「「東堂葵」」ちゃんが旧家の超絶儚げ美少女じゃないわけないだろ??   作:ふかみ

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葵の花言葉は「気高く威厳に満ちた愛」

 ──可愛いものが、好きだ。

 やわらかく、かわいらしく、いとおしい響きを持つものが。

 好きだから、大事にしたい。大事なものを守りたい。

 

 在田千尋(あるた ちひろ)の行動原理はそれに尽きる。

 

 だからこそ彼女は、世が世なら何もかもを思い通りにできる己のちからを、それでも「善」のために使うと決めていた。

 

 

 ────────────―

 

 

 初夏の陽光が白く降り注ぐ、東京都立呪術高等専門学校。

 校舎二階の教室、開け放たれた窓から何の気なしに外を眺めていた虎杖悠仁が声を上げた。

 

「……ん? 誰か来た」

「先生、じゃなさそうね」

 

 釘崎野薔薇が隣に並び、目を細める。

 校庭を歩む影がひとつ。

 ぴんと背筋を伸ばし、黒いスーツを着こなしたショートカットの麗人だ。

 初夏の光の中を歩くその姿は凛としていて清廉で、どこか浮世離れしている。

 

「お、在田(あるた)だ。珍しいね。あれが東京にいるなんて」

 

 それまで暇そうに教卓に腰掛けていた五条悟が、ふたりの間から顔をのぞかせて校庭を見下ろす。

 

「あるた?」

 

「在田一級術師。ちょうどいい、紹介しとこうか」

 

 五条は窓から身を乗り出し校庭に向かって大きく手を振った。

 

「──おーい、在田ぁ!」

 

 呼び声に、女はゆっくりと首を巡らせた。

 その動きに合わせて、青みがかった黒髪が肩口で揺れる。

 声の主に気が付くと彼女はまぶしそうに少し目をすがめて、ふっと表情をゆるめた。

 

「五条せんせーい! ご無沙汰でーす!」

 

 返ってきたのはよく通る屈託のない声だった。

 涼やかなたたずまいに反して、本当になんのてらいもない明るい響きだ。

 ぶんぶんと元気よく手を振り返しながら、彼女は校舎の下まで歩いてくる。

 

「上がってきなよー」

 

 五条が窓の外に声を落とすと、在田と呼ばれた女は肩をすくめてへにゃりと笑った。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 

 

 ────────────―

 

 

 

 やがて廊下から、規則正しい足音が近づく。

 ほどなくして開いた扉から顔を出したのは、先ほど校庭にいた女だった。

 

「南の方にいるって聞いてたけど、やっと上京かい?」

「あはは、まあ上からのお呼び出しで……」

 

 年のころは20代前半、くらいだろうか。照れたように頬をかく姿はどこかいとけない。

 五条はくい、と生徒たちを手で示した。

 

「こっちは悠仁、それから野薔薇。ウチの一年生だよ」

「ああ! 在田千尋(あるた ちひろ)です。よろしくね」

 

 在田千尋はその整った顔にぺかりと屈託のない笑みを浮かべた。

 すっきりした目元に、少し困ったような眉。黒い瞳には悪戯っぽい光が瞬いている。

 遠くから眺めるのと近くで顔を合わせるのとで、ずいぶん印象が違って見える人だ。

 もっと言うなら、動いていないときと動いているときとのギャップがすごい。

 

「一年ってことは……」

 

 そんな在田の視線が、何かを探すように泳ぐ。

 そして、虎杖と釘崎の影に隠れるように息をひそめていた伏黒恵の上で止まった。

 

「ああいたいた! 久しぶりだね、()()()()()!」

「「めぐちゃん……??」」

 

 めぐ、という言葉を名前に含む人間はこの場に一人しかいなかった。

 けれど、伏黒恵という不愛想な少年とそのかわいらしい呼び名とがどうしても結びつかない。

 虎杖と釘崎の思考が瞬間、停止する。

 ふたりの動揺もなんのその。

 在田は伏黒にすたすたと近づくと、嬉しそうに手を取った。

 

「今日も可愛いね。元気にしてた?」

「………………大丈夫デス。お気になさらず」

 

 伏黒は一拍以上たっぷり置いて、絞り出すように答えた。

 その黒い瞳には色濃い諦めが滲み、光を失っている。

 なんというか、死んだ魚のそれよりもひどい。こんなに目に生気のない伏黒を虎杖も釘崎も見たことがなかった。

 

「そう? お姉さんはそういうめぐちゃんの慎み深いところ、とっても素敵だと思うけど、行き過ぎるとよくないよ? 五条先生にいじめられてない? ちゃんとご飯食べてる? 心配だなぁ、ダイエットとかしてない?」

