ業火を放つ。毒も酸も魔法撃も浴びるままで、まるで意に介さぬ。
当然、華亥ムラクモの身体は壊れるが……その爛れ、炭と化した場所へは時折に魔力を放って癒すだけ。動きは決して止めない。
……憤怒に燃えるオッドアイだけが、爛々と昏い輝きを放ち続けている。
──やがて。
異形のてのひらが皇蟲を捉えた時。
地上を壊滅に追いやった侵略種の王が出したというには悲痛に過ぎる絶叫があがった。
一秒とて見逃せず、見やる我々の眼前で……絶望の権化が、いびつに歪んだ無数の腕に締め上げられ、引き千切られ、突き穿たれ、裂き破かれていく。
──あっけない決着だったように思う。
幾日にもわたって繰り広げられたような、永い決着だったようにも。
しかし、何よりも重要だったのは、私の胸に渦巻く感情の色が、決して明るいものでなかったということだ。
そしてそれは、最終決戦を目にした者達全員に共通する感情に違いない。
……。
白状させていただくが、恐ろしくなった。
華亥ムラクモが。あの暴の化身が。理を真っ向から力でねじり潰すような──あの少女が。
間違いないだろうが、そう感じたのは私だけではない。
最終決戦を目撃したもの、そのすべてが思うに違いない。──本当の本当に、恐ろしい怪物なのは……華亥ムラクモの方でないのか、と。
無論、皇蟲は恐ろしい。強大な力を持ち、悪辣な手段を平然と使う。無数の蟲を産み出し、子機を寄生させて、手駒を増やしさえする。
だが、すでにもういない。今しがた、八つ裂きにされて死んでいったところだ。
人類という──大きすぎる“ハンデ”を背負った華亥ムラクモによって。……わかるだろうか?
──例えば。
皇蟲を殺し、侵略者がいなくなった今。──あの強大に過ぎる暴力は、いったいどこへ向かうというのか?
あの暴力性が、人類に向かぬ保証はない、と感じたのは……きっと私だけではない。
で、あれば……彼女が排除されるのは必然だった。
───
はたして。
華亥ムラクモへ追放を告げた時、想像していたようないざこざは起きなかった。
少女は「恩知らず」と怒りをあらわにすることも、「裏切られた」と嘆き悲しむことさえなかった。
皇蟲との戦いのさなか、あれほど苛烈な光を宿していたオッドアイは、無気力に宙を泳ぎ……。華亥ムラクモはまるで、意義を失った機械のように身じろぎさえしないまま、異世界へと飛ばされていった。──最後の最後まで、未練の欠片すら見せることなく。
……その、静かすぎる様を見て……ふと胸に疑念が浮いてしまった。──本当にアレは、排除せねばならないほどの脅威であったのか? と。
……。
脅威に決まっている。
仮に華亥ムラクモが従順な駒であり続けたとしても……排除はするべきだ。
これからの地球に華亥ムラクモレベルの武力など存在してはならない。……個人の気分で振り回される極大の力など、危険物でしかあり得ないのだ。
……侵略者が滅び、怪物(英雄)が去り。
一応の平穏を取り戻した世界だったが──。けれどもその平和は、長く続かなかった。
当然の成り行きだったのだろう。
何故なら、今の世界を生きる人々は、この平和がどれほどの血と屍の上に成り立つものかというのを実感していない。
確かに、“協命機関”の影響力は大きく広がった。
結果、権力者による特権的なふるまいはさらに悪辣を極め……そして、多くの反感を買った。……それこそ、『華亥ムラクモが悪い』『地球の救世主・“協命機関”』という理屈で誤魔化しがきかぬほど。
自由と解放を謳う声……反“協命機関”という新たな“救世”の熱は燎原の火のごとく広がった。
その後の“協命機関”がどうなったかはわからない。
何故ならば、私は早々に死んでしまったからだ。……年端もいかぬ少女に刺されて死んだ。
今際に薄れゆく意識の端で、「恩知らず」と私を睨みつける少女の瞳に……いつか、どこかで見たような炎を重ねながら……。
───
そう。死んだはずだったのだ、私は。
だが……。
冗談のような話をする。
次の目が覚めた時……はたして、この身は人外のものと化していた。
後でわかったことなのだが、ドラゴンだ。
周囲を見渡せば、地球では考えられぬほどに整った環境をしていて、さらに言えば私の感覚は人を遥かに超越しているようでもあった。
……そう、人の範疇を超えて、優れた感覚を手に入れた──。
……。
──冗談ではない!
