竜狩りと辺境の街   作:もいもい130

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第21話

古戦場跡の入り口に立つオーンスタインの眼前に広がっていたのは、ただの荒野ではなかった。

そこには、数多の戦士たちが流した血と執念が、長い年月を経て深淵の闇と混じり合い、土壌そのものを腐食させた「墓標の海」があった。突き刺さったまま朽ち果てた剣の残骸や、半ば土に埋もれた盾の破片が、朝靄の中で歪な牙のように突き出している。

 

彼は一歩、その呪われた大地へと足を踏み入れた。

その瞬間、懐の大槌の破片が激しく氷のように冷え切り、甲冑越しに彼の肌を刺した。

それと呼応するように、地面から黒い煤が陽炎のように立ち昇り、彼の黄金の具足を汚さんと這い寄る。

だが、十字槍から放たれる微かな放電がそれを寄せ付けず、パチパチという乾いた音と共に闇を弾き飛ばしていく。

 

「……これほどまでに濃いか。この世界の理が、これほど容易く闇に呑まれるとは」

オーンスタインは獅子兜の奥で瞳を細めた。彼の知る火の時代の終焉においても、深淵の浸食はこれほどまでに急速ではなかった。おそらく、この世界の「魔法」や「奇跡」の源となる力が、彼の知るソウルの理とは異なる脆さを持っているためだろう。彼は槍を構え、霧の向こう側から聞こえてくる不穏な音に耳を澄ませた。

 

カチ、カチ、という硬質な音が響く。それは小鬼たちが石を叩く音であり、同時に骨と骨が擦れ合う音でもあった。霧が風に流された一瞬、彼はその正体を目にした。

 

そこには、数百、あるいは数千の小鬼(ゴブリン)が集まっていた。だが、彼らは村を襲う時のように騒ぎ立てることはなく、まるで行列を作る巡礼者のように整列し、古戦場の中央に開いた巨大な「穴」に向かって跪いていた。その穴からは、どろりとした人間性の闇が溢れ出し、小鬼たちの肉体を侵食している。小鬼たちの皮膚は剥がれ落ち、そこから黒い霧が筋肉の繊維となって剥き出しになり、目はどろりとした赤黒い光を放っていた。

 

さらに、その小鬼たちの中心には、一体の「異形」が鎮座していた。

それは小鬼ではなかった。かつてこの戦場で命を落とした戦士の遺骸に、膨大な量の人間性と小鬼の肉が継ぎ接ぎされた、おぞましい「深淵の落とし子」だ。その異形は、オーンスタインが雪山で葬った巨人兵の鎧の破片を、自らの胸に埋め込み、そこから漏れ出す闇の力を吸い上げていた。

 

「……私の部下の欠片を、そのような肉塊の核に据えたか。……獣め、その不遜、万死に値する」

オーンスタインの全身から、静かな、しかし苛烈な殺意が溢れ出した。彼は十字槍を両手で深く握り、腰を落とした。槍の穂先から迸る雷光が、周囲の霧を一瞬で焼き払い、戦場跡に黄金の輝きを取り戻させる。

 

小鬼たちが一斉に振り返った。彼らにとって、その光は太陽よりも眩しく、そして何よりも恐ろしい断罪の輝きであった。咆哮と共に、黒い煤を纏った小鬼の群れが、地を埋め尽くす波となってオーンスタインへと殺到した。

「――道をあけよ。不浄の輩に、名乗る名など持たぬ」

オーンスタインの一歩は、重戦車の突撃にも等しい破壊力を伴っていた。彼は跳ぶのではなく、地を滑るように加速し、最前列の小鬼たちを十字槍の刺突で一網打尽にした。穂先が肉を貫くたびに、黄金の雷が体内を駆け巡り、人間性の闇を根源から焼き滅ぼしていく。

 

一匹の大型の小鬼が、深淵の力で肥大化した腕を振り回し、オーンスタインの脳天を目がけて振り下ろした。だが、オーンスタインはそれを槍の石突で受け流し、流れるような動作で十字の横枝を小鬼の喉元に引っ掛けた。そのまま力任せに引き寄せ、地に伏せさせた頭部を鉄靴で踏み砕く。

 

「……脆いな。闇に頼り、自らの分を忘れた報いだ」

彼は止まらない。小鬼の死体が黒い霧となって消える間もなく、次の獲物へと槍を突き入れる。狭い場所での戦いではない。この広大な古戦場こそが、竜狩りの槍がその真価を発揮する舞台であった。彼は槍を大きく振り回し、円を描くようななぎ払いで周囲の小鬼をまとめて吹き飛ばした。雷の余波が大地を焼き、煤けた空気に清浄なオゾンの臭いをもたらす。

 

だが、中央に座す異形は動かない。ただ、小鬼たちが殺されるたびに霧散する闇を、その体内に取り込み続け、その身をさらに巨大化させていた。その胸に埋め込まれた巨人兵の破片が、オーンスタインの存在に共鳴するように赤黒く脈動している。

 

「……案ずるな、友よ。すぐにその魂を、あるべき場所へ還してやろう」

オーンスタインは、押し寄せる小鬼の波を切り裂きながら、一歩ずつ、確実にその異形へと近づいていった。彼の甲冑に刻まれた傷跡が、飛び散る闇の返り血を弾き、黄金の輝きはいよいよその純度を高めていく。

戦場に響くのは、雷鳴と小鬼たちの断末魔。そして、重厚な鉄靴が大地を踏み締める、騎士の峻烈な足音であった。彼はたった一人で、この世に染み出した深淵の底を突き破ろうとしていた。その歩みには迷いも、恐怖もない。ただ、かつて神に誓った騎士の誇りと、同胞への鎮魂の情だけが、彼の槍を突き動かしていた。

 

ついに、異形の鼻先へと辿り着いたオーンスタインは、槍を天高く掲げた。雲一つない冬の青空から、彼の意思に応えるように雷雲が立ち込め、戦場全体が神代の怒りに震え始めた。

 

「――我が槍は竜をも屠る。貴公のような泥の化け物、その一撃で十分だ」

黄金の騎士と、深淵の異形。その激突の瞬間、古戦場跡は白銀の閃光に飲み込まれた。

その内白霊とかも出すかどうか

  • 出せ
  • 出すな
  • 闇霊なら許す
  • 白も闇も出せ
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