竜狩りと辺境の街   作:もいもい130

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第5話

拳がオーガの胸板に触れた瞬間、辺りの空気が一変した。

かつてのオーンスタインが放った雷であれば、それは天を割り、周囲一帯を消し炭にするほどの白光となっただろう。だが、今彼の掌から溢れ出したのは、煤けた黄金の鎧と同じ、鈍く、しかし重厚な残光だった。

 

「――雷の杭」

 

轟音というにはあまりに低い、地響きのような衝撃。

掌に凝縮された黄金の杭が、突き立てられた槍を伝い、オーガの体内へと直撃する。

 

全盛期の、山を砕くほどの奔流ではない。それは今や、一匹の巨獣を内側から焼き切るのが精一杯の、弱まりゆく火継ぎの残滓。

 

だが、この世界の理(ことわり)にとって、それは十分すぎるほどの「異質」だった。

 

「ガ、ア……ッ!?」

 

オーガは悲鳴を上げる暇さえ与えられなかった。

 

体内に直接流し込まれた黄金の雷が、その巨大な心臓を一瞬で焼き焦がし、神経を焼き切り、巨躯を内側から爆ぜさせる。パチパチという耳障りな放電音と共に、オーガの瞳から光が失われ、その体は一歩も動くことなく、立ったまま炭化した肉の塊へと変わった。

 

オーンスタインは静かに槍を引き抜く。

 

十字槍の穂先に残った雷の火花が、名残惜しそうに一瞬だけ明滅し、そして消えた。

 

「……やはり、この程度か」

 

彼は自身の掌をじっと見つめ、小さく溜息をついた。

かつて主と共に雲を裂き、古竜の鱗を焼き払ったあの日の雷――。それに比べれば、今の自分から迸るのは、消えゆく焚き火の火花にも等しい。

 

それでも、彼はその「弱まった力」に失望することはなかった。枯れ果てたとしても、これは彼が永い放浪の果てに守り抜いた、唯一の誓いの形なのだから。

 

周囲を見渡せば、礼拝堂の入り口に群がっていた小鬼(ゴブリン)たちは、先ほどの落雷のような衝撃に完全に戦意を喪失し、闇の奥へと這うように逃げ出していた。

 

オーンスタインは、崩れかけた礼拝堂の奥へと足を進めた。

 

目的は掃討だけではない。この場所がかつて何を祀っていたのか、それを確かめる必要があった。

 

朽ちた祭壇の影に、半ば土に埋もれた古い石碑があった。

 

手で泥を払うと、そこには微かに、翼を持つ爬虫類の紋章が刻まれている。

 

「……竜の類か。だが、これほどまでに矮小な信仰であったとはな」

 

彼が知る竜は、岩の鱗を持ち、不朽の名を冠する絶対的な存在だった。

 

この地の「竜」は、小鬼たちが巣食う古い廃墟の片隅に、辛うじてその証を残す程度の存在に過ぎないのか。

かつて雲を突くほどの巨躯を相手に槍を振るった日々が、遠い幻のように感じられた。

 

石碑の横に、一つだけ場違いな輝きを放つものがあった。

小鬼たちがどこからか奪ってきたのであろう、小さな銀色の指輪。

 

彼はそれを拾い上げ、無造作に腰の袋へと収めた。

「帰るとしよう。……これほど脆い理の地であっても、為すべきことは変わらぬ」

 

森を出る頃、陽は既に水平線の向こうへ沈み始めていた。

オーンスタインは再び槍を布で巻き、背負った。

 

街の門へ辿り着く頃には、夜の帳が下りつつあった。

門番の兵士は、朝に出て行った「黄金の騎士」が、鎧に一筋の傷も負わず、返り血さえ浴びていない姿で戻ってきたのを見て、言葉を失った。

 

「お、おい……あの礼拝堂の依頼はどうした? あそこには、手負いのオーガが出たっていう噂が……」

 

「……死んだ。小鬼も、その獣もな」

 

オーンスタインは足を止めることなく、ギルドへと向かった。

 

夜のギルドは、一日の仕事を終えた冒険者たちの熱気と、酒の匂いに包まれていた。

 

「……報告を」

 

彼は受付嬢の前に、依頼書と、証拠として切り取ったオーガの角を置いた。

 

焦げ跡の残るその角を、受付嬢は恐る恐る手に取る。

 

「オーガ……本当に、お一人で……?」

 

「ああ。……それと、これは拾ったものだ。元の持ち主がいるのなら、返してやってくれ」

 

彼は先ほどの銀の指輪を横に置いた。

 

周囲の冒険者たちが、信じられぬものを見るような目で黄金の騎士を凝視する。

 

白磁等級が、単独でオーガを仕留めた。

 

その事実は、静かな、しかし確かな波紋となって、ギルドの壁を伝っていった。

 

その視線の片隅に、一人の男がいた。

 

鉄兜に汚れた革鎧。

 

ゴブリンスレイヤーは、カウンターに置かれた「焦げたオーガの角」を一瞥した。

 

「……雷か」

 

短く呟くと、男はそのまま背を向け、掲示板へと歩んでいった。

その内白霊とかも出すかどうか

  • 出せ
  • 出すな
  • 闇霊なら許す
  • 白も闇も出せ
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