“暴君”の頑固も慣れたもんではあったわ。……人間は殴んないってやつ。
あいつ、人外相手ならゴミ掃除するみたいに容赦ないくせに、人間が相手になると途端に尻込みすんのよね。……まさか、戦争が起きる起きないの話になってまでそれを貫くとは思わなかったけど。
普通、融通利かせるもんでしょ。今回だけの例外だーってさ。……人間を害することについて妙に意固地なのよね。
まあ、気持ちはわかんないじゃないわよ。だって強すぎるもんね、あいつ。
けど……それでいて殴らなけりゃいいってしょうもない柔軟性があったりもすんのはわけわかんないけど。首を絞め落としたり。ウチの団長だって、いつものノリで煽りにかかったら聖剣ぶっ壊されたって言ってたし。
おかげで、“謀帝”ロイ・ロー、格下説出てるわ。“二つ名持ち”の中で一段弱いって。
ざまぁないわよね。いい気味だわ。
ところで今、帝都はまさに戦時下って感じよ。
留守居の兵かしらね。完全武装したやつらが街中歩いてるし、ピリピリとした空気感がずっと漂ってる。
暇つぶしも兼ねて偵察してみると……それなりに情報が集まったわ。
今回の遠征って、総大将は皇帝陛下らしいわよ。“簒奪王”前陛下の息子さんで、父親が偉大すぎてイマイチ影が薄いかわいそうなおっさん。
で、そいつが今回の戦争の主役を張ってる。
……自分が老い先短いから息子に手柄を立てさせて箔付けしようって魂胆かしらね。どうだっていいけど。
あたし、今回のじゃじゃ馬姫の警護って、すごい大戦争が起きる起きないの話になってるからって聞いて来たつもりなんだけど……。早とちりで済ますには、だいぶ嫌な思いした仕事になったわよ、マジで。
兵士もだいぶ遠征に出てて、“簒奪王”四天王もほとんど出払ってるみたい。
要するに、社交パーティでも開こうなんて考えたら、絶好の日和ってワケ。
さいわい、城下には“暴君”にじゃじゃ馬姫も来場してる。ゲストも揃い踏みで、さぞにぎやかになりそうじゃないの。
……冗談よ。あの頑固な“暴君”が、暗殺なんてやるワケないもんね。
難儀な性分してるわねって思うわよ。
“暴君”のやつはよく知りもしない人間を気にして動けない。
じゃじゃ馬姫は筋違いの責任感に圧し潰されてる上、頼みの“暴君”が助けてくんないから使い物にならない。
八方ふさがりよね。
……あたし? あたしはどうだっていいわよ。……もう帝国の人間じゃないし。
正直な話をするけど。
あたし、戦争とかマジでどうでもいいって思ってるわ。だってそうじゃない?
あたしら探索者、普段からダンジョンやら依頼やら受けて死ぬか生きるかやってんのよ。いけ好かない商人共の手足としてね。化け物まみれの愉快なほら穴でお宝探ししてんの。いまさら人間同士が殺し合いしましたってつったって、「ふーん、そう。大変ね」ってくらいの感想にしかなんないのよね。
そりゃ、目の前で明らかな悪人に民間人が殺されそうなら助けはするわよ。死にたくなきゃ、死に物狂いで逃げなさいよって思うけど、一応ね。
でも人間同士の殺し合いなんて面倒よ。だってどっちも自分が正しいって思ってんだもの。始末に負えないったらありゃしない。
だから、言うべきことは一つよ。どうかあたしに見えないところでお好きなようになさって、ってね。
面倒に巻き込まれるつもりはなかったわ。……これは本当よ。
……でも。
見ちゃったのよ。
……呼ばれちゃったの。
───
ド派手な大爆発があったわ。とんでもない光と音で、居残りの帝国兵共がパニックになるようなすごい騒ぎになったわ。
……街中で爆発だなんて、それも帝都よ。普通じゃないわよね。……ゼルヴィナのやつらが入り込んでるって噂あったし……どういうわけか帝国のカルト共は王国にいる奴らよりずっとお行儀悪いみたいね。……禁欲生活の反動かしら?
……あたしの予想としてはそれよ。まず、ゼルヴィナのやつら。次点で法国の攻撃。大穴でブチ切れじゃじゃ馬姫の大暴れってところ。
見に行ってみたわ。
警備兵さんよりも一足早く現場をね。……そうしたら。
「……ねえさま」
だなんて。
不肖の妹が殊勝に呟いてんじゃないの。
……見捨てようなんて、頭によぎりもしなかったわ。なんであたしのこと呼んでんのよ。恨んでんじゃないの? なんて、あとから湧いてきた感情よ。
あたしね。
キレイゴトって嫌いなの。だからって、露悪に振舞うつもりないわよ。あたしはあたし。それ以上でも以下でもない。
……だからね、妹が帝国軍人やってるとか、懐かしの祖国が戦争やろうとしてるだとか……他人事面するつもり満々だったわ。
そりゃ、シュカには幸せになってもらいたいわよ。
あっちが嫌ってこようと、妹だもの。陰ながら幸せを願うくらいの権利はあたしにだってある。……でしょ? ……いくら仇に尻尾を振った売女だっていってもさ。
求められてないってのも、過干渉だってのも。
そんなのわかってんのよ。あいつだってもういい大人でしょうし。姉が出しゃばって何もかもやりゃいいってもんじゃない。
……だけどね。
麗しのお姉さまが恋しくって泣いちゃうような妹を見ちゃったら。
切なくって仕方ないってさ。そんな声で呼ばれてしまったなら。
かっこいいお姉ちゃんの一つもやりたくなるってもんじゃない?
