TS転生少女、怪獣ニ変身ス 作:主人公を苦しめ隊
多節怪獣 ミタラシ 登場
人類社会は崩壊した。
だがそれは第三次世界大戦によるものでも、核兵器の乱用によるものでも、資源の枯渇によるものでもない。
人類を滅びに追いやった者。それは……。
◆◆
私、山崎茜がそれを見かけたのは、東京目指して山越えする際中の事だった。
「ん……?」
目立つ道路を避けて、リュックサックを背負って枯れ木の山を登る私の耳に聞こえてきたのは、ブロロロン、という自動車の音。
動くエンジンの音なんて久しぶりに聞いたな、と首を巡らせてみれば、山の中腹を貫く朽ち果てた高速道路を、一台のモスグリーンの車輛が走っている所だった。
「自動車か、珍しいな。いや、しかし、あんなとこ走ってたら危ないぞ?」
もしかして、この辺に居るのを知らないのか?
私が心配したのも束の間、ぐらり、と地面の下が揺れる振動に、慌ててしゃがみ込んでやり過す。
手近な木にしがみついて揺れを堪えていると、バキバキと音を立てて近くの山の中腹が崩れ落ちる音がした。地震による山崩れ? いや、違う。
ガラガラと崩れる土砂の中で、ぎらりと輝く禍々しい光。土煙の中から、巨大な何かがのっそりと姿を現す。身を振るって土を振り落とすと、それは陽光の下に生気の無い白い肌を露にした。
それは全長50mを越える怪生物。
節くれだったウツボというか、肉の玉を数珠繋ぎにしたというか、とにかくそんな感じの胴体から手足が生えた奇怪な生物。身体の節にはそれぞれ側面に目玉を思わせる結晶状の器官がずらりと並び、内側からあふれ出すエネルギーに青白く光っている。巨体に反して酷く小さな目をきょろきょろさせて、現れた怪物は空に向けて小さく咆哮した。
言うならば、多節怪獣、とでも呼ぶべきだろうか。
とりあえず、私はこの怪獣を多節怪獣ミタラシと呼ぶことにした。
『ヲロロロロ……』
一声叫んで目もぱっちり覚めたのだろう、ミタラシは首を巡らせると、前方で疾走する車に目を向けた。
地響きを立てて、その後を追い始める。動きは一見すると酷くゆっくりでたどたどしいが、あの巨体だ。見る見る間に車との距離が縮んでいく。車も怪獣の出現に気が付いて逃げようとしているようだが、残ねんながら追いつかれるのも時間の問題だろう。
さて。
ここで私はどうするべきか。
少なくともあの怪獣は私には気が付いていない。このままなら関わる事なく、旅の続きを続行できるが……。
「……見捨てるのはまあ、寝覚めが悪いよなあ」
小さくため息をついて、私はリュックサックをその場に落とすと、懐からがさごそとそれを取り出した。
菱型の青く輝く結晶体に、粗末なお手製のグリップをつけて持てるようにしたもの。
「マイブラザー、また力を貸してね」
私はちょっとためらってから、結晶の鋭い切っ先をお腹に向けて、そして。
「……ふんぬ!!」
思い切り、その先端をお腹に突き刺した。
服を突き破って肉に食い込む鋭い結晶。当然、血が出るし滅茶苦茶痛い。涙目になりながらも、さらに結晶の先端を捻じ込んでいく。
「い、いぎぎぎ、いた、いたい、いたい……っ!」
涙目になりながらも、ぐいぐいと切っ先を押し込む。だけど本当に痛いのはここからだ。
ぬるり、とした血の感触。溢れだした地が、決勝を潤し、そして……。
ぼこり。
突き刺したお腹に違和感。しこりのようなそれは、瞬く間に広がって、内側から私の体を押し広げていく。無理やり骨格や筋肉を伸張させられるような、途方もない違和感と激痛。生理痛を数百倍にしたような痛みが、全身の細胞から響き渡る。
人の形が、無理やり別の何かに変えられていく。正常な細胞が、異常なそれに細部分裂していく。
「あ……がああああああああああ゙っ! いぎぃいいいいっ!!」
