ソシャゲの話が長すぎる長文三人衆がお茶会を開いたらどうなるか?   作:異常長文構築者

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セイア&ケルシー&キュレネの長いお茶会

 

 

 ───これは異なる宇宙の理が交錯し、因果の糸が奇跡的に絡まり合ったある午後の「果てしない」記録である。

 

 場所は時間軸の澱みから切り離されたかのような陽だまりの庭園。豪奢なホワイトウッドの卓上には、琥珀色の湯気を立てる極上のダージリンと、宝石のように並べられた色とりどりの茶菓子が供されていた。

 

 その優雅な席に着くのは────キヴォトスの元予言者・百合園セイア、ロドスの医者・ケルシー、そして時空を超えて愛を謳う・キュレネの三名である。

 

 この空間における情報の密度は、もはや常軌を逸していた。もしも通りがかりの一般人が不用意にこの会話を耳にしたとしたら、開始五分で脳の言語野が情報の飽和を起こして逃げ出すか、あるいはあまりに心地よい言葉の濁流に誘われて昏倒していただろう。

 

 これは「たった一言で済む内容」を、三者三様の「語彙力」という名の鈍器で殴り合う、優雅にして過酷な午後のひとときである。

 

 

 

 

 

     ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 

 午後の光がテーブルクロスに複雑な幾何学模様の影を落とす中、最初の議論が幕を開けた。

 

 早速キュレネは白磁の器に手を伸ばすと、銀のトングで摘み上げた角砂糖を掲げ、まるで失われた超古代の秘宝を鑑定するかのような瞳でうっとりと見つめながら語り始めた。

 

「ねえ、見て。この白くて小さな立方体……まるで砕け散った星の欠片みたいだと思わない? 紅茶という名の漆黒の宇宙にこの小さな光を落とす瞬間……それは破壊であり、新たな創造の始まりでもあるの。甘美な銀河が渦を巻いて、苦味という孤独を優しく抱きしめる……。ああ、想像するだけで胸が高鳴るわ。この一杯があたしの喉を通って魂を震わせる時、きっとそこには『愛』という名のさざ波が生まれるのね……♪」

 

 彼女の背後には、幻視さえも可能なほどの薔薇の幻影が咲き乱れている。物理的な糖分の投入を宇宙創成の神話になぞらえるその感性はまさに恋する乙女の独壇場であった。

 対する百合園セイアは、冷めた紅茶の液面を鏡のように覗き込み、カップの縁を指先で愛おしむようになぞる。静寂を破るように彼女はふぅと短く、しかし含みのある息を吐いた。

 

「ふむ。キュレネ、君のそのあらゆる事象をいちいち壮大な叙事詩(ポエム)に変換する感性は嫌いではないよ。だが『甘さ』を求めるという行為そのものについて、我々はもう少し慎重になるべきではないかな? 人はなぜ苦味の中に甘味を足そうとするのか。それは本能的な欲求なのか、それとも『お茶は甘くあるべき』という社会的刷り込み……バイアスによるものなのか。もしこの紅茶が本来持っている渋みこそが真実だとしたら、砂糖による緩和は現実からの逃避……あるいは加工された安寧に浸るための儀式と言えるかもしれないね。真実を知ることは痛みを伴う。だが、その痛みを砂糖で包み隠して飲み込むことが果たして幸福と定義できるのか……君はどう思う? 予知夢の中で見た破滅も……甘い夢なら受け入れられたのだろうか。いや、それは違う。結局のところ、私が言いたいのは選択の自由意志が存在するかというパラドックスについて……」

 

 セイアの哲学的な問いかけが宙を舞い、湯気と共に霧散していく。そんな二人に対しケルシーは呆れたように深いため息をついた。彼女の傍らには、背骨のような形状をした脊椎の召喚物『Mon3tr』が鎮座しており、彼女はその硬質な背を文机代わりに分厚い資料を広げていた。

 

