Side ユウリ
わたしたちの旅に、心の声が読めない男が加わってから半年が経った。旅をしていると時間が経つのは本当にあっという間。
この期間でカレンはともかく、わたしとファウは男──アキが加わったことで生活の質がめちゃくちゃ上がったと思っている。
だって、わたしたちはただ戦っていれば良いだけで、疲れた身体を引きずって帰ってきたら全ての準備が終わっているんだもん。
ご飯は美味しいし、彼がどこからか買ってきた毛布は見たことがない材質でモッフモフ。枕はふわふわで一瞬で寝ることができる。
おまけに彼の《生活魔法》は暮らしの質を上げる最高の魔法で、簡単な火を出すことができる《灯火》や飲料水が出せる《浄水》をはじめ、わたしたちの旅を助けてきた。
その中で最もわたしたちが喜んだのは、旅の途中でアキが覚えた《クリーン》という、一瞬で体や衣服についた汚れを消すことができる魔法だ。
特にファウの喜びようはすごくて、ガシャンガシャンってピョンピョン跳ねながら喜んでた。
──わたしたちは少なくともアキのことを人間として信頼することはまだできていなかったけれど、仲間としてはちゃんと信頼していた。それはあのカレンだって同じこと。
まあ……カレンは男不信と生来の性格が高じて素直になりきれてないだけな気がするけど……。
彼はわたしたちの正式な仲間になっても、あまり踏み込もうとしなかった。未だにテントは別だし、敬語を外さないし。
男の冒険者って本当に珍しいから、もしかしたら別のテントで寝ることが普通なのかもしれないけど。
わたしたちのことを信頼していないのかな、って思っても。
未だに彼のことを人間として信じきれていないわたしたちが──そんなことをどの口で言えるのだろうか、って思っているから特にツッコむことは無かった。
……わたしたちは性欲というものがあまり分からない。
学ぶ機会が無かったのもあるけど、人間不信が酷すぎるわたしたちにとってはピンと来ないものだった。たとえそれが女の本能だとしても、理解ができない。
「ねえ、カレン。アキはわたしたちのこと警戒してるのかな」
「寝場所のこと? さぁね。仲間だからって四六時中同じところにいないといけないわけじゃないし、アイツが別のテントで寝てようと良いんじゃないの?」
「……むぅ、いつもアキに当たり強いのに、こういうとこはお姉さんぶる」
「そ、それとこれとは別よ!」
思ったより大人な回答が返ってきた。
カレンがいつもご飯をもりもり食べながら美味しい美味しいって心の中で叫んでること、アキにバラしてやろうかと思ったけど──何だかニコニコしながら普通に喜ぶだけな気がするからやめておこうと思った。
それにアキにはまだわたしが心の声を読めることは伝えることができていない。……アキの声は聞こえないけど、それでも心の中を読めないからこそ……もしも彼に気味悪がられたら、多分思ったよりダメージを受けると思う。
彼は踏み込まない。
わたしは踏み込んだことが無い。
踏み込むまでもなく知ってしまうから。
ああ、だからこれが
こうやって知らない感情を知っていくのは悪くない。
……わたしもアキのご飯に絆されたのかな。
◇◇◇
「寒い寒い寒いっ!! こんな吹雪くならもっと準備しておけば良かったわね……」
「すみません、ちょっと雪山の寒さを舐めてました。防寒具を買い足すべきでした」
「アキは悪くない。このままで良いって言ったのはわたしたち」
──北方の街、ベルゼバルグに向かう道中。
わたしたちは比較的標高の高い山を越える必要があった。
季節は春先。気温も天気も安定してから出発していたのに、道程も中盤というところで急激に吹雪が発生して、わたしたちは道なき道を寒さに耐えながら進む必要があった。
ガタガタ震えながら魔物の襲撃に備えるのは神経を使う。
ここら辺はスノーウルフと呼ばれる真っ白で雪に擬態する魔物が出没するのもあって、いくら寒くても気が抜けなかった。
そんな中で、何かを考えた様子で足を止めたアキがわたしたちを呼び止めて言った。
「右の方向に微かですが洞窟っぽいものがありました。今日はもうここまでにして、とりあえず雪が止むまで避難しましょう」
「明日になっても雪が止まなかったら? 《聖石》もあと一つだし、ここで使っちゃったら次の街に到着するまでに切れちゃうわ」
「うん、ここは突っ切ったほうが良いと思う」
すると、アキは厳しい表情をしながら後ろを歩くファウをチラリと見て言った。
「いえ、いくら魔道具でも鉄製の全身鎧で吹雪の中を耐えるのは不可能です。奇襲を止められる要であるファウさんがダウンしてしまった場合、俺達はまたたく間に窮地に陥ります。それに──念の為と思って《聖石》は俺個人で二つ所有しています。数については問題ありません」
