別に良いだろプロゲーマーだって推し活してもよォ! 作:しゅないだー
鏡に映る顔は、ずっと誰かを責め立てているように不機嫌そうだった。
嫌な夢を見た日の翌朝はいつもこうだ。
顔を洗うと、首筋にかかるほど伸ばした後ろ髪を団子状に結ぶ。
インナーカラーを入れた髪も、いくつも着けたピアスも、趣味というよりは惰性でこの格好にしている。少なくともそれを咎める人間は周りに誰もいない。
せめて制服くらいは模範的にきっちりと着こなすつもりで、毎朝律儀に夏服でもネクタイを結んでいる。
寝ぼけ眼でエナジーバーをかじりながら、コーヒーで流し込むのが朝のルーティンだった。
昨夜も遅くまで配信していたせいか、欠伸が止まらない。とは言えども、その投げ銭で日々の食事にありつけている訳だから不満はなかった。
リスナーの皆様方には本当に足を向けて寝られない。
「高校生プロゲーマーの朝は早い、なんつって」
そう呟くと、自分1人しかいない小さなマンションの一室を出た。
どうも一人暮らしってやつは、独り言が多くなって良くない。
「猫でも飼いたいもんだね……」
逃げ場のない茹だるような暑さに顔を顰めながら、夏期講習の為に高校へ向かう道中で後ろからクラスメイトに肩を叩かれた。
「おっす、桃矢。昨日の黒鬼の配信見た?」
「見た見た、神北林檎さんとコラボでホラゲーでしょ。雷さんが無表情なのに要所要所でビクついてたのがウケるよね」
帝さん推しだと他人に明かした事はない。解釈違いで級友と殴り合う羽目にはなりたくないからだ。
昔は野球と宗教の話は他人とするな、と言われていたらしいけれど現代ではそれに加えて"推し"も入れるべきだと思う。
そんな事を昔友人に話してみると「お前強火過ぎるわ」とドン引きされた事を覚えている。やはり推しの話は軽率にするべきではない。
「あれ本当笑っちゃったよな、ギャップあるの強えよ。ああいうの見ると有名ライバーになりたいって思うよなあ……そんであわよくば乃依ちゃんとお近付きになりてえ〜」
「乃依くんだろ」
自分の事を"桃"だと知っている人間は、少なくとも周囲にはいない。
顔出ししている訳でもないし、明かすメリットよりデメリットの方が大きい。
別にプロゲーマーだからって偉い訳じゃない、ただ人よりゲームが少し上手いだけ。そこを弁えてない奴から勝手に燃えて消えていく。
そういう意味ではチートを使う奴もよく分からない。別にゲームが上手かろうが偉い訳じゃないんだから、わざわざ自分の信用を薪として焼べなくてもいいだろうに。
夏休みにも関わらず、校舎には多くの生徒の姿があった。
僕の通う高校はこの一帯でも有数の進学校であり、自由な校風から制服の着こなしや髪型なども生徒に委ねられている。
夏期講習も自由参加という建前ではあるものの、クラスにはほぼ全員が集まっていた。受験戦争はもうとっくの昔に始まっている、という訳だ。
隣の席に座ってタブレットを準備している女子生徒へ、挨拶もそこそこに尋ねてみる。
「おはよ、綾紬さん。ちょっと聞いてもいい?」
「どしたの、白城。朝なのに調子良さそうじゃん」
普段午前中は低血圧と寝不足で死んだような顔をしているからか、朝早くから声を掛けてきた僕に彼女は少し驚いた顔を見せた。
綾紬芦花。
美容インフルエンサー『ROKA』として、リアルとツクヨミを股に掛けて活動している。クラスどころか校内でも頭一つ抜けた容姿とギャルめいた服装から、男子生徒には高嶺の花として遠巻きにされていた。
けれど実際に話してみると気さくで、そして思ったよりも繊細だ。
念の為に周囲を見回して……少なくとも教室に今、彼女はいないな。
「酒寄さんと仲良いよね。彼女ってツクヨミにアバター持ってたりする?」
「なに〜ナンパ? 彩葉を狙ってるなら私か担当を通してもらわないと」
担当って誰さ、と軽く笑いながら机に鞄を置く。
「築地から来たかぐや姫……かな」
