ソシャゲの話が長すぎる長文三人衆がお茶会を開いたらどうなるか? 作:異常長文構築者
───それは時空の狭間、次元の特異点が奇跡的な均衡を保ち続ける陽だまりの庭園に、三人の乙女――いや一人の元予言者、一人の古き医者、そして一人の果てなき愛を謳う詩人が顔を揃えていた最中の出来事である。
豪華な装飾が施されたホワイトウッドの円卓。テーブルクロスは雪よりも白く、用意されたマイセンのカップには澄み切った紅の色合いを持つ紅茶が揺れている。その光景は完璧な静寂と優雅さを持っていたはずであった。
だが、この空間に今、前代未聞の危機が到来していたのである。
突如として、抜けるような青空の一部が物理演算を無視したかのようにバグり、崩れ落ちたのだ。
その亀裂からドロリと零れ落ちたのは、漆黒の虚空だった。全てを飲み込み、あらゆる存在の形を無へ帰す狂気の波動――タイタンでさえ自我を失うとされるオンパロスの災厄、『暗黒の潮』だ。
それだけではない。黒き潮流のただ中に脈動するのは、周囲の事象を取り込み、情報として内包しながら際限なく増殖しようとする琥珀色の災厄――宇宙大爆発前の第一の光の欠片とさえ言われる破滅の『源石』。
さらに、それら二つの絶望的な災禍を結びつけ、恐るべき意思と方向性を与えんとしているのが、名を持たぬが故に呼べず、呼ばれぬが故に存在すらしないとされた原初の神秘―――キヴォトスにおいて色彩を招き世界を終焉へと裏返す『名も無き神』の力であった。
次元の融合によって引き起こされた悪夢のようなキメラ。源石の増殖力、暗黒の潮の文明浸食力、そして名も無き神の終極への概念が完璧に混ざり合った「脅威」である。
あまりに凶悪な力が絡み合った結果、その巨大な質量の中央には「自立した強固な意志」――即ち、明確な自我が芽生えていた。
(我ハ……生まれタ……!! スベテノ宇宙ヲ無二還ス、最強ノ破滅トシテ……!)
その巨躯は庭園の空の半分を覆い隠し、毒々しい金と黒の光を明滅させながら降臨した。脅威は、まず手始めに眼下のテーブルでのほほんとお茶を楽しんでいる小娘どもに恐怖のドン底を味あわせてやろうと、口とも次元の裂け目ともつかぬ器官を大きく開いた。
『我ハ全てヲ終わラセる者……! 絶望シ、平伏――』
だが、脅威が最初の名乗りを上げるよりも早く、テーブルを囲む三人のうちの一人――冷徹な相貌をした女性、ケルシーが片手に持っていたカップをコトリとソーサーに置き、天を仰いだ。
彼女の後ろでは背骨のような奇妙な召喚物、Mon3trが低い唸り声を上げている。
「──空の光屈折率が唐突に変動し、局地的な虚数エネルギーの増大を感知したかと思えば、なんとも醜悪な質量兵器が現れたものだ。……結論から言おう。あの中央で脈動している鉱石状の結晶は、私のよく知る『源石』に類似した波長を放っている。源石は単なる鉱石やエネルギー源ではなく、宇宙大爆発前の第一の光として全ての情報を圧縮し内包しようとする『ソラリスの海』たる特性を持つ。それに付随して空間にノイズを走らせている黒い液状の奔流だが……」
『……ナンダコイツ……我ヲ見テ取リ乱サナイノカ……?』
いきなり極めて学術的な視線でスキャンされ、出鼻を挫かれた脅威。
しかしケルシーの横に座るピンクの髪をした少女――キュレネがその黒い潮流をうっとりと見上げながら立ち上がるのを見て、脅威の意思は再び力を誇示しようと試みた。きっと彼女は恐怖で震え上がるはずだ。
『黒き波ヲ見テ、泣キ叫――』
