竜狩りと辺境の街   作:もいもい130

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第19話

巨人の大槌が虚空を裂き、広間を支える柱の一つを粉々に砕いた。崩落する瓦礫と、深淵の闇が混ざり合った煤が視界を遮る。だが、オーンスタインの瞳は、揺らぐことのない雷の光を湛え、巨人の喉元を射抜いていた。

 

もはや、そこに言葉の介在する余地はない。深淵に呑まれた巨人兵は、ただの肉の塊ではない。

かつて神々の都を守護した誇りが、呪いへと転じた悍ましい影だ。

巨人が残された力を振り絞り、咆哮と共に大槌を振りかぶる。その動作に合わせて、鎧の隙間から噴き出す人間性の煤が、まるで意思を持つかのように触手となってオーンスタインへと這い寄る。

 

「――無益だ」

 

オーンスタインは静かに、しかし力強く地を蹴った。

人間性の煤が彼の脚に絡みつこうとするが、十字槍から溢れ出す黄金の雷光が、それを近づけることさえ許さない。騎士は加速する。石畳を削り、光の筋となって巨人の懐へと飛び込んだ。

巨人が大槌を振り下ろす。だが、オーンスタインはその一撃を待たなかった。

 

「おおぉぉぉぉっ!!」

 

「突撃」

 

それはかつて黒騎士を屠った一撃とは、重みが違った。仮修復によって純度を高めた黄金の火種が、槍の芯から爆発的な推進力を生み出す。

十字槍の穂先は、巨人の首筋を保護する厚い真鍮の防具を紙のように貫き、その深奥にある、闇に汚れ切ったソウルの核へと到達した。

 

ドォォォォォォン!!

 

広間全体が白銀の世界に染まった。

雷の杭が、槍を媒介にして巨人の体内に直接打ち込まれる。

巨人の巨躯が激しく震え、その内側から黄金の光が漏れ出した。鎧の隙間から噴き出していた黒い煙は、雷の浄化に耐えかねて霧散し、代わりに暖かな、しかし悲しげな残り火の香りが立ち込める。

 

巨人の動きが止まった。

振り上げられていた大槌がその手から零れ落ち、凄まじい轟音と共に石畳に沈む。

巨人は、ゆっくりと、崩れるように両膝を突いた。

 

「……さらばだ。王の番人よ」

 

オーンスタインが槍を引き抜くと、巨人の体から光が抜けていく。

崩落を始めた離宮の天井から雪が舞い落ち、それが巨人の煤けた鎧に触れては蒸発していく。

巨人は、最後に一度だけ、オーンスタインの獅子兜を見上げた。

その奥にある虚無の瞳に、一瞬だけ、かつて王都の門で共に過ごした際の、静かな忠誠の光が宿ったように見えた。

巨人の肉体は、砂が崩れるように消え去った。

後に残されたのは、小鬼たちが汚した汚物さえも焼き払われ、清浄な空気を取り戻した広い空間と、巨人が握っていた折れた大槌の破片だけだった。

 

「……終わったか」

 

背後から、低く、冷徹な声が響いた。

ゴブリンスレイヤーだ。彼は、離宮に溢れていた小鬼の掃討を終え、血塗られた短剣を鞘に納めながら歩み寄ってきた。彼の甲冑もまた、返り血と煤で汚れきっていたが、その足取りには一点の迷いもなかった。

 

「ああ。……奴らの主は、もういない」

 

オーンスタインは、地面に落ちていた大槌の破片を拾い上げ、静かに懐へ収めた。それは、この世界に流れ着いた同胞への、騎士としてのせめてもの弔いであった。

 

「小鬼どもは、主がいなくなって逃げ出した。……残りは、外で雪に埋もれるだろう。あるいは、俺が追いかけて殺す」

 

ゴブリンスレイヤーは、崩れゆく離宮の天井を見上げ、淡々と言った。

彼にとって、この戦いは「大きな気配」との死闘ではなく、あくまで「小鬼の主を排除し、巣を壊滅させる」という業務の一環に過ぎなかった。

だが、彼はオーンスタインの十字槍に宿る、かつて見たこともないほど眩い雷の光を、その目に焼き付けていた。

 

「……お前の槍。少し、変わったな」

 

「……本来の姿に、一歩近づいただけだ」

 