───
「……アンタ。ラーネ・アウロラでしょ。ちょっと前に“暴君”が絞め落としたってヤツ。……アンタにぴったりな、暗ーい温室で栽培されてたって聞いたけど?」
「うふふ。お花は日光がなくっちゃ、枯れてしまいますよぉ。特に、私のような可憐でか弱い花はねえ。毎日好きですよーって話しかけてもらわないと、元気出ません。
……ですからねえ、親切で善良な友人達が不憫に思って助けてくれたんですぅ」
「……。なるほどね、王国は予想以上にゼルヴィナの勢力が浸透してるってワケ。……で、いい加減に返してくんない? そいつ。今日ってこの後用事あんのよね」
「ならばお構いなくぅ。こちらの用事が済みましたら、ちゃあんとお返ししますよぉ」
「悪いけど、急ぎなの。そいつには言いたい文句いっぱいあんのよね」
「……?」
「なに不思議な顔してんのよ。言ってんでしょ。アンタなんか、しょうもない軽口以下の価値しかないって」
軽く言葉で突ついときつつ、魔力を練り上げとく。……厄介そうな女だわ。強いとかではなく、頭が軽そうって意味でね。
一つ、お知らせがあるわ。……負ける気がしない。
それってのもね、監獄街で“暴君”のやつがあたしに魔力突っ込んできたでしょ。……あれ、まだ残ってんのよね。だいぶ減ったけど、それでもヤバいくらいに快調なの、今のあたし。
……ってか、マジでどんな魔力してんのよあいつ。監獄街からこっち、かなり日数経ってるってのに。
魔力が抜けきった後が地獄だわ。……色々ガクって落ちるから。……ああ、感覚のすり合わせが怖い。
……思考が逸れたわ。あたしとしたことが。
普段なら火球でも放って様子を見るところよ。あいつ自身の強さはだいたいの身のこなしや発してる魔力を感知すりゃ予測も立てられるけど。
感知や上っ面の動きで何もかも把握できるほど、戦いってのは甘いもんじゃない。
……なんてね。
かっこつけてみたけど、今に限ってはやる気ないわ。必要がない。
だってどうあっても力づくでなんとかできるもの。あいつのことを、間違いなく。
どう潰してやるか算段を付けてると、
「うふふ、ふふ。……見えちゃいましたぁ。ぜぇーんぶわかっちゃいましたよぉ」
「……はぁ? いきなり何よ。ぶっ潰されて地獄に落ちる未来でも予知したって?」
「妹さん……ずぅっと傷ついてましたよぉ。もう、その心の痛みが外にまろび出てしまうくらいに……。だから私、なんとしても救ってあげなきゃって思ったんですよぉ。痛いことも、苦しいことも。全部ぜぇーんぶ、あずかってあげようって!」
「ふんっ、ゼルヴィナらしい物言いね。……で、聞いたげるけど、くたばるんなら、どういう風がいい? 普段こんなこと聞かないんだけど、アンタは特別よ。なんかそのトロ臭い喋り方、イライラすんのよね」
「お褒めに預かり光栄ですぅ。私も気に入ってるんですよぉ、この話し方」
褒めてないってのよ、うっとうしいわね。
もう一度明確にしておくけど、どうあがいても負ける戦いじゃないわ。
単に今のあたしの方が強いってこともあるけど、それ以上にあいつらには時間がない。何故って?