「ねえ、セイアちゃん、ケルシー先生! 見て見て! あの漆黒のベール! 暗黒の潮の伝承通り、ただ冷たくて怖いものだと思っていたけれど……あんなふうに星のような結晶と一緒に混ざり合っていると、なんだか深淵に輝く夜の舞踏会のドレスみたいに見えない!? 全てを呑み込んでいく波……それは『私という存在のちっぽけさ』を世界そのものに明け渡す、自己犠牲と溶け合う愛の儀式なのかもしれないわ! 破壊の奥に見える新しい創造の予感、そして、名も無き不可視の力がそのドレスの糸を引いているだなんて! まるで宇宙からあたしたちに向けられた熱烈で、破滅的で、でも決して無視できない強引なラブソングなのね!」
『……ハ?』
予想だにしない方向――『破滅的なドレス』『ラブソング』などという極右斜め上な解釈を叩きつけられ、融合された自我の回路がピシリと硬直する。
しかしそこへ畳み掛けるように、優雅に脚を組み、ケモミミを僅かに揺らしたティーパーティーの少女――百合園セイアが、深い深い溜息と共に語り始めた。
「ふむ。君たち二人の見解は相変わらず極端で、しかし興味深いね。……空に空いたあの名状しがたい特異点を観測した時、私たちが最初に問うべきなのは『あれは何だ?』という物理的命題ではない。問題なのは、我々が直面しているあの未知の脅威を構成する要素のうち、不可視のベールである『名も無き神の力』についてだ。そもそも論から始めさせてもらおう。『名前が無い』というのは、一体どういう状態を指すのか? 言葉によって対象を切り取り、ラベリングすることで初めて世界を認識できるのが知的生命体の構造上の限界だ。つまり、名を与えられていないものは存在しない、と規定できる。しかし現に、存在しないはずのものが我々の世界を浸食しようとしているこの事実。ここには存在と非存在の明らかなパラドックスが発生している。ならば私が問いたいのは、あの融合体の核が源石の特性によって周囲の事象――我々の情報をも『内化』しようとした瞬間、我々がそれに『終末を呼ぶ不出来なゼリー』なり何なりの名前を一方的に名付けた場合、観測による存在の確定プロセスが向こうの同化プロセスに干渉し得るか、ということだ。さらに言及すれば……」
『マテ……。ナンダコイツラ……!?』
本来であれば、空を裂いて登場した瞬間に地上の人間はパニックを起こし、あるいは抗いようのない死の絶望に恐怖して散り散りになるはずである。
オンパロスを飲み込んだ絶望。感染者から大地へと飛散した死のダスト。神秘と恐怖の狭間から招かれる終極の色。これほど豪華で絶望的なトッピングを備え、ようやく意思を得た最強最悪の特異点だというのに。
脅威は、威圧のタイミングを完全に失ったまま、空中をフヨフヨと漂うしかなかった。
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そしてそのまま、アレの存在感に一瞥をくれながらも三人の興味の対象は、脅威への対策からすでに「事象そのものの在り方の議論」へと完全にスライドし始めていた。
「──セイア、君の言語哲学への執着と、未知の概念に対する思弁的アプローチには一定の理解を示すが、現実的対処療法としてそのパラドックスは些末な問題だと言わざるを得ない。私が提示した情報の統合と予測シミュレーションの観点に話を戻そう。現存する『暗黒の潮』というデータの乱れ……あるいは黒いノイズのような奔流だが、仮にあの暗黒物質が有機生命体のみならず無機的情報構造体までもバグレベルで浸食すると仮定する。そこで触媒となっているのが源石という宇宙内包機能を持つファイル圧縮の特異点だとするならば、事態は我々のテラにおける天災以上の、マクロレベルのシステムエラーを引き起こす懸念がある。しかし、これを悲観的に見るのは短絡的だ」