 

 矢継ぎ早の言葉に、伏黒の目はさらに死に、釘崎は首をかしげた。

 これ、はなんというか、年頃の男子高校生にかけるにしてはやや行き過ぎたもののような。

 

「ああ! 津美紀ちゃんにも会いたいなぁ~。ねぇねぇ、今度おそろいのパジャマとか送っていい? この前ね、ツイッターで──」

 

 そのとき。

 

「──在田。いつまで油売ってるんですか」

 

 冷ややかで低い声が教室に落ちる。

 いつの間に近づいていたのか、在田の背後にはスーツ姿の男が立っていた。

 

「アッ七海サン」

「お、ナナミン」

 

 虎杖の無邪気な挨拶を他所に、在田は「見つかっちゃった」と言わんばかりにへにゃりと眉を下げてみせる。

 

「すみません。つい、ちょっと、可愛い子たちを見つけたもので……」

 

 言い訳(命乞い)を吐き出しつつ、在田はふと首をかしげた。

 なんだか聞き捨てならないキーワードが聞こえた気がしたのだ。確か──。

 

「ナナミン? ずいぶんと可愛い名前ですね……?」

 

 その能天気なつぶやきを聞きとがめて、七海の眉間に深い深い皺が寄った。

 

「名字ですよ。あなた、私のフルネーム知っているでしょう」

「……ああ」

 

 少し考えてから、千尋は記憶の中の名前をなぞる。そうだ。この人の名前はぜんぜんかわいくないのだ。

 

「七海……、七海建人」

「そうです。行きますよ、夜蛾校長がお待ちです」

「えー、でもまだ野薔薇さんともお話ししてな──」

 

 在田は名残惜しそうに一年生たちを見つめる。その熱視線は主に伏黒と、それから釘崎に向けられていた。

 視線の先に気づくや否や、七海は容赦なく千尋の背広の襟ぐりを掴む。

 これを野放しにしているのはよくない。主に治安維持の観点で。

 

 

「ほら、早く」

「アッ殺生な~──めぐちゃん、津美紀ちゃんによろしくね!! 野薔薇さん今度ゆっくりお話ししようね……!!!!!」

 

 七海に引きずられながら、その声は遠ざかっていった。

 嵐の過ぎ去った教室にしばらく沈黙が落ちる。

 

「……なんだったんだ?」

 

 虎杖が呟く。

 

「さぁ? あんた心当たりあるの? めぐちゃん」

 

「それ、やめろ」

 

「まあまあ。あれは昔からああなんだよ」

 

 釘崎の茶化しをいなしつつ、五条が肩をすくめた。

 

「いいかい、悠仁、野薔薇。あれに自分から名乗っちゃだめだからね」

 

「え?」

 

「在田千尋。あれはさ──」

 

 五条悟は指を一本立てる。そして、その指で自身の頭をとんとん、と指して見せた。

 

「名前を知った相手の認識を操作できるんだ」

「認識……?」

 

 釘崎が眉をひそめる。

 催眠術、のようなことだろうか?

 生徒の頭に浮かんが?マークを払しょくするべく、五条は使いかけのチョークをつまんだ。

 黄色のそれはもう小指の先ほどしか残っていない。

 

「例えば、このチョーク。在田が相手に、()()()()()()()()()()、と思わせたら。その人にとっては、”これ”はもうハンバーガーなんだ」

「……は?」

「匂いも、温度も、手触りも。バンズの柔らかさも、あふれる肉汁も全部、ぜんぶ本物と同じように感じる。だから──」

 

 そこで一度、言葉を区切り五条は心底おもしろそうに続ける。

 

「そいつはおいしく食えるよ。チョークでもね。そうやって、チョークをハンバーガーに、武器をおもちゃに、昼を夜に塗り替える。ああ。もし、周りは深海だ、なんて思わせたら──そいつは、()()()()()()()ってわけ」

 

 かんかん、と小さなチョークを使い切るように黒板に文字が刻まれていく。

 ──真名掌握(しんめいしょうあく)

 

「あれの術式だよ。まさに”呪術”って感じだろ?」

「……だから、名乗るなってこと?」

「そ。自分から名乗ったら、ゲームオーバー」

 

 釘崎の問いに、野薔薇、100点~。と返して、五条は手をはたいた。チョークの粉なんかで汚れるわけのない掌を大袈裟に。

 その説明に虎杖が首をかしげた。

 五条の説明の通りなら、文字通りなんだってできそうな術式だ。

 

