「ご、ゴメンなさい! アタシ、急いでて……」
開口一番に放たれたその言葉は、想像していた以上に想像通りのモノだった。
……俺の中にある、彼女のイメージ。……彼女ならば、そう言うだろうなという期待そのものを口にしてくれたんだ。
……なのに。俺には返す言葉がなかった。
何も言えなかった。
言いたいことが見つからなかったわけじゃない。頭には浮かんださ。「久しぶり」だとか「最近調子どう?」とか。
そんな、陳腐で詰まらない言葉だ。……だから、何も言えなくなった。
……嘘だ。
本当は、もっと言いたいことがあった。探索者になったこと。そして、その先にある金箔を張り付けたような夢の話。
──出来るわけがなかった。
怪訝に思ったんだろうな。「あの……?」と控えめに声をかけられたんだ、彼女に。そこで我に返ってさ。その目をもう一度見た。
……そこに、既知の相手に向けるような光は宿ってなかった。初対面の人間に向ける目だった。
……。
辺りは暗いし、彼女は相変わらず尻もちをついていて、オレは立っている。さらに言うなら、お互いに成長だってしているから……いや。やめよう。いいんだ、オレは。彼女に忘れられてたって。それで思い出がなくなるワケじゃないんだから。
今さらになって、手を差し伸べた。
だが、彼女はその手を取ってはくれなかった。小さくありがとうとだけ言ったきり。ぺこりと頭を下げてみせる仕草の内側に、拒絶の意思を感じることは無かったが……いや。
きっと拒まれたのだろう。彼女の立場を思えば当然なのだ。彼女からすればオレは有象無象未満の男だ。だってのに、やんわりと、そんな俺のプライドが傷つかないように気まで遣って。
……どうやら彼女は急いでいるようだった。
“歌姫”ともなれば当然、多忙なのだろうし……邪魔になるのは本意ではなかった。
なかったんだ。本当に。ただ、問題は俺の感情だった。……このまま彼女を行かせたくないと思ってしまったんだ。
これが、奇跡のような偶然だってのはわかってた。この機を逃せば、もう二度と彼女と話す機会なんて来ないかもしれないって。
複雑な気分……中途半端って言った方がいいか。
名乗るつもりなんかなかった。……そんな勇気はない。単なるファンの一人として、もう少しだけ彼女を引き留めたいって、そんな卑怯な気持ちがあった。
……我ながら、度し難いって思うさ。
忘れ去られてたっていいってさ、遠くからでも彼女を見られればそれで十分だって、本気で思ってたのに。いざとなりゃこうなんだ。
彼女は優しかった。
こんな得体のしれない男が、ちょっと待ってくれって声掛けしたのに、足を止めてくれたんだ。振り向いて、用があるかとまで聞いてくれた。
舞い上がったよ。もう少しだけ、あとほんの僅かだけ“歌姫”と話せるって。……でも、これは間違いだったんだ。オレは、自分のこの、どうしようもない衝動をきちんと吞み下して、彼女を見送るべきだったんだ。
急に引き留めたんだ。衝動任せに。
何を言うかなんて、なおのこと見つからない。モゴモゴと言葉にもならない言葉をさ、口の中で転がしてた。数分くらいはそんなことをやってた気がするが、彼女は律儀に付き合ってくれて、どこかに行こうとはしなかった。
この数分が、致命的だった。
「おやおや……なんとも甘酸っぱい。酸味が効いた激臭に、思わず腹を下してしまいそうになりますねェ……」
……。
彼女の表情が凍り付いたのは突然だった。……いや、必然だ。オレが、オレの欲望のために引き寄せた必然。
凍てついた嘲りが、オレ達を斬りつけてきたんだ。
声がした方。