ケルシーは手元のティーカップを取り上げ、淡々とダージリンを啜る。話に夢中で破滅が目の前に迫っているというのに、一ミリたりとも焦った様子がない。
「『暗黒の潮』という破壊的なリセットと、『源石』が孕む情報統合プロセスの共鳴。両者が真に融合しているというのならば、ある一つの結論に到達する。破壊の先にあるのは再創生ではないという歴史的仮説。すなわちソラリスの海における『均質化』だ。個別の自我を保った生命という矛盾を終わらせ、ただ一つの情報のスープへと回帰する……過去の多くの神格、あるいはテレシスのような極端な統率を求めた者が至る結論の一つの到達点かもしれない。だが忘れてはならない。有機生命体の生存における本質は『変異と不完全性の維持』だ。私のような『プロジェクトを監視するもの』から見れば、あの均質化に抗うために個の意志を放棄しないバベルのエゴこそが……」
「んもう、ケルシー先生ってば本当に頭でっかちね! 情報のスープ? 均質化? そんな無味乾燥な言葉で片付けちゃダメよ! 溶け合うってことはね、一つになるってこと。それは永遠に寄り添い合うっていう誓いの儀式そのものじゃないの! あの源石だって、冷たい鉱石の顔をしているけれど、中には世界中の全ての人のお話や、涙や、恋の思い出がぎゅっと詰まっているんでしょう? それがあのドレスみたいな黒い潮流と一緒になって全てを飲み込もうとしているなんて、世界中の愛が集まって、私に強大なハグを求めてきているのと同じだわ! これは恐怖なんかじゃなくて、途方もなく大きな、スケールのおかしな愛情表現よ!」
「やれやれ、キュレネ。君にかかれば絶対的破滅すらもロマンスという舞台装置の一部に成り下がってしまうのだね。だが……確かに君の直感は、あながち間違ってはいないのかもしれない。情報の同化を『愛情による抱擁』と誤認識あるいは独自の解釈で肯定してしまうことこそ、個々の意識の境界線――不可侵であるべき『自他の分離』の放棄と同義なのだから」
キュレネに珍しく同意しながら、セイアの背後から静かに小鳥――シマエナガたちが飛び立つ。何故かおぞましいはずの特異点の周りを気にするでもなく旋回しているのを横目に、彼女はそのまま話を続けた。
「自他を分かつのは皮膚であり、記憶であり、またその記憶を切り出すための言語だ。しかし『名も無き神』と呼ばれるあの不可解な力が干渉することで、世界は言語から切り離されようとしている。それは、全ての枠組み、色で言えばあらゆる色覚情報を反転・あるいは塗りつぶしてしまう暴力。私が懸念しているのはそこなんだよ。あれによって私たちの存在が個々の美しい意味合いを失ってしまうならば、そこに自由意志は残されるのだろうか? あるいは、絶対的な破滅という運命に『自ら飲み込まれる』という選択を私たちがしたとして、それは救いと呼べるのか、それとも最も究極な絶望への逃避に過ぎないのか? テラにおける感染者の死……彼らが粉塵となって大気に溶け込み、結果的に星の一部になってしまう光景を、誰かが『星へと還った』と美しい言葉で装飾したとしよう。だが当人にとって、それは個の消滅であり恐怖でしかないはずだ。君たちはそのパラドックスに気付きながら、わざと無視しているふりをしているだけなんじゃないのかい?」
そして再びお題を与えられたケルシーが、待ってましたと言わんばかりにまた一つ長く深い反論を始めた。
「パラドックスの無視ではない。ただ評価の基軸が君たちと違うだけだ。有機生命体にとって、痛覚や死の恐怖というのは防衛本能のためのアラート機能でしかない。我々はその機能を『絶対の絶望』だの『星への帰還』だのといった過剰な自己装飾でもって文学へと昇華してきた。テラの歴史においてサルカズが背負い続けた呪いや、王冠――『文明の存続』計画がもたらそうとした情報のアーカイブ機能も、全ては個々の感傷では解決し得ない超巨大な問題をいかに次世代へ手渡すか、という情報の延命処置だ。あの名も無き神の介入による終焉のリスクを論理的に分解すれば……」
