『し』を折る 作:sc_i_en_i_c_e
雄英高校入学式、side:小大唯
小大はただ漫然と広い会場を眺めていた。響く校長の話は聞き流している。代わりにうんざりした生徒達や、したり顔で頷く教員を見て暇を潰していた。
しばらくして校長が壇上を降りた頃。代表挨拶を不在の首席に代わり次席が行う中、隣の席から会話が聞こえてきた。
「いやァ、困ったものじゃないか?」
「……?」
隣に座る男子生徒が、もう一つ奥の席へ声をかけている。ただ、呼びかけられた方は困惑気味だ。
「A組のことさ。入学式を欠席するばかりか代表挨拶すらすっぽかすなんて、雄英高校ヒーロー科の自覚が足りていないんじゃないかと思ってね」
話しかけられた方の女生徒は、素直に辺りを見回す。そしてA組が座っていたはずの二十の空席を見つけ、水鏡のような瞳に映した。
透き通った眼だ。黒いロングネックで口を隠しているため、眦が目立つ。
ふと、彼女の瞳に浮かぶ像が揺れた。こちらの視線に気づいたようで、小大の姿を映す。
それに気づいた男子生徒もまた、小大を眼に入れた。
「ああ煩くしたね。すまない」
「……ん」
大丈夫、のつもりで返す。返答に満足したのか、彼は再び口を開いた。もうしばらく観察してみる。
「君、新しい入試枠で受かった医療ヒーロー候補だろう?特殊な学籍に置かれているとか。
A組とB組どちらの授業にも参加するらしいけど、今後仲良くする相手は選んだ方が良い。君の品位に関わるから」
「承知しました。賛成一票、反対零票なので、仲良くする相手を選びます」
「ん!?」
思わず声が漏れた。彼女の方を見れば、きょとんとした顔と目が合う。そこに揺らぎはなく、本気で「友達を選ぶ」と言っていた事が分かる。
「ん……よくないよ」
「承りました。賛成反対が同数なので、此の判断で提案を棄却します」
「何をするんだ!せっかく上手くいきそうだったの、に…」
非難の視線を向け続ければ、根負けしたようで言葉に詰まった。
「あ、ああそうだ!自己紹介が遅れたね。僕はB組の物間寧斗、よろしくお願いするよ」
「……ん」
「『よろしくお願いする』了承いたしました」
色々言いたいことはあったが、自己紹介されてしまったのでとりあえずはそれに答える。
「んん、ね?」
自身の学生証を取り出し、順に名前、個性の順で小さく指を動かしていく。
「小大唯、個性『サイズ』。……君のその話し方、個性関係なかったのか」
「『よろしくお願いね?』承りました」
「ん!」
「なんで意思疎通が取れてるんだい……いや、日本最高峰のヒーロー科に推薦合格するくらいならできるのか?」
次は彼女だ。こちらに合わせ学生証を出そうとしているのか、ポケットを探っている。少し時間をかけ、指先まで隠した長袖に載せて提示した。
「
前二人に比べかなり無機的な受け答えだったが、本人の雰囲気もあって抵抗なく受け入れられる。
自己紹介を済ませたことで、多少空気が和らいだ。
「なるほどね。不躾だが、少し聞きたいことがある。君の個性、使用にエネルギーとかの蓄積が必要かい?
