別に良いだろプロゲーマーだって推し活してもよォ!   作:しゅないだー

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本当すみません、帝アキラさんとかいう人がメロ過ぎたため他の物を全てほっぽり投げています
劇場2周、ネトフリと公式ガイドブックで細かい所を補完、ノベライズ版の情報にちょこちょこ独自設定加えまくってやっていくんでよろしくお願いします
原作キャラとオリ主の恋愛要素は一切ございません(最重要)


#1「刹那を愛して幾星霜」

 

 

 

『今日もSETSUNAやるだけ』

 

 

 そういつも通りのタイトルを打ち込み、彼は配信を始めた。

 良く言えば飾り気のない、率直に言えば殺風景。

 そんな部屋の机の上には申し訳程度の参考書や教科書が並んでおり、部屋の主が高校生である事を示している。

 そしてその空間の中で異彩を放っているのは、マルチモニターを取り付けた物々しいデスクトップPCだった。

 

 歳の頃で言えば、10代後半だろうか。

 ゆるっとしたルームウェアに身を包み、自身のアバター同様にアッシュグレーのインナーカラーを入れたウルフカットの毛先を弄びながら、彼はある物を取り出した。

 

 コンタクトレンズ型デバイス『スマートコンタクト』、通称"スマコン"。

 ユーザー数1億を越える仮想空間ツクヨミにログインする際に必要となる、視覚や聴覚を補うデバイスである。

 PCの前に座り、それを装着する彼の顔にはまだあどけなさが残っている。青年というよりは少年、と呼ぶ方が似つかわしい。

 

「こんばんは。それじゃ、始めよっか」

 

 気の置けない友達に語り掛けるようにのんびりとそう口を開いた。程なくして、コメントがぽつりぽつりと流れてゆく。

 

 

コメント:やってんねえ! 

コメント:ゲリラ配信助かる

コメント:桃くん〜♡

 

 

 鼻歌交じりにそれを読んでいた彼は「しまった」と言わんばかりに口に手を当てた。

 

「え、ゲリラ配信!? げっ、またやったわ……道理でなんか同接少ないと思った。告知出す出す、出しまーす」

 

 

コメント:もうそれは告知じゃなくて事後報告なんだよな

コメント:バーサーカーの末路

コメント:リスナーが見てなくても強い奴と戦えれば満足してそう

コメント:もっと俺達のこと見て

 

 

「今日やるのは『KASSEN』の『SETSUNA』ね……っていつもか。人集まってくるまで時間あるし、なんかたまには違う事やる?」

 

 

コメント:ホラゲーやって

コメント:歌枠希望

コメント:ホラゲーをやりませんか。死人がゴロゴロ出て、プレイヤーに抵抗の手段がないようなヤマです

コメント:桃くんガチ音痴じゃん

コメント:こうやってだらだら喋ってくれるだけでも嬉しいな〜

 

 

「……雑談しよっか! ホラゲーはまた今度ね!」

 

 

コメント:逃げるなああああ

コメント:殴れない相手に弱過ぎる

コメント:歌枠もはや触れられてなくて草

 

 

「いやあ、リスナーの皆様方もこんな毎回毎回SETSUNAしかやらない配信によく来るよね。他にやる事ないんですか?」

 

 

コメント:へへっ照れますね

コメント:ここだけ切り抜かれてありえんくらい炎上してほしい

コメント:他のモードもやってるとこ見たい! 

 

 

「そうねえ、配信映えするのはやっぱ『SENGOKU』かな。戦略もあるしジャイアントキリングもあるし。何よりチーム内の絡みとかね、ドラマがあるよね。酷い人だとSETSUNAの事、トレモ呼ばわりしてる奴もいるじゃんね」

 

 

コメント:まあ動き覚えるには最適だから……

コメント:桃くんもSENGOKUやればいいのに

 

 

「言わせないでよ、友達いないんだよ。そもそも僕より弱い人と組んでも仕方ないし」

 

 

コメント:そういうとこだぞ

コメント:これはカス

コメント:冗談めかしてるけど本当に思ってそう

コメント:本当に友達いなさそう

コメント:狂犬だしな

 

 

「そんな嫌だなあ、いますよ。まあ……向こうが友達だと思ってくれてるなら……」

 

 

コメント:悲しくなってくるからもう喋らないでほしい

コメント:結局いるのかいないのかどっちだよ

コメント:どちらもありうる……そんだけだ

コメント:正直気持ち分からんでもない

コメント:なんでそんなにSETSUNA好きなの? 