『……アノ……我ノコトハ……?』
脅威は、徐々に混乱し始めていた。
源石のように情報を取り込む機能を持ち、暗黒の潮のように世界を飲み込む概念を持っている。だから本来、周囲の環境のデータや、目の前にいる人間の情報を一方的に吸収して同化させるのは容易いことだ。
しかし、この三人が出力する言語データが……異常に多い。異常に複雑で、なおかつ恐ろしく回りくどいのだ。
源石の同化能力は宇宙内化のための素晴らしいアルゴリズムを持っている。悲鳴、絶望の感情、少しばかりの武勇の歴史などを「パチッ」と圧縮して保存するだけの簡単なお仕事のはずだった。
だが今、取り込みを開始した先から。
『──情報の延命処置としての文明の存続プロセスにおけるバイアスの可視化とそれに関する生理学的な代謝による自己弁護……』
『──名前がないことによる実在証明のアクロバットと、意味の境界線における哲学的空虚のメタ認知パラドックス……』
『──真っ暗なリボンの上でステップを踏みながら結び合う無数の愛とハグの奇跡と情熱的な初恋のロンド……』
情報収集用の「頭脳」にあたる中央メモリに、とてつもない密度の矛盾した無駄データが、毎秒何万文字というスピードで叩き込まれていく。
脅威は内部でシステムエラーの警告音を鳴らしながら、自らの意思を必死に紡ごうと焦った。
「ギ……、アァァア……聞ケ、愚カナル小娘共ォ……!我が齎スハ、宇宙ノ終わリ、万界のガン――ッ!!」
「きゃあっ、聞いた!? 万界のガンですって!」
おっ、一人ついに反応したか!
脅威は喜びに触手と結晶をワサワサと揺らし、より絶望的な演出をするべく身構えようとした。―――しかし、続くキュレネの言葉に、その目論見は完全に折られることとなる。
「……星間航路を閉ざし、人から繋がることを奪う万界のガン……なんて悲しい響きなんでしょう。あの星核のような暗い意思は、自分の心を伝える言葉を知らない可哀想な子供だったのね。だから、全部壊してしまうことでしかコミュニケーションが取れないなんて! あの子が『宇宙の終わり』と叫んでいるのは、『私を見て! 私を受け止めて!』という寂しさの裏返し……ねえセイアちゃん、あの子にも美味しい紅茶と、焼き立てのスコーンがあれば、少しは心の棘が丸くなるんじゃないかしら?」
「なるほど。自己承認欲求の肥大化による物理的顕現というわけか。なかなか穿った解釈だね、キュレネ。だが実際、彼の主張する『宇宙の終わり』とは何なのだろう。エントロピーの最大化か、情報量の極大化による停滞か。私は個人的に、物理法則が静止した状態こそを真の終わりとするが、彼がああして声を荒げエネルギーを消耗し発熱している間は、そこには明確なエネルギーの移動、つまり『生きている活動』が在るのだから、真の終局とは呼べないのではないかな? 彼は自ら『終わりを齎す』と言いながら、叫ぶという行為を通してまだ何かを変えようと『生に執着している』。彼自身が最大の矛盾――あるいは自分自身による存在否定の袋小路に迷い込んでいるという悲喜劇さ。まったく、高位存在というのも因果な商売だね」
