竜狩りと辺境の街   作:もいもい130

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第6話

翌朝、オーンスタインがギルドの重い扉を開けると、昨夜の喧騒とは質の違う「粘りつくような視線」が彼を待ち構えていた。

 

「おい、あれか……昨日、単独でオーガを仕留めたっていう『白磁』は」

 

「黄金の鎧なんて見かけ倒しだと思ってたが……」

 

冒険者たちの囁き声が、石造りの壁に反響する。だが、彼はそれらを風の音ほどにも気に留めない。獅子兜の奥にある双眸は、ただ一点――依頼が張り出された掲示板だけを見据えていた。

 

「オーンスタイン様、おはようございます」

 

受付嬢の声には、昨日までの事務的な響きに加え、明らかな敬意と、隠しきれない当惑が混じっていた。彼女は手元の書類を整理しながら、小声で彼に告げる。

 

「昨夜の件、ギルド内で正式に受理されました。……白磁等級が単独でオーガを討伐するなど、この街では前例がありません。現在、上層部で貴方の『等級繰り上げ』についての審議が始まっています」

 

「……昇進か。好きにするがいい」

 

オーンスタインは無関心に答えた。

 

彼にとって、磁器の札が金属に変わることは、戦場での死生観に何の影響も与えない。それよりも彼が求めているのは、この世界の「底」に眠る情報だった。

 

「それよりも、昨日の指輪の持ち主は見つかったか」

 

「あ、はい……。数日前にあの遺跡付近で行方不明になっていた、白磁の若者のものだと判明しました。ご遺族の方は、形見が戻ったことを涙を流して喜んでおられましたよ。……『黄金の騎士様に、命を賭けて報いてくれたことに感謝を』と」

 

オーンスタインはその言葉を聞き、僅かに眉を動かした。

 

命を賭けた覚えはない。ただ、通りすがりに害獣を払ったに過ぎない。

 

だが、この世界の人間にとって、それは「救済」として映る。その事実が、かつて神として崇められた男の胸に、奇妙な重みとなって沈殿した。

 

ギルドを出た彼は、再び街の隅にある修理屋を訪ねた。

昨日の老職人は、彼が近づく足音を聞いただけで、作業の手を止めて顔を上げた。

 

「……また来たのか、騎士さん。言ったはずだぜ、その槍を研げる砥石はこの街にゃねえってな」

 

「研ぐ必要はない。……だが、これに合う『鞘』と、手入れ用の油脂が欲しい」

 

オーンスタインは、布に巻かれたままの十字槍を台に置いた。

 

昨日の戦闘で、小鬼の汚れた血とオーガの脂が、槍の細部に僅かに残っている。神代の鉄は汚れを弾くが、それでも「道具」への敬意を欠くことは、彼という武人には耐え難いことだった。

 

「……鞘だと? その十字の横枝がある限り、抜き差しの邪魔にしかならねえぞ」

 

「抜き差しをせぬ。ただ、剥き出しのまま街を歩くには、この槍は少しばかり『鋭すぎる』ようだ」

 

老職人は鼻を鳴らし、奥から頑丈な革の端切れと、獣の脂を取り出した。

 

「勝手にしな。だが、その槍の重さに耐えられる革なんて、そうそうねえぞ。……適当に繕ってやるが、期待はするなよ」

 

職人が槍に触れようとした瞬間、オーンスタインの背後から、一人の若い男が声をかけてきた。

 

「あ、あの……! 貴方が、オーガを倒したっていう騎士様ですか!?」

 

振り返ると、そこには使い古された革鎧を着た、十代後半とおぼしき新米冒険者が立っていた。後ろには、同じように緊張した面持ちの少女が二人。

 

「……何の用だ」

 

オーンスタインの声は、冷たく、そして重い。

新米の少年は一瞬怯んだが、意を決したように頭を下げた。

 

「俺たちのパーティに、指導をお願いしたいんです! 次の依頼、どうしても失敗したくなくて……! お金なら、少ないですけど……!」

 

オーンスタインは、少年が差し出した汚れた革袋――数枚の銅貨が入っているであろう重みを見つめた。

 

かつて彼が率いたのは、神々の銀騎士たち。一言の命令で、死を厭わず進軍する精鋭だった。

 

目の前の少年たちは、武器の持ち方すら覚束ない、風に揺れる葦(あし)のような存在だ。

 

「……私は、人を教える術を持たぬ」

 

彼は短く答え、職人から油脂を受け取ると、少年の横を通り過ぎた。

 

だが、その背中に向かって、少年は叫ぶように続けた。

 

「……このままじゃ、俺たちもあの遺跡で死んだ奴らみたいになっちゃうんです! ゴブリンなんかに、負けたくないんだ……!」

 

オーンスタインの足が、止まった。

 

「ゴブリンなんかに」という言葉。

 

彼が昨日見た、礼拝堂を汚していた泥のような悪意。

 

神々に見捨てられ、ダイスの目に弄ばれる弱者たちが、必死にその糸を繋ぎ止めようとしている。

 

「……明日、夜明けにギルドの裏へ来い」

 

「え……っ?」

 

「……一度だけだ。槍の持ち方くらいは、見てやれるだろう」

 

背を向けたまま、煤けた黄金の騎士は歩き出した。

 

彼自身、なぜ自分が首を縦に振ったのか分からなかった。ただ、あの少年の瞳に宿る「火」が、かつてアノール・ロンドの門を守っていた名もなき兵士たちと、一瞬だけ重なったのかもしれない。

 

その様子を、遠くから見つめる鉄兜の影があった。

ゴブリンスレイヤーは、掲示板から剥ぎ取った依頼書を握りしめたまま、無言でオーンスタインの背中を見送っていた。

その内白霊とかも出すかどうか

  • 出せ
  • 出すな
  • 闇霊なら許す
  • 白も闇も出せ
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