無能呼ばわりされているクラスの地味な男子がこの町を守っていることを僕だけが知っている 作:匿名希望
――そして今、見知らぬ男は僕の部屋で大人しく豚汁を食べている。
「何これ、めっちゃウマ」
「そりゃどうも」
はぐはぐと無邪気な表情で一心不乱に豚汁を掻き込む姿は、見た目よりも幼く見えた。箸の持ち方が少し変わっているのが、いっそう子どもっぽい。
僕は常備している冷たい麦茶を持ってきて座卓の対面に座り、動いている男の姿を改めて観察した。
肩を貸した時には骨と皮しかなさそうな軽さで、いよいよ体調が心配になったものの、食いっぷりは僕よりよっぽど良い。
「おかわり!」
器を元気に突き出したが、既に豚汁を二杯、おにぎりを一個平らげている。
「ダメ! 残りは僕の朝食! 後は帰って自分ちで食え!」
「ええー!」
不満の声を無視して、器と箸を取り上げた。今回はたまたま作りすぎた豚汁と、レイコさんから多めに貰ったおにぎりがあったから食わせてやっただけで、普段なら他人に施しを与えられるような裕福な暮らしはしていない。
「名前も知らない行き倒れの男に食わせてやっただけでもありがたく思えよ」
「……名前?」
そう聞いた途端、男はきょとんとした顔で、赤い目をぱちぱちと瞬かせる。
「え、知らずに食わせてくれたの?」
「知るわけないじゃん。ゴミ置き場で寝てる奴の名前なんか」
自分の足で帰れなそうなふらつき具合だったから、仕方なく家に入れてやっただけだ。
それから、もしや有名人なのかと今になって怖じ気づいた。言われてみれば、人気の配信者みたいな派手な外見をしている。
すると男はふむ、と何か考えている様子で視線を床に落とし、
「ちょっと待って。えーと……」
スウェットパンツのポケットからおもむろにスマートフォンを取り出すと、白い髪を雑に掻きながら操作した。すぐに、ウェブページが映った画面を見せてくる。
「俺、これ。知らない?」
「何? ……【
記事の見出しを読み上げる。
【庭】は、浮草市と連携して異能の研究を行っている専門機関だ。市内の異能者はを管理していると言っても過言ではなく、彼らによる犯罪を取り締まるのも【庭】の業務の一つだということは、浮草市民なら誰でも知っていることだった。
さっきから異能者警報を送ってくるのも、市民のスマートフォンに入れることが半義務化されている【庭】のニュースアプリだ。
「もっと下見て」
男に言われるままに画面をスワイプすると、画像が添付されていた。【特級守護者】と注釈が振られた画像には、白髪の男が写っていた。
「ほら、俺」
「ええ……?」
自分の顔を差す指の動きにつられて、もう一度大食い男の顔を見る。
冷徹で仕事ができそうな表情と腑抜けた眠そうな表情という違いはあるが、確かに同じ顔をしていた。
「さすがに、浮草市に住んでて
「お帰りください!」
やはり警察でも何でも呼んでおくべきだったと、僕は今更後悔した。
「器半分でもいいからあ」
なおも粘ろうとする自称特級守護者をどうやって追い出そうかと考えていると、不意に男のスマートフォンから音が鳴った。警報音に近い、何とも言えない不安になるブザー音だ。
「うっ!」
すると、それまで余裕そうだった男の顔が即座に凍り付き、そろりと電話に出た。
「もしも」
「オイコラクソエリート! サボってんじゃねーぞ早く来い! 十秒!」
「は!? 十秒は無理!」
スピーカーモードでもないのに、僕の元まで貫通する男性の怒鳴り声が聞こえ、一方的に切れた。男はスンとした顔で僕を見る。少し泣きそうにも見えた。
「くっそー、俺の豚汁が……」
「アンタのじゃない」
電話の相手は相当恐ろしい人物のようで、男は『パワハラだ』とか何とか不満を漏らしながらも立ち上がり、狭い部屋をとぼとぼと歩いて玄関に向かった。
「まあ、夕飯食わせてくれてありがと。マジで美味かった」
脱ぎ散らかされたサンダルを突っかけると、こちらを向いて深々と頭を下げながら手を合わせた。
「この借りは必ず! じゃあな、五十嵐」
「あ、うん……」
そして奇妙な白い髪の男は、最後にひらりと手を振って、まだ異能者警報が出ている外に飛び出していった。
外階段を降りるカンカンという足音が聞こえなくなったところでふと、僕の脳裏に疑問が浮かぶ。
「ん? 何で名前……」
名乗っていないし、表札も出していないのに、どうしてあいつは僕の名前を知っていたのだろうか。