「──事象に対する心理学的見地やメタファーからの推察は各自の嗜好の自由だが、セイアの言の『自己矛盾』に関しては極めて有用な着眼点と言える。私見を加えるならば、オンパロスの歴史をリセットし得るという暗黒の潮が自らを語る際に『万界の癌』という他者のラベリングを用いたことに失笑を禁じ得ない。本質的なリセットを齎すものが他者による名称――それも壊滅や星神に依存する語彙を用いれば、自立した恐怖概念として矮小化されるからだ。おそらく、情報を貪欲に取り込もうとする性質があだとなり、我々やキヴォトスの無名の司祭の未整理な情報を中途半端にスクレイピングした結果のバグだろう。言語構造の不自然さから見るに、あのアノマリーの知性は五歳児、良くて自我形成期のAI程度のレベルだ」
―――自己承認欲求が強い寂しい子供だの。
―――自身が最大の矛盾だの。
―――挙句の果てに「五歳児以下のポンコツスクレイピング」呼ばわりである。
怒りよりも前に、何かが激しく傷ついた。
彼は、全並行世界の特異点として最もおぞましい存在になるべく誕生したはずだったのに。この三人は、自分たちのおしゃべりという論陣を張るために、絶望たる自分を都合のいい「ちょっと気の毒なディベート素材」程度にしか見ていないのだ。
『フザケルナァァ……! ナラテハジメニココヲノミコンデヤル……!!』
暗黒の潮の成分を強制的に高め、庭園の空間ごと彼女たちを異次元へ引きずり込もうとした。紅茶の表面に僅かなさざ波が立ち、突風にテーブルクロスが音を立てて煽られる。空には禍々しい真紅と黒の稲妻が迸り、全ての始まりにして終わりの光芒が庭を飲み込まんと膨張する。
……しかし。
彼女たちの狂気に満ちた「ティータイム」は、次元崩壊などというありふれた現象ごときで終わるものではなかった。
突如強風が吹き荒れ、カップの中の紅茶が冷やされたのを見て、セイアはすかさず口を開いたのだ。
「……おや。彼が機嫌を損ねて次元の振動を引き起こした結果、この穏やかだった空間の気温が著しく急下し始めたようだね。お陰で私のティーカップの中身が完全に適温を逸脱しようとしている。さて……この紅茶の温度問題こそが、現状における私たちの最も解決すべき深刻な議題だと思うのだけれど、二人はどう考えるかい?」
『滅ビノ真只中デオマエラハ、自分ノ紅茶ノ心配カ!?』
信じがたい言葉のドリフトだった。しかも、その極めて無責任かつ限定的な議題提起に、残りの二人も大真面目に乗り始めたのだ。
「確かに液温の低下は熱力学第二法則に基づいた当然の帰結だ。しかしセイア、君のダージリンの現在の表面温度を概算で52度前後と判断した場合、紅茶に含まれるタンニンが舌のタンパク質と結合する最適な収斂性を保持する臨界点にはまだ至っていない。もっともこの異常空間での大気成分変化――とりわけ虚数空間の影響を受けた酸素濃度の変動により、気化熱の発生プロセスが歪められている可能性はある。ロドスの医療本艦であれば恒温ユニットを用いて最適な68度にコントロールする所だが、こうした戦地における偶発的劣悪環境では、『冷めたことによる味の劣化』すらもストレス下での覚醒状態を維持するためのトリガーと割り切るのがフィールドワークにおける原則だ」
「二人とも! 紅茶が冷めるのだって運命の悪戯よ? そう、それは悲しいことじゃないの。少しぬるくなった紅茶はね、太陽の情熱をそっと包み込んでくれたお月様のキスの味よ! 恋だって最初は火傷しそうなくらい熱くて、時が経てば冷めてしまうと人は言うけれど、違うのよ? 少し冷めることで初めて見える相手の優しさや甘さがあるんだわ! それにね、冷え切った空間でこそ二人で寄り添う時の肩の暖かさが際立つのよ。だからね、あそこの黒くて大きな雷を出してはためいている子も、もしかしたらこのお茶会に少し涼しい風を運んでロマンチックを演出したかったのかもしれないわ! ね、そういうことでしょ?♪」
『ソウイウコトデハ、ダンジテナイ……ッ!!』