そこにいたのは老紳士だ。身なりは、はっきりみすぼらしい。どこかのスラムで盗みでもやってそうな格好してるってのに……妙に物腰に品がある。そいつはうやうやしく礼を一つすると、どこか白々しさをにじませて言った。
「お取込み中のところ、失礼いたしますよ。そちらの……ボーイフレンドくんでしょうか? 彼には申し訳ありませんが、こちらが先約ですのでねェ」
「……ッ」
「おっと! 逃げようとはお考えにならぬよう。私はそれなりに労苦を楽しみと捉えられるタチですがね。……モノには限度というものがありますから……。
──これ以上は、貴様が最も嫌うやり方で追い回すぞ。小娘」
……状況が、わからない。
何が何だか、まったくだ。けれども、一つだけ確かなことがあった。それが何か? ……どうやらこの老紳士は彼女にとって好ましからざる来客だということだ。
──だから。
「……わかりました」なんて言って、こうべを垂れた彼女の手を引っ掴んで言ってやったんだ。「その必要はない」ってさ。
白状するが、どうかしていた。
気が高ぶっていたし、もっと言うなら『ここしかない!』って気持ちにもなっていた。……実の伴わない英雄気取りだ。
わかっていたはずなんだ。
ダンジョンに潜って、探索者をやって。頭の中で勇者をやるより、ずっとずっと現実は難解だって。……でも、動いちまった。
その代償はすぐに来た。
彼女を庇ってその前に立った次の瞬間、何か重いものがオレのみぞおちをしたたかに貫いた。
……一拍遅れにそれが老紳士の拳だって気が付いた。……みっともなく膝をついて、もだえ苦しむ中で、それ以上に自分に対する情けなさがオレを苛んだ。
ふと、見上げると、彼女は泣いていた。
……オレのことなんかまったく覚えちゃないくせに。それでも、オレなんかのために涙を流してくれていたんだ。それが、そのことが、どうしようもなく彼女らしいと思ったし……こんな時だが、それが少し、嬉しかったんだ。
……嬉しかった。だから、もう少しだけ足掻こうと思った。
立ち上がる気力なんか残っちゃいなかったさ。
……体力自体はあったが、気力の問題だった。
下手に立ち上がってもう一度殴られでもしたらと思うと、せっかく奮い立った気持ちがあっという間にすくむ。それでも、這いつくばったまま老紳士の足に掴みかかった。抱え込み、邪魔をしてやろうと思ったんだ。
……普通に踏みつけがきて、これがまたメチャクチャ痛い。でももう、こうなったらこっちだって意地だった。
掴みかかるより前に言えばよかったなと思いながら彼女に「逃げろ!」と叫ぶ。……彼女は逃げない。
……そうだよな。
アンタはそういう人だ。何年経とうが忘れてない。忘れられようハズがない。彼女の優しさを。……だがそれが、今は何よりも壁のように感じた。
どうにもならない。
どうにもできない。
老紳士と彼女の話す声さえ、今はどこか遠い。
……そんな時だった。
風が、吹いた。
一陣の風だ。そして、赤色が遅れて舞った。
「──ああも月が明るい夜だというのに、地上には無粋な埃がこうも積もるものか。……おかげで気に入りの愛剣が汚れてしまったよ」
「グゥッ……ッ。キサマは──!」
「名乗る名はない。……とはいえ、これでも有名人だ。君も僕を知っているだろう。──ああ、くれぐれも口にはしないでくれたまえよ。汚れる」
“狂い咲き”。
あの“暴君”や、彼女と同じ“二つ名持ち”の一角が、割り込んでいた。
……腕を切り落とされ、苦悶の表情を浮かべた老紳士は、苦し紛れみたいに“狂い咲き”へと目的を聞いた。「なぜお前が」、「目的はなんだ」って。彼は少し考える風の間をおいてから、チラリとオレを見やった。
……なんだ?
