竜狩りと辺境の街   作:もいもい130

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第3話

ギルドを出たオーンスタインの足取りは、重厚な鎧の音を響かせながらも、どこか浮世離れした静けさを保っていた。

 

手の中にあるのは、純白の磁器で作られた白磁等級のカード。かつて神の騎士として、王の四騎士として、太陽の光を背負っていた男に与えられたのは、この地で最も価値の低い「新米」の証だった。

 

「……位(くらい)など、何の意味もない。それは、あやつも同じか」

 

ふと、先ほどすれ違った鉄兜の男――ゴブリンスレイヤーの背中を思い出す。

 

あの中身のない、しかし執念だけが詰まったような歩き方。あの男は、序列にも名声にも興味がない。ただ、目の前の獲物を屠ることだけに魂を削っている。その在り方は、かつて竜という強大な絶望を前にして、ただ槍を研ぎ続けた自らの過去と、どこか薄暗いところで繋がっているような気がした。

 

街の喧騒は、夜が深まるにつれて色を変えていく。

 

冒険者たちの笑い声が酒場から溢れ出し、家路を急ぐ人々の松明が石畳をオレンジ色に染める。オーンスタインは賑わう大通りを避け、路地裏に近い一軒の宿屋を見つけた。

看板には、古びた盾の紋章。

 

『戦士の休息』――そう銘打たれたその宿は、派手さこそないが、石造りの壁が分厚く、外の騒がしさを遮断するには十分な堅牢さを持っていた。

 

「……宿を頼みたい。一晩、いや、しばらくの間だ」

 

カウンターにいた、片足を失った老主人に銀貨を一枚置く。主人は、黄金の鎧に刻まれた無数の傷跡と、獅子の兜の奥にある鋭い眼光を一瞥した。

 

「……良い鎧だ。そいつを脱ぐなら、鍵を貸そう。ここでは、中身が人間なら文句は言わん」

 

「……感謝する」

 

鍵を受け取り、二階の一番奥の部屋へ。

 

扉を閉め、閂(かんぬき)を落とした瞬間、ようやくオーンスタインは深い呼吸を吐き出した。

 

カチリ、と首元の金具を外し、獅子の兜をテーブルに置く。

 

露わになったのは、汗に濡れ、赤い髪を顔に張り付かせた一人の武人の素顔だった。

 

彼は一つずつ、丁寧に鎧を外していく。

 

篭手、胸当て、脚甲。煤けた黄金のパーツが並べられるたび、部屋の空気がかつての戦場の重みを帯びていくようだった。最後に、布に厳重に巻かれた『竜狩りの槍』を、壁に立てかける。

 

「……酷く、静かだな」

 

窓を開ければ、冷たい夜風が吹き込んできた。

 

かつてのアノール・ロンドには、夜などなかった。太陽王の娘が作り出した、偽りの、しかし永遠に等しい薄暮。そこにあったのは、神々の威光という名の停滞だった。

 

だが、この世界の夜は、ただ暗く、そして生き物たちの寝息と、どこか遠くで蠢く害獣の気配に満ちている。

 

運ばれてきた夕食は、塩気の強い肉の煮込みと、顎が疲れるほど硬い黒パン、そして薄い麦酒だった。

 

オーンスタインは、王族の前で食事を摂る際のような洗練された所作を崩さず、しかし飢えた戦士としての確かさでそれらを胃に収めた。

 

この世界の食事には、ソウルを回復させる魔力などない。だが、血肉となる熱はあった。

 

翌朝。

 

彼は獅子の兜を小脇に抱え、宿を出た。

 

目的地は、ギルドの裏手にほど近い、冒険者たちが武具の修繕を依頼する鍛冶場が集まる一角だ。

 

そこには、豪華な工房などなかった。

 

煤で顔を汚した職人たちが、火花を散らし、鉄を叩く。だが、彼らが扱っているのは、大量生産された安物の剣や、せいぜい質の良い鋼の盾だ。

 

「……この槍を、研ぎたい」

 

オーンスタインは、一人の老いた職人が営む、古びた金床の前に立った。

 

老職人は、布を解かれ、太陽の光の下で鈍い輝きを放った「竜狩りの槍」を一目見た瞬間、手に持っていた火箸を落とした。

 

「……なんだ、こりゃあ」

 

職人の声が震える。

 

十字の形をした穂先、神代の法を刻んだ金色の装飾、そして何より、この世のどんな鉱石とも異なる、深く、冷たい質感。

 

「……あんた、こいつをどこで手に入れた」

 

「かつて、私が仕えた王から賜ったものだ」

 

老職人は、恐る恐る指先で穂先に触れた。だが、指が触れる直前、パチリと微かな静電気が走り、老人は手を引っ込めた。

 

「……冗談じゃねえ。こいつは『鉄』じゃねえ。……雷そのものを打ち固めて、神の鱗を混ぜたような……そんな代物だ」

 

職人は首を横に振った。

 

「研げるわけがねえ。……俺の砥石を全部潰したって、こいつに傷一つ付けられんよ。……あんた、こいつを研ぎたいんなら、この世界にゃいねえ神様にでも頼むんだな」

 

「……そうか」

 

オーンスタインは期待をしていたわけではなかった。

 

ただ、この世界の「限界」を知りたかった。神の時代の武具は、この脆弱な理(ことわり)の中では、もはや修復不能の遺物なのだ。

 

「……いや、いい。これでも、小鬼の肉を断つには十分すぎる」

 

彼は再び槍を布で巻き、背負った。

 

研ぎ直すことは叶わずとも、槍はまだ死んではいない。

 

彼はそのまま、昨日ギルドの掲示板から剥ぎ取った依頼書を懐から取り出した。

 

『北西の森、古い礼拝堂の跡地に棲まう小鬼の群れの掃討』。

 

竜の気配はない。

 

だが、そこはかつて、この地の神を祀っていた場所だという。

 

神が捨てた地に、泥のような悪意が満ちている。

 

「……審判の時間だ」

 

煤けた黄金の騎士は、獅子兜を深く被り直した。

カチリ、という硬質な音が、戦いへの合図だった。

 

その内白霊とかも出すかどうか

  • 出せ
  • 出すな
  • 闇霊なら許す
  • 白も闇も出せ
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