距離があるほど強くなる弓使い、拾った壁役人形が強くて全部持ってかれそう 作:誰でも愉快なハメハメハ
「いいか、ノア。今日は俺たち二人で挑む最初の魔物討伐だ。これで俺の評価は一変する! あいつらに目にもの見せるために、気合入れていくぞ!」
「はい、マスター。マスターが役に立たないことを、この私が証明してみせましょう」
「話し聞いてた? 喧嘩なら買うぞ?」
ドランザ王国。
大陸の東部に位置するこの王国は、北部はトラジェイド帝国、西部はマリア王国と接しており、南部は海が、東には危険な魔物が多数生息する広大な森が存在する。
また、ダンジョンと呼ばれる古代遺跡も多数存在するこの国は、多くの冒険者が活動するにはちょうど良い国でもあった。
そんなドランザ王国の東部辺境の街、《アギトラ》を出発し、ここ《黒の森》へとやってきた男女二名の冒険者がいた。
いや、正確に言えば……弓を背負った男の冒険者と、その男を「マスター」と呼ぶ拘束具付きのクラシカルなメイド服に身を包んだ少女が一人、というのが正しいだろう。
少女の言葉に、冒険者の男は目尻をピクピクさせて拳を握りしめる。
だがしかし、メアと呼ばれたメイド服の少女は、男を一瞥してから「ふっ」と小さく笑みを浮かべた。
「マスターが私に勝てるとでも? ここまで出てきた魔物の露払いをしたのは誰だと思っているのですか? できないことは口にしない方が賢明だと思いますが……まさかマスター、どこかで頭でも打って……!?」
「心配してるようでバカにするのをやめてくれますかねぇ!?」
「お気づきになられましたか。さすが私のマスターです」
「上辺だけ取り繕ったように言いやがってぇ……!」
心配そうなそぶりから一転して、スンッといつもの真顔に戻るメア。その様子に、男はわなわなと肩を震わせると、言い聞かせるようにズビシとメアに向けて指を突きつけた。
「いいか!? よく聞けよメア!!」
「人を指差してはいけません。ご両親に教わらなかったのですか?」
「あ、はい。……そうじゃねぇよ!? そもそもお前は人じゃねぇだろうが!!」
「まあ酷い! マスターは私を人間扱い――」
茂みが揺れる。
ヨヨヨ、と目尻に涙を浮かべる真似をしていたメアに飛びかかったのは、一匹の猿に似た魔物だった。
ブラックエイプと呼ばれるその魔物は、フォレストエイプという魔物が《黒の森》という厳しい環境に適応した強化種である。
並みの冒険者では討伐も困難と言われる強力な魔物。ましてこの距離まで近寄られてしまえば、メアがマスターと呼ぶ男にも対処はできない。
その存在に気付いた男は、「メア!」とメイド服の少女の名を呼ぼうとし……
そして次の瞬間には、襲い掛かってきたはずのブラックエイプが轟音とともに殴り飛ばされていた。
いくつかの木々と、殴り飛ばされたブラックエイプの骨が折れる音が森に響き渡る。
「ふぅ」
一息つくとともに、メアはゆっくりと拳を引っ込めるのだが、その腕にはおおよそ人間が身に着けるものではないだろう、メカメカしく巨大なガントレットが装着されていた。
ガッションガッション、という音を立てながらガントレットが変形し、メアの腕の中へと格納されていく。
「――人間扱いしてくれないというのですか!」
「今のを見てできるわけないだろうが!? あんなでっかいガントレットを腕の中に格納する機能、人にあってたまるかよ!!」
「マスターが人として劣っているだけでは? 今の人間のトレンドですよ? たぶん」
「あってたまるかそんなトレンド」
もういい行くぞ、と男は歩き出せば、何も言わずにメアも男の後に続いた。
こうしていれば、主に従順なメイドに見えるのになぁ……と男は内心でため息を吐きながらチラリと視線を向ける。
銀髪のロングヘアを後ろで一つに結った、髪と同じ色をした瞳。どこかの職人が作ったと言われても納得するほどの美がそこにはあった。
「視姦ですか?」
「俺、お前の主なんだよな?」
視線を送っただけだというのに、あまりにもあんまりな言動。口を開かず、遠目から見るだけだったのなら、きっと惚れていたに違いない。
そう思えるだけに、その中身を知ればため息もつきたくなるというもの。
はぁ、と今度は口に出してくるりとメアの方へと振り返った。
「一応確認だ、メア。今回の討伐依頼、お前の役割はなんだ?」
心配になり、わかってるよな? と確認を取る。
出発直前に口が酸っぱくなるほど言いきかせたつもりだが、ここまでの言動を考えると本当にわかっているのかが怪しくなってくる。
あるいは、わかっていてもわざととぼけるかもしれない。
だがそんな男の言葉に対して、メアは呆れた目を向けた。
「討伐対象の足止めですね。確認を取らずともちゃんと覚えてますよ。私はできるメイドですので」
「……言いたいことはあるが、覚えているならいい。本当に頼むぞ? 今日こそ俺を馬鹿にしてたやつらを見返すんだ」
「それでドラゴンの討伐とは、マスターもまた思い切ったことをしますね。それもギルドに黙ってとなれば、何かしらのペナルティがあってもおかしくないのでは?」