私はそれでも、突き刺した結晶を手放さない。痛みを堪える為に絶叫する中、視界が少しずつ、歪んで霞んで、何かに呑まれていく。
どんどん視点が高くなる。それは周囲の木を越え、山を越え、やがて周囲の山全てを見下ろし天に届く。同時に異様なほどに視界がさえわたり、感覚が鋭利になる。ズキンズキンと響く激痛は、拡大しすぎた感覚の中で自分を保つ微かな寄る辺だ。
全身に満ちる全能感と開放感、人間の矮小な意識など吹き飛びかねないほどの破壊衝動を、私は天高く吠える事で吐き出した。
『ガルォオオオオオオオオ!!!!!!』
咆哮の衝撃波で、周囲の空間が歪む。
ぶるぶると身を震わせて、私は自分の手を見下ろした。
目に見えるのは、小学4年生の小さな掌……ではなく、ゴツゴツと岩のように節くれだった緑色の指。ナイフのような鋭い爪の生えた四本指を確認し、私はドンドコと自分の胸でドラミングする。叩く胸板は分厚く硬く、まるで睨みつける瞳のような細長い結晶体が埋め込まれている。
自分では確認できないが、顔つきもワニガメのような鋭く厳めしい怪物のそれになり、頭部からは前にむけて伸びる山羊や羊のようなネジくれた角が生えているはずだ。
これが、私の怪獣形態。
毎度毎度、ものすごく痛い思いをするから本当に、本当に変身するのは嫌なんだけどね。
なんか喉の奥がムカムカしてきて、私はもう一度雄たけびを上げた。
『ガォオオオオオゥ!』
一声叫びすっきりした私は、顔を下げて前方を睨む。前では、相変わらず鬼ごっこに興じる怪獣と車。
おいおい。こっちに気が付いてないのかよ。
私は危機感の無さに少し呆れると同時にちょっとイラッとした。人が無茶苦茶痛い思いをして巨大化したのに、無視されるとは。
まあいい。だったら無理にでもこっちを向かせてやる。
『グルルル……』
私は大きく前傾姿勢をとると、尻尾でバランスを取りながらダッシュした。ドスドスドス、と道路を割砕きながら走り寄り、四つん這いで歩く怪獣の後ろにたちまちのうちに追いつく。そしてゆらゆら揺れる無防備な尻尾の先端を、両手でむんず、と握りしめた。
前進を続ける怪獣の尻尾が、たちまちピンと張る。踏み出した足がたたらを踏んで、そこでようやくミタラシは自分の尻尾が何者かに掴まれている事に気が付いたらしい。
首を巡らせて振り返る白目に、私は「やあ」と牙を剝いて笑顔を浮かべた。
『ヲロロロ!?』
『グァグ』
そして始まる、前に進もうとするミタラシと私の綱引き合戦。それは数秒後に、私の圧倒的勝利という形で幕を下ろした。
ぐい、と引き寄せたミタラシをそのまま脇に抱えて、ジャイアントスイングの要領で振り回す。じたばた空中で手足をばたつかせるその巨体を、そーれと遥か後方に投擲した。
宙を飛ぶ50m越えの白い巨体。どずずずん、と凄まじい地響きと共に地面に叩きつけられ、周囲の山が衝撃で土砂崩れを起こした。
……やりすぎたか?
周囲一帯を壊滅させた事にかすかな罪悪感を覚えつつ、私はトドメを差すべくミタラシに歩み寄った。ミタラシは地面に横たわったまま身動きしない。無防備に体の側面を向けたままのミタラシに向けて、私は小さく息を吸い込んで口を開く。
その瞬間、ぎらり、とミタラシの側面、青い結晶体が煌めいた。
『ガルッ!』
危機感を覚えて、とっさに両腕で顔を庇う。
直後、私の外殻を穿つのは、体節から放たれた無数のレーザー。貫通こそされなかったものの、焼き鏝を押し当てられたような激痛に思わず足が竦む。
い、いたいっ! あついっ! うぎぎっ!?
さらに立て続けにレーザーが放たれる。命中した箇所から激しく火花が上がり、忽ちのうちに無数の爆発に包み込まれる私。まずい、連続で受け続けたら体がもたない!
ええい、そっちが飛び道具ならこっちはバリアーだ!