「議論が拡散しているな。結論から言えば、糖分の摂取は君たちの自由だ。だが、その選択がもたらす生理学的反応については理解しておく必要がある。グルコースは脳の主要なエネルギー源であり、特に君のような予知能力者や演算処理を行う種族にとっては、短時間での思考リソース回復に寄与する。しかし、精製されたスクロースの過剰摂取は血糖値の急激なスパイクを引き起こし、インスリンの大量分泌を招く。その結果として起こる反応性低血糖は集中力の欠如や疲労感――いわゆる『シュガー・クラッシュ』を引き起こす要因となる。ロドスの医療部門の責任者として言わせてもらえば、今の君たちの活動量から算出するに、角砂糖一つ分のカロリーは許容範囲内だが、それを『愛』だの『真実』だのと定義づけて過剰摂取を正当化することは推奨できない。過去、ヴィクトリアの貴族たちが砂糖を富の象徴として乱用し……その結果として歯周病や生活習慣病を蔓延させた歴史的事実を鑑みれば、嗜好品との付き合い方には自律的な制限が必要だということは自明の理だ。……それで? 君は結局、入れるのか入れないのか、そのスプーンの角度からは判断しかねるが」

 

 医学的見地、歴史的背景、および現状のリスク評価。息継ぎすら感じさせない情報の奔流で場を支配するケルシーに対し、セイアは「ところで」とカップの中の琥珀色を揺らした。

 

「今日の茶葉に『ダージリン・ファーストフラッシュ』を選んだホストのセンスには敬意を表するよ。春摘みの茶葉特有の、若々しくも青い香り……これは『始まり』を予感させる。我々の議論が成熟する前の、未熟であるがゆえの可能性を含んだこの香りは、まさに今の我々にふさわしいメタファーだとは思わないかい? 」

 

 その言葉に、茶葉を用意した当人であるケルシーが淡々と補足する。

 

「……深読みしすぎだ、セイア。ファーストフラッシュを選定した理由は単にカテキンの含有量とテアニンのバランスが、午後の覚醒水準を維持するのに最適だからだ。また、ヴィクトリアの市場動向において今期最も品質が安定しており、ロドスの物流網で新鮮な状態で入手可能だったのがこのロットだったに過ぎない。発酵度が低く、緑茶に近いその特性は抗酸化作用の観点からも推奨される。……もっとも、『始まりの香り』という君の詩的な解釈を否定するつもりはないが。プラシーボ効果もまた味覚の一部だからな」

 

 そしてキュレネは香りを胸いっぱいに吸い込み、うっとりと目を閉じる。

 

「もう、二人とも理屈っぽいんだから! あたしはね、この紅茶から『乙女の恥じらい』を感じるわ。まだ大人になりきれない、でも背伸びをして大人の世界を覗こうとする……そんな初恋のような甘酸っぱさとほろ苦さ。この一杯の中に一人の少女の成長記録が詰まっているのね……ああ、飲むのがもったいないくらい!……ん~っ、美味しい! 青春の味がするわ! 」

 

「結局飲むのか」

 

「躊躇がないね。……では、私も頂くとするよ」

 

 

 

 ―――紅茶に口をつけるまでのプロセスだけで、既に15分が経過していた。

 

 次なるターゲットは、皿の上に並べられたスコーンとマドレーヌである。

 キュレネが今度はマドレーヌを手に取り、頬を擦り寄せるようにして語る。

 

「ああ、この焼き色……! まるで夕暮れの水平線が、そのままお菓子になっちゃったみたい! 黄金色の小麦畑で風と追いかけっこをした記憶、バターになった牛さんの優しい溜息、そしてパティシエさんの情熱……全てがこの小さな貝殻の中に詰まっているのね。これを食べるということは、世界を愛するということ。一口かじるたびに、あたし達の体の中で新しい物語が紡がれていく……。ねえ、聞こえる? マドレーヌさんが『私を食べて、そしてあたしと一つになって』って歌っているわ! なんて献身的で、なんて情熱的な愛の告白なのかしら! 拒む理由なんてないわよね。さあ、あたしの唇という玄関をくぐって、胃袋という名の宮殿へようこそ……♪」

 

「……擬人化もそこまで行くと、ある種のホラーだね」

 

 セイアは冷静にツッコミを入れつつ、ナイフでスコーンを水平に切断し、その断面を凝視した。

 