 

 

「うーん……SETSUNAってさ、1vs1(タイマン)の2先じゃん。その一瞬の中で、自分達が長い時間を掛けて培ってきた物をぶつけ合う訳でしょ? 僕にとっては喋るよりもそっちの方が、よっぽどその人の事を理解できる気がしてさ」

 

 

コメント:プロっぽい事言うのやめてね

コメント:うわぁ! いきなり落ち着くな! 

コメント:桃くん〜(♡´⌓`♡)

 

 

「ぽいじゃなくてプロなんですけど?」

 

 

 そんな調子で毒にも薬にもならないような話に花を咲かせている時だった。

 

 

─────かぐやいろPチャンネルって知ってる? 

 

 

 そんなコメントが、一筋の星のように流れた。

 配信の中で他の配信者の名前を出すのは俗に言う『鳩』行為、御法度とされる。

 ただ彼は全くそれを気にしない。配信は彼にとってあくまで副業であり、本腰を入れている訳ではないというのが大きい。

 寧ろ話題も途切れかけていた彼にとって、渡りに船でさえあった。

 

「知ってる知ってる、今なんか凄い勢いでバズってる2人組でしょ? ヤチヨカップ頑張ってるよね」

 

 仮想世界ツクヨミの歌姫、月見ヤチヨ。

 そんな彼女とコラボライブを行う権利を得られるイベント、ざっくり言えばファン獲得レースがヤチヨカップだった。

 全ライバーに参加資格があるとはいえ、それは彼にとって他人事だったが。彼は常々「配信者が皆歌ウマだと思わないで欲しいよねぇ」とボヤいていた。

 

 そんなヤチヨカップ開催と同時に現れ、破竹の勢いで順位を伸ばしていたのが件のかぐやいろPチャンネルである。

 天真爛漫で破天荒なかぐやと、それを裏方から支えるいろPのキャラクター性がウケてこの短期間で多くのファンを獲得していた。

 

「おっ、噂のかぐいろさん今SETSUNAやってる! 『かぐや争奪戦』だって、面白い企画やってるね……ってこれ、良くなくなくなくなくない?」

 

 楽しそうに配信を眺めていた彼の顔が、苦虫を噛み潰したように歪む。

 

 

コメント:は? いろかぐなんですけど?? 

コメント:かぐやちゃんマジかわいい

コメント:良いのか良くないのかどっちだよ

コメント:どちらもありうる……そんだけだ

コメント:さっきもいたなこいつら

コメント:ちょっと流れ良くないよね

 

 

 しばらく悩むように黙りこくった後、突然彼は声を張り上げた。

 

「ごめーん、今日は配信終わり! また後日ちゃんと埋め合わせします!」

 

 画面が配信待機の物に切り替わったかと思うと、すぐに暗転する。

 

 

コメント:おつ〜

コメント:久々にあれやるのかな? 

コメント:おつでした

コメント:桃くん〜( ߹꒳߹ )

コメント:鬼退治(・・・)か、なっつ

コメント:なにそれ? 

コメント:今更鬼退治はないでしょ、帝様の配信の方じゃない? 

 

 

 程なくして配信が切れた。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 

『第2回かぐや争奪戦!!』

 

 

 

 そう銘打った配信の中でいろP──酒寄彩葉は疲弊していた。

 ヤチヨカップに向け同居人(かぐや)があれこれ企画する動画や配信に巻き込まれ続けていたのに加えて、学業にバイトと日々の生活に忙殺されていれば否が応でもコンディションは落ちる。

 

 その疲れが今回の事態を招いたとも言えるかもしれない。

 

「彩葉〜……大丈夫?」

「……私は別に平気」

 

 心配そうに顔を覗き込んでくるかぐやに心配をかけまい、と彩葉は目眩(めまい)をかき消すように頭を振った。

 

 

 若干の炎上を起こしながらも人気を博した企画『かぐや争奪戦』に味を占めたかぐやが打ち出したのが、そのまま『第2回かぐや争奪戦』だった。

 相談もなしにまた勝手に巻き込まれたものの、彩葉がかぐやの「お願い、守って?」の上目遣いに勝てる訳もなく。

 

 簡単に言えばKASSENの1vs1モードであるSETSUNAでいろPに勝てば、かぐやと結婚。そんな他愛も無い企画だった。

 