「最初に言っておこう。断じてそこの“歌姫”を助けるためではないよ。そいつがどうなろうと知ったことではない。そいつは僕が愛でるには少々育ち過ぎた花だ」
「……は?」
「しかしね、僕は美しいモノを好む。……彼だ。彼が見せたみっともなさ。……それに免じて、ほんの少しばかり手助けをしてあげよう」
そこからの展開は一方的だった。
目にも止まらぬ早業。神速の剣技。何が起こっているのかさえわからない内に、老紳士の首が撥ね飛ばされた。嘘みたいな静寂が落ちてくる。
気が付けば“狂い咲き”はすでに立ち去る体勢に入っていて……なんで俺がそれに気が付けたかといえば、彼が俺に声をかけてきたからだ。
「勝てぬ相手に挑んでこそ英雄。地を這いつくばり、泥をすすってこそ甲斐がある。……君に英雄たる素質はないが、資質はあるだろう。……励みたまえよ」
と。
……勝手なことを一方的に言って、去っていった。
───
話を聞いた。
彼女から、何が起こってるのかって。もちろん、彼女は嫌がった。「巻き込みたくない」「危険だ」ってな。だが、俺も退かなかった。
……役に立てるとは思っちゃないさ。そこまでうぬ惚れるつもりはない。
だがもう巻き込まれたっていっていいだろうし……何より。ここで見て見ぬふりをしたなら、それは裏切りだ。……“歌姫”に対してではない。約束の彼女と、オレの夢に対して。思い出に対する裏切りなんだ。
で、オレのしつこさと剣幕に根負けして、事情を話してくれた。
……どういう話だったかっていうと、つまりは宝探し……ということらしい。
詳しい話をすると、どうもあるダンジョンに開かずの間があるらしい。古代の文献にも載っている、とんでもないお宝が眠る場所だ。そして、その間にかかった鍵ってのは、ダンジョンの中をどんなに探し回ったって決して見つからない。
何故か? どうにもある波形の魔力を同調させること、それ自体がカギとなっているかららしい。
……つまりだ。彼女は、その鍵になる魔力の持ち主で、あの老紳士は宝目当てのならず者。どうやら仲間もいるらしくて、そういうやつらに狙われてるって話になるみたいだ。
とりあえず彼女を匿わなくてはいけないと思って……オレの部屋に来るか? なんて誘っちまった。誘ってからやっちまったって思ったんだ。まずは彼女に帰る場所を聞くべきだったし、答えによってはホテルを提案するべきだった。
だが彼女は俺の提案を受け入れてくれたんだ。
……特に妨害らしい妨害もなく帰宅すると、「ゴメンね。ちょっと、うるさくします」って彼女が言った。
なんのことかとわからずにいると、おもむろに歌い出したんだ。
き……気が狂ったのか?
ついそう思っちまったが、違った。彼女の歌声にあわせて波打つように光が立って、そいつがオレの痛い場所へ張り付いてきたんだ。そして、癒した。
……そうだった。
“歌姫”の“歌姫”たる所以。彼女は『歌で傷を癒す』。……有名な話だ。
すごい力だ。素直にそう思った。……彼女は、前に進んでるんだって。
笑みを何とか作って礼を言うと、彼女は照れたように笑った。
さらに一週間と二日が経った。
その間は本当に何事もなくって、もしかしたらあの夜の出来事は夢だったんじゃないかとさえ思うくらいだった。
……もちろん、夢じゃないのはわかってる。じゃなきゃ俺の部屋に彼女がいる訳ないからな。
……憧れの彼女との同居生活は全然楽しくはなかった。もちろん、彼女が悪いわけじゃない。悪いわけじゃないんだが……無防備が過ぎる。
まず、心臓に悪いし、夜だってろくに眠れない。緊張するからな。もっというと、彼女の前でブザマさらしやしないかって思っちまって、一挙手一投足さえ気を遣っちまう。まったく気が休まらない。
それでも、共同生活を営む中で一緒に飯を作って食って、話をして。そういう関わりの中で少しずつ距離が縮まったんじゃないかって思う。
『──“歌姫”は依然行方が知れず、『英名の剣』は捜索隊を結成するためのクエストを──』
「……ね、テット。ずっと気になってたことあるの。……聞いてもいい?」
「あ、ああ。……答えられることでよかったら」
「ありがとう。……テットはどうして、アタシに良くしてくれるの? アタシ達会ったばかりで……それに。あんなひどい目にまで遭ったのに」
「……。恨んじゃいない。恨んでなんかないぞ。……本当だ。アレは、オレが勝手にやったんだ。……だから、気に病まないでくれ」
「でも……」
「……助ける理由、だっけ。夢がさ、あったんだ」
「夢?」
「なんで助けてくれるの?」っていうのは、あまり聞かれたくないことだった。言いたくないことが数珠つなぎになってるからだ。
……別に、答え難い重要な理由を持ってるってワケじゃない。……むしろ、たいそうな理由なんかないからこそ、聞かれたくなかった。