「……スコーン。この素朴な焼き菓子が持つ『余白』について考えたことはあるかい? マドレーヌやケーキのような完成された甘味とは異なり、スコーンはジャムやクロテッドクリームという『他者』を受け入れることで初めて完成する。これは未完の美学だ。あるいは、他者との共存を前提とした社会性のメタファーとも取れる。私がこのスコーンにジャムを塗る時、私は『創造主』になる。ジャムの量、塗り方、クリームとの比率……その無限の組み合わせの中に、私の意志が反映される。だが、ここで問題が生じる。ジャムを塗りすぎればスコーンの本質である小麦の香りは失われ、少なすぎれば喉の渇きという苦痛が訪れる。『中庸』とは何か。アリストテレスも、まさかスコーンのジャムの量でその概念を試されるとは思わなかっただろうね。……さて、私はこの一口に、どれだけの『可能性』を塗るべきだろうか」

 

「好きに塗ればいい。あるいは、何も塗らずに水分を奪われる感覚を楽しむのも君の自由だ」

 

 ケルシーは自身の皿には手を付けず、タブレット端末で菓子の成分表を表示させていた。

 

「栄養学的観点から言えば、そのマドレーヌ一つの脂質含有量は、ロドスの食堂で提供される健康食一食分に相当する。バターの飽和脂肪酸、砂糖の単純炭水化物、これらはドーパミン報酬系を刺激し、一時的な幸福感をもたらすが、それは脳内麻薬に似た化学反応に過ぎない。君たちが『物語』や『哲学』と呼んでいるものの正体は、つまるところメイラード反応によって生じた香気成分が嗅球を刺激し、大脳辺縁系に過去の記憶と結びついた情動を喚起させているだけの生理現象だ。もちろん、文化的な側面を否定はしない。リターニアの宮廷音楽家たちは甘味をインスピレーションの源としたし、ラテラーノの住人にとって菓子は信仰の一部ですらある。だが、物質としての菓子はあくまでカロリーの塊だ。摂取した分は消費しなければならない。セイア、君の筋肉量ではそのスコーン半個で十分だ。残りはMon3trのエネルギー源として転用しても構わないが……どうする? 」

 

「……君のその、食事をエネルギー充填作業としか捉えていない機能主義には時々めまいを覚えるよ」

 

 やがて話題はそれぞれの近況報告へと移行した。だが、彼女たちにかかれば単なる世間話でさえただならぬ含蓄を帯びてしまう。

 百合園セイアは空を仰ぎ、どこか遠くを見つめるような瞳で口を開いた。

 

「最近、か……。『平穏』という言葉があるけれど、それは嵐が去った後の静けさを指すのか、それとも次の嵐が来るまでの猶予期間を指すのか、定義が難しいところだね。私の日々はかつてのような『閉じた鳥籠』の中での観測ではなくなった。自らの足で歩き、風を感じ、時には騒がしい友人たちに連れ回される……。そう、例えば先日もある友人が私を海へ連れ出したんだがその行為の裏にある意図……彼女なりの贖罪や友情の再確認といった不可視の感情を読み解くのに私は多くの時間を費やしたよ。波の音はノイズではなく、情報の奔流だ。私はその中でただ流されるだけの流木になるべきか、あるいは波に乗るサーファーになるべきか……。結局、私はただ砂浜で寝そべっていただけなのだが、その『無為』こそが、今の私にとって最大の『有為』であるという逆説的な結論に至ったわけさ」

 

 彼女の脳裏には、友人たちと過ごした青い海の記憶が過ったのだろう。しかし口から出るのは、あくまで哲学的解釈による情景描写である。

 その難解な独白を聞き、キュレネは両手で頬を包み込み恍惚の表情を浮かべた。彼女の感性フィルターを通せば、セイアの言葉もまた極上の物語へと変換されるらしい。

 

