竜狩りと辺境の街   作:もいもい130

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第16話

 

「――ギギッ!? ギガァァッ!!」

 

突如として工房に投げ込まれた火薬瓶が炸裂し、小鬼(ゴブリン)たちの悲鳴が上がった。

爆炎と煙が渦巻く中、黄金の巨躯が溶岩の照り返しを背に受けて躍り出る。

 

オーンスタインの動きは、流麗かつ苛烈だった。

殺到する小鬼の群れに対し、彼は十字槍を大きく一閃させる。

刺突武器であるはずの槍が、両手持ちの遠心力を伴って「破壊の質量」と化す。

十字の横枝が小鬼たちの安物の盾を紙のように引き裂き、その肉体を容赦なく石床へと叩き伏せた。

 

「……火炉には触れさせぬ。あれは、小鬼共らが汚してよいものではない」

 

彼の声は、吹き出す溶岩の唸りよりも重く、冷徹だった。

一方、ゴブリンスレイヤーは煙に紛れ、工房の隅で繋がれていた捕虜たちの縄を切りながら、冷ややかに状況を観察していた。

 

「……おかしい。奴ら、逃げない。……あの火炉を守っている」

 

その言葉を裏付けるように、工房の奥から一際巨大な小鬼――「小鬼の職人(ゴブリン・スミス)」が、赤く焼けた大鉈を振りかざして現れた。

その大鉈の根元には、歪に砕かれた『楔石の欠片』が埋め込まれ、不気味な紫黒色の光を放っている。

オーンスタインは槍を鋭く突き出した。

正確無比、小鬼職人の喉元を射抜くはずの一撃。

 

だが、ガキィィィィン!! という、この世界の魔物からはおよそ想像もつかぬ硬質な音が響き渡った。

 

「……ほう。楔石の加護を、その身に受けたか」

 

小鬼職人は、首筋に槍の切っ先を突き立てられながらも、首を横に振ってその衝撃を逸らした。

大鉈に埋め込まれた石から漏れ出す「黒い煤」のようなものが、小鬼の皮膚を岩のように変質させ、異様な強靭度を与えている。

 

オーンスタインはその「黒い煤」の正体に気づき、獅子兜の奥で瞳を細めた。

それは、彼がかつて奈落の淵で見続けたもの。人の魂が腐り果て、理を失った末に辿り着く影――「人性」の成れの果てだ。

 

視線を火床の底に向ければ、そこには燃え滓ではない、光を吸い込むようなドロリとした黒い泥が溜まっていた。

小鬼たちは楔石の熱だけでなく、捕らえた冒険者たちの魂を「燃料」として火床に投げ入れ、その怨嗟を武具に塗り込めていたのだ。

 

「……かつて世界を蝕んだ闇を、このような獣どもが弄ぶか」

 

怒りではない。

それは、世界を維持しようとした騎士としての、根源的な「拒絶」だった。

オーンスタインは十字槍を両手で深く握り直し、腰を落とした。

槍の穂先から、今までで最も激しい、怒れる雷光が迸る。

小鬼職人が大鉈を振り上げ、狂ったように叫ぶ。

だが、神の時代を生き抜いた騎士の前では、その力はあまりに不浄で、そして脆弱だった。

 

「……人間性を、鍛冶の火にくべたというのか」

 

オーンスタインの獅子兜の奥で、静かな、しかし確かな殺意が宿った。

かつて火を継ぎ、闇を退けるために戦い続けた彼にとって、人の魂の根源である「人間性」を、ただの道具を打つための燃料として消費するなど、万死に値する冒涜に他ならない。

 

「ギギッ!? ギガァァァッ!!」

 

異形化した小鬼の職人が、黒い霧を吹き出しながら大鉈を振り下ろす。

人性の闇が混じった一撃は、周囲の空気を腐食させるような異様な重圧を伴っていた。

だが、オーンスタインはそれを槍の穂先だけで正面から受け止めた。

 