何も聞かれないまま、なんとなくのほほんとしていてくれれば、なんて。……笑っちまう。
苦し紛れだったんだ。それが、口をついたのは。こっちだって話したいもんじゃなかったのに。
だけど……話したところでどうなるものでもない。ただ……恥の上塗りするだけなんだ。……憧れの場所に立つどころか、見える場所にすらいないから。
……でも。
なし崩しだったが、続けようと思った。今だけは誤魔化さずに。
このままじゃいけないと思ったんだ。何か変えなくちゃと思ったからだ。きっと彼女もそうなんだろう。見て見ぬふりをして引き籠っていられないと思ったんだ。
「……大層なもんじゃない。ありふれたもんさ。……勇者伝説ってあるだろ。異世界からやって来た勇者様が魔王をやっつけて世界を平和にしましたって。……オレもああいう風に人を助けてみたいって、それだけだよ」
「……あ」
「シャーラ?」
「……う、ううん! 何でもないの。……素敵な夢だね」
「ありふれた夢だって言ったろ。無理に褒めなくていい」
───
彼女との生活に終わりが来たのは、そんな話をした三日の後だった。
あの冷徹な嘲笑が、“狂い咲き”に首を撥ね飛ばされて死んだやつの声が……響いてきたんだ。夜中で、寝てるところだった。
生理的な危機感に飛び起きて、真っ先に彼女のところへ行った。すると、ぐったりとしている彼女と、まるで肉袋を持つように彼女の首根っこを掴んでいる老紳士。
……なんでこいつが生きてるんだ? とか、彼女は無事なのかとか。色々と頭に浮かんだ。浮かんだが、それどころではない。
衝動が命じるまま老紳士へ寝巻のまま殴りかかって……当たり前に制圧された。
……一度生還してしまったのがよくなかったんだろう。心に慣れがあったように思う。でなきゃ寝巻で攻撃にかかりはしない。
老紳士は俺の頭を踏みつけながら、「憧れの少女との甘い日々がどうにもお気に召したようで」と言った。……背筋に冷たいものが伝った。
ずっと見ていたのかと聞くと、答えるまでもないと鼻で笑われた。
「実を言うとねェ、“歌姫”はいつでも攫えたんですよ。……けれども、二週間近く。こんなにも長く君とヘドロのように生温かくて生臭い日々に興じさせたのはね。待っていたからですよ」
「──は? 何を……言ってる?」
「夢。語ったでしょう? 心、開いたでしょう? あなた達二人の距離は、心の場所は。確実に近づいた。──それを引き裂いて、滴る絶望の味を貪りつくしたいと思ったからなんですねェ」
どう……いう? 言っている意味が、本当にわからない。……理解したくない。
けれど、老紳士は本性をあらわにするように──いや、あらわにしたんだ。実際に。
人間の肌が、沈むようにくぼんで、その奥から魚のようなウロコが生えてくるんだ。人間のような輪郭の、魚の頭から覗くギョロ目が、オレの目をのぞき込む。生臭くて生温かい息遣いが肌を撫でる。
「君と出会えた幸運に感謝を。こんなにも味の濃い絶望は久しぶりだァ。
……よしよし。わかっているようですね。ここからはどうあっても君は“歌姫”を失うこと。──ああ、安心してくれて構いませんよ。君は、殺しません。おいしい食事を提供くださったせめてものお礼です」
──魔人。
老紳士は、人ではなかったのだ。人ではないから、首を刎ねられても生きている。──そして。
彼が言ったオレを見逃すという宣言。それは、オレを安堵させた。ああ、死ななくていいんだって。殺されないんだって。
……浅ましい。
「ククッ、また味が濃くなった。──それじゃあ、私はこれで失礼します。あなたのガールフレンド、大切に大切に、利用させていただきますねえ」
ふざ、けるな。
そう思った。言いたかった。殴りつけたかった。……届かない。伸ばしたてのひらの先には、もはや掴むべき何かはない。
──何も。
何一つできないまま、しないまま。失った。──何もする気が、起きなかった。
───
「──い! ──を……ませ──って……だ!」
どれだけそうしていたのだろう。
気が付くと、オレは何者かによって猛烈に揺さぶられていた。野太いがなり声、遠慮のない力の行使……すっきりした頭。
ガナールだった。驚くべきことに、焦燥なんか顔に浮かべている。
──何を、そんなに泣きそうな顔をしてるんだ。アンタらしくもない。
……半ば、放心状態でいたんだ。そうしたら、
「しっかりしやがれってんだろ! このボケがァ!」
怒声と共にとんでもない張り手が飛んできて、頬を打った。いてえ。
……いや、マジで痛い。痛いどころじゃない。もんどり打ってふっ飛ばされたし、顔面から床に叩きつけられもした。
視界がチカチカと光って、頭がの中に火花が散っている。何が何だかわからないでいると、「目、覚めたかよ」なんて。……いや、いきなり人のことぶん殴っておいてその言い草は何? どういう次第なんだ?
