『し』を折る 作:sc_i_en_i_c_e
ここに少女がいる。畏ろしく透き通った柔肌と艷やかな黒髪を持つ彼女は、見る者の欲――色から食まで、数多の獣性を煽ることだろう。
それこそ、彼女を人間とは思えぬ程に。
当然、今しがた家屋に踏み入ってきた影も、人類ではない
その意欲たるや、全力で階段を軋ませている所を見るに、人の生き死にを懸けているかのようである。
影は熱量を保ったまま、火球のような勢いで扉をこじ開けた。
けれど、部屋の主たる少女は、衝撃で落ちた人形を足蹴にされてなお、警戒だとか逃走の色を持たない。むしろどこかに安心を覚えている。
当たり前だ。実の親が娘に欲を向けるなど、あるはずがない。
彼女は僅かに後退り、しかし常の笑みを浮かべて、どこまでも柔らかく母を迎えた。
泡沫のように、穏やかで、人を包み込んでしまう「おかえり」を添えて。
なるほど、親ですら畜生に落ちるだろう。
母は今一歩、爪先を進め、玩具を蹴散らした。そして照明を背にし、影を濃くする。
母は一体、娘を色で穢したくなったのだろうか。それとも、肉を
いや、どれでもないらしい。
「しおりちゃん。ねえしおりちゃん。
異能が、それも素晴らしい
見せて欲しいわ。お母さん、見てみたいの」
どこか不安定に、焦点と足取りが揺れる。きっと母は、酔っているのだ。実娘を奇矯の何かと捉え、天上の存在として祀り上げ、自分が聖母であることに、泥酔しているのだ。
もっとも、彼女にしてみたら平時のことである。いつも受け入れ、増長させてきたことである。
喜色を持って、愛する母の願いに答えた。その目的が解放軍内での地位であっても、良いのだ。
そして、この少女は臍の緒から喉仏に至るまで、そして異能までも、須く人を狂わせる、魔性であった。
母は見る目を、見る高さを変えた。冷たい床に膝を付き、手指を合わせる。無意識に一歩、引いていた。
少女は少しの思案を経て、口を開き、何も言わずに閉じる。そのまま、一歩を詰めることはなかった。
言い忘れていたがこれは、彼女が最低の願望器になるまでの物語だ。
◇◆◇
雄英推薦入試:選考会議
やけに明るい照明の下、椅子の軋みと、紙の擦れが響いている。
空が既に暗くなって、未だ自己推薦書を精読しているのだ。
何せ一般入試の倍率が桁違いの国立高校、志願者数は他の入試方式でも相当なもの。教員総出で、休日を捧げてなおこの時間となった。
もうしばらく経ち、途中床に手を伸ばす者がいたりしながら、紙束の山が一つ増えた頃、漸く教員達の視線が動く。
そして何枚かの書類を残し、それ以外はまとめてシュレッダーへ。
ついに一次選考が始まるのだ。
彼らは先程の手作業には無い、どこか弾むような笑みを浮かべ、口を開いた。
「お、エンデヴァーの息子だってよ!良い面してるぜ!
個性も強そうだし、通過は決まりか?」
「個性より先に顔を見るのね……」
「推薦ですら容姿に気を使えないやつは、性格に難ありだ。見た目に注目するのは合理的だろう」
「そうだそうだ!勿論、ヒーロー活動においてもそうだ!」
「……」
そこにはある種、選考には似つかわしくない放課後のような雰囲気が漂っていた。
「個性『創造』、教えがいがありそうなのさ!」
「戦闘、救助、アイドル、なんでもできそうですね」
「おお、写真でも伝わる熱血漢だな。B組に欲しい」
「嵐ノ出力バカリカ、操作精度モ一線級。一次ハ通シテ良イダロウ」
職員室の熱気は冷めやらぬまま、残る一名の生徒へと選考は進む。長い労働を終わらせる契機ということもあり、どこか重さを感じさせる書類を手に取った。
「よっしゃ、最後は……!」
印刷された情報を読み取って咄嗟に息を呑み、そして吐くだけの間が挟まる。
最後の生徒は、情報操作の成された治療系個性を持っていた。本来の個性の前段階、
同じ治療系個性を持つリカバリーガールが、雄英の屋台骨と言われる程なのだ。
何かしらの陰謀が香るとしても、とあるヒーローの秘密を知るものには、見逃せない。
「個性『
「それと、彼女には別の選考枠を設けたいのさ。貴重な治療系個性であるし、早期に入学させて訓練と
「……確かに、どちらか一方のクラスに所属させて、戦闘訓練の内容に違いがでるのは戴けませんね。俺は賛成します」
その後、他ヒーロー達も一次通過には同意し、新たな入試方式とカリキュラムの議論を経て、選考は静かに終了した。