「まぁ、素敵! 海の波音に身を委ねるなんてとってもロマンチックだわ! あたしの方もね、毎日が新しい詩の1ページみたいなの。『オンパロス』の空は相変わらず不思議な色をしているけれど、そこにはもう、悲しい運命の輪廻はないわ。あたしの開拓者さん……。彼がね、ふと微笑む瞬間があるの。その笑顔を見るたびにあたしの中で何万年分の時間がキラキラと輝きだして、世界中のお花が一斉に咲いたみたいな気持ちになるの! ねえ、わかるかしら? 過去の痛みが、未来への愛おしさに変わる瞬間……それはまるで雨上がりの空にかかる虹のように、儚くて、でも確かにそこにある『奇跡』なのよ♪ だからあたしはその奇跡を記録するために、毎日歌を歌っているわ。聞いてくれる? あたしの新しいバラード……♪」

 

 椅子から立ち上がりかけ、高らかに歌い出そうとしたキュレネをケルシーは無言の手振りだけで制止した。

 

「キュレネ、君の歌は結構だ。今は情報共有の時間だろう。私の近況について語るならば、それはテラ全土の情勢分析とロドスの運営方針の説明とほぼ同義になるが構わないか? 先日のカズデルにおける作戦行動、およびヴィクトリア周辺での情勢変化に伴い、我々の医療オペレーターの配置転換が必要となった。これには源石病の新たな感染経路の遮断という目的だけでなく、各国の政治的均衡を保つための外交的な意味合いも含まれている。ドクターの指揮能力は依然として高い水準にあるが、あの者の記憶の欠落とそれに伴う人格的な変化――あるいは回帰については引き続き注視が必要だ。私は彼が過去の亡霊に囚われることなく、現在の選択によって未来を切り開くための『土壌』を守らなければならない。そのためには私自身の休息など二の次だ。もっとも我々の戦いは個人の感傷でどうにかなるほど単純な構造をしていないことは、君たちにも理解できるはずだ。つまり、私が言いたいのは最近のドクターが夜中にカップ麺を隠れて食べているのを発見し、それを没収した際にあの者が浮かべた情けない表情が……かつての『バベルの悪霊』と呼ばれた時代とはあまりに乖離していて……不覚にも、安堵に近い感情を覚えたということだ」

 

 膨大な政治軍事情勢の報告の末に零れ落ちたのは、極めて個人的でささやかな日常のスケッチだった。彼女の鉄面皮の下にある微かな人間味が、紅茶の香りと共に漂う。

 

 そしてそのまましばらくの間、会話が途切れた。通常であれば気まずさが漂う「沈黙」の時間。しかしこの空間において、沈黙ですら議論の対象となる。

 

 セイアが空になったティーカップの底を見つめながら呟いた。

 

「……沈黙。多くの者はこれを『会話の不在』と定義し、恐怖する。だが私は思うんだ。沈黙こそが最も雄弁な対話なのではないかと。言葉にした瞬間、思考は『言語』という枠組みに限定されその純度を失う。だが、この沈黙の中で我々の意識は拡散し、境界を越えて混ざり合っている……。今、この瞬間の静寂は、次に紡がれる言葉のための助走期間であり、同時に無限の可能性を秘めた真空地帯だ。そう考えれば、我々が黙って紅茶をすする音さえも宇宙の深淵からのメッセージに聞こえてこないかい? 」

 

 セイアの問いかけに、ケルシーがナプキンで口元を拭いながら応じる。

 

「……音響学的、および脳科学特有の見地から補足しよう。人間の聴覚野とウェルニッケ野は、君たちのような高密度な言語情報を連続して処理し続けると、神経伝達物質の枯渇により一時的な機能不全……オーバーヒートを起こす可能性がある。会話における『間』は情報の整理と短期記憶の定着に必要なダウンタイムであり、これを『宇宙のメッセージ』などと神秘化する必要はない。ただ、この場のノイズフロアが極めて低く環境音が自律神経を整える周波数帯域で安定していることについては同意する。要するに今は黙って茶を飲め。茶葉が開ききる前の二煎目は、温度変化による味の劣化が早い」

 

 キュレネは二人の顔を見比べ、ふふっと笑みをこぼした。

 