抗議の意味も込めて睨みつけてやると、ヤツはどこ吹く風って感じだ。全然気にしやしない。それどころか「話せ」と圧までかけてくる。何をどうとは言わない。
……話すべきなのはわかっていた。
洗いざらい、何もかも。ガナールに実力なんか知らないが、少なくともオレよりは強いだろうし、間違いなく経験豊富なんだ。
…………だが。
張られた頬が熱を持っている。その熱が、現実を突き付けてくる。何もできずに彼女を奪われた現実を。……何ができなくたって、動くべきだったんだって。
……そんな場合じゃないってのに、プライドが邪魔をしている。
──オレが、彼女を助けなくちゃならないんだって。
この期に及んでまでも。
「何をためらってる?」
「……ッ」
「ただ事じゃねえのは察しがついてる。話せ。ことによっちゃお前だけの問題じゃ済まねえんだぞ」
わかってる!
わかってるから、少しだけ時間をくれ。……時間? こんな時に?
彼女が攫われてどんな扱いをされてるかもわからないのに?
……。
「助けて、くれ」
「……。詳しく話せ」
思えば、そうとうに長く濃密な時間だったような気がしていたが、何せ二週間だ。
けれど別に生活のすべてを話すわけじゃないにせよ……事情説明は、自分で思っていたよりもずっと短くあっさりと終った。
聞き終えると、ガナールはどこかに連絡を取った。……おそらくはギルドだろう。そして神妙な面持ちで「まずは休め」と言った。……休む? 何故?
冗談ではなかった。
恐ろしいと思う気持ちはある。できれば静観していたい気持ちもある。彼女との日々をなかったことにして見て見ぬふりをしたい気持ちだって。
むしろ、そういう情けない気持ちの方が大きかった。それくらいに、恐ろしかったんだ、魔人は。
……だが。
だけど、オレだって何かしたかった。何だっていい。雑用だろうが、何だろうが。
誰に頼るにせよ、オレじゃない誰が彼女を救うにせよ。……せめて、その場には居たかった。
そういう気持ちをぶつけると、「わがまま言ってんじゃねえ。魔人なんだぞ。……てめえに何ができるってんだ」と封殺される。
何もできない。何もできなかった。
……わかってるさ。
痛いくらい、反吐が出るくらい。
でも、理屈じゃないんだ。
思い出したことがある。
二つだ。
一つは“狂い咲き”の言葉。
「勝てぬ相手に挑んでこそ英雄。地を這いつくばり、泥をすすってこそ甲斐がある。……君に英雄たる素質はないが、資質はあるだろう。……励みたまえよ」。
……オレは、勝てない相手に噛みつき続けられるほど、無謀ではいられない。例え、それが彼女の、シャーラのためだったとして。……痛感した。
“狂い咲き”には悪いが、見込み違いだったんだ。資質さえ、オレにはない。
……だが、オレが英雄でなかったとしても。彼女を救う手立てはある。その手札は幸いにも少し前に転がり込んできていた。
等価交換とも言えない、理不尽な形で。
二つ。“暴君”の言葉だ。
「……おいしいものくれたお礼だよ。困ったことあったら頼っていいよ。できることはやったげる」。
……“暴君”。
彗星のように現れて、またたく間に“二つ名持ち”となり、未だに伝説を打ち立て続けている怪物中の怪物。
噂にいわく、彼女は約束を破らない。……なら。
「……何もできない。出来ないが、どうにか出来る人を知ってる」
「あ? どういうことだ?」
「“暴君”に、会いに行く」
情けない宣言だったが、今はこれしかないと思ったんだ。