不気味な子……
気持ち悪い……
こっちに来ないで!
「どうしてそんなこと知ってるの……? 気持ち悪い……」
◇◇◇
わたしには生まれつき、心を読む能力が備わっていた。
読みたいと思ったわけじゃない。思ったことなんて一度もない。わたしの意思とは関係なく、勝手に周りの心の中で考えていることが伝わってくる。
耳を塞いだとしても、一定の距離で心を読んでしまう。
聞きたくないと泣き喚いても、うるさい黙ってと叫んでも、この力の前には全てが無意味だった。
「【祝福】……ふふ……」
稀にわたしのように特別な力を持って生まれる人間がいる。
どうやらそれは神の祝福によるものらしい。
それを初めて知った時、わたしは心の底から嘲笑した。
これが祝福だなんて。わたしにとっては【呪い】でしかない。
「そっか。確かにそれはあなたに与えられた祝福では無いのかもね。でもねユウリ、きっといつかあなたは本音も建前も気にしない……自然体で過ごせる仲間ができるよ」
(それが母である私があなたに与えられる【祝福】……。どんなあなたでも、大好きなんだよユウリ)
──わたしが世界に絶望せずに済んだのは、母がわたしに与える無償の愛と本音のお陰だった。
周りの誰もがわたしのことを恐れて離れる中、母だけは絶対にわたしのことを見捨てなかった。
わたしが言葉を話せるようになってすぐ、母に自分の力を伝えた。
(あら、良い友達を見つけられそうな力ねぇ……)
なんてことを思っていて、わたしは笑ってしまった。
──母以外の人間は嫌いだ。
行方の知らない父のことも嫌いだ。
不気味だと近寄らない村の人も嫌いだ。
わたしのことを指差して「魔女」だなんて叫ぶ老人も嫌いだ。嫌いだ嫌いだ嫌いだ。
わたしは母の愛さえ貰えれば十分なのに、気づかぬうちに村の人から晒される悪意がわたしの心を蝕んでいた。
善意から、ある村人の探し物を手伝おうとした。
けれど彼女は、まるで得体のしれないものを見るかのような気味の悪い表情をしながら言った。
「どうしてそんなこと知ってるの……? 気持ち悪い……」
……ああ、そうか。
人の知らないことを知っているというのは気持ち悪いらしい。
わたしはその日から、母以外の人の前で喋ることが無くなった。
「ユウリ、あなたの力は多くの人にとって受け入れ難いものかもしれない。だからこそ、あなたは別に力を人のために使う必要なんてないのよ? 好きに自分のために使いなさい。その力はきっと、一人で生きていく役に立つはずだから」
「一人……? わたし、お母さんとずっと一緒だから」
「ええ、そうね」
なぜかその時、母の心の声は聞こえづらかった。
◇◇◇
「──いやだっ!! いやだっ!! どうして!? どうして言ってくれなかったの……!?」
「ふふ、それは心の中でかしら? 私はあなたの母なのよ? 心の声の制御なんて余裕に決まっているわ」
──母はわたしが14歳の時に病床に伏した。
数年前から体が悪かったらしい。
薬や回復魔法で騙し騙し動かし続けてきたツケが回った、と。いつものように柔和な笑みを浮かべながら言った。
心を読めるのに、母の不調を読むことができなかった。
ならわたしの力は一体なんのためにあるの……?