もう一度言わせていただくが、冗談ではない。人外の力など求めてはいない。過ぎた力など、求めるものではない。
汚らわしい人外に生まれ変わるなど……。これでは、侵略者共やあの華亥ムラクモと同列の存在となったも同然。とてもではないが、認められるものではなかった。
……だが。感情がそう訴える一方で、理性の部分が、これは罰なのではないかと自嘲した。
生前……といってよいかはわからないが。……私がやった地球での振る舞いというのは、とても天国へ行けるなどと自惚れができるものではない。それくらいの自覚はあった。
……だからといって、人の次の生まれ変わりがトカゲモドキとは……罰が過ぎると思うがね。
人間、時間が経てば慣れもする。一人生分の時間を過ごせば、自らが人でなくなったということにも諦めがついてくる。
……人外へ生まれ変わったことで異郷の地においても大した労苦を得なかったことが大きかったのもある。生活には困らなかった。
何せ魔法が使える。わざわざ魂を改造せずとも、魔力を使えるのだ。……私は魔法の研究に夢中になった。
充実はしていたかもしれない。
だが、全てが順風満帆であったかといえば、そうではない。人外なのだ。
娯楽などはないし、贅を尽くした食事もできない。腹が立った時に八つ当たりをする相手とていない。
……ひどく孤独であった。
───
ある時、一人の人間が私を訪ねてやってきた。
少年だった。モンゴロイド系の顔立ちに、染め残しのある金髪。
……同郷だろうか?
身分を明かしたい気持ちになった。……けれど、明かしてどうする? 私は人ではない。
……例えば。
人であったとて、過剰な力を持てば排除されるのだ。……いや、排除した。
ならば、人外は? 力がなくとも排除はすべきだ。
ひいてはそれが、それこそが秩序を作ることに繋がるのだから。
例外はない。
追い返そうと思った。
私は死ぬべきだ。……ここは、死に場所だ。
華亥ムラクモが次元追放を受けたように、私もここで死ぬべきだ。
わかっていた。わかっていたが、死にたくはなかった。
だが、戦いなど、もっとやりたくはない。どれほど強靭な肉体を得たとて、どれほど強大な魔力を練れたとて、私という個人が変わるわけではない。
人外の器を得たとて、人外の心を得られるわけでは、なかった。
どこか遠くへ行ってくれと願った。
だから、いかにも勇壮に雄たけびをあげて見せたし、どれほど大きな力を持っているかとアピールをしもした。
──しかし。
返ってきたのは、
「ん? 何をそんなにいきり立ってんスか? ……ノーウェイ、ノーウェイ! まずはお話ししましょ。 暴力反対!」
……あまりにも気の抜けた笑顔だった。
───
──少年は、タクトと名乗った。
……いわく、宇宙戦争のさなかに勇者として召喚されたと。
詳しく話を聞いてみれば、彼が生を受けた世界には宇宙から来る蟲型の侵略者が存在していて、彼は“協命機関”という組織でヒーローをしていたと。
……同郷であった。私が、私達“協命機関”が食い物として扱ってきた子供達……その一人が彼であった。
……しかし、戦争は終わったはずだ。華亥ムラクモが終わらせた。
時間にズレがあるのだろうか? ……まあいい。
何が目的かを問えば、「え? 異世界ファンタジーで最初にやることっていったら、まずはフィールド探索っスよね? 宝箱とか、出会いとかあるかもしんないし。……つか、出会えたっスね! ラッキー!」と。
…………。よもや、現実逃避をしているのだろうか?
「……何が幸運なものか。私は人外だぞ。話し合いなどと……なぜ殺さぬ?」
「話ができるから。……逆に聞きたいんスけど、言葉が通じて会話できんのに、わざわざ暴力で解決することあるっスか?」
「それは……」
答えられなかった。
答えようがなかった。
何も言えぬまま窮していると、タクトは「やー、申し訳ない」と頭を搔いた。
「よく言われるんスよね、仲間にも。お前は綺麗言が過ぎるって。……でも、ラブ&ピース! 言葉が同じなら、きっと心だって同じ!
オレ、いつか侵略者とだってわかり合えるって信じてるんスよ!」
理解しがたい思考の緩さだ。
胸を貫いて、血が流れるほどに甘い、考えだった。
──直接責められたのではない。だが、それでも……かつて生きた地球という星で、無思慮に、短慮に。半ばの諦観と共に踏み潰してきたモノ、その選択を改めて問われているような気持ちになった。
しかし、今更だ。今更悔いてどうする。
しばらくの後、タクトは意を決した様子で共に来ないかと言ってきた。
……正気でない言動をする少年だが、これは群を抜いて正気でない。
初対面だぞ。人外だぞ。仲間になれとはどういう了見だ?