 大半のユーザーはそれが洒落だと理解し、じゃれ合いの範疇だと弁えている。

 だが今回そこにSETSUNAを専門としたプロゲーマー崩れが紛れ込んでいたのは、2人にとって大きな不運だった。

 そしてその男が彼女達にとってまだ経験の無いタイプの人間、有り体に言えば(たち)の悪い炎上系ライバーであった事も。

 

 

 

 10連戦以上を休憩無しで行い、ふらふらとする頭で彩葉が臨んだのがその男とのSETSUNAだった。

 

 彩葉は最初の数秒で、目の前の男が今までの一般リスナーとは一線を画す相手だと理解したが今更どうしようもなかった。

 1戦目こそ徹底的な引き撃ちや撹乱によりなんとか勝利を収めたが。

 睡眠不足と過労による目眩で操作に精彩を欠き、残りの2戦を落としてしまい今に至る。

 

 

「結婚してくれるんだよな? まさか勝ったのにできないとか言わないよな、ライバーが自分の企画に嘘かますとかあり得ないだろ」

 

 にたにたと粘つくような笑いを浮かべながら、男がかぐやに近付く。

 コメント欄には『調子乗んなよ、嫌がってるだろ』『ちょっとしつこくない?』『おもんな』『いや結婚しろよ』と男を咎める強い言葉に混じって愉快犯的な物も流れ始め、配信の雰囲気はだんだんと険悪になりつつあった。

 

 狐を模したきぐるみを着たまま、彩葉は男とかぐやの間に庇うかのように割り込む。

 配信を強制的に切り上げさせる事も彼女が視野に入れ始めた時。

 

 

 

 

 

 間の抜けた電子音が辺りに響く。

 それは男への"対戦"招待だった。

 

「早い物勝ちって訳じゃないですよね、この企画」

 

 訝しげに辺りを見回す男にそう声を掛けたのは、いつの間に現れたのかも分からない黒子だった。忍者を思わせるような黒装束に、顔をすっぽりと隠す頭巾。

 一見するとNPCにしか見えないその没個性的な見た目から、もう一度声が発される。

 

「いろPさんに勝ったんならさ。僕がその人に勝てば良い、って事じゃない?」

 

 正体不明の挑戦者の姿を見て、隣のかぐやがこそこそと耳打ちする。

 

「彩葉ー、あの人なんか変な(スキン)着てるよ?」

「もう変なのはお腹いっぱいなんだけど……ってあれ、黒子服だ。誰……?」

 

 黒子服、通称"お忍びスキン"。

 

 有名ライバーやプロゲーマー、著名なクリエイターといったネームバリューのあるアバターに支給されるスキンの1つである。

 名前や見た目を外部から判別できなくさせる効果があり、通称のようにお忍びで何かをする時に用いられる事が多い。

 仮想空間であるツクヨミではデータ量削減やスマーフ対策の為にサブアカウントが作成できないようになっているため、有名人がファンの目を気にせずツクヨミの美しい街並みや風光明媚な自然を楽しめるように作られた物だった。

 

 その代わりランクマッチや公式イベントには参加できず、ユーザー主催のイベントも主催者の設定次第では弾かれてしまう。

 さらに言えば、そもそもファンを増やす為に露出の機会を少しでも多く取るライバー達にとって、活用される事はほとんどない。

 見た目もダサいと散々な言われようである。

 

 

 ごめんなさい、とでも言わんばかりにかぐやと彩葉へ手を合わせながら、黒子が2人と男の間に割って入る。

 

「対価が欲しいならそうだな……僕が負けたら何でも言う事聞く、ってのはどうですか。コラボ配信でもする? シンプルにふじゅ〜?」

 

 下世話に金のジェスチャーをしてみせる黒子に呆気に取られ、その場にいた人間は何も言えなかった。

 

「お前誰だよ、こいつらの知り合い? 関わって良い事あるのか?」

 

 どこか警戒したように男がそう問う。

「今こいつらって言った! 許せないんだけど!」と憤慨するかぐやを抑えながら、男の言葉に彩葉も心中で同意していた。一体誰なのか、と。

 

 少し考えた後「別にないかも」と黒子はあっけらかんと答えた。

 

「でも気に入らないんだ。形振り構わずってのは嫌いじゃないけど、あんたのそれは洒落が利いてない。夢がないんだよね」

 

