無能呼ばわりされているクラスの地味な男子がこの町を守っていることを僕だけが知っている 作:匿名希望
一夜明け、僕は欠伸をかみ殺しながら通学路を歩いていた。ニュース記事によると、昨晩の異能者はあの後すぐに特級守護者の手によって捕まえられたらしい。
「本当にあいつがそうだったのかな……」
確かに見た目は似ていたが、未だに半信半疑だ。豚汁と炊き込みおにぎりが減っていなければ、出会ったことさえ夢だと思ったことだろう。
始業のチャイムが鳴り、担任が入ってきて出席を取る。
「――琴平。琴平?」
僕のすぐ前の席の持ち主を呼ぶが、そこには誰も座っていない。誰も、クラスメイトが一人足りないことを気にもしない。
「いませーん」
仕方なく、僕がかわりに返事をしてやる。
「またか……」
担任はため息をつき、出席簿にチェックをつけた。
不在だった男子、琴平ナギは二限目が終わった後にようやく現れた。
目深に被ったニット帽も、誰とも挨拶を交わさずのろのろと席に座ってすぐに突っ伏すところも、彼の通常営業だ。
「琴平ぁ。せめて帽子は外せー」
「ぁーい……」
これもいつものことなので、三限目の数学教師は怒りもせず、琴平もずるりとニット帽を外して寝続けた。
昼休みになり、僕は鞄からいそいそと本日の弁当を取り出す。もちろん主食はレイコさんのおにぎりだ。
「いただきます」
手を合わせ、誰に言うでもなく小さく呟いてから、綺麗な三角形のおにぎりのラップを剥がす。うだつの上がらない学校生活も、昼食に楽しみがあるだけでテンションが上がるというものだ。
「いいなあ。それも美味かったよなー」
一口齧ったところで、不意に正面から声を掛けられた。
「ん?」
声の主は、ようやく起きた琴平だった。椅子に横向きに座り、僕の方を向くその手には、ヤキソバパンを持っている。
「豚汁も美味かったけどさあ」
その言葉を聞いて、僕は二口目を食べかけた半開きの口のまま固まってしまった。
我がクラスの遅刻常習犯こと琴平ナギは、入学以来まともに喋ったことがないただのクラスメイトだ。
どうしてそいつの口から、昨日の自称特級守護者と同じ声がする。
「あんだよ。やっと気付いたかよ」
琴平はパンの袋を開け、見覚えのある大きな口でまふっとパンに食らいついた。
僕はその顔をもう一度まじまじと見て、思わず目頭を揉んだ。
「嘘。髪の色とか全然違うじゃん」
顔を近付け、声を落として抗議する。
今の琴平の髪色は、真っ黒と言って差し支えない。長い前髪で片目しか見えない目も、平均的な日本人より少し明るい程度の茶色だった。
「異能使うと、しばらくああなるんだよ。なんだ、それで俺だって気付かなかったわけね」
琴平の方も、にやにやしながら小声で返した。
「気付くわけないって。
浮草市における守護者といえば、異能犯罪を取り締まる【庭】の顔だ。
異能者の中でも治安維持に役立つ異能を持ち、尚且つ特殊な訓練を優秀な成績で収めた者だけがなれると言われるエリート職でもある。
異能者のイメージアップと地位向上を目指しているとかで、メディアへの露出はそれなりにあり、芸能活動のようなことをしている守護者は少なくない。
そのため、僕のような一般人からすると、自分には関係ない画面の向こうの人間という感覚だった。
「……しかもよりによって、特級とか」
ぼそりと付け加える。
一部の守護者はアイドル的な人気を誇っているが、中でもたった一人、最も優秀な守護者として認められた【特級守護者】の人気は群を抜いていた。
本名も経歴も一切不明。彼が守護者になってから、まだ一年も経っていない。しかし活動を開始した直後から、白髪赤目という人間離れした端麗な容姿に加え、プロフィールの全てが謎に包まれているというミステリアスさが熱狂的なファンを生み出した。
正体を暴こうとする輩が後を絶たなかったり、様々な権利を無視した営利目的の非公式グッズが蔓延ったりしたことから、【
写真と見比べるまで気付かなかった僕ですら、肩書きと噂は知っている、浮草市一の有名人。
それが目の前にいる地味なクラスメイトだなどと、誰が思うだろう。
「黙っといてね。誰にも言ってないから」
「はあ……」
ならばどうして僕には簡単に教えたのかと訝しんだ。
わからないことは他にもある。
「てか、琴平って『無能者』じゃなかったっけ?」
世界的に見れば異能者はまだマイノリティだが、この浮草市ではそう珍しくない。
何故なら【庭】が異能研究のために、市内に移住し研究に協力する異能者への生活費や学費補助を行っているからだ。