オーンスタインは槍を背負い直した。

北の地での戦いは、彼に「かつての同胞の残滓」という過酷な再会をもたらした。

だが同時に、この世界の理の外側に潜む「深淵」の脅威を、改めて自覚させることにもなった。

 

「狩人よ。貴公はこれからどうする」

 

「……街へ帰る。そして、また小鬼を殺す。それだけだ」

 

「左様か。……私も、暫くは貴公の街に留まるとしよう。この地に溢れ出した闇の雫、それを拭うのが、最後の一人となった四騎士としての、私の責務であるやもしれぬ」

 

黄金の騎士と鉄兜の狩人は、崩落する離宮を後にし、夜明け前の雪原へと歩み出した。

朝日が昇り始め、白銀の世界を薄紅色に染め上げていく。

彼らの歩む先には、依然として小鬼の脅威と、深淵の闇が口を開けて待っている。

だが、その足跡は、かつてよりも深く、強く、この世界の土に刻まれていた。

 

北の離宮が崩落し、深淵の残滓を雪の下に埋めてから数日。オーンスタインとゴブリンスレイヤーは、辺境の街へと帰り着いた。

だが、街の門を潜った瞬間、二人の間に流れる空気は、これまでの「共闘」という仮初めの紐帯を解き、元の「他人」へと戻ることを示していた。

 

ゴブリンスレイヤーはギルドの扉を前にして、一度も振り返ることなく足を止めた。

 

「俺は、報酬を受け取り、次の巣を探す。……お前はどうする」

 

その問いに、オーンスタインは獅子兜を揺らし、視線を街の喧騒ではなく、さらに遠い空へと向けた。

彼の懐には、巨人兵の遺品である大槌の破片がある。その冷たさは、彼に安住を許さない。

 

「貴公と共に歩むのは、ここまでだ。私の槍を癒すための火は手に入れた。そして、この地に流れ着いた同胞の末路も、この目で確かめた。……これより先は、私一人の戦いとなる」

 

「そうか。……死ぬなよ。お前が死んで、小鬼がその槍を拾えば、厄介なことになる」

 

「案ずるな、狩人よ。そのような不名誉を、我が騎士道が許さぬ」

 

ゴブリンスレイヤーは短く「ああ」とだけ応じると、そのままギルドの喧騒の中へと消えていった。

彼は再び、孤独な「小鬼殺し」としての日常に戻り、オーンスタインもまた、この世界の理を探求する「放浪の騎士」へと戻る。

 

オーンスタインは、街の鍛冶屋の隅を借り、自らの槍の手入れを始めた。火種と楔石によって仮修復された十字槍は、以前よりも鋭い雷光を帯びている。

だが、彼は満足していなかった。雪山で出会った巨人兵の変貌。それは、この世界のどこかに、深淵を呼び込み、かつての同胞たちを汚染し続けている「根源」が存在することを意味している。

 

「……私の使命は、ただ小鬼を狩ることではない。この地に蔓延る深淵を断つことだ」

 

彼は、懐の大槌の破片を取り出し、それを槍の石突にそっと触れさせた。

すると、破片から微かな闇の煤が立ち昇り、特定の方向――南の方角を指し示すように、床の上を這った。

深淵は、さらに深く、暗い場所へと続いている。

それは水の都か、あるいはさらにその先か。

 

オーンスタインは、修理屋の主人に銀貨を置き、誰に告げることもなく街の門へと向かった。

ギルドの掲示板に並ぶ低級な依頼に興味はない。

彼は、自らの槍が放つ雷の導きだけを信じ、雪の解け始めた泥道を一人歩み始めた。

 

「……王よ。私が最後の一人となろうとも、騎士の矜持を汚すことはありませぬ」

 

黄金の甲冑が、街の門を抜けて街道へと消えていく。

その背中は、かつてアノール・ロンドの門を数百年守り続けた時と同じく、誰の助けも求めぬ孤高の輝きを放っていた。

 

彼が進む先には、水の都の噂や、地下遺構の闇が待ち構えている。だが、そこに「小鬼殺し」の姿はない。オーンスタインはただ、自らの魂が命ずるまま、深淵を討ち、理を正すための長い旅路へと、再びその足を踏み出した。

その内白霊とかも出すかどうか

  • 出せ
  • 出すな
  • 闇霊なら許す
  • 白も闇も出せ
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