「もう、二人とも難しく考えすぎよ♪ 沈黙はね、音楽で言うところの『休符』なの。音がないんじゃないわ。そこには『音がない』という音楽が流れているの。愛する人と見つめ合う時、言葉なんていらないでしょう? 今、あたしたちは見つめ合っているの。魂と魂で! だからこの沈黙は、あたし達が互いを愛おしいと思っている証拠……そう、これは『静寂』という名のラブソングなのよ! 」

 

「……休符にしては、随分とカロリーの高い解釈だな」

 

「やれやれ、彼女にかかれば無音さえもオペラになるのかい?」

 

 そして時間が経過していき、雲の流れが変わる。陽光の角度が変わり、庭園の緑がより深く色づく。

 百合園セイアは指先に白い小鳥――シマエナガを止まらせ、その愛らしい姿に目を細めていた。

 

「ふむ……。『晴天』という概念は我々にとって肯定的な意味合いを持つことが多いが、それは太陽光というエネルギー源への生物学的な渇望なのか、それとも『雨』という不確定要素が排除された状態への安堵なのか、定義が難しいところだね。雲ひとつない空を『良い』とするのは、あくまで地上の観測者のエゴイズムに過ぎない。空にとっては雲もまた自身の表情の一部であり、それを『晴れていない』として否定されるのはアイデンティティの欠落を強要されているとも取れる。つまり、私が言いたいのは……この穏やかな日差しが私の肌を焼く紫外線という脅威を含んでいるとしても、君たちと過ごす時間の舞台装置としては悪くない演出だということさ。やれやれ、完璧すぎる舞台というのは時に役者を不安にさせるものだけれどね」

 

 天候一つとっても「空のアイデンティティ」にまで思考を巡らせるセイアに対し、ケルシーは手元のタブレット端末を操作し、冷徹な数字を提示する。

 

「セイア、君の哲学的懸念は理解するが、客観的データに基づけば現在のこの空間の気象条件は『最適』の数値を維持している。気温24度、湿度45%、風速2メートル毎秒。これは人型生物が恒常性を維持する上で最もストレス負荷の少ない環境だ。テラの一部地域、特にサルゴンやウルサスの過酷な天候と比較すればこの安定性は異常とも言える。過去、天候不順が引き起こした飢饉や国家間の紛争の事例――例えばリターニアにおける冬の長さが政治体制に与えた影響や、イベリアの海岸線における嵐がもたらした経済的損失を紐解けば、天候を『演出』として享受できること自体がどれほど稀有な特権であるかは明白だ。したがって、紫外線対策さえ怠らなければ、この環境に対して疑念を抱く必要性はない。日焼け止めならロドス製薬の試作品があるが、成分表を確認するか? 」

 

 感性を排したデータ至上主義の反論。しかし、それを全く意に介さないのがキュレネという存在だ。彼女は両手を広げ、あたかも風とワルツを踊るかのように身を揺らした。

 

「まあ、なんて素敵な風のささやき……! 聞こえる? この風はね、遠い星々から届いたラブレターなの。太陽さんが『今日も君を照らしているよ』って、熱烈なキッスを送ってくれている……そう思うと頬が熱くなっちゃうわ! 空の青さは恋する乙女が流した涙のあと。雲がないのはその涙を誰かが優しく拭い去ってくれたからに違いないわ。ああ、世界は今日も愛に満ちている……この光の中であなたたちとお茶を飲めるなんて、運命の女神様が紡いだ最高のハッピーエンドの始まりね♪ ねえ、この風に乗せて、即興で詩を一曲歌ってもいいかしら? タイトルは『陽だまりのロンド』よ! 一番は太陽への感謝、二番は風への求愛、三番はこのお菓子への賛美、および四番から二十番まではあたしの彼への愛を歌うわ!」

 

「……二十番までは長いな」

 

「私もそう思うよ」

 

 ケルシーとセイアの心情が再び一致した瞬間である。

 

 そして一向に減らない菓子と、頻繁にお代わりされる紅茶。ポットが二度目の交換を迎えた頃、話題はよりパーソナルな領域――「趣味」へと足を踏み入れた。

 

