無能呼ばわりされているクラスの地味な男子がこの町を守っていることを僕だけが知っている 作:匿名希望
まずは大量のゴミ袋をなんとかしなければならない。
このマンションのゴミ収集について聞くと、
「外出て左の突き当たりに、二十四時間いつでも出せるゴミ置き場があってえ」
階ごとに、プライバシーへの配慮と臭い対策がされた快適なゴミ置き場があるという。
「なんでそれで家の中に溜まるんだよ」
「持って行くのめんどくない?」
ものぐさここに極まれり。いくらこのマンションが広くても、コンビニに行くよりは近いはずなのにと、段々悲しさすら覚えてきた。
「……さすがにいきなりこの量持っていったら迷惑になるから、まず四つだ」
「四つ?」
「一人二つずつ」
両手に持って、琴平に差し出した。琴平は思い切り顔を歪めた。
「やらないなら僕は帰る。話は聞かない」
「うー」
この程度もできない相手と仕事なぞできるわけがない。頑なな態度を表すと、琴平は肩を落としながらもゴミ袋を受け取った。
一瞬ゴミ置き場まで往復しただけでもう既に疲れた顔をしている琴平は、部屋に帰ると速やかに巣に戻った。
「洗濯機どこ?」
次に僕は、そこら中に落ちている服を拾い上げ、その辺にあった大きめのダンボール箱をカゴがわりに回収する。
「あっち……」
琴平が弱々しく指さした扉を開けた。
「うっわ、ここも汚っ」
広い脱衣所は案の定グチャグチャで、洗濯機は積み上げられた服の地層に埋まっていた。
「ゴミ置き場で寝れるわけだ……」
むしろ、普段の環境に近くて安眠できたのではないかとすら思った。
「今までどうやって暮らしてきたんだよ……」
「ちょっと前まで週一で掃除しに来てくれる人がいたんだけど、なんか急に辞めちゃってえ」
片付けても片付けてもリセットされる、賽の河原の石積みのような状況に絶望したのではと、邪推せずにはいられなかった。
ひとまず一回目の洗濯機を稼働した後、テーブルの上や床に転がっている食べ殻と紙ゴミを新しいゴミ袋に詰め、脱衣所に入らない服を端に寄せ、ようやくリビングの床が見えるようになった頃、琴平が注文した出前のピザが届いた。
「一旦休憩して、食べよ食べよ」
「はあ……」
アンタはずっと休憩しているだろうがと思いつつ、疲れたのも確かだ。大人しく琴平の対面のソファーに――ここも僕が片付けた――腰を下ろした。
肉とチーズ中心のボリュームのあるピザに、琴平は嬉しそうに手をつける。三角形を端からくるくると巻いて、ピザというよりトルティーヤのような見た目になったものを頬張った。
「宅配ピザなんて、久々に食べた……」
僕は恐る恐る手に取り、三角の先端から齧る。
「マジで? 俺週一くらいで頼むのに」
伸びるチーズに苦戦しているうちに、数口で一切れを食べ終わった琴平が二切れ目を巻きながら驚いていた。
「高いじゃんピザって。守護者ってやっぱ稼げるんだ」
店頭で受け取れば半額なんてキャンペーンをやっていたりするくらいだから、ピザ屋自身も高いことはわかっているはずだ。それを週一で注文できるなんて、僕にとっては富豪以外の何者でもない。
「そうなんじゃない?」
それから、琴平はにやりと笑う。
「仕事、興味出た?」
「……」
そのしたり顔を見て、僕は返事に詰まった。サポートならもちろん、守護者ほどの賃金ではないだろうが、それでも今の節約生活から脱出できることは間違いない。
「……サポートって、そもそも何をすんの?」
一応話だけは聞いてやるという態度は崩さず、二枚目のピザに手を伸ばす。いつの間にか一枚目はなくなっていた。
「サポートはサポートよ。俺が健康的にスムーズに守護者の仕事ができるように、身の回りのことから仕事のことまで、俺ができないことを補助してもらう」
それを聞いて、部屋の惨状を目の当たりにしている僕は勘付いた。
「つまり、ハウスキーパー?」
中身がなくなったピザの箱を畳んでゴミ袋に仕舞い、既にやらされているがとそのゴミ袋を持ち上げて見せた。
「基本はそうなるかも!」
冗談で言ったわけではないというのに、琴平は面白そうに声を上げて笑う。
「他にもいろいろやってもらうことはあると思うけどさ。できないことはさせないよ」
そこで僕はふと気付く。
「【庭】ってことは、僕の異能についてもデータがあるでしょ? 琴平も見たの?」
「見た見た」
僕も、支援制度を使って一人暮らしをしている異能者の一人だ。定期的に健康診断のような検査を受け、【庭】にデータを提供しているため、本人よりも詳しいプロフィールが記録されている。
「じゃあわかると思うけど、僕のは大した異能じゃないんだよ。特級守護者のサポーターって言うなら、もっと強そうな異能を持ってた方が……」
異能者はどうしても、異能の良し悪し、有用性で相手を判断することが多い。特級の補佐をしているのにこの程度かと言われかねないのではと、どうしても断る理由を探してしまう。
しかし琴平は、また豚汁の時と同じきょとんとした顔で首を傾げた。
「強い異能だったら、守護者になった方がよくない?」
「……」
言われてみればそうだ、とうっかり納得してしまった。
「そういうんじゃなくてえ。単に俺が五十嵐にサポートしてほしいってだけなんだけどなあ」
「部屋の掃除してくれてメシが作れる奴が欲しいって言えよ……」
「じゃあそういうことでいい! どう、悪くないと思うんだけど?」
頼み込まれると弱い。こちとら、『お前でいい』は言われても『お前がいい』とは言われたことがない人生だというのに。
「……時給いくら」
「時給じゃなくて月給の固定給。細かいことはこれから決まるけど、少なくとも支援制度で貰える額よりは高い。もちろん今までの支援が打ち切られることもない」
琴平はここぞとばかりに畳みかける。最低でも月の収入が倍になる。僕は更に揺らいだ。
「ええと……。一旦、試用期間ってことで……」
意地だけで断るのは、あまりにも惜しかった。