「私があなたを騙し続けてきたのは、治らない病気だと言われたからよ。それに、自分の体のことは自分が一番分かってる。だから……せめてあなたが成人するまでは元気な母でいようと思ったの」
ちょっと前倒しになっちゃったけど、と笑う母の声は震えていて、今にも眠ってしまいそうな表情をしていた。
イヤだ。イヤだ!! わたしの心から味方がいなくなる。
わたしが腐らずに育つことができたのは母の愛があったから。
なのに、どうして。
どうして……。
「ふふ、心を読むことに慣れすぎた弊害よ。この先は、自分の目で見て学ぶこともしなくちゃね。きっとあなたならできるはず」
「どうしてそんなこと言うの。わたしはずっとお母さんと一緒に……ただ平和に暮らしたかっただけ……」
「……あなたに友達の作り方を教えてあげられなかったのは、悔いが残るわね。心の支えはね、何個あっても良いものなのよ」
「いらないよ……そんなの!! みんなわたしを不気味だって、魔女だって。気持ち悪いって……」
「これから先、あなたの前にはきっと──心の底から信頼できる仲間ができるわ。母の勘はね、結構当たるのよ?」
ふふふ、と笑った母はゆっくり伸ばした腕でわたしの頭を撫でた。
そしてその伸ばした腕は、急に力を失ってガクンと落ちて──もう二度とわたしの頭を撫でることはできなくなってしまった。
(──願わくば、あなたの力が【祝福】でありますように)
それが最期に聞いた母の心の声だった。
◇◇◇
母が死んだ日、わたしは【賢者】に覚醒した。
急に使えるようになった巨大な力は、心の声を聞くまでもなく村の人から不気味に思われていた。
──そうしてわたしは旅に出た。
「──いつか心の底から信頼できる仲間ができるわ」
そんな母の言葉を信じて、旅をし続けた。
【賢者】の力を活かすために、わたしは冒険者になった。
最初は順調だった。
わたしの【賢者】の力に甘えている節はあったけど、パーティーを組んでそれなりに良好な関係を築き上げることができた。
でも……いつしかわたしの不自然なまでの連携の上手さに疑問を持ったメンバーがいた。
この人たちなら受け入れてくれるかもしれないって。
勝手にそう思った。
確かに彼女たちはそれぞれのメンバーに思うことはあったみたいだけど、決して致命的な悪口は心の声で聞こえてこなかったから。
「心の声が聞こえる……? そ、そうなんだ! だから連携がこんなに上手かったんだ」
(え、ずっと私らの考えてることがわかってたってこと? きもちわる……あ、これ聞こえるんだっけ、まず……)
「どうして最初から言ってくれなかったの?」
(最初から言ってくれてたらこんな得体のしれないやつ、メンバーに入れることなかったのに……聞こえてるんでしょ? だったらさっさとパーティーから抜けてくれない?)
あぁ。
できないよお母さん。
信頼できる仲間なんて、できるわけないじゃん。
◇◇◇
(可愛いわね……うーん、小さくて可愛いわね……噂じゃ【賢者】って話みたいだし、どうにかしてパーティーメンバーに誘えないかしら……あ、でもそういえば心の声が聞こえるみたいな噂もあったわね。……むむむっ! パーティーメンバーに〜、パーティーメンバーに〜、なってちょうだい!!!)
──ある日、変な人が冒険者ギルドに現れた。
燃えるように赤い髪を持った女性。
同性から見ても綺麗な人。
どうやら【勇者】の職業を授かった人らしい。
その人はわたしの噂を聞いてもなお、可愛い可愛いと言いながらむしろ心の声を聞けることを逆手に取ってパーティーメンバーに誘ってくるような人だった。
(ユウリっていうのね。実力も確かみたいだし、何よりもちんまりしてて可愛い。彼女がいればあたしのモチベも爆上がりに違いないわ。今はソロらしいし誘ったら入ってくれるかしら。……うーんでも話したことないのにいきなり勧誘だなんて引かれたらどうしよう)
わたしは、割とすでに引いてるからそこは大丈夫と思った。
……心の声を聞けるって知っても悪意なく近づいてくる人なんて初めて。
あとちんまりちんまりうるさい。
わたしはちょっと身長が低いだけ。
────
(実力よりも気が合うならパーティーメンバーは誰でも良いのだけれど……大真面目に魔王を倒すことを目標にしてる人なんてそんないないのよね……ユウリは丁度良く魔王に憎しみ抱いてたりしないかしら。……いやでもそれはそれで利用してるみたいでダメね。やっぱり話しかけて仲良くなるのが一番良いのかしら。ちんまりしてて可愛いし)