「なにそれ」
どこか遠くを見るような眼差しでよく分からない事を呟く彼女の言葉には、羨望にも似た声色が混じっているように聞こえた。
それにしてもかぐや姫か、と内心少し驚いたが顔には出さない。
まさか本当に僕が思った通りだったりしないよな。
「というか狙うって冗談でしょ、僕じゃ酒寄さんにはとても釣り合わないって」
酒寄彩葉。
才色兼備、文武両道。
1年生の1学期からずっとぶっちぎりで学年1位を取り続けている我が校始まって以来の才女。らしい。
少なくとも校内で彼女が笑顔を絶やしている所を見た事がない。
ただ一つ気になるのは。
彼女からはいつも、軋むような"音"がした。
何かたった一つボタンを掛け違えてしまったら、たった一本ネジが外れてしまったら、たった一度躓いてしまったら。
もう取り返しが付かなくなるほど壊れてしまうような。そんな危ういバランスで日々を回している、そんな軋んだ音。
けれど最近の彼女はなんと言うか、少し……楽しそうだ。
顔は疲れからかげっそりしているけれど。
そしてこれはあくまで個人的な話になるが。
僕は彼女の事が苦手だ……というのは失礼か。
負い目がある、と言った方が正しいかもしれない。
少し考えた後に悪戯っぽい笑みを口元に湛えて、綾紬さんは一言で切って捨てた。
「個人情報なので教えられませーん」
「そりゃそうだ、今の話は忘れてよ」
我ながららしくないな、と自分を窘める。
仮に僕の想像が当たっていたとして、それでどうこうって訳でもないのに。
「……何かあった? 白城って見た目はチャラいけど、なんだかんだ真面目じゃん」
「人をそんな高校デビュー失敗した奴みたいな評価しないでほしいな」
その声のトーンは僕を心配しているというよりは、友人に探りを入れられた事への警戒の方が大きそうだ。
「まあちょっと、気になる事があってさ。他人の空似だと思うんだけどね」
そう軽く濁して、席に着く。
プロゲーマーと言ったって、一生これで食っていけるとは思っていないから当然学生の本分にもきちんと励まなければならない。
人並みくらいには勉強して、とりあえず大学行って……そこから先の事はまだ少し、考えられない。
「彩葉ー、ちょっと来てー」
「ちょっ、綾紬さん!?」
突然酒寄さんを呼び付ける彼女を慌てて止めようとするが、もう遅かった。
「白城が聞きたい事あるんだって」
「えっ!? な、何か用……ですか?」
他人行儀な口調の中には困惑多め、少々の恐怖に見え隠れする警戒心。
自業自得とはいえ、女の子からそういう反応をされるのは年頃の男子にとってなかなか酷だ。
「……ごめんね、何でもないよ」
せめてあなたに敵意はないんですよ、と示すように手を上げてみせる。
「本当に、何でもないんだ」
酒寄さんとは1年生の時も同じクラスで、入学当初にまあ……少し、色々あった。自分が人格者だとは到底思っていないけど、今考えてもあれは本当に良くなかった。
訝しげな顔をしながらも自分の席に戻っていく彼女に、ほっと息を吐いた。
「ヘタレ」と綾紬さんは口を動かすものの、それを声には出さない。
完全に何か下世話な勘違いをされている。
「こーんな草食動物みたいな子が、どうして1年の最初はあんなに感じ悪かったのかなー?」
「人間色々あるもんですよ、綾紬さん」
煽るような口振りの割には、綾紬さんの声からほっとしたような安心感が聞き取れる。本当に何なんだ。
「彩葉はいい子だし、白城が悪い奴じゃないのも知ってるからさ。せっかく同じクラスになったんだし、ぎくしゃくしてるのも勿体無いよ?」
「……僕は良い奴じゃないよ」
僕の事を思って、というよりは酒寄さんのストレスや懸念事項を少しでも減らしたいって算段だろう。
実際に僕は彼女以外のクラスメイトとはそれなりに上手くやっているし、それは彼女にとってあまり気分が良くないはずだ。