「っ、ふぁ、ファウ! あなた震えてるじゃない!」
「……やっぱり」
ファウは心の声でわたしに「まだ大丈夫だから心配しないで」と言い続けていた。本心ではそう思っていても体の方は限界を迎えていたみたいだ。
……疑問は感じていたけれど、わたしじゃなくてアキが気づくなんて。
──本当にこの人は
「というか《聖石》を二つ持ってるって……物資購入で渡したお金に減りは無かったのにどうして持ってるのかしら」
「ああ、予備で持っておいたほうが良いと思いまして、少し前に個人の資産から購入しました。どうせお金の使う宛は無いのでお気にせず」
事も無さげにアキは朗らかに笑って言った。
アフターフォローまでしっかり入れた上で。
これにはカレンも面を食らったのか、少し悔しそうな表情をしながらアキにちゃんと頭を下げて礼を伝えた。
「……ごめん、ありがとう。こういうのはリーダーであるあたしがするべきよね。アンタの《聖石》使わせてもらうわ」
「いいえ、戦闘に貢献できない分こういうところで貢献していきたいと俺が個人的に思ってるだけなので」
「それでも──! いえ、何でもないわ。急ぎましょう」
────自己犠牲。
そんな言葉が頭の中をよぎる。
戦闘に貢献できないと、アキはいつも自分を卑下する。
彼は自分のしていることが当たり前だと思っている節があって、わたしたちが時たま感謝しても恐縮して軽く笑う。
……本当にどの口が言うんだろう。
わたしは彼のその姿が少し気に入らなかった。
カレンもそう思っているからこそ、何かを言おうとしてくしゃりと表情を歪めて言葉を留めた。
……うん、でも今はそんなこと考えてる場合じゃない。
急いで洞窟に避難しないと。
わたしたちはアキが指し示す方向に移動する。
少し進むと、ぽっかりと穴の空いた洞窟があった。
アキは洞窟の中に一人先行すると、何かの形跡を確認しつつスンスンと鼻を鳴らした。
「何かが住み着いた痕跡もありませんし、獣臭もしませんね。スノーウルフの住処だったら最悪だと思いましたが、この分だと心配ありませんね。では《聖石》を割ります」
彼はひし形の仄かに青く輝く石──《聖石》を取り出すと、地面に向かって投げつける。
《聖石》が粉々に砕け散るのと同時に、青い結界が展開される。この結界がわたしたちを魔物から守ってくれる。
効果は約1日。
冒険者にとっては必需品だ。
「それでは準備を始めますが……まずは火を熾すのでファウさんはすぐに暖まってください」
「……!!」
「ふふ、気にしないでください」
ペコリとファウが頭を下げると、アキは優しげな笑みを浮かべた。
そのまま彼はポータルから枯れ木を取り出すと火をつける。
……吹雪に備えて枯れ木を用意しておくだなんて、わたしは考えもつかなかったな。
「そ、その、あたしも何か手伝うわよ。今日は一日中ここにいるんだから、何もしないのは気が引けるもの」
「うん、わたしも手伝う」
するとアキは少し困ったように苦笑する。
む、わたしたちが何もできないと思っているな。
「……この前そうやって言って、カレンさんテント破壊したじゃないですか。ユウリさんも、火の番してる最中に寝て焦がしましたし」
「う、うるさいわね! ちょっと力加減ミスったのよ!」
「あれは戦略的昼寝だから……」
「戦略的昼寝ってなんですかぁ、もう。そうですね、火を熾したらファウさんに温かい飲み物を飲ませたいので、カレンさんはお湯を沸かしてもらえますか?」
「え、ええ、任せてちょうだい!」
わたしの言葉に笑うアキは、どこかいつものような作り笑いなんかじゃなくて──心から楽しいと思えるような笑みだった。
「っ」
……まって、どうしてわたしなんかが、そんなこと分かったんだろう。人の心の声を読むことでしか、真意を知る事ができないわたしが。
それにその笑みを見たら、なんだかわたしまで嬉しくなったような……わかんない。わかんないな。
「──リさん、ユウリさん?」
「っ、な、なに」
「ユウリさんは土魔法で洞窟の入り口の幅を狭めてもらっていいですか? 少し風通しが良すぎるので」
「う、うん。わかった」
アキの言葉で思考の沼から抜け出したわたしは、彼の言う通りに土魔法を使うことで人一人くらいが入れる隙間を残して埋めた。
これはこれで寒いけど、あの毛布があればぬくぬくになるから問題はないと思う。
アキがパーティーに入ってから考えることが多くなったな。
でもこの考えは決して無駄じゃないと思えてる。
わたしが変わったからなのか、周りが変わったからなのか。
それはまだわからない。
雪山編はあと1話です。
その後また掲示板いきます。
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(ファ☆チキください……)