竜狩りと辺境の街   作:もいもい130

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第17話

 

雪山の切り立った岩陰、吹き荒れる風を辛うじて遮る場所で、オーンスタインは一人、自らの得物と向き合っていた。

 

周囲に広がる白銀の世界は、時折猛烈な地吹雪によってその境界を曖昧にし、黄金の騎士の輪郭さえも飲み込もうとする。

 

だが、彼の手元に灯る黄金の火種だけは、この世の摂理に抗うように、その周囲の雪を静かに、しかし力強く溶かし続けていた。

 

彼は懐から楔石の大破片を取り出した。

この石が持つ意味を、この世界の住人は決して理解し得ないだろう。それは単なる硬い鉱石ではない。

かつて神々が武具を鍛え、限界を超えさせるために注ぎ込んだソウルの結晶そのものだ。彼はその大破片を、掌の中の火種へと近づけた。

 

触れ合った瞬間、石は即座に反応し、内側から青白い光を激しく放ち始めた。

その熱は極寒の風さえも焼き尽くすほどに膨れ上がり、オーンスタインは迷うことなく、その光り輝く石を愛槍である十字槍の刀身へと押し当てた。

 

かつてアノール・ロンドの巨人の鍛冶屋が、巨大な金槌を振るい、雷の力をソウルと共に叩き込んだように、オーンスタインは自らの意志を、火種の熱を介して槍に注ぎ込む。

 

石が液状に溶け出し、槍の表面を這い、異世界の理に晒され続けて生じた微細な「欠け」を、あるいは目に見えぬ「摩耗」を、一つ一つ丁寧に埋めていく。

槍が歓喜するように鳴った。かつて竜の硬皮を貫き、神々の門を守護した際の誇りが呼び覚まされる。刀身を伝い、かつての輝きを彷彿とさせる鮮烈な雷光が走った。全盛期の、それこそ神々の威光をそのまま体現したような雷には及ぶべくもないが、それは紛れもなく、不浄なるものを焼き切るための純度を取り戻しつつあった。

 

不意に、背後で雪を踏み締める音がした。

それは微かではあったが、騎士の研ぎ澄まされた感覚はその存在を明確に捉えていた。

鉄兜を被った男、ゴブリンスレイヤーだ。彼は救出した冒険者を近くの洞窟で休ませ、一人でオーンスタインの様子を見に来たようだった。

 

「槍を直したのか」

 

ゴブリンスレイヤーの問いは、感情を排した、事実を確認するためだけの響きを持っていた。

それに対し、オーンスタインは答えの代わりに槍を一閃させた。雪原を走る風を切り裂き、穂先から散った雷の余波が、瞬時に周囲の雪を蒸発させ、白い煙となって虚空へ消えていく。

 

「仮の修復だ。この地に馴染みすぎた槍に、喝を入れたに過ぎぬ。だが、これで少しは、騎士らしい戦いができるだろう」

 

オーンスタインの声には、僅かながらの安堵、あるいは確かな決意が混じっていた。

自らの半身とも言える槍が力を取り戻すことは、この不確かな世界において、自らの存在証明を再確認することと同義であった。彼は槍を背負い直すと、獅子兜を僅かに傾け、ゴブリンスレイヤーを静かに見据えた。

 

ゴブリンスレイヤーは、その槍から放たれる異質な威圧感を無言で観察していた。

彼がこれまで戦ってきた、あるいは目にしてきたどの魔術師の杖や、高名な剣士の名剣とも異なる「理」がそこにはあった。だが、彼にとって重要なのはその神秘性ではなく、それが小鬼を殺すための道具としてどれほどの価値があるか、一点のみであった。

 

「小鬼たちが言っていた。北の離宮に、主がいると。黄金の鎧を着た、見上げるほど大きな『巨人』だそうだ。そいつが小鬼共に、道具の作り方を教えているらしい」

 

ゴブリンスレイヤーの言葉に、オーンスタインの双眸が鋭くなる。黄金の鎧。

見上げるほどの巨躯。その特徴から導き出される答えは、一つしかなかった。かつて神々の都、アノール・ロンドの門前にて、不動の守護として鎮座していた「巨人兵」。

もし彼らがこの地に迷い込み、深淵の闇に侵され、小鬼を率いる怪物と化しているのだとしたら。

それは騎士として、あまりにも耐え難い屈辱であった。

 

「狩人よ。貴公の目的は、あくまで小鬼の根絶であったな。その離宮に小鬼がいないのであれば、貴公が付いてくる理由はないはずだ」

 

オーンスタインは敢えて突き放すように言った。

これから向かう先にあるのは、単なる小鬼の巣ではない。かつて世界を滅ぼさんとした闇、深淵の縁である可能性が高い。そこに、この世界の人間を連れていくことが、騎士としての正しき選択なのか、彼には測りかねていた。

 

だが、ゴブリンスレイヤーは腰の短剣に手をかけ、視線を北の果てへと向けたまま、淡々と答えた。

 

「奴らは主がいると言った。小鬼に主がいるのなら、そいつも殺す必要がある。それが何であれ、小鬼を使っているのなら、俺の敵だ」

 