 その言い回しに何故か彩葉は一瞬、顔も数年見ていない兄の姿を思い出した。

 夢を見せてやるよ、とファンに笑いかけるそのアバターを。

 

「逃げるの? 竹取物語でかぐや姫を求めた帝は……帝って言いたくないな……帝さんじゃんね、こいつ帝さんに例えたくねえな……」

 

 ぶつぶつとよく分からない事を呟いた後、リセットするように手を叩いた。

 

「まあ、偉い人はさ。月のお迎えに尻尾巻いて逃げたりしなかったですけど」

 

 退路を塞ぐような痛烈な煽りにコメント欄が沸き立つ。

 男にその招待を受ける以外の選択肢は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ってこれ、かぐやの配信なのに〜〜! うわっ、でも視聴者数ヤバッ!」

 

 予期せぬ出来事に、急激に伸びる視聴者数やコメントを見てかぐやは口笛を吹きながら配信続行を決断した。

 隣でじっと見つめてくる彩葉から目を逸らしながら。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 かぐやは竹で作られた観戦席に座ると、彩葉の肩に頭を預けた。

 

「にひひ、これ『かぐやのために争わないで〜!』って言っていいと思う? ドラマでこういうシチュ見た事あんだよね」

「あんたね……」

 

 かぐやは反省の意を示すどころか、思わぬ形で盛り上がりを見せつつある企画に興奮しているようだった。

 本当にお祭り好きなんだから、と彩葉は溜息を吐く。

 

「でもでも、どっちが勝っても私結婚しなきゃいけなくない!? やだやだー!」

「……その時は私がどうにかするから」

 

 黒子の狙いが分からない事が、彩葉を不安にさせていた。

 新進気鋭のライバーを助けて自身の宣伝をするのならば、まだ理解できる。それをわざわざ自身を判別できなくさせる黒子服を着て、何のメリットがあるのだろうかと。

 

 

 

 

 戦国時代の合戦をモデルにしたフルダイブ型のアクションゲーム『KASSEN』。

 他のゲームの追随を許さない圧倒的な没入感と高度な操作性や戦略性で人気を博しており、存在するモードの中でSETSUNAのルールは最も明瞭である。

 2本先取の対戦格闘モードであり、相手の体力ゲージを削り切れば勝利。他のSENGOKU(陣取り合戦)KASSEN(バトルロイヤル)の骨子とも言える。

 

 対戦の舞台となるステージにエントリーすると、男の身体は重厚な甲冑に覆われ、その手には大刀が下がっている。

 一目見れば分かるような典型的なパワータイプだった。そして得てして、こういうゲームではそういったシンプルなビルドが強い。

 

 対する黒子は……何も持ち合わせていなかった。

 

「はっ、素手って。舐めてるのか?」

「人の配信なんだからもっと笑顔笑顔、盛り上げていきましょうよ。ファンなんでしょ?」

 

 その言葉を聞いて男は嘲笑うかの如く鼻を鳴らした。それを受け、黒子は残念そうに溜息を吐く。

 

「やっぱあんた、ファンでも何でもないただの炎上系だろ。あの二人が売れてきてるからしょうもない絡み方して売名って所かな」

 

 遠慮を止めたのか、黒子は軽口交じりにずけずけとそう言ってのける。

 

「僕はあんたの顔見た事あるよ。SETSUNAで良い所までいってたよね、素行不良とマナーの悪さでスポンサーすぐ降りてたけど。っていうかプロとしてやっていくには華がなかったからかな?」

 

 ぴくりと男の顔が引き攣る。

 

顔も隠せない(お忍びスキンも貰えなかった)人は大変ですねえ」

 

 格ゲーは煽ってなんぼでしょ、と黒子は笑った。

 

「そんなに恥かきたいなら徹底的に潰してやるよ」

 

 自らの得物である大刀を肩に担ぎ威圧的に吠える男へ、黒子は全く気後れした様子もなく。

 

「あんたみたいなのがいるから『SETSUNA専は品が無い』とか言われるんだよな。全く嫌になっちゃうね」

 

 そう言いながら黒子は親指を下に向け、首を掻っ切る動作をしてみせた。

 

「いや、僕もか」

 

 

 