「……あやつらが守り、受け継いだ火。貴公らのような獣が、その闇で汚してよいものではない」

 

オーンスタインが槍を両手で握り直し、力を込める。

パチパチという放電音が、工房の地鳴りのような溶岩の音を圧していく。

槍の穂先から溢れ出した黄金の雷光が、小鬼の職人が纏う黒い煤を強引に剥ぎ取っていく。

 

「――消えろ、不浄の輩」

 

「雷の杭」

 

槍を至近距離で突き立てたまま、黄金の雷を拳から直接流し込む。

全盛期の威力を欠いているとはいえ、その「光」は深淵の闇を焼くには十分な純度を持っていた。

小鬼の職人は内側から光に焼かれ、悲鳴を上げる間もなく、その巨躯を爆ぜさせて溶岩の溝へと崩れ落ちた。

 

しかし、その瞬間。

主を失った火床が、不安定な人間性の闇と雷の衝撃に耐えきれず、激しく脈動し始めた。

 

「オーンスタイン! ここはもう保たん、崩れるぞ!」

 

入り口で捕虜を抱えたゴブリンスレイヤーが叫ぶ。

天井から巨大な氷柱と岩が降り注ぎ、工房全体が自重に耐えかねて悲鳴を上げていた。

 

オーンスタインは、崩落の喧騒の中で、ただ一点――火炉の中央に鎮座する、あの「黒鉄の火床」を見据えていた。

その中心で、楔石のエネルギーに混じって、一つの「小さな火」が消えそうに揺れている。

それは、神代の理を宿した「火種」。

これさえあれば、彼の槍は本来の輝きを取り戻せる。

だが、同時にこれは、悪意ある者の手に渡れば再び地獄を生み出す種でもある。

 

「……これだけは、置いていくわけにはいかぬ」

 

オーンスタインは、吹き上がる熱風と崩れる瓦礫を突き抜け、赤く焼けた火床の中へと手を伸ばした。

黄金の篭手が熱に炙られ、嫌な音を立てる。だが、彼は構わず、その中心にある「熱の核」を掴み取った。

 

「――っ!」

 

腕を伝う激痛。だが、掴んだ確かな感触。

彼はそのまま地を蹴り、崩落する遺跡の出口へと向かって疾走した。

背後で巨大な石門が轟音と共に崩れ、工房は溶岩と雪崩の底へと沈んでいった。

 

雪山の麓。

吹き荒れる吹雪の中、命からがら脱出した一行は、岩陰の洞窟へと逃げ込んでいた。

オーンスタインは、熱で煤けた篭手を開き、中にあるものを見つめた。

それは、石でも金属でもない、掌の中で静かに脈動する「黄金の火種」。

 

「……お前の腕。……焼けているぞ」

 

ゴブリンスレイヤーが、手当ての準備をしながら短く言った。

 

「……案ずるな。この熱、かつて慣れ親しんだものだ」

 

オーンスタインは、自らの『竜狩りの槍』を、黄金の火種に近づけた。

槍が喜ぶように共鳴し、失われていた雷の紋様が、刀身に微かな光を戻していく。

 

「……だが、あの小鬼たちが言っていたことが気になる」

 

助け出された冒険者が、震える声で口を開いた。

 

「……奴ら、もっと北の……氷の城に、『主(あるじ)』がいるって……。黒い霧を纏った、お前みたいな……大きな騎士様がいたって……」

 

オーンスタインの獅子兜が、ピクリと動いた。

 

「……黒い霧を纏った、騎士だと?」

 

深淵。あるいは、その闇に呑まれたかつての同胞。

彼の放浪の旅は、この雪山で終わるどころか、より深い闇の核心へと向かおうとしていた。

その内白霊とかも出すかどうか

  • 出せ
  • 出すな
  • 闇霊なら許す
  • 白も闇も出せ
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