異能者の存在が公に認められるとともに設立されたその制度と、【庭】による熱心な勧誘活動のおかげで、日本にいる異能者の数十パーセントが浮草市に集まっているとまで言われるようになった。
インターネット上で移住申請ができることから、若者ほど身軽に移住してくるため、十代の若者に至っては七割近くが異能者となっている。
――そして、少数派は排除されたり差別されたりするのが常だ。
特に異能者は、元々市外で窮屈な暮らしを強いられていた経験を持つ者が多い。マジョリティとマイノリティが逆転した途端に、何の異能も持っていない者を下に見る者が多かった。
琴平ナギがクラスで影が薄いのも、そのせいだ。
しかし当の琴平は、ヤキソバパンの最後の一口を飲み込み、のんびりと頷く。
「いろいろ面倒だから、そういうことにしてるだけ」
隠していることによってクラスで不当な扱いを受けているにもかかわらず、全く気にする様子がない。今度はメロンパンを取り出した。
もしやこいつの昼食は菓子パンと惣菜パンだけなのかと、呆れると同時に少し心配になった。
そして、琴平が空腹で倒れていた昨日のことを改めて思い出す。
「その実力隠してる系男子が、なんで昨日はあんなところで寝てたわけ?」
特級守護者ともあろう者が、異能犯罪者を追っている最中に居眠りとは。しかもゴミ置き場で。
もし守護者を追っている配信者にでも見つかっていたら、今頃広告収入の足しにされていたところだ。
「よく覚えてないんだよなー。たぶん腹減りすぎて、あと眠くて、制御が効かなくなって落ちたんだと思うんだけど」
異能者が多いということは異能犯罪も多く、守護者は毎日のように出動している。
特に昨晩の犯人は派手に暴れており、先に対応していた守護者だけでは手に余った。
そこで自分にも要請が来たものの、連日の深夜業務で限界が来ていた身体がとうとう強制シャットダウンした、という感じのことを、琴平はたどたどしく説明した。
「はあ、なるほど……」
昼間ずっと寝ているのは、単に夜働いていて寝不足だからというわけだ。
「でさあ、見ず知らずの男を助けてくれる善良な浮草市民であるところの五十嵐に、ちょっと相談なんだけど」
琴平はにやりと笑う。
「何?」
僕は嫌な予感を覚えて身構えた。
「俺と仕事しない? サポート役として」
「はあ?」
遊びに誘うような琴平の軽いノリに思わず声が大きくなり、他のクラスメイトがちらりとこちらを見た。慌ててボリュームを落とし、またひそひそと訊ねる。
「何言ってんの? 仕事? サポート?」
「そのまんまの意味だよ。俺がスムーズに仕事できるように、手伝ってほしいわけ。もちろん給料も出る」
琴平は話しながらメロンパンを食べ終わると、炭酸飲料のボトルを空けた。
空きっ腹に炭水化物と糖分に次ぐ糖分。きっとこいつは午後も寝る。
「……本気で言ってる?」
「本気本気。いやさ、俺にサポートを付けようって話は前から出てたんだよ。でも当たり前だけど同僚も上司も全員年上でさあ。嫌じゃん、大人に見張られんのって」
「まあ、確かに?」
一人暮らしの解放感は、僕もよく知っている。その気持ちはわからないではないが、と一応は納得して頷く。
しかしもちろん、それだけでやりますとはならない。
「そもそも、何で僕?」
自慢ではないが、僕には知能的にも身体的にも、特筆して優れていると言えるようなことは何もない。胸を張って普通と言えるのが長所だとさえ思っていた。
つまり、浮草市民が選ぶ就職したい企業ナンバーワンとして知られる【庭】に、スカウトされるような素質があるわけがない。
更に言えば、ろくに話したこともなかったクラスメイトに昨日の今日であっさりと正体を明かし、協力させようとしてくる理由もわからない。
何か裏があると勘ぐるのは当然だった。
ところが、琴平はあっけらかんと言う。
「豚汁が美味かったから?」
「……」
きょとんと首を傾げるその表情は、冗談やお世辞で言っているようには見えなかった。
「まあ、ここで詳しい話するのはアレだ。今日の放課後空いてる?」
「一応……」
「じゃ、ウチで話そ。それが一番安全」
特級守護者の正体と言えば、機密の多い【庭】の中でもトップシークレットに触れる内容だ。教室という不特定多数に聞かれる可能性がある場所で話すわけにはいかない。
「わかった……」
僕だって、善良な浮草市民として、【庭】で仕事ができるとなれば全く興味がないわけではない。話を聞くくらいならと頷いた。
それが間違いだった。