脅威自身の物理的な介入は、概念的に完全に遮断されていた。
声を発することはおろか空気を揺るがして必死に威圧のモーションを見せたところで―――
「ああ、きっと彼はお茶会の温度を下げるクーラー役になりたがっているのね♪」
「違う。自意識の暴走から環境改変へエスケープした心理的発作だ」
「いやむしろ気圧の変化による対流とカテキンの酸化プロセスにおける因果律について―――」
といった具合に、全部「自分たちの議題」に都合の良い無限の無駄話へと勝手に翻訳変換されてしまうのだ。
脅威の「情報取り込み能力」による中央演算機能が、限界に向けて激しい駆動音を立てて回り始めていた。
『警告:情報の論理不整合を検知。不要なノイズデータが閾値を突破中――』
―――この三人が何より恐ろしいのは、一度一つのテーマで脱線し始めると枝葉のように幾つもの別のメタテーマへとリンクさせ、しかも1つの事象を語るのに最低100の回りくどい言い回しを用いて、永遠にキャッチボールをし続けることだった。
「紅茶の温度が恋の適温だという見方は肯定できないが、キュレネ、君のそういう世界観はある意味で賞賛に値するね。……そうだ。熱意や覚悟と言えば……私の『先生』はどうだろうか。あの方は平気な顔で他者のために己の命すらベッドの上へ放り投げてしまう。論理では解き明かせない矛盾そのもののような人物だが、私はあの自己犠牲的な情熱を無自覚にばらまく姿勢に辟易しつつも、目を逸らすことができないでいる。あの方が淹れてくれる温かい紅茶には、世界をまるごと引き受けようとする愚かしくも狂おしい温もりがあって……まったく、私のような合理性を重んじる人間が、そんな不安定な温度に居心地の良さを感じてしまうという皮肉と言ったらね」
突然始まった恋話に近い惚気である。何故、紅茶の話からそこまで発展するのか――そもそも何故自分を放置して紅茶の話をしているのか。それに対し、今度はケルシーがタブレットに似た装置を手にしたまま目を細めた。
「ドクターという存在について、君たちの言うような無防備な感情移入を肯定はできないが……それでもあの一時的記憶障害を引きずった戦術指揮官に共通する点は多い。あれも無茶をする。自分の生命と情報の価値が等価ではない状況に身を投じることを厭わないという悪癖。過去を背負い切れていないが故の前向きさ。そしてどういうわけか、深夜にお茶――もっと悪いのは健康を阻害する化学合成飲料を飲ませたときのあの一瞬の情けない顔だ。バベルを崩壊へ導いたあの方程式を演算した脳が、口周りをだらしなく汚すあの有様を見ると、源石による破滅よりも何故私が彼の血糖値を心配せねばならんのだと胃に虚無感を覚える。私自身の時間という最大のリソースを他者のライフマネジメントに奪われているというパラドックスだ。だがしかし、それはロドスを守り、アーミヤを守り……あるいは……あの理想郷の中に消えた者を証明するためには……」
そして完全に話題が、それぞれが気にかける「大切な身内」の話に入り込んだ。そこに―――極限ロマンチストが加わるとどうなるか。
「もう二人ともったら! そういう素直じゃないけど溢れちゃうのが一番可愛い乙女の想いだって知ってるわ! 愛ね!! まぎれもなくそれは愛のさざ波よ!!私なんてね、愛しの開拓者さんを見守るためだったらどんな長い時だって待つ覚悟よ? 彼がいつかこの理不尽なオンパロスにやって来て、星みたいに綺麗な軌跡を描いて全てを打ち砕くのを見るのが私の夢なんだから。彼のことを思うだけでお胸の奥からピンク色の旋律が止まらなくなっちゃう!そうだわ! 三人の、愛する人を思うお話があまりにも素晴らしいから、ここで私、三人を讃える四重奏の長編ソネットを詠唱したくなったわ!! 第一章は愛との出会い、第二章はツンデレと紅茶と血糖値の歴史、第三章から第四十までで私の星々の愛を謳い、最後の第七十辺りでそこに浮いている万界のガンガン叫んでいるあの子の悲しき自慰のバラードを入れて結ぶことにしましょう!! さあ、今すぐ披露するわ!」