大爆発があったからよ。帝国兵がウジャウジャ向かってるわよ、ここに。……嘘。ウジャウジャは言い過ぎたわ。
「うふふ。妹さんのこと、知りたいですかぁ? なんでご自分が拒絶されてしまったんだろうって、不思議に思ってますよねぇ? 教えて差し上げましょうかぁ」
「──アンタさ」
「いいですよぉ。それはですね──」
「隕石よりもド派手で、パワフルな必殺技でぶっ潰してあげる」
「──は?」
……名付けて、爆炎降星超撃(プリティ・メテオボンバー・ジェノサイダー)。
いや、わかってるわよ。クソダサいわよね。わかってんのよ、マジで。そもそもあたし、戦いに技とか持ち込むタイプじゃないし。
これ、あたしの趣味じゃないわ。
……でも、“暴君”の魔力を受け取ってこっち、あいつの魔力が影響してきて変な必殺技考えたくなっちゃうのよ。
さ、最悪のデメリットよね……これ。
……魔力をちょっと込めてやると、とんでもない大きさの火球が発生するわ。それをさらに磨き上げて、内側にエネルギーを圧縮しまくるの。外側から見て、さぞかし膨大なエネルギーを内包してるように。
そうね、見た目は大雑把なデカい火球よ。うっとうしいくらいにピカピカ光ってる大火球。芸もクソもありゃしない。
……でも、それで十分よ。下手に熱量あげたり、超火力で燃やし尽くしたりするような攻撃なんかしたら、大惨事だし。……一瞬忘れかけちゃったけど、ここって普通に街中だからね。
「……わかんないみたいだから、言っとくわよ」
「お、オオオオ……──ソレは、この波動は……!」
「あたし、妹の情緒まで考慮してやるほど優しいお姉ちゃんじゃないの。妄想に生きんのは好きにすりゃいいけど……」
「“暴君”……!!」
「……こっちに向けられちゃ、迷惑よ」
そして火球を……ぶつけない。
……いや、当たり前よね? あいつの近くに普通にシュカいんのよ。こんなでっかいのぶつけたら焼け死ぬってのよ。
トロ女は不可思議そうにしてたけど、一瞬遅れでそのことに気が付いたのか、勝ち誇った顔したわ。
……でもね、言ったでしょ。どう足搔こうとこっちの勝ちは揺るがないって。
「こっちだ! こっちが現場だぞ!」
「酷い惨状だ! ……あれは!? スカードレッド中尉では!?」
灯台ってのには物騒だけどね。
迷える漁師さん達が港に戻ってきてくれたみたいだわ。
「!!」
「時間切れよ」
「……あなた、最初からこれを狙って……っ?」
「答える義理ないわね。さ、楽しい楽しいカウンセラーごっこはもうおしまい。大人しく帰っときなさい」
「ッッ。…………これで終わったと思わないことですねえ。ゼルヴィナの子らは帝都に入り込み、無数に網を張っているんですよぉ」
「で、作戦前にそれをあたしに教えるワケ? 悔しいからって? アンタとんでもない無能ね」
「!!! ……撤収しますよ!」
───
で、バカ女が消えたらシュカのところへ。
駈け寄ったりはしないわよ。みっともないもの。あくまでも冷静にね。
で、抱き上げてみると……弱っちゃいるけど、別に大変な衰弱って感じじゃないわね。普通に意識あるし。
……んじゃ、帝国兵のやつらにこいつ渡して、かっこいい姉もお役御免ってことね。
……。
って思ったのよ。
そしたらシュカのやつ、腕を離さないのよね。……見なさいよ、軍人共の顔。信じられないもの見たって言わんばかりじゃないのよ。
外そうと思ったわ。でも、無駄に力強く掴んでるせいで取れないったらありゃしない。
「アンタね。子供じゃないんだからワガママやってんじゃないのよ」
「……体調が優れません。姉さまは、病弱な妹を一人残して去っていくような冷徹非道女なんですか? ……それはそれは。芸術的センスと一緒に人間性まで捨て去ったようで、大変結構です。涙が出てしまいますね」
「あ、アンタねえ……」
……。
明確にしとくわよ。
あたし、こいつの姉をやるつもりなんて毛頭ないのよ。今回のは、本当に特別な措置だったと理解してほしいわね。
何故ってあたしにはあたしの立場があるし、シュカにはシュカの立場があるからよ。喧嘩すりゃごめんで済んだガキンチョ時代とは違うってワケ。
……だからね。
……そんな縋るような目、向けてくんなってのよ。
「……大人になんなさいよ。アンタもうガキじゃないんだから。……中尉なんでしょ? 立派じゃない。褒めてやるわよ」
「……私、今休暇中です。だから、帝国軍人じゃありません。……それに、大人だなんだって、私まだ十七歳です。十代です。勝手に大人扱いしないでください。そうやって自分の価値観押し付けまくるの、マジでやめた方がいいですよ。趣味を疑われるので」
「せ、せっかく人がいい感じにまとめてやろうってのに……。アンタね、わがままもいい加減にしなさいよね!」
「わがままは姉さまです! そのツインテールマジで似合ってませんし、あと鎧のデザインも絶妙にダサいです! なんですか? そのドラゴン! それが自称大人の女の趣味なんですか? ダサ過ぎてドン引きです!」
「いちいち毒づいてくるわね……。言っとくけど、センスって話なら、アンタの方が明らかにダサいからね! その帽子メチャクチャガキっぽいわよ! 女児が被るやつみたいじゃない! 年考えなさいよね!」
「なんだこれ……(困惑)?」
「す、スカードレッド中尉って、あんなに感情的になるんだな……」