……だが、何を言っても彼は「言葉が通じるのだから」の一点張り。
失礼だが、断言させていただく。早死にするタイプだ。タクトは。……それも、信じていたもの根こそぎ踏み潰されて、死ぬタイプ。
知ったことではない。……私にはまったく持って関係のない話だ。
……だが。
こんな世界。こんな身体となった自分だ。
……まともに話してくれる相手を失うのは本意ではないから……。
ついていくことにした。
とはいえ、今のままでは少々目立つ。……ゆえに魔法で身体を縮め、小竜の姿となって。
……苦労の多い旅路だったように思う。
冷めた灰が降る地、逆さまの火山、天空に座す虹色の海と海中の神殿。多くの地を回り、多くの出会いを果たした。
廃村でのアンデットとの戦い、魔人相手の謀略戦、時には人間を正すよう戦ったこともあった。
数え切れぬ冒険をし、時間をタクトと共有するうち……。私の心は自分自身でも制御ができなくなるほど、変わっていった。“協命機関”の強欲な老人のものから──仮の見た目通り、小竜マスコットのようなモノへ。
……しかし、悪い気分ではない。
気が付けば、人外たるこの身さえ、悪いものとは思わなくなっていた。
───
悲劇は、唐突にやってきた。
魔王との最終決戦。魔王城を進み、玉座の間へ。
……はたして、そこにいたのは痩身矮躯の少年であった。瞳に光はなく、どこかうつろな様子。
魔王と呼ばれる存在にしては、覇気というものが感じられぬ。
……気が付くべきであった。
この時、タクトはいつものように魔王へと対話を持ちかけたのだが……声に張りがなかった。この時の私は流石に最終決戦だからと、その変化を見逃した。
……だが、例え気が付いていたとして、それでどうなったことかといえば……。
魔王との戦いは熾烈を極めた。
戦いが始まれば、戦闘前のうつろさなど何処へ行ったものか、ヤツは恐ろしい敵であった。
一時は敗北さえ覚悟したほどだったが……不意に戦闘を中断せざるを得なくなった。
何故か? うめき声があがったからだ。タクトが苦しみ出したからだ。
魔王の攻撃か?
見やれば、彼も困惑している。
そのような中……。タクトは私へ、自らを殺せと言ってきた。一刻も早く、お願いだからと。無論、了承などするわけがない。
なんとか事情を聞き出そうとする私や仲間達の甘さが、しかし……最悪の結果を招いた。
もたもたとしているうち、タクトがもがき始めた。
もがいて、血走った眼を大きく開き、喉を掻きむしって、地面に頭を繰り返しにぶつけ始めた。
──そして。
呆然と見つめるしかない私の──私達の目の前で、変態した。
照りのある緑色の体色に、薄桃色の翅が生え、腹と尻に針を備えた──そう。まるで人型の寄生バチのような外見。
覚えがあるモノだ。忘れようがないモノだ。滅びたはずのモノだ。
……
殺さねばならぬ。
排除しなくては。
頭ではわかっていた。
きっと地球にいた頃の私なら、ためらいなく命じただろう。……だが、思い出が重くなりすぎてしまった。
現実逃避のように、思考が回った。
なぜこんなことに? 皇蟲が何故? 私は確かに見たはずだ。ヤツが華亥ムラクモに滅ぼされるのを。
考えて、考えて──。
ふと、思い出した。……タクトは“宇宙戦争のさなか”に召喚されたと言っていたこと。
……つまり、皇蟲が滅びていない時間から召喚されて来ているということ。
……タクトは。
初めから、皇蟲に寄生されていたのだ。
……これは、罰なのだろうか?
散々に他者を踏み潰して、搾取して……挙句に救世主たるべきものにまで唾を吐きかけたから。
だから、廻り巡って因果が戻ってきているのだろうか?
……逡巡するうちにも、魔王が刺された。
そして、糸が切れるように倒れ伏す。──端末が二つになってしまった。
──殺さねば。
たかが端末であっても、ああやって数を増やすのが皇蟲だ。生かしておいてはならぬ。……だから。そう、だから。
躊躇うべきではない。躊躇ってはならない。
……此処には、侵略者を殺してくれる
顎を大きく開き、咆哮をあげる。
仲間が制止するのを振り切って、端末へ食らいつく。
冷静になって考えれば、ブレスで灼くべき場面であった。……だが、冷静ではいられなかった。
何も考えたくはなかった。
肉の味など知りたくはなかった。
想い出など……作るべきではなかった。
……全てを終えたのち、私はタクトの死骸を抱いて飛んだ。
誰も知らぬ場所へと、行ってしまいたかった。