北の雪山は、生命を拒絶する白銀の壁だった。
吹き荒れる吹雪が視界を奪い、鋭い氷の礫(つぶて)が黄金の甲冑を叩く。
並の人間であれば、一刻と経たずに体温を奪われ、雪に埋もれるだろう。
「……前を見ろ。立ち止まれば、そのまま凍りつくぞ」
ゴブリンスレイヤーは、雪に半分埋もれながらも、正確に方角を見定めて進んでいた。
彼は防寒用に獣の毛皮を鎧の上に纏い、時折、雪の下に隠された小鬼の足跡を確かめる。
対するオーンスタインは、獅子兜を深く被り、風を切り裂くように歩を運んでいた。
かつて雪深い絵画世界や、凍てつく城を駆け抜けた彼にとって、この程度の寒気は苦ではない。
だが、背負った『竜狩りの槍』が、時折震えるような共鳴音を立てるのが気になった。
楔石が近くにあることで、槍に宿るソウルが「熱」を求めて急き立てている。
「……ギギギッ!」
吹雪の幕の向こうから、白い毛皮を纏った小鬼たちが飛び出してきた。
雪山に順応した『雪原小鬼(スノー・ゴブリン)』だ。
奴らは雪の中に潜み、通り過ぎる獲物を集団で引きずり込む。
オーンスタインは槍を振るうことさえせず、雪を蹴って一歩前に出た。
「――邪魔だ」
黄金の篭手が、飛びかかってきた小鬼の顔面を正面から掴み、そのまま岩壁へと叩きつける。
返す刀で槍を短く持ち、雪の中から突き出された槍を十字の横枝で押さえつけ、そのまま持ち主ごと雪の下へ踏み抜いた。
「……無駄な動きをするな。酸素が薄い」
ゴブリンスレイヤーが短剣で最後の一匹を仕留め、注意を促す。
「……案ずるな。呼吸の制御は、騎士の基本だ」
二人は、山の中腹に口を開ける巨大な石門へと辿り着いた。
かつてドワーフたちが築き上げた、精緻な彫刻が施された遺跡。だが、その入り口は今や小鬼たちの汚物と、煮炊きの煤で黒ずんでいた。
そして、門の奥からは、この極寒の地には似つかわしくない「熱気」が、陽炎のように立ち昇っている。
「……この熱。間違いないな」
「ああ。奴らはこの奥に陣取っている。……火を使える小鬼は、賢い。そして、賢い小鬼は厄介だ」
遺跡の内部は、巨大な吹き抜けの構造になっていた。
地下深くから汲み上げられた溶岩が、石の溝を伝ってオレンジ色の脈動のように流れている。
その熱を利用し、無数の小鬼たちが、鉄屑を叩き、歪な武具を量産していた。
だが、オーンスタインの目は、工房の中央に鎮座する「設備」に釘付けになった。
そこには、ドワーフの技術とは明らかに異なる、巨大な黒い鋳鉄の火炉(いろり)が据えられていた。
それは、彼がかつて見たアノール・ロンドの巨人の鍛冶屋が使っていたものに、驚くほど似通っていた。
「……なぜ、あれがここにある」
小鬼たちは、その火炉を囲み、何かを捧げるようにして煤けた祈りを捧げている。
中央に立つ、一際大きな体躯の「小鬼の職人(ゴブリン・スミス)」が、歪な槌を振り上げ、火炉の中から赤く染まった「何か」を取り出した。
それは、楔石の熱によって鍛え直された、折れない毒刀。
神代の遺産が、害獣たちの手によって、最悪の凶器へと作り変えられようとしていた。
オーンスタインの鎧から、パチリ、と静かな火花が散った。
「……狩人よ。作戦はあるか」
「……火薬は持ってきた。工房ごと吹き飛ばすのが一番早い」
「……よかろう。だが、あの火炉だけは残せ。……あれは、奴らが触れていいものではない」
黄金の騎士は、槍の布を完全に解き放った。
溶岩の照り返しを受け、黄金の甲冑が赤く燃えるように輝く。
かつて竜を屠り、神の門を守った騎士の武威が、小鬼たちの「不浄な工房」を飲み込もうとしていた。
その内白霊とかも出すかどうか
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出せ
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出すな
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闇霊なら許す
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白も闇も出せ