プロゲーマーとして自分がやっていけている要因は、多分色々ある。
人より優れた反射神経や勝負所での度胸。
でもそんな物は、他のプロだって当然持っている。
自分の強みを一つ挙げるなら、それは耳の良さだろう。
足音、息遣い、声色、話す時の間。
そういった要素は時に言葉その物よりも、人の想いや感情を僕に教えてくれる。さっきの綾紬さんや酒寄さんのように。
早い話が空気読みの究極版みたいな物かもしれない。
ツクヨミ内でもリアルに感じられるそれは、自分の読み合いの強さに一役買っている。
格ゲーに限らず対戦要素のあるゲームなんて極論を言えば、相手の嫌な事を押し付けて自分のしたい事を通せば勝てる訳だ。
兎にも角にもその自慢の耳が、あの日最後にきぐるみから発された声を聞いた時。
どうにも聞き覚えがある、と首をひねって数日。
ある可能性に思い至った。
────いろPは酒寄彩葉ではないか、と。
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日課とも言えるSETSUNAのランクを終え、軽く雑談して配信を閉じる。
最上位帯ともなるとそう連戦連勝とはいかない。
とはいえ、これで飯を食っている訳だから負け越す訳にもいかない。
どれだけ調子が悪くても勝率5割を割る事はないし、ノッている日は7,8割出る。
プロゲーマー、と言っても僕はチームに所属している訳ではなかった。故に世間が思っているほど儲かっているという事もない。
そもそも企業が単なる個人に出してくれる金なんて、月に数万円程度だ。それでも本当に助かっている。
そしてそれ以上に、企業がバックにいるプロゲーマーという肩書きには価値がある。
事実スポンサード契約を結んでから配信の視聴者数は増えたし、時折コーチングの依頼もあった。
自分のプレイスタイルがかなり属人性が高いという事は理解しているから、ほとんど受ける事はないけれど。
そんな訳でメインは配信の広告やファンから頂く
まあそもそも学生の本分は勉強だから、副業みたいなもんか。
配信を切った後、そのままツクヨミの中を一人でぼんやりと散歩する事にした。
SETSUNAを抜きにしても、このツクヨミという仮想世界が好きだ。
自分であって、自分ではない何かになれる。
味覚や嗅覚が実装されていなくてつくづく良かったといつも思う、そうなればずっと入り浸ってしまいそうだから。
「お〜可愛いにゃんねえ、にゃんにゃん」
「何してんの、気持ち悪い声出して」
足元に擦り寄ってくる電子の猫と戯れている僕に、辛辣な口調で声を掛けてきたのは、地雷メイド風の衣装に身を包んだ少女……ではなく。
プロゲーマーグループ『Black onyX』の最年少、乃依だった。
「なんだ、乃依か。久しぶりじゃん」
「こんな所で1人猫と戯れてるとか、寂し過ぎない? かわいそ」
Black onyXの主戦場は
そもそもファン数1000万人超えの彼らと自分を比較するのも烏滸がましい。ジャンルを問わなければプロゲーマーなんてツクヨミの中には山ほどいる。
ただプロとしての緩い横の繋がりも勿論ある。
その中の一人が乃依だった。
僕が17、彼が16と歳が近い事もあって、お互いずけずけと物を言い合える貴重な仲だ。もっとも彼に関しては、割と誰に対してもそんな感じではあるが。
「リアルじゃ猫アレルギーでも、ここなら撫で放題吸い放題だからさ」
抱き上げていた猫を放して、乃依に顔を向ける。
「ヤチヨカップ順調そうで何より、下馬評通りって感じじゃん」
新規ファン獲得数という古参や大手であればあるほど不利にも思える条件の中で、彼らは下位に圧倒的な差を付けて独走していた。
「応援ありがと、毎回無言で赤ふじゅ〜投げてくるの怖いから止めたら?」
そうファンサをきゅるんとキメてみせる乃依に白けた目を向ける。
「言っとくけど僕は帝さん単推しだからな。その辺勘違いすんなよ」