その瞳には、恐怖も、野心も、使命感さえも、通常の人間のそれとは異なる形で宿っていた。

オーンスタインは、獅子兜の下で微かに口角を上げた。共感ではなく、ただ一つの目的に向かって迷いなく突き進むその執念が、かつて火を継ごうとした英雄たちの姿に、どこか重なって見えたのだ。

 

「よかろう。北の果て、氷の離宮。そこにあるのが深淵の罠であろうと、我らの歩みを止めることはできぬ。貴公の執念、この戦いにおいて道標となるやもしれぬ」

 

二人の冒険者は、夜の雪原へと足を踏み出した。

一人は、失われた世界の残滓を清算するために。一人は、ただ害獣の巣を一つ残らず潰し、その脅威を根絶するために。

 

北へ進むにつれ、吹雪の中に「黒い煤」のようなものが混じり始める。それは空から降る灰のようでもあり、あるいは世界そのものが腐食し始めている兆しのようでもあった。

 

オーンスタインは、槍の柄を握る手に一層の力を込める。掌の火種が、かつてないほど激しく警告の鼓動を刻んでいた。

 

雪を噛む足音だけが、極寒の静寂に響く。

やがて彼らの視線の先、吹雪の幕の向こう側に、天を突くほどに巨大で、それでいて不気味な静謐を湛えた「氷の離宮」が姿を現した。それは、オーンスタインにとっては懐かしく、同時に忌まわしい、かつての王都の面影をどこかに宿した、異界の建造物であった。

 

「小鬼の気配がする。かなり、多い。……罠か」

 

ゴブリンスレイヤーが足を止め、周囲の積雪を確認しながら呟いた。

彼にとって、離宮の荘厳さなどどうでもよかった。そこにあるのは、狩るべき獲物の巨大な巣でしかなかった。

 

「……ああ。そして、奥には不浄なる影が潜んでいる。貴公は周囲の雑兵を、私はその核を討つ。異論はあるまい」

 

「逃がさないのなら、構わない。……死ぬなよ。小鬼に殺されれば、俺の仕事が増える」

 

「案ずるな。我が槍にかけて、そのような不名誉は選ばぬ」

 

二人の影は、巨大な石門の影へと吸い込まれていく。

そこから先は、この世界の光も、理も届かぬ、深淵の領域であった。騎士は槍を構え、狩人は短剣を抜いた。

黄金と灰色の共闘は、ついにその核心へと至ろうとしていた。

 

離宮の内部は、外の極寒とは対照的に、淀んだ熱気と、何かが焦げ付くような臭いに満ちていた。壁にはかつての栄華を物語る彫刻が残されていたが、その多くは小鬼たちの爪痕によって削られ、汚物によって汚されていた。

 

「ギギッ……! ギガァァッ!!」

 

暗闇の中から、赤い眼光を放つ小鬼たちが姿を現す。

それらは深淵の影響を受けているのか、通常の個体よりも一回り大きく、全身の皮膚が不気味に黒ずんでいた。

 

「……来るぞ。かつての部下の成れの果てまで、道を作らねばならぬ」

 

オーンスタインは十字槍を低く構え、踏み出した。仮修復によって取り戻された鋭い刺突が、空気を引き裂き、小鬼の胸板を貫く。

黄金の火花が暗闇を照らし、深淵に侵された肉体を焼き尽くしていく。

 

彼は槍を振るう際、あえて雷の出力を抑えていた。

これから対峙するであろう強敵、深淵に呑まれた巨人兵。その魂を解放するためには、この槍に宿る全エネルギーをぶつける必要があることを、彼は肌で感じていた。

 

「一匹も、通すな。この先にいる主、我らが引導を渡す」

 

黄金の騎士と鉄兜の狩人は、無数の小鬼が蠢く離宮の奥へと、迷うことなく突き進んでいった。

その歩みには、一切の躊躇も、一切の慈悲もなかった。ただ、自らの成すべき事のために。

 

オーンスタインの脳裏には、かつて王都の門で不動の姿勢を守り続けていた巨人兵たちの姿が過っていた。彼らがなぜ、この異界の地で深淵に堕ちなければならなかったのか。

その理由は判らない。だが、もし彼らが今の自分の姿を見れば、何と言うだろうか。

 

「……待っていろ。すぐに、終わらせてやる」

 

槍の穂先が、闇の中で静かに、しかし熱く黄金色に燃え上がった。

二人の戦士の足跡は、深い雪と闇に覆われた離宮の深部へと、刻一刻と刻まれていく。

それは、神代の遺恨を晴らし、新たな世界での生きる道を拓くための、血塗られた行軍であった。

 

彼らの背後では、倒された小鬼たちが黒い霧となって消えていく。

深淵の闇は深く、出口は見えない。だが、黄金の槍が放つ光だけは、決して絶えることなく、凍てつく離宮の深奥を照らし続けていた。その光は、救いか、それとも断罪か。それを知るのは、闇の最奥に待つ巨人兵のみであった。

その内白霊とかも出すかどうか

  • 出せ
  • 出すな
  • 闇霊なら許す
  • 白も闇も出せ
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