『ガルルウゥオ!』
両手を前に突き出して念を込めると、胸元の結晶から放たれた光が凸状の壁になった。それをゆるく回転させながら、相手の放つレーザーを跳ね返す。
四方八方に飛び散った閃光が、山の木を焦がし、炎上させる。元々この辺りの木は全部枯れていた事もあって、忽ちの内に大規模な山火事に発展する。周囲を炎で包まれる中、なおもミタラシはレーザーを連射してくる。
一応バリアーで身は守れているが、これではじり貧だ。
なら……。
私は意識してバリアーを、凸上から凹状に変形させる。お茶碗のような形になったバリアーの中で、弾かれたレーザーが屈折する。
ええと、あとちょっと。もう少し……こう!
『ヲロロロッ!!』
成功だ。角度を調整して撃ち返したレーザーが、ミタラシに直撃。
苦悶の悲鳴と共に身を起こすミタラシ。レーザーの攻撃が止む。
今だ!
『ガルォオオオ!!』
私は身体を前に投げ出し、四つん這いになってミタラシに突進する。下から救い上げるように角を叩き込み、そのまま奴の体をリフトアップ。直立した私の頭上で、角を食い込ませたミタラシがじたばたと脱出しようともがいている。そうはいかない。
これで、終わらせる。
『ガァオオオオオッ!!!』
言うなれば、必殺ライトニングホーン。角から放たれた超高圧電流が、ミタラシの全身を焼き尽くす。びくん、とその動きが止まって硬直した直後、内側から膨れ上がるエネルギーにその巨体が風船のように膨らみ、爆発。
ダイナマイトを仕込まれた石膏像のように端から粉々に砕け散りながら四散するミタラシ。バラバラと周囲に破片が飛び散り、私の頭から灰が降り注ぐ。
跡形もなく吹き飛んだ敵の最後を見届けて、勝利の雄たけびが喉をついて出た。
『ガァオオオオオオオオオオオオオオオオゥッ!!』
ドンドコドン、ドンドコドン。テンションにまかせてドラミングを鳴り響かせる。しばらくそうして頭が冷えてきた私は、そういえばあの車はどうなってたかな、と首を巡らせて周囲を探した。
『グルル……』
あ、居た。
どうやら私とミタラシの戦いに巻き込まれず、遠くまで逃げ延びれたらしい。あそこまで距離が開くと、追跡は無理そうだ。
それに、そろそろ制限時間だ。身体の内側に渦巻く破壊衝動が抑えがたくなってくる。これ以上変身していたら、理性を失った化け物になってしまう。
私はふぅー、と熱い息を吐くと、山陰にもそもそと潜り込むように身を横たえ、目を閉じる。内面を、小さく、小さく、小さく……人の形を強く意識する。
四肢に漲っていた全能感と破壊衝動が遠のいていく。重なっていた温かみが、どこか遠くへと剥がれていく。その事に若干の名残惜しさを覚えながら身を起こすと、堆く積み重なった灰の中に私の体はあった。
「げほ、げほっ。ぺっ、ぺっ。は、灰が口の中に……」
咳き込みながら灰の山から這い出すと、積もったそれはしゅわしゅわと溶けて消えていく。後に残るのは大きく凹んだ地面と、ボロボロの恰好の私だけ。
私は自分の恰好を見下ろして溜息をついた。
自認では手足が伸びてるような感じだが、事実として起きているのは増殖した細胞が私の体を覆い尽くしているらしい。よって、変身で服が千切れて破れるという事はない代わりにびろんびろんに伸びてしまう。今着ているのも、元はちょっといい感じのTシャツだったのにもうだぼだぼだ。正面に描かれていたイラストなんて歪んでしまって元がなんだったかわかりゃしない。
一応、予備の着替えは持ち歩いているが……。
「……どこにあるんだろ」
周囲は全長50m越え、体重数千トンの大怪獣決戦によって滅茶苦茶に荒らされ、山という山は崩れてしまっている。この土砂と倒木の山の中から、置いてきたリュックサックを探すのは至難の業だ。
さらに泣きっ面にハチというか、お腹がくぅー、と音を立てた。変身するとお腹が減るのだ。
とはいえ、探さない訳にもいかない。私は世の無常を深く嘆き、リュックサックを探すべく山を登り始めた。今日中に見つかるといいなあ……。
これは、ひょんなことから怪獣に変身する力を手に入れた私が、終末に向かいつつある世界で幸せになろうとする物語である。
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