「そんなに好きなら紹介してあげよっか? お互いプロゲーマーなんだしコラボ配信くらいいけるでしょ」
そう乃依が軽く言うものだから、慌てて首を振る。
「あー無理無理、認知されたくない。されたくないというか、僕はまだそのレベルに達してない」
「SETSUNA世界8位で達してないなら俺達のリスナー、全員認知してもらえないけど」
呆れたようにそう言う乃依へ、負けじと言い返す。
「お前さあ、別にゲームが上手くたって何も偉くないんだぜ。僕はまだ帝さんとお話したり一緒に何かやれるほど、人間ができてないの」
少なくともリスナーからカス呼ばわりされなくなるくらいには徳を積まなければならないだろう。
「別に帝も、そんな大した人間じゃないけどね」
「あ、やんのか?」
「俺、帝のグループメンバーだけど?」
勝ち誇った顔でそれを言われると、もう無理な訳で。
「……マジでズルいよそれ〜〜〜」
頭を抱えて座り込む僕に「そんな事どうでもいいからさ」と、乃依は空中にウィンドウを開いてみせた。
『第2回かぐや争奪戦』と銘打たれた配信の中で、鎧武者風の男へ大立ち回りを見せる黒子の姿がある。
「これ、桃でしょ?」
そう言う乃依の口を慌てて塞ごうとするが、ひらりと躱された。
「ちょ、お前声がデカいよ……やっぱ分かる?」
「式神使いでここまで動ける奴、他にぱっと思い付かないし」
直球で褒められるとちょっと照れるが、こんなに早く身バレしているのは良くない。やっぱり完封にこだわって猩々を切るべきじゃなかった。
「内緒な。別に規約的には悪い事してる訳じゃないけど晒しと紙一重だし、スポンサーの心象あんまり良くないんだよ」
「見る人が見れば一発だと思うけどね。っていうかそんなに気にするならやらなきゃいいじゃん」
もごもごと言い訳めいて口を動かす僕に「まあ、それもどうでもいいけど」と言い放って乃依は話を続けた。
「帝、最近このかぐや姫にご執心なんだよね」
「……マジで?」
少し拗ねたような口調から大マジだという事が分かる。
「何か関わりあったりする? 桃が自分から人に絡んでくのって珍しいじゃん」
「いや、何も。本当にたまたま目についただけだから、新規に優しくしないとSETSUNAも廃れちゃうしさ」
嘘ではない。
実際最初はいろPが酒寄さんかも、なんて思いもしなかったし。
「あっそ。せっかく会ったし、SENGOKUでもやる? 2人分かれて、野良マッチング募ってさ」
誰がやるか、専門のプロゲーマーにIGLされたら僕みたいなフィジカルだけの奴なんてボコボコだ。
「やらない、僕は負け戦はしない主義だから。SETSUNAならやってもいいけど」
「やる訳ないじゃん、俺だって負けイベはごめんだね」
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ツクヨミからログアウトした後、改めて『かぐやいろPチャンネル』の動画をいくつか見てみる。
本当に節操がないというか、楽しそうな事は何でもやるというスタンスなのか。リアルもツクヨミも関係なしに、食レポからゲーム配信に歌ってみた踊ってみたとやりたい放題だった。
「帝さんはこういうタイプがお気に入り、と。まあ確かに派手好きというか、面白そうな物に興味示しがちだもんな」
もしくはシンプルにこういう感じの女性が好みとか?
うーん、うーん。
そういう解釈もありだな。
「っつーか、これ……コラボしてんの"
カップラーメンにお湯を入れて待つ、その数分間が好きだった。
目まぐるしい速度で過ぎていく日々の中で、本当に何でもない一時を噛み締めるように目を閉じた。
今の生活はそれなりに充実している。ただ、ずっと渇いている。
その渇きがどうやったら満たされるのかは分からない。
PCにメッセージが届いた事を伝える通知音に、目を開けた。
「……マジで?」
それは、いろPからだった。