TS転生美少女が男友達ムーブして幼馴染の情緒を破壊する話   作:寿司鮓

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第6話

「ただいまー」

 

 誰もいないリビングに、私の声が力なく溶けていく。

 玄関で靴を脱ぎ捨て、薄暗い廊下を抜けて自分の部屋へと向かった。

 ジュンタの家も共働きで忙しいようだったけれど、うちも似たようなものだ。

 父は海外出張で母はキャリアウーマンとして朝から晩まで飛び回っている。

 入学式という「青春のメインイベント」に親が不在なのは、寂しいというよりもむしろ私にとっての日常だった。

 

 部屋に入り、制服のブレザーをハンガーにかける。

 それからドレッサーの前に座り、鏡の中にいる「久遠歩夢」をじっと見つめた。

 そこに映っているのは、どこからどう見ても少しばかり小柄な、春の陽光を反射するようなそんな透明感を持った美少女だ。

 

「……まじまじと見ると、やっぱり変な感じだよな」

 

 口から出た言葉は、自分でも驚くほど自然な「私」のものだった。

 転生したばかりの頃は、鏡を見るたびに「誰だこの美少女は」と他人の顔を見ているような気分だったのに。

 そして、知らず知らず内に髪を切って、それで無意識だと思うが男っぽい事をしていた。

「そういう」事が普通なのかは、残念ながら私は自分以外にTS転生した人間の事を知らないのでまるで分からないのだけれども。

 とはいえ、自分がやった事はなんとなく自然なような気もしている。

 

 前世では男だったという記憶は、今でも鮮明にある。

 けれど、十数年という月日は残酷で、そして優しい。

 肉体が成長し、ホルモンバランスなどが変化するにつれて、「俺」というアイデンティティはゆっくりと、しかし確実に「私」という器に馴染んでいっていったのを感じる。

 あの頃、ジュンタと泥だらけになってサッカーボールを追いかけていた自分も、今の鏡の中の自分も。

 間違いなく、どちらも私なのだと私は考えている。

 

 ふと、机の上に置いたスマホが短く震えた。

 手に取ってみると、ホームルームが終わった後に作られた女子グループのチャットアプリの通知だった。

 

『みんな、今日はお疲れ様ー!』

『明日から授業だね、憂鬱……』

『レクリエーションがあるからまだ猶予あるよ!』

『久遠さん、明日一緒に一緒に学校冒険しない?』

 

 矢継ぎ早に流れてくるメッセージ。

 女子三人寄れば……とはよく言ったものだが、文字だけのやり取りでもその賑やかさは十分に伝わってくる。

 前世の男だった頃の感覚からすれば、この距離感の詰め方の速さには少しだけ気後れする部分もあった。

 けれど、不思議と嫌な気はしないのは、多分私もまた「そのうちの一人」だからなのかもしれない。

 

「大切にしないと」と素直に思えたのは、やはり私がこの世界の、この性別の住人として歩み始めている証拠なのだろう。

 だから私は適当にスタンプを返し、それからそのトーク一覧の少し下にある、今日作ったばかりの別のトークルームを開いた。

 アイコンはジュンタが公園でボールを蹴っている時の……ではなく、今日撮ったあの「変な顔」のツーショットだ。

 画面をタップして写真を拡大してみる事にする。

 必死に背伸びをしている私と、私の強引な引き寄せに驚いて、顔を真っ赤にしながら引き攣った笑みを浮かべているジュンタ。

 彼を見上げるのは首が痛かったけれど、こうして写真で見るとその体格差がいっそう際立って見えた。

 150センチそこそこの小柄な私の隣に立つ彼は、知らないうちに見上げるのが当たり前なくらい大きな「男」になっていたんだなと思う。

 

「……理想的、か」

 

 ジュンタが言った言葉を思い出す。

 155センチ――本当はサバを読んだけど――という身長を「理想的」だと言った彼の、あの時の動揺したような、それでいてどこか真っ直ぐな瞳。

 彼は、私が「女の子」である事をその時にしっかり理解したようだった。

 あの……立ちションを誘ってきた無邪気な少年は、もういないのだと思うと哀愁のような感情が湧いてくる気がした。

 

「失礼しちゃうなー。こっちはずっと、女だったっての」

 

 そんな独り言をこぼしながら、ベッドに寝転がる。

 今日、私が「これからも友達でいてくれるか」と聞いた時の、ジュンタの真剣な表情を思い出す。

 彼は「あの時みたいに雑なやり取りはできない」と言っていた。

 それは少しだけ寂しい気もするけれど、同時に、彼が私を「一人の人間として」、そして「一人の女性」として尊重しようとしてくれている事の裏返しでもあるはずだ。

 

 窓の外では、夜の帳が静かに降りてきている。

 そして明日からは本当の意味での高校生活が始まる。

 同じクラス、隣の席。

 きっと、今までとは違う距離感で、彼との時間が積み重なっていくのだろう。

 

「……とりあえず、明日は牛乳二本飲もうかな」

 

 少しでも彼との視線を近づけるために。

 あるいはまたあんな風にそっぽを向かせるために。

 私は少しだけ意地悪な笑みを浮かべ、スマホを充電器に繋いで目を閉じるのだった。

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