「ふむ、流石に七十というのは多すぎるね。とはいえ表現へのパトスを縛るのはエゴイズムと言えるか……どうだろう、ケルシー。彼女の歌うその長い詩とやらの構成は、テラにおける歴史的伝承に並ぶほどの記録的価値があると思うかい?」
「……言語の美しさを主軸に情報を長大化するその様式美など単なる情緒的なノイズの集合だ。もし聞かされるならば一つ一つの節において韻を踏む合理性とその暗号論的な裏の意味合い、ならびに当時の地質学的影響についての私の見解と解説を差し込ませてもらうことになる。恐らく君の第四十章までは終わるまでに三日は必要だろうが構わないか?」
「ええ! 受けて立つわケルシー先生! 私のポエムの一字一句に宿った果てしない愛情を論理という刃で優しく剥いで見せて! まさにこれは知の格闘! ロマンスという甘い暴力ね! 」
───ここでついに。
融合した次元の驚異、『源石・暗黒・名も無き神々』の集合体の情報処理機能が、物理的な悲鳴を上げた。
『……処理量:オーバーフロー。予測不能ナ文脈推移……! モウ……、ヤメ……。ヤメテクレ……!』
宇宙を丸ごと内包するはずの情報収集用・中核コアの表面に、深い亀裂が入った。
理由は明らかだ。ただ一つの原因、情報の「キャパオーバー」である。
一分間に数百から数千の無駄文字を使って高速応酬される、極めて局所的で、異常に回りくどく、究極に個人の主観・見解に偏った議論。
―――愛、自己犠牲、カップラーメン、タンパク質の結合、宇宙大爆発、ヴィトゲンシュタインの哲学、タンニンの収斂作用、初恋の乙女の胸キュン、自己矛盾による存在否定と深夜の血糖値問題、シマエナガのフライトログ、そして全七十章の長編ポエムと三日間の歴史解説……。
これらを無理やり「特異点としての自身を形成する情報」として処理し、宇宙アーカイブの一部に記憶しようとするには、彼女たちの言語データがあまりにもスパゲッティ化――意味不明に絡まり合い過ぎていたのである。
「破壊する」「全てを取り込む」「反転させる」という、無機質かつ明快で邪悪な三位一体の真理だったはずの自らのアイデンティティは、
「セイアの長ったらしく迂遠な推論」により『本当に自分は破壊などしたかったのか?』という根本的哲学の疑問符で分解され―――
「ケルシーの異常なまでに隙のない多方面からの分析」による過剰な情報量による洪水でサーバーダウンを引き起こし―――
極め付けに「キュレネの全てを愛に集約させる強引でポエティックなバグ翻訳」により、ただの“風流なクーラー役の寂しい子ども”として認識枠を破壊されてしまったのだ。
『リ、リカイフノウ。ろんりツノホウカイ……我ハ……ガ……。ポ……ポエムトテツガクとレキシノハザマ……ワタシハダレダ……ナンナンダ……!』
空中を覆い尽くしていた漆黒の潮は急速に色褪せ、無敵を誇った源石の結晶はボロボロと自らの演算負荷で粉砕し始めた。
世界から取り込んだ情報で自身の「在るべき絶対的恐怖の形」を定義し続けるはずの、名も無き存在。
それは『目の前の女三人衆のおしゃべりによる無駄情報質量が、銀河数個分より重すぎて演算できない』という、特異点としては超絶初歩的かつ不名誉な問題により崩壊の臨界点を迎えていた。
『タス……タスケテ……。ダレカ……ョウヤクシテクレ……』