 KASSEN内において武器の形状や性能は、プレイヤーの選択する(ジョブ)に依存している。

 その中において武器を持たない、徒手という事はそれ以外の攻撃手段を持った職だという事を示している。

 妖術師や祈祷師など、いずれにしても火力やバフデバフといった特色こそあれどあくまで輝くのはチーム戦での場合が多い。

 格闘家と呼ばれる武器のリソースすら近接格闘に割いて特化した職もあるが、独特の待機モーションが見られない事からその可能性もない。

 

 つまり目の前の相手は100%遠距離に特化したビルドを組んでいる、男はそう判断した。

 

「お前が負けたら……そうだな、そのスキン剥いで晒し者にしてやるよ。誰が出てくるか楽しみだな」

「小物じみた悪役みたいな事言うのやめた方がいいですよ」

 

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 

 

《START》

 

 

 男は大刀を振り被り、開始の合図と共に距離を詰めながら横一閃に薙ぐ。

 相手がまず後退する事を予想して、常よりも深く斬り込みながら。

 命中するならばそのままコンボを繋げ、どうにか避けるようなら更に押し込んでテンポを取る。

 高体力のキャラによる攻めっ気のあるプレイで思考リソースを奪う戦法は単純ではあるが、元プロゲーマーの操作精度と噛み合って並の一般人では歯が立たない。

 

 

 ただ一つ、男にとって想定外だったのは。

 黒子が後退ではなく、前に出てきた(・・・・・・)事である。

 

 

 自身に迫り来る刀身の側面を殴り付けるようにして黒子は攻撃を反らすと、そのまま返しの拳を男の頬に叩き込む。

 

 

 観戦していたかぐやと彩葉は各々驚愕の声を上げた。

 

「あれっ!? 手に当たったのにダメージ入ってないよ!?」

「嘘でしょ、素手でジャスガ……?」

 

 ジャストガード。

 攻撃がヒットした瞬間にガードを入力する事で、武器や盾のカット率に関係なくガード不能攻撃を除いて完全にダメージをカットする。

 言うは易しの典型的な例であり、感覚をも同期するフルダイブ型のゲームであるKASSENにおいて素手で攻撃を受け止める事はかなりの抵抗感がある。

 タイミングも非常にシビアであり、初手から狙うにはリスクが大き過ぎる。攻撃を防ぐだけなら、単に避ければ良いのだから。

 

 それでも黒子がその択を選んだのは。

 それが攻める為の防御だったからに他ならない。

 

「なんで、当たらねえ……!」

「当ててよ〜」

 

 素手でのジャストガードを事も無げに何度も連続で決めながら、生まれた僅かな隙に差し込む拳や蹴りが確実に相手の体力ゲージを削り取っていく。

 零距離にも等しい接近戦が、男の大刀のリーチを完全に殺していた。

 

「てめえッ、武器、抜け、舐めやが───」

「つまんない事言うなって、抜かせてみなよ」

 

 相手が最後まで喋り切る事すら許さず、フィニッシュブローを決める。

 結局黒子はセットしたスキルを使う事も、武器を取る事もなかった。

 

 

 

《K.O》

 

 

 

「まずは1本」

 

 服に付いた埃を払うような仕草をしながらそう指を立ててみせる黒子に、今まで魅入っていたように静まり返っていたコメントが1拍遅れて沸き立つ。

 

 

コメント:( ;つд⊂)ゴシゴシ

コメント:こいつかぐやちゃんの何なんだよ

コメント:えぐ

コメント:素手で完封て

コメント:この黒子に勝たないとかぐーやと結婚できない……ってコト!? 

 

 

「つ、つっよ〜〜〜!! あれ本当に誰!?」

 

 隣で無邪気にはしゃぐかぐやとは対照的に、彩葉は唾を飲み込んだ。

 彼女は自分の力量をよく理解している。

 大抵の事は中途半端にできるという後ろ向きな自負があり、それはゲームにおいても同様だった。

 SETSUNAでも自分の腕前は人並み以上、中の上くらいだろうと感じている。しかしその自分が、万全の状態であの黒子と戦ったとして。

 勝てるビジョンが見えなかった。

 

「分かんないけど、多分……プロ」

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

《START》

 

 

 

 2本目。

 プライドを粉々に砕かれるような大敗を喫したにも関わらず、男は冷静だった。

 

「腐ってもプロ崩れだね、メンタル仕上がってるんだ」

 

 黒子の軽口を無視すると大刀にオーラを纏わせ、飛ぶ斬撃を放つ。ジャストガード後の硬直も計算した連撃に、口笛を吹きながら黒子は回避する。

 