「あたしの趣味? もちろん、開拓者さんの物語を見守ることよ! 彼がバットを振るう姿は、まるで夜空を切り裂く流星の軌跡。彼が汗を拭う仕草は朝露に濡れる花びらのように可憐で……。あたしはね、その一瞬一瞬を『記憶』という名の宝石箱に閉じ込めて、時々取り出しては磨いているの。だって、愛する人の歴史はあたしにとっての世界の歴史そのものなんだもの。彼が歩いた足跡に花が咲き、彼が見上げた空に星が生まれる……そう、あたしの趣味は言うなれば『世界の創造を見届けること』かしら♪」

 

 推し活という俗な行為をもはや宇宙創成レベルの聖業へと昇華させるキュレネ。その圧倒的な熱量に、セイアは静かに微笑んだ。

 

「ふふっ、世界の創造とは大きく出たね。だが観測者として対象に執着する姿勢はある種の学術的興味に近いのかもしれない。私の場合、趣味と呼べるかは定かではないが、『謎解き』や『読書』、あるいはこの小さな友人たち……シマエナガと戯れることかな。彼らの予測不可能な挙動は、未来予知という確定したレールの上を歩かされていた私にとって、心地よいノイズなんだ。右に行くか、左に行くか。あるいは私の頭上に巣を作るか。その些細な不確定性が私の思考の海に小さな波紋を広げてくれる。もっとも最近は『先生』という名の最大の謎解きに時間を奪われているのだがね。あの人物の行動原理は既存の論理体系では説明がつかないことが多すぎる。それを解明しようと試みること自体が、あるいは私の……」

 

 セイアが言葉の迷宮に入りかけたところで、ケルシーが淡々と自身の時間を定義する。

 

「趣味、か。ロドスの最高責任者の一人として、可処分時間の多くは業務に費やされる。個人の嗜好を満たすための時間は極めて限定的だ。だが、強いて挙げるなら読書……および新たな知識の体系化だろうか。最近はヴィクトリア朝期の詩集とクルビアの最新工学論文を並行して読み進めている。一見相反する分野だが、当時の詩人が表現した『鉄と蒸気の情景』を技術的側面から解析することで、当時の社会構造や汚染状況を逆算することが可能になる。知識とは点ではなく線であり、網だ。異なる分野の情報を結合させ新たな知見を得るプロセスは、脳のシナプス結合を活性化させ老化防止にも寄与する。……Mon3tr、お前もそう思うだろう? それと、ドクターの健康管理のために食事メニューを考案することも業務の一環ではあるが……まあ、創造的な活動と言えなくもない」

 

「要するに、みんな『彼』のことが大好きってことね!」

 

 最後のキュレネの強引な要約に、セイアとケルシーは否定しようと口を開きかけ、しかし適切な反論が見つからずに沈黙を選んだのだった。

 

 

───────────────────────────────────────

─────────

 

 

 

 そして日は傾き、琥珀色の紅茶が夕陽の色と同化していく。三人の距離感はこの膨大な言葉の応酬を経て、奇妙な連帯感へと変化していた。

 

 キュレネがとろけるような瞳でセイアを見つめ語る。

 

「セイアちゃんって、まるで『迷宮の奥に咲く白百合』みたいね。近づこうとすると哲学の茨に阻まれるけど、その奥にはとっても純粋で綺麗な心があるのがわかるわ。あなたの言葉は難しいけど、それは大切なものを傷つけないための『ドレス』なんでしょう? ふふっ、あたしにはわかるわ。だって言葉の裏にある『愛』の響きは隠せないもの♪」

 

 そのキュレネの直球すぎる称賛に、セイアは一瞬だけ虚を突かれたように目を丸くし、そして微かに頬を染めて視線を逸らした。

 

「……買い被りだよ。私はただ、臆病なだけさ。真実をそのまま口にすれば、それが確定した事実として世界を縛ってしまう気がしてね。だから言葉を濁し、装飾し、可能性の霧の中に隠れていただけさ。だが……君のその直感的に本質を射抜く『ポエム』には敵わないな。君こそまるで『陽光を反射するプリズム』のようだ。一つの光を七色の感情に分解して世界を鮮やかに彩ってしまう。その屈託のなさは、私のような厭世家にとっては眩しすぎるくらいだよ」

 