「仕方ないだろ、俺の冒険者としてのランクは下から二つ目の六等級。どうやっても、ドラゴン関係の依頼なんか受けさせてもらえねぇんだ。なに、討伐さえすれば問題はねぇよ。その手段も勝算も、俺にはある」
任せろ、と男は自信満々に言ってのけた。
そこいらの自身の実力を誤認し、下手に強大な魔物にちょっかいをかけて自滅するような愚か者ではないと。
ギルドにも街にも、一切の被害を出さない自信があるからこそ、男はここに来たのだと。
ククッ、と男は笑う。
ここ最近、《黒の森》で目撃されたドラゴン。
魔物の中でも特に危険とされるドラゴン種が相手だ。男がギルドで話を聞いた際、その場にいた他の冒険者たちはまるで災害が過ぎていくのを待つように、皆が皆大人しくしていた。
だからこそ、この男は「これだ!」と意気込んだ。
「見てろよぉ……! 俺を役立たずの弓使いなんて評価した奴らめ! 今日この日をもって、俺は
普段から「当たらない弓使い」と役立たずの認定を受けている彼であったが、今の彼には頼りになる壁役ができたのだ。
口は悪いけど。
壁役になる仲間さえいれば、己のスキルでドラゴンさえ射抜ける自信があった。
実績こそが、彼の求めるものである。
だからこそ、彼はドラゴンを討伐するつもりで《黒の森》へとやってきたのだ。
その首をもって凱旋すれば、誰もが男を認めることになるだろう。
「しかしマスター。何故そうまでして評価を求めるのですか?」
「おん? なんでって……」
「すでにこの完璧美少女メイド、《自律機巧【強襲】》である私がいるのですよ? これ以上は分不相応に決まってます」
「言い切らないでもらえます?」
キラキラとしたエフェクトを放つメアに、男は眉をひそめて吐き捨てた。
「いいかメア。お前がすごくても、それはお前の評価であって俺じゃない。つまり、いくらお前が活躍しようが、俺のすごさは広まらないわけだ」
それじゃあ意味がない、と男は続ける。
「俺が評価を求める理由、それは「メアとの二人きりの生活」だ! ……声マネして被せてくるんじゃねぇよ!?」
「もう、マスターったら大胆ですね。そんなに私にいじめられたいと?」
「言ってねぇよ!? 金と名声の二つだよ!?」
クスクス、とわざわざ口に出して笑うメア。
これではメアのペースだと男は自身に言い聞かせて落ち着きを取り戻す。
「でもそれが目的なら、なおさら私だけで良いのでは? 私が魔物を倒せば懐も潤いますし、私の主であるマスターの評判もうなぎ上りになること間違いなしです」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ、メア」
改めて問うメアの言葉に、男は「わかっていない」と首を横に振る。
何がわかっていないのかとメアは不思議そうに首を傾けるのだが、続けて男の口から飛び出した言葉に、ピシッと表情を強張らせた。
「だって、それじゃあ俺がモテないだろ?」
「……無理では?」
「まあ聞けって。金があって実力もある。そんな冒険者がモテないと思うか? いや、そんなわけがない! このドラゴン討伐を成し遂げた暁には、きっと俺はロモンさえ超えて街一番のモテ男になるだろうさ!」
今まで街で見かけたあの娘やその娘も、きっと俺を好意の目で見てくれることだろう。
前世の世界ならまだしも、この世界は強さがものを言うのだ。ドラゴン討伐なんてすれば、必ず俺はモテるはず!
「ガッハッハ! 俺の未来は明るいぜぇ~!」
「そうなったらいいですね」
高笑いする男と、その男の隣で佇むメイド。
そんな二人の頭上を、巨大な何かが通過した。
バッと二人が見上げれば、今まさに彼らを無視して飛び去って行くドラゴンの姿。
これから己の手柄となる獲物が現れたことで、男は待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべた。
「こりゃツイてるなあおい! メア! あいつを落として足止め頼んだ! ドラゴンの鱗を射抜くなら、最低でも五キロは離れる必要がある。俺が位置に着くまでの時間稼ぎを任せ――」
ダンッ、と。
その場に音だけを残してメアの姿が消えた。
突然の出来事に、「え」という言葉が口から漏れ出た男は、彼女が向かって先へ反射的に目を向けていた。
頭上を飛ぶドラゴンの頭上。
ドラゴンに向かって落下しながら、メアは拳を構えて構えていた。
「《
腰だめになった拳から、ガシャンッ! と展開された機械。
それが拳から腕までを覆ったことで、彼女の細腕は巨大な腕へと変貌した。
「死ね」
振るわれた拳が、空を飛ぶドラゴンの顔面を捉える。
たったそれだけで、ドラゴンは空から地面へと叩き落とされた。
森に轟音が響き、大規模な砂煙が巻き上がる。
突然の出来事に森は騒然とし、その光景を見ていた男は再び、「……え?」と目を見開いて間抜けな声を零した。
チラ、とメアの視線が男に向けられる中、彼女は「残念でした」と小さく笑ってみせる。
「……あれ、俺の出番は?」
そんなものはない。
これは、モテたいがために金と名声を求める冒険者フィンが、彼をマスターと呼ぶメイドの少女……もとい、古代遺跡にてフィンが発見した《自律機巧【強襲】》ことメアに振り回されるお話である。
もしかしたら、世界を救う……こともあるのかもしれない。