 回避、回避、回避。

 

 竹林を象った3Dフィールドの中で、擬似的に画面端として機能している川岸まで黒子を追い詰めると男は高らかに吠えた。

 

「後衛職なら火力出すのに溜めがいるよなァ!」

 

 相打ち覚悟で足を止め、溜めてからの高火力ガー不技。

 出す前も出した後も隙は大きいが、一定のダメージを受けない限り解除されないスーパーアーマーとダメージカットを持ち合わせた強性能である。

 起死回生の一手に、コメント欄が沸き立つ。

 

 しかし、黒子の声色は冷め切っていた。

 

「……仮にそれ当たったとして、勝てんの? まだほとんど削れてない僕に、そんな後隙(硬直)のデカい技ぶっぱして」

 

 まあそもそも当たらないけど、そう黒子は呟きながら片手で印を結ぶモーションをした。

 

「────猩々(ショウジョウ)

 

 空間が歪むようにして、黒子の隣から飛び出したのは。

 燃えるような真紅の毛、筋骨隆々の猿を思わせる獣だった。

 

 咆哮と共に、黒子の攻撃に合わせるように猩々と呼ばれた獣が男を殴り付ける。

 目にも止まらぬ連撃によるダメージに耐え切れず、男のアーマーが剥がれた。

 

「勝てそうにないから一矢報いる、って思考がもう負けてるんだ」

 

 蹴り上げるようにして空中へ浮かせた相手の首を刈り取るかの如く、胴回し回転蹴りを頭部へ叩き込んだ。

 男のアバターがダメージに耐えかねて、桜の花弁となって消えてゆく。

 

「これ、そういうゲームじゃないから。どれだけ劣勢でも"勝ちに行く"ゲームだから」

 

 

《K.O》

 

 

 

コメント:あれ式神じゃね? 

コメント:いやいや、召喚職(陰陽師)で近接に張り合うのは無理でしょ

コメント:キャラコンやばすぎ

 

 

 切断したのか、男の姿はツクヨミ内にはなかった。

 

「……なんて、僕も偉そうな事言って最後の最後に式神出しちゃったな。強かったね」

 

 困ったようにそう言うと、黒子は2人の方へ向き直る。

 

「それで、勝ったらかぐやさんに求婚(・・)していいんだっけ?」

「求婚? え、結婚じゃ……むぐ」

 

 彩葉はその言い回しで黒子が何を考えているのか理解し、かぐやが余計な事を言わないよう口を塞いだ。

 

「じゃ、結婚を前提にお付き合いしてください」

 

 真剣な台詞に似つかわしくない、気の抜けたトーンだった。そんな気さらさらないだろう、と問い詰めたくなるほど。

 

『ほら、早くお断りしてよ。適当な理由付けてもらっていいんで、僕この後外せない用事があるから』

 

 固まっているかぐやに、黒子は内部通信でそう言い放つ。

 

「彩葉ー、告白ってどう断るの?」

「ええっ!? わ、私に振らないでよ……他に好きな人がいる、とか定番だけど」

「じゃ、そうする!」

 

 勢い良く走り出そうとしたかぐやを、彩葉は慌てて止めた。

 

「あ……でも、それなのにこんな企画するなって炎上しちゃうかも。かぐや、ドラマよく見てるでしょ。なんか参考にできそうなものないの?」

「えー!? 結局かぐやにぶん投げじゃん!」

「元はと言えばあんたのせいでしょ!」

 

 うんうん悩みつつかぐやは観客席から降り立つと、じっと黒子を見つめた。

 

「えーとえーと……ちょっとなんて言うか、うーん……せ、生理的に無理かなあー?」

 

 隣に立っていた彩葉が思わず噴き出す。

 待ちくたびれたように腰に手を当てていた彼も流石にショックを受けたのか、愕然とした様子で呟いた。

 

「せ、生理的……」

 

 配信のコメント欄には『惨すぎる』『まあ顔も名前も分かんないし』『イキ告、やめよう!』『っぱ男は清潔感よ』『ミステリアスにも限度あるんすね』といったようなコメントが流れては消え、流れては消え。

 

 剣呑な雰囲気になりつつあったコメント欄は、いつしかまた和やかな雰囲気へと戻っていた。

 それを見届けた後、安心したように黒子は笑ったように見えた。

 

『じゃ、落ちまーす。SETSUNAの事嫌いにならないでね』

 