 互いを詩的なメタファーで称え合う二人を、ケルシーはまるで検体を見るような冷徹な眼差しで観察し、評した。

 

「……興味深い相互評価だ。セイアの防衛機制としての言語化とキュレネの感情表現としての言語化。アプローチは正反対だが、結果として『他者との間に緩衝地帯を設ける』という点では一致している。コミュニケーションにおいて情報の伝達効率よりも情緒的結合を優先するスタイルは組織運営の観点からは非効率極まりないが、個人の幸福度という指標においては有効な戦略と言えるだろう。私のような、事実と論理を最優先するタイプとは対極にあるが……まあ、悪くない。君たちのような存在が、それぞれの世界の『主人公』たちにとって、精神的な支柱……アンカーとなっていることは疑いようのない事実だ。ドクターや君たちのパートナーが君たちのその『面倒な』会話に付き合い続けていることこそが、その証明だろう」

 

 分析的かつ、どこか俯瞰的な総評。その瞬間、キュレネとセイアの視線が交錯し示し合わせたように声が重なった。

 

「「ケルシー(ちゃん)も、大概『面倒』だと思うけど?」」

 

 その指摘に、ケルシーの眉がピクリと動く。心外だと言わんばかりに彼女はカップを置いた。

 

「……私は常に、必要な情報を必要な分量だけ、正確に伝達しているつもりだ。ただ、受け手の理解度や背景知識の欠如を補うために多少の補足説明を追加しているに過ぎない。例えば先日も、ドクターが夜食に激辛ラーメンを摂取しようとした際、カプサイシンの過剰摂取が胃粘膜に与える影響と、翌日の作戦行動におけるパフォーマンス低下のリスク、さらに言えば唐辛子の原産地における経済摩擦の歴史について簡潔に説明しただけだが、あれのどこが面倒だと言うんだ?」

 

「……自覚がないというのは、時に最大の罪だね」

 

「ふふっ、でもその長~いお説教も、ドクターさんのことを心配する『愛の歌』なんでしょう?ケルシー先生の言葉はまるで厳格なフーガね!規律正しくて、でも情熱的!」

 

「……悪くない例えだが、否定させてもらう」

 

 

 

 ―――そして、その後もあーでもないこーでもないと議論を続けること数時間……ポットの中身がついに完全に底をついた。それはこの果てしないお茶会における、物理的な限界点を示唆していた。

 

 

「……空だね」

 

 セイアがポットを傾け、一滴も落ちてこないことを確認して言った。

 

「『有る』ものが『無くなる』……これはエントロピー増大の法則に従った不可逆的な現象だ。だが、ポットが空になったという事実は、我々がそれだけの時間を共有し、液体を思考と言葉に変換したという証左でもある。喪失は悲しむべきことではない。それは変換の完了を意味するのだから。……とはいえ、私の喉が物理的な潤いを求めているという事実は、哲学では解決できない問題だが」

 

 ケルシーが腕時計を確認し、眉をひそめる。

 

「……液体の枯渇は予測範囲内だ。だが、想定よりも消費ペースが15%早い。君たちの発話量が通常の会議における平均値を大幅に上回っていることが原因だ。発声に伴う呼気からの水分蒸発量は無視できない。ここに追加の茶葉を用意することは造作もない。ロドスの補給ラインを使えば、ヴィクトリア王室御用達の銘柄を5分以内にドローンで投下させることも可能だ。だが問おう。我々は『おかわり』という行為によって、この場を延長すべきか? それとも、この『不足感』を残したまま解散することで、次回の会合へのモチベーション維持──リテンションを図るべきか。ドーパミン受容体の感度を考慮すれば腹8分目での終了が最も満足度が高いというデータもあるが」

 

 そしてキュレネは名残惜しそうに空のカップを指でなぞり、それからパッと顔を輝かせた。

 

「足りないくらいがちょうどいいの! だって、『もっと欲しい』って思う気持ちは、恋の始まりと同じだもの! 満たされてしまったら、そこでおしまい。でも、渇きがあるからこそ、あたし達は次の泉を探して歩き出せる。この空っぽのポットはね、未来への招待状なのよ。『またね』って約束するための、神様からの粋な計らい……そう思わない?」