──1ヶ月の間わたしの方を見ながらずっとやかましい心の声を聞かされて……我ながら少しチョロいと思うけど……この人のことなら信じて良いかもって思った。
わたしの根底には母の「信頼できる仲間ができる」という言葉が根付いている。だからこそ、ただの一度も心の声で悪意を吐かなかった【勇者】の人を一度信じて良いと思った。
あと……ちんまりちんまりとかうるさいから……。
「……ねえ、ちんまりとか、うるさい」
「はぇ!? えっ、あっ、あぅ……ほ、本当に聞こえてたのね……ごめんなさい。その……」
「……いっかいだけ。いっかいだけメンバーになってあげる。それ次第で本当に加入してもいい」
すると勇者はぱぁと顔を輝かせて何度も頷いた。
「ええ!! お願いするわ!!」
(やった、やった!! あたしの想いが届いたのね! え、ってことはやっぱり心の声丸聞こえだったのね……は、恥ずかしい……い、いえ、別に普通に口に出して言えるし……)
あまりの悪意の無さに、わたしは毒気が抜かれてしまった。
◇◇◇
わかったのは、カレンが表裏の無さすぎるバカということ。
思ったことを何でも口に出すタイプだったから、心の声を読まずともカレンはわたしにあけすけに何でも言った。
……こんな人もいるんだ。
──幾年の旅を経て、もう一人の信頼できるメンバー……ファウにも出会って、わたしたちの魔王討伐への旅は順調に進んでいた……と思った。
「──生活スタイルがきたない」
「人のこと言えないでしょ!! あんたも……あたしも! 脱いだら脱ぎっぱなし!! テントの収納の仕方が下手すぎて、なぜか帰りなのに荷物の量が1.5倍くらいになってるし!」
「新手の自虐……?」
「ぐ、ぐぬぬぬ」
わたしたちは戦闘以外なにもできないタイプだった。
ファウは全身鎧だし言わずもがな。
わたしも母におんぶに抱っこだったから何もできないし、カレンもそこら辺はガサツだから、逆に片付けようとしたら散らかるタイプ。
率直に言ってわたしたちの生活の質は破綻していた。
……雑用を一人メンバーに加えたほうが良い。
わたしは密かにそう思っていたけど、カレンとファウ以上に信頼できる仲間なんているはずがない。
雑用のために人間関係を悪くしたくない。
そんな矢先のことだった。
◇◇◇
「──お願いします!! 俺をパーティーに入れてください!! 戦闘はできませんが、料理洗濯その他諸々の雑用全てを引き受けます!!!」
「ハァ?」
わたしたちの前に変な男が現れた。
それ以上にわたしが驚いたのは──
「心が読めない」
わたしの心を読む力が一切働かないことだった。
こんなことは初めて。
母だって、本心を隠すことは長けていたけど心の声自体は聞こえていた。そういう話じゃない。そういう次元じゃない。
なにも、聞こえなかった。
まるで隔絶した壁の向こう側にいるような感覚。
「気になる……」
17年生きてきて初めて出会う人。
わたしは、いつだって本音も建前も"わかる"世界で生きてきた。だからこそ、カレンやファウのような「心の声が聞こえても聞こえなくても変わらない不変の信頼」を持つことができる仲間ができて、この力に折り合いをつけられた。
そんな時に現れた、心の声が一切聞こえない人間。
「本音も建前も気にしない……自然体で過ごせる仲間ができる」
母はこう言った。
心の底から信頼できる仲間はできた。
けどどうしても、本音も建前も
信頼していても、カレンやファウの心の声には今でも少しだけ身構えてしまう節がある。
もしかしたら。
もしかしたらこの人こそが。
わたしにとって自然体で過ごせる仲間になってくれる。
そんな予感がして──
「……わたしは入れてもいいと思う」
少しだけ、助け舟を出すことにした。
……歩み寄ることは信頼への第一歩って、カレンが教えてくれたから。
「……もちろん、まずはお試し。この人の能力を見てから考えてもいいと思う」
……それでも、心の声が聞こえないからってカレンやファウより信頼することなんてできるわけないし、二人が心底嫌というならわたしもそれに従う。
わたしの興味に二人を巻き込むわけにはいかないから。
ダメだったらダメで良い。
人間の中には心の声が聞こえない変な人がいる、ってことを学んだだけ。その学びはわたしの中で静かに糧になってくれる。
そうしてまた、一つずつ期待を砕いて、諦めて──妥協を知っていく。
◇◇◇☆◇◇◇
「──ねえ、わたしが心の声を読めるって言ったらどうする?」
「えっ、ギャンブル無敗じゃん……とかめちゃくちゃデリカシー無いこと思っちゃいます……すみません」
吹雪の中で、わたしは初めて自分から本音を聞きに行った。