「そんなヤバい術式なのに、なんで一級なんすか?」

「あー、あれね。僕とか憂太には通らないし、わりとわかりやすい弱点があるんだよね」

「弱点?」

 

 生徒の純粋な疑問を聞きながら、五条は廊下の向こうを見やる。

 つい先ほど立ち去った、七海と在田の影を追うように。

 

 

 

 

「珍しいですね、あなたが九州から出てくるとは」

「いや~向こうはもうたいぶ落ち着かせたので」

 

 在田は得意げにほほ笑み、一転して肩を落とした。

 

「なのに京都に帰してもらえないなんてひどい話じゃありません? 庵先生にも会えないしぃ」

 

 形のいい唇をさみしそうに尖らせて、心底残念そうに続ける。

 

「何より私、まだ後輩とまともに顔合わせたことないんですよ!? 一人も!! 誰一人として!!!」

 

 

 

 

 

 五条は笑う。在田千尋という、()()()()()()()()()()()()女の、まったく笑えない弱点を思い出して。

 

「そそ。だからあれはしばらく京都に帰れないんだよ」

「へ?」

 

 それまで黙っていた伏黒が口を開いた。

 

「……天与呪縛なんだ。千尋さんは」

 

 言い淀むように少し間を開けて、ため息と共に言葉を吐き出す。

 それは、まさしく彼女の術式の被害者の声だった。

 

「あの人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「は?」

「そ。だから、あれの世界では恵はダウナー系美少女なんだよね」

「あ!それでめぐちゃんなわけ?」

「うっせ」

 

 釘崎の指摘に伏黒は顔をしかめた。

 昔、まだいたいけな小学生だった伏黒少年は、やや危機感が足りなかったのだ。

 姉と同じくらいの年の少女だからといって、呪術師なんてものに何の危機感もなく名乗ってしまうくらいには。

 そうして、そのときのツケをもう数年以上払わされていた。

 ここ何年かでも指折りの後悔だった。

 五条はまた口を閉ざした伏黒の言葉の端を受け取ってさらりと続ける。

 

「問題はさ──その“可愛い名前の人間”が、実際は全然可愛くなかったときだ」

 

 どうなると思う? 五条の問いかけに釘崎と虎杖は首をかしげた。

 実際と想像が違ったとき、果たして人はどうなるだろう。

 

「そりゃ、びっくりするだろうけど……」

「そうね。ショックを受ける、とか?」

「うーん、ふたりとも不正解。正解は──脳がね、視覚情報(現実)術式情報(認識)の矛盾に耐えきれなくなってオーバーヒートを起こす。平たく言えば、ま、()()()()()()

「「はぁ!?」」

 

 

 

────────────―

 

 

 

 

「は~~~あ」

 

 廊下の先で、在田千尋は窓の外を、晴れ渡る空を見上げていた。

 夏を前にして空は少しずつ青の深みを増している。

 在田はその向こう、まだ見ぬ後輩たちの姿に思いをはせてため息をついた。

 

「会ってみたいな。東堂葵ちゃん……」

 

 葵。

 梅雨のころに咲く、瀟洒な花だ。

 京都にちなむなら、源氏物語でも格別の姫君──葵の上と同じ名前とも言える。

 その花は在田の実家の近所にもよく咲いていた。

 町内でも随一の、美人で優しいお姉さんが住んでいる家だった。

 だから、在田千尋にとって、葵はいちばん綺麗な花の名前なのだ。

 

「きっと古都京都らしい、由緒正しい旧家の儚げ美少女なんだろうな……」

 

 そのぼやきは、七海に聞き流されて蒼天へと消える。

 

 実を言うと。

 在田千尋はすでに一度、“東堂葵”と出会っている。

 

 その男が名乗った瞬間、

 己の脳髄が焼き切れたということも含めて。

 

 ただ──

 すべて忘れてしまっているだけで。

 








たまたまその場に硝子さんがいなかったら死んでいた



在田千尋(あるた ちひろ)
一般家庭出の呪術師
もともとは関西を中心に活動し呪術高専京都校に在籍していたが、ここ数年は京都から離れて九州や沖縄を拠点としている
させられている

術式:真名掌握
名前を知ることをトリガーとして自他の認識を操作する術式
名前を知る<名乗らせるの順に魂への干渉レベルが違う

真名という古く普遍的な概念にまつわるため「呪術っぽくて」上層部受けがよく、しかもなんでもござれないい術式
相手が名前を教えてくれなくっても自分の名前で自分の認識を改変、強化して戦えるのも強い
秤と比較して東の問題児・西の優等生と呼ばれていたが……

ちなみに宿儺とめちゃくちゃに相性が悪い
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