 

「……キュレネ、君のそのすべてをポジティブな運命論に帰結させる思考回路は、ある意味で最強の生存戦略だな」

 

「ふむ。渇きを『未来への招待状』と呼ぶか。……悪くない。その詩的な結論に免じて、今日はお開きとしようか」

 

 

 ―――なお、この後も彼女らが「また会いましょう」という解散の合図を出すためだけに、さらに三十分の哲学的・医学的・詩的議論が必要だったことは言うまでもない。

 

 

 

 ようやく百合園セイアは椅子から立ち上がり、衣服の皺を伸ばしながら独白する。

 

「……やれやれ。結局、今日の議論で何かしらの結論が出たかと言えば、答えは否だ。我々はただ言葉遊びという名の砂山を作っては崩し、また作るという不毛な作業に没頭していたに過ぎない。だが、この『徒労』こそが何にも代えがたい贅沢であることもまた事実。長話の果てに得られたものが『空腹感』と『喉の渇き』だけだったとしても私はこの時間を決して無駄だったとは思わないよ。……楽しかった、と言っておこうか」

 

 満足げな彼女に続き、ケルシーは資料をMon3trの背から回収し、同意するように頷いた。

 

「総括の時間か。本日の会合における情報のスループットは極めて低かったが、メンタルケアの観点からは有意な数値が出ている。君たちという特異点との接触は、私の思考ルーチンに新たな視点をもたらした。論理だけでは説明のつかない事象――君たちの言う『ロマン』や『余白』の重要性を再認識する機会となったことは認める。ドクターにも、たまには医学書ではなく詩集の一節でも読み聞かせてやるべきかもしれないな。……いや、即座に拒絶反応を示すだろうが。まあいい。有意義な時間だった。感謝する」

 

 そして名残惜しそうに二人を見つめ、キュレネとびきりの笑顔を咲かせた。

 

「ええ! とっても素敵なシンフォニーだったわ! セイアちゃんの哲学という低ベースと、ケルシー先生の知識というメロディ、そしてあたしの愛というハーモニーが混ざり合って……宇宙で一番優しい音楽を奏でていたの。この余韻だけで、あたし、あと一千年はお茶なしでも生きていけそう!……嘘、やっぱりお茶は飲みたいわ。また次も三人で、最高に面倒くさくて、最高にロマンチックなティーパーティーを開きましょうね! 約束よ、指切りげんまん、星の彼方まで♪」

 

 

 

 

 

     △▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 ……なお、彼女達が濃密な会合を開いていた庭園の外では3人の人物がベンチに座り込み、幽鬼のように疲れ切った顔でその時を待っていた。

 

 

 キヴォトスのシャーレの先生、ロドスのドクター、そして星々を巡る列車で旅する開拓者である。

 

彼らは既に持参した携帯端末のバッテリーを使い果たし、お互いの身の上話をし尽くし……そして今はただ虚空を見つめていた。

 

"……やっと出てきた。セイアの話が長いとは思ってたけど、今日は一段と長かった……"

 

「……ケルシー達の話が終わるのを待ってたら、カップ麺が三回伸びて、三回干からびた……」

 

「……キュレネがポエムを話し始めて、このままもう帰ってこないかと思った……」

 

 

 そして三人の「お喋り」な少女たちが姿を現すと、彼女たちはそれぞれのパートナーの元へ駆け寄り今日あった出来事を、得られた知見を、そして溢れんばかりの愛を報告し始めた。

 

 

「やぁ先生、待たせたね。聞いてくれるかい? 今日の議論で得られた、他者との不可逆的な相互理解についての考察を」

 

「ドクター、起きろ。これからの帰路、糖分の摂取とインスリン反応についての講義を行う。歩きながら聞くんだ」

 

「ねえねえあたしね、最高の詩を思いついたの! あなたへの愛を百番まで歌うから、逃げないで聞いてね!」

 

 

 

 ────この後はもちろん、報告が終わるまでにはさらに数時間の時を要し、彼らの帰宅が深夜に及ぶことは言うまでもなかった。

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