声を持たず名を紡げぬはずの神の成れの果てから放たれた、悲痛なる遺言。
それはもちろん一切の誰の耳にも届くことなく、巨大な虚無は自らが起こしたエラーと自己矛盾の檻の中へと、シュワシュワと溶解していった。
そして――。
ポンッ! と小さな炭酸が弾けるような可愛らしい音だけを残し、最強の次元災害は空の彼方へと完全に対消滅を遂げたのである。
▽▲▽▲▽▲
……そしてその後。
予告通りキュレネがポエムの朗読を開始し、それにケルシーが延々と補足の講義を挟み、セイアが別の角度から言葉の意味をコネコネと転がし続けること約三十時間――。
澄み切った陽だまりの庭園。
空は何事もなかったかのように元の蒼さを保ち、ふかふかとした白い雲が遠くで静かに形を変えていた。
心地良い小鳥のさえずりが微かに届き、穏やかな昼下がりがただそこに在った。
全てが解決し、終わっていた。
未曾有の特異点にして世界を食らうはずだった最強の融合神格は、彼女たちに向かって一歩も動く事なく「ウザすぎる長台詞モンスターたちの超絶マシントークから情報ゲシュタルト崩壊を被る」という、前代未聞の理由で自死したのである。
だが、当のテーブルを囲む三人からすれば、脅威の死すらただのバックグラウンドでしかなかった。
「―――ふう! あー、楽しかった♪七十章全て詠い上げて、それをそっくりそのままケルシー先生に全て論理と歴史分析で解説してもらうなんて、最高のアトラクションだったわね! さあ、少し休憩したら次のお話に行きましょう?」
「……私の言語野に最適化された解析モデルと高カロリーな語彙に、君が一切怯むことなく最後までパッションのみでついてくるとは予想外だった。君の情動言語が持つ無駄な装飾の奥に、規則性のある生命法則が存在する点を客観的に証明できたのは実のあるセッションだったと認めよう。喋り過ぎて喉が少し乾いた。二度目のドローンの空輸要請を出すべきか」
「……君たちが延々と三十時間はポエムと論文のハイブリッド討論で応酬している間、私はたまに訪れる沈黙の中、この意識の混ざり合いこそにコミュニケーションの極北を見出していたよ。だが驚くべきことだね。あれだけ長い間我々は『一つの極小の点である事象のメタ認識』を語り続けていたはずだが……なぜか少しも事態が前に進んだ気がしないし、むしろさらに解くべき疑問の扉が三つは増えてしまった感覚だよ。ふむ。……ところで二人とも」
ふと、セイアは美しいケモミミをピクリと動かし、視線を空へと向けた。
「お茶会の途中で、あの空に大きな真っ黒い雲みたいな、ちょっとだけ機嫌の悪そうなアレが居座っていたように思うのだけれど……何時の間にかどこかへ消えてしまったみたいだ。……結局のところ、アレはなんだったのだろうね?」
「恐らく単なる次元揺らぎによる空間的な虚像……紅茶に落とす一時の影だろう」
「ふふ、愛が通じたから満足して帰ったのに決まってるじゃない♪」
彼女の視線の先には、既に透き通るように広がる綺麗な青空が広がっているだけである。
テーブルの上の空になったマイセンのティーカップの縁をなぞりながら。彼女たちの脳内には『誰かが世界を救った』という英雄的意識も、自分たちが脅威だったという自覚すらも一切存在していなかった。
かくして、三人のマシンガントークの前に、世界の平和と次元の歪みは意図せず強制的に修正・保全されたらしい。
『たった一行の結論を出すためだけに原稿用紙千枚を平気で費やす長台詞モンスター女たち』を、絶対に三人も集めてお茶会などさせてはならない――。
そんな冷厳なる宇宙の真理だけが今も楽しくお喋りする彼女たちの知らぬ次元の片隅に、こっそりと静かに刻み込まれていたのだった。