 2人にだけ通じる内部チャットでそう言い残して去ろうとする黒子に、彩葉は後ろから声を掛けた。

 

「あ、あの。ありがとう……ございます」

 

 消える瞬間にその声を聞いた黒子は動きを止め、首を傾げたように見えた。

 

 

 

 

 祭りが終わったかのように静まり返ったその場で、かぐやは明るく言い放つ。

 

「キリが良いから今日の配信はこれで終わり! じゃあねー」

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 スマコンを2人揃って外すと、彩葉は本日何度目かの溜息を吐いた。

 

「いやー、なんとかなってよかったね。お祝いしよ、今日何食べたい?」

「言っとくけど、これなんとかなった内に入らないから。次はもう知らないからね」

 

 実際、あの黒子がいなくても事態はどうにか収拾できたと思う。

 ただ彼がいた事で、ダメージを最小限に抑えられたのは事実だった。

 

「ええー!? 彩葉はかぐやが結婚してもいいのー!?」

「ぐっ……だからやるなって言ってるでしょ!」

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 スマコンを外し、目薬を両眼に差しながら彼は本日何度目かの溜息を吐いた。デスクに常備してあるラムネを噛み砕き、くるくるとゲーミングチェアごと回る。

 

(へこ)むなあ……いや生理的に無理とまで言われるとは、ここまでガチ効きするんだ……本当に無理だったのかな……」

 

 ファン数23万人、その経歴からしてみれば寧ろ少ないと言えるかもしれない。

 15歳の頃から表舞台に姿を現し始めてあれよあれよという間に『SETSUNA』世界ランク8位、数ヶ月前にスポンサーを獲得して名実共に17歳の現役プロゲーマー。

 プレイにムラはあるが、ノッている時は国内に勝てる人間はいない。そうまことしやかに囁かれるほどの実績を引っさげ、"夢を見せる"プレイを座右の銘としていた。

 アマチュア時代は害悪プレイヤーやチーターに喧嘩を吹っ掛けてタイマンで叩きのめす"鬼退治"という企画で好評を博していたが、ある時期を境にぱたりと止めている。

 

「なんかあのいろPさんの声、どっかで聞いた事ある気がするんだよな……まあいっか。配信始まっちゃうし」

 

 白城(しらぎ)桃矢(とうや)、ライバー名は名前から1字取って(もも)

 

 ファンからは『桃くん』の愛称で親しまれており、気の抜けたトークとそれに似合わぬ苛烈なプレイスタイルのギャップがウケて根強いファンを獲得している。

 また、興が乗ると口が悪くなる事やたまに見せるシンプルに人の心がない発言からリスナーに『カス』ともよく呼ばれていた。本人も特に否定していない。

 そして公にこそしていないが。

 

 

────よう、子ウサギ共! 

 

 

 大きくモニターに映し出されたのは鬼を象った赤い和装束のライバーだった。その横にはローブを羽織った寡黙な男、そして地雷系メイドとしか言い様のないファッションに身を包んだ一見女性に見紛うような少年のアバターが並んでいる。

 

 ツクヨミにおいて押しも押されもせぬトッププロゲーマーグループ、ブラックオニキス。

 そのリーダーである帝アキラが画面越しに視聴者を指差し「ちゃんとついてこいよ?」と煽り立てる。

 ヤチヨカップに関しての経過報告や今後の告知を、一言一句聞き漏らすまいと桃矢は音量を上げた。

 

「まあ、どうしたって勝つのは黒鬼だもんね〜」

 

 熱に浮かされたようにそう呟いて、彼は流れるように無言で赤ふじゅ〜を投げた。その淀みのない動作から常習犯だという事が分かる。

 読まれなくていい、御布施だから。

 寧ろ読まれるとしょうもない事しか書けないのがバレるので、今まで文面を添えた事は一度もない。

 何なら名前さえ読まれるのが恐れ多いので、コメントの流れが盛り上がっている時に見逃される事を祈りながら投げるほど彼は拗らせていた。

 

「ひゃ〜、やっぱ帝さんガチかっけえ……」

 

『夢見せて』と描かれたうちわを振り、憧れに満ちた眼差しを画面に注ぐ。

 

 何を隠そう、白城桃矢は。

 ツクヨミ内でも有数の、帝アキラの強火ファン小僧であった。

 

 なお桃矢自身は隠しているつもりだが、彼のリスナーは言動から大体察している。

 

 

 

 

 

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