いや僕の個性は『コピー』なんだが、もしかしたら治療役を増やせるかもと思ってね」
「さようでしたか。ですが申し訳ありません。此の個性は治療に寿、生命エネルギーの蓄積を必要とします」
それを聞くと物間は僅かに肩を落とし、口を開け息を漏らし始めた―ところで不意に背後から声がかかる。
「すまない、少しいいだろうか」
B組の担任だった。お喋りに集中しすぎただろうか。
彼の巨躯を見上げ怒声に身構えていると、それより早く物間が先んじた。
「申し訳ありませんブラドキング先生。天下の雄英高校ヒーロー科にはどんな生徒が集まるのか、気になってしまって。彼女らの都合を無視し一方的に捲し立てていた次第です」
「?ああ、そういうことは控えて欲しいが、別の要件だ。
A組で少々いざこざが起きてな……入学式に出ないで個性把握テストをやってたらしいんだが、その中で負傷をした生徒が出たらしい。申し訳ないが、治療に行ってもらえないだろうか」
どうやら彼女が目当てだったようだ。
「拝命しました。件の生徒はどちらにいらっしゃいますか?」
「グラウンドの第三運動場だ。ガイダンス内容は後で送らせてもらうから、心配しないでくれ」
「御心遣い感謝します。それでは」
短いやりとりを行うと、彼女は静かに立ち上がりもう行ってしまった。見れば入学式も閉会が近い。何となく、小中の時より短かった気がした。
◇◆◇
side:反坂栞
グラウンドに入れば、息を切らし地面に汗を落とすA組が見えた。どうやらテストは終わったようで、彼らは自身の成績に一喜一憂している。
「除籍云々は君たちの全力を引き出すための合理的虚偽だ」
担任らしき人物の発言に応じ、幾人かが悲鳴をあげた。
彼女はそれを横目に見つつ、到着を報告する。
「相澤先生。お待たせいたしました」
「ん、ああ来たか。おい緑谷、それと他に不調があるやつはこっちへ来い」
「は、はい。えっと相澤先生、彼女は?」
「今から説明する。全員こっち向け。彼女は新設の推薦枠で入学した医療ヒーロー候補生だ。
治療系の個性を持っているため、今後戦闘訓練などでお世話になるだろう」
「反坂栞です。よろしくお願いします」
複数の視線が集中した。それらは希少な個性の持ち主を品定めする物であったり、単純に新たな学友を見初める物であったりと様々である。
「なあおい峰田」
「ああ、分かるぜ上鳴。露出が少なく、口元も隠れているがあの娘は……」
「「ハチャメチャに美人!」」
当然その中には邪な感情を孕んだ物もある。彼女へ集まっていた視線の一部が逸れ、かつ侮蔑の混じったものに変わった。女性からの割合が多い。
それらを流すと、彼女は治療に移ろうために緑谷出久を
超人社会において、超人達は個性に合わせた得意な感覚を持つことがある。例えば氷を生み出す個性を持つものが氷に触れた物を感知できたり、翼の個性を持つものが翼に伝わる振動を捉えたりするのがそれだ。
そして『死者蘇生』の個性を持つ彼女も、個性使用の前提となる
――魂。
彼女は今この瞬間、緑谷出久に憑く複数の魂を知覚した。
「……緑谷さんは、人を殺されたことがお有りですか?」
「えっ、な、ないけど、急にどうしたの?」
霊に憑かれるなどと言う心霊現象は、そうそう起こらない。彼女の知る限りでも、よほど親しい家族を亡くした者か、連続殺人犯の例しかない。
緑谷出久の反応は怪しいが、単に会話慣れしていないからなのか、過去の犯行を言い当てられたからなのかは判別できない。
仕方がないので、当事者に聞くことにした。
「失礼しました。冗句です。それでは、治療を行いますね」
損傷した指を握り込む。それは個性を効率よく使うためであり、患部を固定するためのものだ。
「ありがと、って痛たぁぁぁぁっ!」
「申し訳ありません。此の個性は治療ではなく損傷の修復ですので、魔法のようなプロセスではなく、言わば麻酔なしの外科手術を行う必要があるのです」
幸いなことに重傷ではなかったので、緑谷出久が耐える時間は数秒ですんだ。
修復を終えた彼女は手を開き、そして彼に憑いた魂のうち一番新しいものを掴み取った。
後々人目に触れないような場所で、聞き取りをするのだ。
「完了しました。お疲れ様です」
「ありがとね……」
その後何人かに治療を施すと、彼女の役割は終了した。